後半

 私は宮田からの書き込みで、鷺沼の母の通夜に顔を出した。

 手を合わせ、頼まれていた鷺沼の日記のことは分からなかったと心の中でわびた。

 会社の人が何人か通夜を手伝っているようだった。鷺沼の通夜の時、うちの会社の人間は一人も入れなかったのがウソのようだ。どういう申し出をして、受け入れらたのか不思議でたまらない。

 うちの会社の連中が話しているのを聞いていると、どうやら水沢さんも来ているようだった。他に知っている人もいたが、向こうもこちらも話したりはしなかった。

 かわりに宮田を見つけて声をかけた。

「宮田」

 振り向くと、怒っていた。

「その名前で呼ぶな。仮名だって言ったろう」

「こっちには他に呼びようがないんだから、しかたないだろう」

「ちょっと話しがある。終わったらこの駅にあったカフェで話そう」

「ああ、こっちも話したいことがある」

 通夜が終わると宮田はペコペコと頭を下げて、式場を出てきた。

「お前の話したいことっていうのは何だ」

「この前の駅のホームで……」

「やめろ」

 宮田は私の口に手をあてた。

 私はその手を払った。

「なにするんだ」

「ここで話すな」

「……」

 カフェにつくと、宮田は店のどまんなかに席をとった。

「なんでこんな真ん中。道で話すのと変わらないじゃないか」

「違う。ここは色んな会話が入ってしまうから、返って聞かれづらいんだ」

 確かにおじさん同士での株の話しや、保険の勧誘の話し、店のBGM…… 色んな音が流れ込んでくる。

 ここで小声で話せば、他人には聞こえないだろう。

「(お前から話せ)」

 宮田が言うと、私はうなずいた。

 宮田と別れた後、連絡通路で液体生物を見たこと、電車の窓まで追いかけられた話をした。

 宮田は私が『液体生物』という度、『カビ』と言い換えてきた。

「(なるほど。そいつは災難だったな)」

「(何が災難だったな、だよ。液体生物は、お前の言うカビ、と同じだろう?)」

「(さあな、同じものかどうかなんて知らん。とにかく東京の地下には何かいるってことだ)」

「(そんなまとめかたで良いのか)」

「(それより、今日の通夜のことだ。鷺沼の母の死因)」

 やっぱりこいつは他人の言うことなんか聞きやしないのだ。

「……」

「(聞きたくないのか?)」

 お前こそこっちの言ったことを真面目に考えたのか、と聞き返したかった。

「(話せよ)」

「(なんだその態度は)」

「……」

「(まあいい。鷺沼の母も自殺だった。しかも、鷺沼が飛び込んだ駅だ)」

「えっ」

 大きな声を出した、と思い、自分で自分の口を抑えてしまった。

「(鷺沼と鷺沼の母に共通しているのはこれだじゃないぞ)」

 宮田がわざとじらしている間、何を言おうとしていることを考えていた。

 宮田はずっとカビだと言っていた。

 発光するカビ。だから鷺沼の死の間際は発光していたと言っていた。

 日記に書いてあった発光、と同じ?

 どうして宮田に聞いたときにピンと来なかったのか、と悔やんだ。鷺沼の母に正確ではないにしろ、そんな話を伝えることは出来たはずだ。

「(鷺沼の母との共通点は……)」

「(発光? まさか遺体が発光しているのか?)」

 興奮気味に私はそう言った。

「(よく判ったな。俺は鷺沼の親戚の一人から聞いた。しかも、鷺沼の時の遺体も同じだったそうだ)」

 二人共宮田の言うカビ、に侵された、ということか。

「(どういうことだと思う)」

「(同じカビに侵された、ってことだろう)」

「(違う)」

 一重のツリ目で睨まれた。

「(どうして同じカビに侵される? 例えば、佐古田。お前と会っているせいじゃないのか?)」

 首を振った。

「(お前じゃないのは知っている。発光しないのを確認しているしな。思ったのはお前の会社の連中だ。今回も式の手伝いをしている。誰か鷺沼と鷺沼の母に関わっている人物がいないか?)」

