1年後のメリークリスマス

1年後のメリークリスマス


クリスマス、とゆずが口にしたのは反射のようなものだった。

ソファーで彼が淹れたホットミルクを飲みながら、テレビの言葉を拾ったのだ。

「さぁ、この巨大なツリーは今年のクリスマスの目玉!カップルの皆さんも、いや、独り身のみなさんも一見の価値ありですよぉ!」

今人気の芸人さんが、巨大ツリーを見上げながら実況を続ける。


だからつい、ぽつりと冒頭の言葉を言ってしまったのだ。その後に、「いいなぁ」と言ったのもまずかった。

この言葉を当然聞き逃してくれないのが限定執事の瑞樹である。

すかさずスケジュール帳を見ながら「わかりました、予定に入れときます」と流れるように言うので慌てて前言撤回!と叫ぶ。

「無理よ!今年私は受験なんだから」

「たまには息抜きも必要ですよ。今日だって、この時間まで勉強してたでしょう?」

ちらりと時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時間。

最近、ついこの時間まで根を詰めてしまっている。

「それは、そうだけど。でも不安なのよ、今のままじゃ、ぎりぎりだってわかってるもの」

「じゃあこうしましょう!1週間後の模試で成績が上がってたら、クリスマスイブにツリーを見に行く。どうですか?」

「まぁ、それなら・・・・・って、え、瑞樹も行くの」

ゆずがそう言うと、「当たり前でしょう?」とさっきまでにこやかだった瑞樹の顔が一瞬真顔になる。

「あんなところカップルしかいないでしょうし」

「いや、さっき芸人さんが1人でもって・・・・」

「僕と一緒に行かない理由がどこにあります?」

ずぃっと、ソファーに座るゆずに覆いかぶさるように瑞樹が迫る。


近い!


その端正な顔にドギマギしながら、瑞樹から目をそらすと、彼の纏う空気が変わったのがわかる。

部屋の中だと言うのに冷気を感じたゆずは、ひゅっと息を飲んだ。

「まさか、僕以外の人と行くなんて言いませんよねぇ」

「あ、あの、みず・・・・」

「俺、子供みたいなことしかまだゆずにしてないんですけど。この前だってホラー映画見て眠れなくなったゆずと一緒のベッドで寝たけど手もだせなかったし。こんなに真面目に執事として仕事を全うしてるっていうのに・・・・」

「うぁぁぁぁぁぁあ!!!ごめん、ごめんってやめて。これ以上言わないで!!」

叫ぶように瑞樹の口を塞ぎ、ゆずは涙目で言った。

「テスト、うまく言ったら一緒にツリー見に行こうってば!!」


その言葉に瑞樹は満足げに頷き、それからいつもの調子を取り戻したようにゆずから離れた。


「うん。楽しみですね」


こんな執事いてたまるか。ゆずは両手を顔で隠しながら小声でそう呟いた。


***


ぴかぴかと光るツリーを見ながら、我ながら、がむしゃらに頑張ったなと思う。

ツリーを見に行こうにも、それはテストの成績が上がっていたらという前提付きだ。

瑞樹に勉強を教えてもらうことは不可能なので(詳しい事情は省略)あれからゆずは1人で机にかじりついた。

なんせ、ことあるごとに瑞樹が「ツリー楽しみですね」とか、「なんと、その日はライトアップが通常とは違うものらしいですよ」とか誘惑することばかり言うのだ。


念願叶ってテストの結果は、前回より20位上がっていた。

だから今日、ツリーを見ることが可能になったのだ。


感慨深くツリーを見上げる制服姿のゆずに、黒いロングコート姿の瑞樹が声をかける。

「いやぁー本物は綺麗ですねぇ」

「うん、綺麗」


きらきら、きらきら

大きな木を、色とりどりの電飾が飾る。

食い入るようにじっと、ツリーを見上げるゆずを瑞樹が覗き込んだ。

「妬けますね」

「え?」

視線を瑞樹に合わせると、むくれたような顔で「そんなにツリーが魅力です?」と言われる。

その意味がわからず、ゆずはこくり、と頷く。

「だって、瑞樹がいるんだもの」

「僕・・・・・?」

そう、とゆずは続ける。

「去年はこんな風にゆっくり出来なかったし、瑞樹が戻ってきてくれて、それだけで嬉しかったから」

去年、あの病院の屋上のことを思い出す。

お母さんのこと、瑞樹のこと、たくさん知ることが出来た。あれから、ちょうど一年だ。


「こうして瑞樹とクリスマスを過ごせるのって、当たり前じゃないから。だからこのツリーを目に焼きつけておかなきゃって」


お母さんが亡くなる前は、よくこうして2人でツリーを眺めにきた。

その時のツリーを、ゆずはよく覚えていない。

毎年恒例のことだから。今年の風景を忘れてもまた来年上書きすればいい。

そんなことを思ってた。


「だから、今日はちゃんと覚えておく・・・・わっ」

言っている途中で、瑞樹に抱きしめられた。

カップルばかりだとはいえ、瑞樹はその容姿からか目立つ。

何人もの視線を感じ慌てて離れようとするが、力が強くて身動きできない。

「み、瑞樹?」

「来年も、ここに来ましょうね」

そう言う彼をはっと見上げると、その背の後ろではらはらと小さな雪が舞っていた。

ああ、これがクリスマス特別仕様なのだな。

そう思いながらゆずは勇気を出して瑞樹の鼻先に口づけを落とした。


「ありがと、瑞樹」


軽く触れるだけのそれにどんな反応が返ってくるのだろう。

ゆずから瑞樹に触れるのは珍しい。緊張しながら彼の反応を見ると、「はぁぁぁぁぁ・・・・」と言いながら瑞樹がその場にしゃがみ込んだ。


「み、瑞樹?」

「ゆず」

「は、はい」

「早く大人になってください」

唐突にそう言われ、へ?と間抜けな声が出る。

「な、なんで?」

「聖夜に好きな子にこんなことされて、お預けなんてひどいじゃないですか」

その意味をようやく理解し、ボンっと沸騰したように顔が熱くなる。


「瑞樹のばか」


瑞樹越しに見るとツリーと粉雪が幻想的で、なんだか映画のワンシーンのようだ。


何年たっても、この景色を覚えていよう。


ゆずはクリスマスツリーに向かってそっと祈った。

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限定執事とお嬢様 靺月梢 @kokko

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