吠えろ若人!

 ストレイフォレストに入る直前、和んだ場の空気を打ち消す様にアルトが言う。


「おい、全員武器を構えろ。空気が重い」


 少しだけ重くなったその空気に、カズヤ達は息を飲んだ。

 そして各々が装備していた武器を構える。それを確認するとアルトが、


「よし、今からストレイフォレストに入る。あの気配の正体が分かるまで、絶対に気を抜くなよ」

「「「了解!!」」」


 その呼びかけに皆が真剣な眼差しで答えた。アルトとサカイは手綱を引いて再度馬車を走らせた。

 森に入ると気配はより一層重くなった。


「なんだかさっきより空気が重くなったわね。とんでもなく大きな化け物とバッタリ遭遇したりしてね。って、そんな訳ないか、アハハ…」

「ちょっ、怖いこと言うなよ」


 フィアの寒気がするギャグがみんなの焦りを加速させた時、カズヤが声を荒らげた。


「ア、アルトさん止めて!!あれ見てください!!」


 そう行ってカズヤが指をさした方向には、大きさは推定二十メートル程で、全身紺色の毛に覆われた狼の様な顔を三つ持った化け物だった。

 サカイはその全体像を把握して唾を飲み込んだ。


「じっ、地獄の番犬ケルベロス!?どうしてこんなところに!!」

「今はそんなこと考えても仕方がない!とにかくあいつをなんとかしないとここを抜けられないだろう」

「そうだな、取り敢えず弱らせる!!」

「そして喰う」

「喰わねえよ!!」


「グオオオオオオゥアアアア!!」


 ケルベロスは武器を構えたアルト達に気付いて咆哮をあげた。そして口を大きく広げて一行に襲いかかる。

 回避行動としてそれぞれで跳躍をした。明らかに出遅れたカズヤとメーナはサカイとフィアが抱きかかえて回避した。


「うおあっ、危ねっ」

「すいませんサカイさん。ありがとうございます。あと下ろしてください」

「ああ、分かった」


 ストレイフォレストにはとてつもなく大きな木が沢山あり一行は一旦それらに飛び乗っていた。ケルベロスは真下にいた。


「もうこのままあいつを無視して先に進んでしまうってのはどうだ」

「それ名案かも。アルトいいこと言う!」

「確かに…」

「いや待てやお前ら、馬車はどうするんだ。あれが無いとこの先だいぶ困るぞ」

「確かに…」

「とにかくケルベロスを一回黙らせるのはマストな事項だってことだな」

「うーん、確かに…」

「スターお前うるさいな!!」


 ケルベロスを倒すか何かして黙らせるという結論でまとまった後、一行は真下のケルベロスの方を見た。

 サカイは真剣になって考えている様だった。


「さて、どうすっかな…。あんなでかいのは俺達でさえなかなか見ないからな」

「第一、ケルベロスと交戦なんて初めてだからな」

「普通はぇだろ」

「突破口がさっぱり分からないし思い付かない。どうしたらいいんだ」


 アルトとサカイは悶え続ける。だがそんな二人の姿に焦れったさを覚えたのか、


「強行突破だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あっ、待て」


 スターとマリトがケルベロスに向かって飛び出した。


「こんなもの考えたって仕方ない!少しずつダメージを与えていくしか無いでしょ」


 そう言ってスターはケルベロスの背中に剣を突き刺した。しかし効いている様子は一切なかった。


「スター!お前はびっくりするくらいアホたけど…」

「なんだと!?」

「その思い切った行動力は結構好きだぜ!!てか短剣多分効かねぇ喰らえファイヤーボール!!」


 マリトは持っていた短剣をとっさに投げ捨て、自分の掌から火炎球を打ち出した。それはケルベロスの体毛を少しだけ燃やして消えてしまった。

 マリトはケルベロスの頭上に着地した。ケルベロスは首を激しく降ってそれを振り払う。

 当然のことながら頭の上に乗っていたマリトは簡単に振り落とされてしまった。

 マリトは勢いよく気に叩きつけられ、口から血反吐を吐く。それは、かなりの多量だった。


「マリト!!」


 スターは、ケルベロスに突き刺した剣を抜き、マリトの元に駆け寄った。