 今日来ていた社員で鷺沼と関わっているとすれば……

「(しらないのか?)」

 一人しかしらないが、鷺沼母とも会っているのかまでは知らないし、宮田にその名前だけは言いたくない。

「(お前の方見てるぞ)」

 宮田につつかれて、そっちを振り返った。

「佐古田さんお久しぶり」

「!」

 水沢さんが、コーヒーのトレイを持って立っていた。

 なんと返そう、と思っていると、自分の手が震え始めたのに気づき、慌てて足の間に手を挟んだ。

「み、水沢さん。おひさしぶり」

「佐古田さん。後でいいから、少しお話し出来るかしら?」

「いや、あの、ちょっと…… みや…… いや、こいつと出かけなきゃいけないんだ」

「そう…… じゃあ、また機会があれば」

 水沢さんはトレイを持って、奥の席に座った。

 私はそれを確認して、宮田に言った。

「(ちょっとここを出よう)」

「(なんだあの女は。お前あの女のこと好きなのか?)」

「(ここでは話せない。早くここを出よう)」

「(ふん、何でもいい。ここで話せるだろう)」

 私は立ち上がって、宮田の袖を引っ張り上げた。

「何をする」

「(いいから来いよ)」

 ようやく事態が飲み込めたようで、宮田も立ち上がった。

 とにかくこの場を離れなければならいと思い、駅に入り、一駅だけ移動した。

 ハンバーガーショップに入り、同じように飲み物だけを注文した。

「こっちの金はおごれよ」

 私は宮田の分の飲み物代も払った。

 席に座ると、私は言った。

「さっきの女だ。宮田の言うカビを鷺沼と鷺沼の母に付けたとしたら、あの女なんだよ」

「まさか」

 端からこっちの言うことなど信用していないような口ぶりだった。

「言ったろう? 鷺沼と鷺沼母に共通して関係がある人物。同じ会社の社員。水沢さんならすべて辻褄があう。会社の真下の駅で自殺したわけだし」

「まあ落ち着け」

 宮田は何か考えているふうだった。

「通夜の手伝いをしていただけだろう? 関係があるとは思えんが」

「水沢さんは鷺沼の日記に出てきている。付き合ってたようだ。鷺沼のお母さんに以前話した時、お会いしたい、と言っていた。何かの時に会ったのかもしれない」

 宮田の細いツリ目が更に細くなった。

「婚約とかか?」

「そうじゃないはずだ。お母さんは日記を読んでから水沢さんのことを知ったみたいだし」

「やけに詳しいな」

「鷺沼の日記に書いてある分からの推測だ」

「その女がカビを持っていたとして、わざわざ俺たちに近づいてくるか? もっと騙したりしやすい、殺しやすい相手を探せばいいじゃないか」

「変わった考えだな。こっちが正体を知っているなら、公にされる前に消そうとおもっているんじゃないのか?」

 そうだ。正体を知っていると判れば、殺されてしまう。なるべく、無知を装わなければ。

「こんなカビのことを信じるのはお前ぐらいだ」

 宮田は頬杖をついた。

「そういうお前はどうなんだよ」

「カビは俺の作った話だからな……」

「なっ……」

 いや、そんなバカな。

 カビ…… というか液体生物は確かに俺を襲ってきた。蛍光のように発光するのも同じだ。カビは作り話かもしれないが、地下鉄には怪生物がいるのは間違いない。

「鷺沼の日記にも、発光するくだりがある。いまさらカビの話をウソとか言うのか?」

だと言ったろう」

「じゃ…… なんで、駅の連絡通路で……」

「お前の意識が勝手に作り出したんだろ」

「ふざけるな!」

 どうにも怒りが収まらなかった。

 何分だろうか、何十分だろうか、とにかくこの仮名の痛いだけの男を罵り続けた。

 店員も、わずかにいた客も迷惑そうな顔をしてこっちを見たが、そいつらに聞こえないように声を小さくしながら、クソとかボケとかオタクとか馬鹿にし続けた。

 最後の最後に、宮田を殴りたかったが、殴ってどうなるものでもなかった。こいつは本当に液体生物を見たことがないのだ。だからカビというものを勝手に想像し、こっちを脅かして喜んでいた。

