SHOUTING

 スターはそっと立ち上がり、ケルベロスに向かって歩き出した。一歩進む度に、しっかりと地面を踏みつける音が聞こえた。

 不思議と先程までの震えと緊張は止まり、割と落ち着いた表情が見て取れた。

 スターが周りを見渡すと、倒れているマリト、苦戦を強いられているサカイなどが視界に入ってきた。


「俺は強い、今までは逃げ続けてきただけだ」


 スターは小声で呟いた。その言葉にスター自身滑稽さを感じて、思わず吹き出す。

 それのお陰で緊張が解けた気がした。


「グルルルルルルルルルルル…」


 ケルベロスは自分に向けられているスターの気配を感じ取った。そしてそれに向かって喉を鳴らす。


「うるせえ…」


 スターは剣をもう一度握り直すと、思いっきり地面を蹴って跳躍した。

 そしてあっという間にケルベロスの頭上まで到達した。

 スターは握りしめた剣を頭の上に構えると、大きく振りかざす。そのまま普段の何倍も低い声で言う。


「くたばれ」


 振りかざした剣は、ケルベロスの右目の上あたりを切り裂き、そして鮮血が溢れた。

 地面には、ケルベロスの血が飛び散った。それを見たスターには、少しだけ自信がついていた。

 スターに傷を付けられたケルベロスは、先程に増して血気盛んにこちらを倒そうとしているようだった。

 スターはケルベロスを切り付けたその足で再度鼻のあたりを切り裂いた。

 地面に着地すると、「へっ」と言いながら自分の鼻の頭を少しさすった。

 ケルベロスが怯んでいるようだったので、スターは蹲っているマリトのところへと駆け寄った。そして起き上がらせようと手を伸ばす。

 マリトは傷付きながらもスターの伸ばすその手に気付き、掴む。

 スターに起き上がらせてもらい、軽く体についた砂を払うと、


「スターありがとう」


 とお礼を言った。しかしその後直ぐにこう続ける。


「何お前急なキャラ変やってんの?」

「えっ…?」


 スターは、胸の内にしまっておきたかった事象をマリトに掘り出されて、顔だけでなく全身を真っ赤にさせた。


「あっ、いや…その…、はい、すいません」

「お前の中で何が変わったのかへ知らんが、急なキャラ変は正直困惑するから通常運転しなさい」

「…はい」

「さて、お前の猪突猛進さにプラスアルファでやる気が加わったみたいだから頑張りますか。みんなー、起きてー」


 マリトは倒れ込んでいる連中(というかフィア)に声を掛けた。スターの急なやる気向上に自然と各々の士気も上がった様に見えた。


「グルルルルルルルルルルル…、グアア!!」


 そんな気配を感じ取ったのか、ケルベロスの方も更に大きな雄叫びを上げた。

 先程よりも増したケルベロスの覇気に対して、


「おお〜、こいつはちっとヤバイな」

「だがしかしどうしようもないからなんとかしようレッツバト〜ル」


 杖を振り回しながらマイマイが言った。

 アルト一団の連中のことは知らないが、自然と全体的に重くなっていた空気は幾分軽くなっていた。


「グオウァッ!!」


 そんなやりとりなど御構い無しにケルベロスは自分の前脚をスターたちに振りかざしてくる。

 なんとか全員が避けることができたが、連続で攻撃でもされたらひとたまりも無い。士気が上がっていることとはまた別のところで皆が緊張していた。

 ケルベロスが振りかざした脚が当たった箇所には、その脚の数倍はある巨大な穴が出来ていた。


「ひょえ〜相変わらず怖いねぇ…、ダメージ与えたら少しは大人しくなればいいのに」

「だから、言うほどダメージ与えてないって」

「そうでした」


 士気は十分なのだが、打開策が見つからない。スターはアルト一団の、アルトはスター一団の実力があまり分かっていないので、十分な作戦を立てることができないのだ。

 そこは仕方がなく、どうすることも出来ないので、


「とにかく全力で行くぞ!!」


 アルトが叫ぶ。



「「「うおおおおおりゃああああ!!」」」

「「「だあああああああああああ!!」」」


 辺りにはみんなが攻撃をするときに出す叫び声と、剣などの金属がぶつかる音、魔法でケルベロスの体毛が多少焼け落ちる音が響いていた。逆に言えば、それ以外の音は聞こえてこなかった。

 体力と実力のあるアルトやサカイも、さすがに疲労を隠せずにいた。


「こいつ強すぎだろ…、さっきからどれだけ攻撃してると思ってんだよ…」

「ああ、桁違いだ。地元じゃ負け知らずってのは、奢るべきじゃ無いってことだな」


 ギュイイイイイイイイイイイン…、ギュイイイイイイイイイイイン…


 二人が困り果てていると、不意にサカイのコルトンが鳴り出した。


「うわっ!えっ、何!!」

「あれ、これって鳴るんだっけ」


 サカイは恐る恐るコルトンを耳に近付けた。


「な、何でしょうか…?」

「サカイさん、僕です。カズヤです」

「何だお前か。じゃ無いよ急にどうした!」


 サカイは少しばかり苛立ちを孕んだ声色で言った。その声にカズヤが怯む。


「いや怖いな!って違うんですよ。いい作戦を思いついたんです、聞いてください」

「マジでか。教えてくれ」

「分かりました。その作戦はですね…」



 カズヤはコルトン越しに作戦の全容を伝えた。


「…なるほど。うおっ!じゃあそれで行こう。とてつもなく原始的で恐ろしいけどな

 。心配だ…がっ!」

「採用するなら信用してくださいよ!!」

「分かった分かった。じゃあ頼む。こっちはさっきからずっとケルベロスの攻撃を避けまくってヤバイんだから!ちっ」

「じゃあ行きます!!」


 カズヤはそう言うと隣にいるメーナに危険が及ぶかを懸念しながらも、


「うおおおおおおおあああああああああああ!!こっちだああああああああああああああああああああ!!」


 自分の現状で出せる最大の叫び声を上げた。

 あまりにも大きなその叫び声に、サカイやフィアたちに攻撃をしていたケルベロスがカズヤの居る方へ視線を移す。

 それに見兼ねたサカイが言う。


「アルトおおおおおおおお!!」


 サカイの声に反応したアルトが上を見ているケルベロスの方へと走り出した。


「ビッグウェイトおおおおおおおお!!」


 アルトは自身の剣を巨大化させるビッグウェイトを発動させて、ケルベロスの右の前足に斬りかかった。その斬撃は、まるで豆腐を切り裂くようにケルベロスの脚を本体から切り離した。

 それに伴って、バランスを保てなくなったケルベロスが大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。

 カズヤの作戦が成功したことで、サカイたちは歓喜の声を上げた。


「いよっしゃあああああ!!」

「この流れで一気に決めるぞ!」


 勢いに乗った一行は砂埃の舞っているケルベロスの方へ走る。

 その瞬間だった。後方の木にサカイが叩きつけられたのは。

 皆の視線は自然とサカイに移る。そして再度ケルベロスを見た。その光景に思わずフィアが慄く。


「ど、どうして…?」


 その目に飛び込んできたのは、確かにさっき切り裂いたはずの右脚の生えたケルベロスの姿だった。


「グオウァアアアアアアアアアア!!」


 一行の恐れをなした顔を見てなのか、ケルベロスが第2ラウンドだと言わんばかりに咆哮を上げた。

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その勇者、入浴中につき… 戸田 剣人 @toda_tsuruhito

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