「くううぅ…なかなか攻撃が重いな」

「攻撃っていう攻撃はされてないけどな」


 その光景を見ていたサカイ達は、武器を携えて続々とケルベロスに向かって飛んだ。

 そして最後にフィアはケルベロスの元に行こうとして、一瞬足を止め、振り向く。


「カズヤ、メーナちゃんをお願いね」


 引き攣った笑顔でそれだけ言うと木から飛び降りた。



「ぐわああああああああああああああああ!!」

「スター!!」


 スターはケルベロスの前足に殴られて地ベタに倒れた。やっとの思いで近くの岩にもたれかかった時には、息切れが激しく言葉を発するのも難しそうだった。

 サカイとアルトに比べて、やはりスター達の実力は劣っていた。消耗も激しい。

 強敵に遭遇すると嫌でも思い知らされる、己の実力の無さ。

 サイクロプスの時は何がどうなったのか全く分からないままに終わってしまったので別として、今回は現在進行形で大ピンチだ。

 カズヤと出会う前は、自分たちの力で戦って少し息切れする程度のモンスターを沢山相手にしていた。




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「よし、今日も沢山稼げたな」

「俺たち金持ち冒険者になれる日も近いんじゃないか?」

「何言ってるのよ、今のままだとずっと下層冒険者よ」

「フィアさん厳しいね」

「全然厳しくないわよ。最初から最後まで全部本当のことじゃない」

「ま、確かにな」

「そんなぁ、マリトまでぇ」


 そうはいってもスター自身もこのままて良いはずがないと思ってはいた。しかし、成長できない自分が怖くて踏み出せなかったのだ。


「はぁ…」


 そっと吐いた溜息は、少しだけ空気を白くして、そのまま消えていった。



 ―――後日、冒険者ギルド。


 スター達3人は、新たなる依頼を受けにギルドに来ていた。

 ずっとEランクのモンスター討伐ばかりやって来たので、少しばかり今までとは違って強いモンスターの討伐をしてみたいと思っていた。


「これなんかどうかな?」

「ん、どれどれ」


 フィアが二人に見せたのは、Dランクモンスターの捕獲。人間から食料を奪いすぎて通常よりも強くなってしまったゴブリンらしい。

 依頼主の願いで、一度捕獲をしてほしいということだった。


「よし、これを受けよう」

「じゃあ代表してリーダーであるわたくし、スターが申請をしてこよう」

「普通に面倒臭いなお前」


 その日はそのまま近くの小屋を借りて眠った。



 ――翌日。


「ここが奴の住処とされる場所か。てか人が多いな」

「他にもこの依頼を受けた冒険者が多いみたいだからね」

「へぇ、うざいな」

「こらスターやめろ」


 そんな会話をしながら和んでいると、


「グォォア!!」


 問題のゴブリンが姿を見せた。全長は3メートルくらいだろうか。

 その姿にスターは驚く。


「ハァ!?でかすぎだろゴブリンだろ!?サイズ感おかしいだろこれ!!」

「確かに…、でも捕まえるしかないよね。ん、スター?」

「ちょ、ごめん俺お腹痛くなって来た。帰るね」

「えっ、ちょ団長!?」


 スターはそう言い残すと足早に何処かへ去って行ってしまった。

 その後、別の一団がその依頼を解決したらしい。ギルドの掲示板に依頼完了の紙が張り出されていた。




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 スターはそっと上を向いた。そして小さく呟く。


「はぁ…、嫌なことを思い出してしまったな」


 スターの目からは涙が零れていた。


「すぅ…、はぁ…」


 スターは深呼吸をすると、左手で涙を拭い、


「臆病な自分を変えるためにアルトさんに着いていくことを決めたんじゃないか。だったらここで感傷に縛り付けられていては意味が無いな」


 そう言って立ち上がり、右手で剣をしっかりと握り直した。

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