 薄暗い地下鉄の駅で黒のサングラスをして、何か見える訳がない。

 この二月ほどの間、痛いだけの男の、くだらないイタズラにつきあわされていたのだ。

 宮田には、別れの言葉など何も告げずに店を出た。

 部屋に戻ろう。

 もうこいつらと関わりになるのはよそう。

 私はそう思った。

 何日間か、部屋とコンビニを往復する生活を始めた。

 どのみち会社にはいけない。

 勤務中にオーバードーズをしてしまった人間は危なくてそのままは雇えないのだろう。

 どこか転勤先を考えているのか、やんわりと辞職してもらうようにもっていきたいのだろう、と思っていた。

 だから、そういう生活を続けていた。

 満額ではなかったが、給料も振り込まれた。

 贅沢をしなければ、貯蓄もあるし、数ヶ月は暮らせるだろう。

 ある時、スマフォに連絡が入った。

 人事部からで、一度本社に出てきて欲しいとのことだった。

 こっちの都合に合わせてくれるようだったので、水曜の昼間の時間を適当に告げると判ったと返事があった。

 さあ、いよいよ首かと思って、その時刻に本社に入ると上司が居て、転勤を告げられた。

 断るのなら…… 別の部署もあるが、それは本当にxx部屋だと言われた。

「佐古田くん。君は働ける。何人かこういう症状の社員を見てきたからわかる。間違いない。だから、地方の支社で自信を付けて戻っておいで」

「わかりました」

「ボクは、君が普通だと思っているからさ」

 そんな期待されていたのに、私はどうして頑張らなかったのだろう。

 そうだ。今度こそ、期待に応えるように頑張ろう。地方の支社からでも、本社に戻ってこれるくらい一所懸命働けばいいんだ。私はそう思った。

 私は頭を下げた。

 転勤先のことが書かれた書面をもらい、気持ちが落ち着いたら連絡をすることになっていた。

 連絡をしたら引っ越しを始めとした異動の手続きをする。

 そしてまた何日か、引きこもりがちな日々を過ごした。

 本当にこの会社で働き続けるべきなのか、やめてしまおうかと考えていた。

 最終的に出た結論は、その転勤先…… 地方勤務を受け入れることだった。

 今の自分の状態で他の会社に行ったらどういう形で雇われるのかを考えていた。

 きっとバリバリ働くことを期待されるのではなく、政府からの補助金の為に雇用されるのだろう。

 だったら、もとの仕事の方がましだった。

 まだ実力を評価してもらえる(かもしれない)からだ。




 転勤直後に梅雨があけた。

 転勤して、良かったことは地下鉄に乗らなくてよくなったことだった。

 べちょべちょした感じのコケやカビや、ホームの天井やレール間際の水の流れ、大勢の乗降客を見なくて済むことが、私の心を落ち着かせたようだった。

 もう精神科に行かなくてもいいだろう、と思っていた。

 しかし、本当に精神が除染されたのかは分からなかった。

 そうおもっていたから、気まぐれに精神科に行っていた。

 精神科に行くには、都心にもどらねばならない。

 その時には、一番キライな地下鉄にも乗ることになる。

 精神科に行く途中で、精神が汚されてしまうような気がした。

 だが、会社から指示が出て、期間内に精神科に行くことになってしまった。おそらく社員のだれかが自殺したのだ。

 以前聞いたことがある。社員へ相談室へ電話しろ、だの、精神科に通ったことのあるヤツに再受診の指示が行くときは、誰かが自殺して会社が対策をしなければならなくなったからだ、と。

