第3話 第一次ヒカリエ抗争-3

※この話は完全にフィクションです。



クライアントからメールが来ていた。五月雨式に3通。「五月雨式にすみませんって言えばいいのかよ」僕は1通1通対応した旨を丁寧に返した。五月雨式に1分間隔で返した。クライアントからは「諸々ありがとうございます」と返されるだけだった。


オフィスでセブンイレブンの野菜炒め弁当を食べている時、また厄介なメールが来た。件名は次のように書かれていた。


『※重要※【大至急】すぐに連絡ください【困ります】』


毎回この調子で来るんだよな。いつまでも「グーグルアナリティクス(※)」が言えないおじさん。僕は溜息を一つ付いて、いつものようにホッテントリ(※)を漁りながらコンビニ弁当を食べた。


ここネットエポックでの僕の仕事はWebディレクター。受託の制作案件をやりながら自社サービスを企画開発している当社では、ぺーぺーの僕は受託案件、それもややこしく手間のかかる案件ばかりを担当していた。社長が獲って来た案件を先輩の太田とともに制作・納品する。「即制作・激改善」を売り文句に発注をもらい、「即」も「激」も現場が背負う。これが社会の厳しさだと自分に言い聞かせながら、「ヘルプ読めないおじさん」のいなし方を身につけてきた。早く、一刻も早く、自社のサービスに関わりたい。社長が指揮を執っているプロジェクトが羨ましくて仕方が無かった。


「次、この事務所さんフルリニューアル、ね。3月中によろしく」


社長がまた大変そうな案件を太田に渡していた。


「えええ!?3月納期12社あるんすよ!?いま確保できてる制作部隊、たったの4人すよ!??」


「まあ、そこはいい感じに、さ」


「マジすか………」


太田の顔からドンドン生気が抜けていくのがわかった。吉田沙保里5体に囲まれた時は同じ感じなんだろうな。マドハンドみたいに倒しても吉田沙保里Eを呼んできたりして。どうせ僕にも振りかかるわけだが、今日だけ、今だけは逃避したい。太田には話しかけずにホッテントリに目を戻した。


『LINE社エンジニア強奪未遂の真相』(1588users)


という増田(※)があった。そこには、先日僕らゲリベンが行った作戦について、内部の人間が暴露したような内容が書かれていた。すごい臨場感とリアリティーで書かれており、社会性や衝撃を抜いたとしても、読み物として非常に面白い仕上がりだった。ただ、現場に居た自分だからわかるが、実際の作戦とは所々異なっている。襲撃の大きな意図、ゲリラの服装、人数、逃げた方向等について違った内容で書かれていた。あまりにディテールが凝りすぎていて、さすがのはてな村民も書かれた内容が真実だと信じきっているようだった。僕はコメント欄を見て、しめしめと思っていた。


実は、この増田は僕だ。


身軽なことと文章以外特に秀でたことの無い僕は、大学生時代からよく増田を書き、大声では言えない内容をインターネットに投下していた。その度にブクマが付き、コメント欄は荒れ、トラバが複雑な図形を描いた。僕はそれが楽しかった。流行りネタを書くこともあれば、身近なネタを書くこともあった。ハックル師匠のエントリはいくつ書いたか覚えていないくらいだ。書けば書くほど僕は高揚し病みつきになった。その熱狂の中で文章力は向上し、はてな村民の琴線に触れる記事を意図的に書けるようになっていた。これは後から社長に聞かされたのだが、ネットエポックへの入社も、面接で「趣味は増田です」と答えたことから繋がっている。ゲリベンでも文章力を買われ、今回の増田のような工作をしている。ネット民を味方につけることも活動上大事で、はてなはとても影響力、もとい攻撃力が強い。上手くコントロールできれば、僕らの人数の遥かに多くが加勢してくれるだろう。増田工作も重要な任務なのだ。増田は匿名という性質上、暴露系の内容に関しては真実味が強調される、もちろんゲリラであるという身分を明かさなくてもいい、非常に効果的なメディアだった。



自分の記事のブコメをニヤニヤと眺めながら、他メディアの記事を読む。今回のLINEエンジニア強奪作戦は「ヒカリエ抗争」と呼ばれていた。作戦は残念ながら未遂に終わったが、実際に武力行動が起きたということが世間にはショッキングだったようで、マス・ネット問わず連日多くのメディアで報道がされていた。衝撃を受けるのは当たり前だ。やっている僕もショッキングであった。記事を渡りながら、僕はなぜ未遂になったかを不思議に思っていた。何度考えても敵部隊の救出行動までが早過ぎるのだ。まるで僕らが出向くことがわかっていたかのようだった。内通者でもいたのか……?あるいは僕らが知り得ない監視網があったとか……はたまた…………


「……おい」


「すみません、今集中してるんで」


「おい」


「とりあえずサブ垢でブクマ……」


「おいって」


「あ……ゾンビ………」


話しかけていたのは太田だった。接近されるまで気づかないのも無理はない。ゾンビだからだ。


「ウオー」


「こわい!」


僕は目を閉じてセブンの唐揚げ棒でガードをした。太田が襲いかかるポーズを見せながら棒先の唐揚げをパクっと頬張った。


「誰がゾンビやねん。午後のアポ行くぞー」


「すみません、おっす」


僕らはPCをカバンに入れ、ジャケットを持ち会社を出た。3月初めの風はまだ冷たく、時折差すようだったが、太陽の光だけは燦々と、宮益坂の下まで充分に照らしていた。



※グーグルアナリティクス:Google社が提供するウェブサイト解析ツール

 https://www.google.com/intl/ja_jp/analytics/

※ホッテントリ:はてな社のサービス「はてなブックマーク」の人気エントリ

 http://b.hatena.ne.jp/hotentry

※増田:はてな社のサービス「はてな匿名ダイアリー」の通称

 http://anond.hatelabo.jp/

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今夜、ヒカリエは倒壊します @jitsuzon

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