 だから今回もそうだったのだろう。

 もしかしたら、鷺沼の死に対して、ようやく会社がアクションをとったのかもしれなかった。

 とにかく、理由は分からなかったが、会社の指示で都心の精神科の先生のところに行くことになった。

 新幹線を使って都心の駅に着くと、そこから地下鉄に乗り換えた。

 地下鉄に乗っていると、斜め向かいの優先席に白衣を来た男をみつけた。

 雨も降っていないのに百均で売っているような傘を持ち、白衣と対照的な黒い大きなカバンをひざに抱えている。

 左右をキョロキョロと、必要以上に確認しており、手や身体も震えているように見えた。

 私はあえて見なかったフリをしようと、スマフォを取り出した。

 宮田の作り話が分かった時から、存在すら忘れていたメッセージアプリを開くと、まさにこのタイミングで、メッセージを受信した。

『悪かった』

 鷺沼の母の通夜に送られたメッセージだと思って、何度か送信の時刻を確認したが、やはり今受信したものだった。

『お前に謝りたい』

 宮田は立て続けにメッセージを送ってきた。まるで私が都心に来たのが分かっているような感じだった。

 何かゾッとした。

 どうやら、その感じは宮田のメッセージから感じたのではなかった。

 視野の隅に映った、優先席の白衣の男の表情だった。

 追い詰められたように床をじっと見つめ、エアコンの効いた車内でダラダラと汗をかいている。

 見ていると、優先席の男は黒いカバンをひっくり返し、透明なビニールに入った液体を床に置いた。

 男は靴のまま椅子の上に乗り、ビニールを傘の先で突き始めた。

 私以外にも気づき始め、騒ぎ始めた。

「車掌を呼んでこい」

「お前何をしている!」

「早く逃げろ、毒ガスだっ!」

 気づくと、白衣の男はガスマスクをしていた。

 まずい……

 あの液体がなんであれ、どんなガスがでるとしても、この狭い車内では致命的だ。

 幸い、駅が近かったようで、電車は減速を始め、ホームに停車した。

 ドアが開き、乗客が一斉にホームに出ようとした瞬間、つついていたビニールが破けた。

 床をサァーと音を立てて広がる液体。

 何かに反応してか小さな泡が出ている。

 ガスマスクの男は足を滑らせながらホームへ出て行く。

「除染だ、消毒するんだ」

 電車の方を向いて、そんな事を言っていた。

 まただ、また除染とか言い出す奴が電車に出たのか……

 こっちのドアの乗客はドアでひっかかりながらも外へ出て行く。

「乗ったら駄目だ、変なガスが出ている!」

「液体を撒かれた、液体を撒かれた」

「毒ガスだ、逃げろ」

「離れろ危ないぞ」

 駅は火災警報がなり、駅員が地上へと誘導した。

 私が地上に出た時は、地下鉄への入口付近に消防車や救急車、警察車両が止まっていた。

 気持ちが落ち着かず、カバンからクスリを探して飲もうとしていた。

 駄目だ、クスリを飲んだらまた……

 スマフォが震えて宮田からメッセージが入る。

『なんか事故があったみたいだな』

「!」

 さすがにこれだけ騒ぎになれば、またニュースにもなっているかもしれないが…… 宮田の反応はあまりに早すぎる。

『おまえ、どこにいる?』

「ここだよ」

 声とともに肩を叩かれ、慌てて逃げ去ろうとして転んでしまった。

「み、宮田?」

 細い目の男が立っていた。

「(仮名だから大きな声で呼ぶな)」

 痛い感じも変わっていない。

「いつからそこにいた?」

 私は少し足が震えていて、スムーズに立てなかった。

「今、たまたまここにいたんだよ」

「……」

 このホームから避難してきた乗客、消防車や救急車をみて集まってくる野次馬。そんな大勢の人でごった返しているところで、たまたま見つけたとでもいうのか。

「お前に言っておきたい話がある」

 宮田の顔つきに真剣さを感じた。

 私は医者に電話して、地下鉄で事故に巻き込まれたから到着が遅れると伝えた。

 近くの喫茶店を探して入り、この騒動を見下ろせる二階席に並んで座った。

「何が言いたいんだ。もうカビの話はなしだぞ」

「お前の言ったとおり、液体生物がいるって」

「……」

「後で見せたいものがある。今は話を聞いてくれ」

 宮田の真剣な表情に不安がよぎる。

「笑わないで欲しい。俺はお前の会社の人とお付き合いさせていただいた」

「はあ?」

 ふざけてやがるのか。

「……ふざけたり、自慢したい訳じゃない。カビのことが想像の話だ、と言ったあの後、お前の会社の水沢という女性が俺のところに来た」

「何がいいたい?」

 水沢さんがなぜこんなヤツに……

「俺に興味があったのではなく、鷺沼のことを調べていたような感じがする」

「鷺沼のことだって?」

「とにかく、はじめて女性と付き合ったから、色々とまどうことも多かった」

「……」

 鷺沼の死をどれくらい調べられているか知りたかったのだろうか。

 水沢さんと付き合ったあたりで、鷺沼は発光のことを書いている。鷺沼の母も水沢さんと……

「水沢さんは……」

「お前の言いたいことはわかる」

「じゃあ、何故」

「すえぜん食わぬは…… って昔からいうじゃないか」

「違う」

 言いたいことは、そういうことじゃない。

 水沢さんは何か隠している。

「そうだ。俺の言いたいことも違う。いいか、良く聞け、これは水沢さんから聞いたこの自殺の連鎖のことだ。どうやら、エアコンが関係しているんだ」

「エアコン?」

「お前は液体生物だと言った。それはどうやらエアコンから出てくるもののようだ」

 本当にそういうことを言いたいのか?

 騙されていないだろうか。

「お前が聞いていた、びちゃびちゃという音。エアコンから出ているんだよ。部屋のエアコンでもそういう液体生物が出てくることがある。浴びれば大変なことになる……」

「?」

 宮田の様子がおかしかった。

 急にうなだれて、声がかすれた。

「どうした?」

「す、すまん……」

 どうやら宮田は泣いているのだ。

「何故泣く?」

「いや、何でもないんだ」

 なんでもないわけないだろう。何かを隠している。

「ちょっとトイレに行こう」

「……」

「お前も来い」

「なんでだ」

「(みせたいものがある)」

 急に顔を寄せ、小声で言った。

 水沢さんとヤッたお前のモノを見せるとでも言うのか。私は宮田の言葉を無視した。

「(さっき言ったろう)」

「見たくない」

「こっちが命をかけて伝えようとしているのに」

「?」

 宮田に腕を引っ張られ、立ち上がった。

「何があったんだ?」

「これから見せる。見ればわかる」

 二人でトイレに入った。宮田はトイレの真ん中小便器のところに立った。

「お前は誰かが入ってこないように入り口を抑えてくれ」

「ああ……」

 ドアに背中を預けて入ってこれないようにした。宮田は上着を脱ぎ始めた。

「何を始める?」

「いいから見ればわかる」

 異様に白い肌に、濃い胸毛が生えていて正直あまり見ていたくない姿だった。

「佐古田、いいぞ、灯りを消せ」

「……」

「俺とお前しかいない。消しても大丈夫だ。いいから消せ」

 言われるまま、近くにあったスイッチを切った。

 パッと暗くなったところに、宮田の体から蛍光が発せられ、その蛍光が模様のように浮かんだ。

「!」

「灯りをつけろ!」

 私は宮田の体を見るばかりで、スイッチを探しあてられなかった。ようやくスイッチを入れた時には、宮田は服を着始めていた。

「(なんだよ今の)」

「(発光だよ。液体生物に侵された者の症状だ)」

「エアコンって、そこまで判ってて……」

「この季節…… 判っててもエアコンはつけるだろ?」

 うなずいて答えた。

「エアコンつけたまま、うっかり寝てしまった。その時かららしい」

「……らしいって、本当はいつからか分からないのか?」

 今度は宮田がうなずいて答えた。

「液体生物がどうやって俺に入り込んだかまでは分からない。けれど入り込んだらこうなることは分かっている。鷺沼も、鷺沼の母も同じ。そして俺も……」

「自殺するとでもいうのか?」

 ドンドン、と背中を押された。

「早くしてくれ!」

 トイレの外から声がする。

 宮田はそっと小さい声で言った。

「ここを出よう」

 そしてカフェを出ると、宮田は言った。

「地下鉄の事件って何だったんだ?」

「知らないが、目の前で液体をまいたやつは、『除染だ、消毒だ』と叫んでいたよ」

 宮田は黙っていた。

「ただ床に液体をまいてどうなるわけでもないのに」

 宮田は立ち止まった。

「俺は『除染』とか叫んだというやつの気持ちがわかる」

「どういうことだ?」

「俺と同じ気持ちってことさ」

「だから、どういう……」

 細い目で、キッと睨みつけると、いきなりまくしたてた。

「電車に飛び込むような奇怪な自殺者が、殆どこの液体生物のせいだとしたら、駅のエアコンから電車のエアコンまで、隈なく除染したいという気持ちは分かるって言っているんだ」

 言葉は尽きない。

「電車にしろそこら辺のビルのエアコンにしろ、びちょびちょと変な音を立てて、液体生物が行ったり来たりする音をかき消している。のを手助けしている」

 急に背中を丸めて、うなだれた。

「早く除染しないと大変なことになる」

「感染しない方法はないのか?」

「知るか」

 と、ぼそっと言った後、こっちを向いてニヤリ、と笑った。

「エアコンをつけないことかな?」

 電車やビルのエアコンはつけないことは出来ない。自分の部屋に引きこもってろとでも言いたげだ。

「じゃあな。生きてたらまた会おう」

 会話がいちいち痛いし、そのせいで真剣ではないのかと思ってしまう。

「ちょっとまて、お前、その、水沢さんとどこまで……」

 宮田は細い目を更に細くした。

「怒ったのか?」

 ニヤリと笑った。

「ご想像におまかせするよ」

「……」

 こいつに聞く質問ではなかった、と後悔した。

 宮田と別れ、精神科の医院へ歩いて向かった。




 カウンセリングを受け、先生に会社に受診を伝える書面を書いてもらった。その書面は本社に送らねばならなかったが、近くにいるから届けてしまおうと思った。

 連絡をして本社に向かった。

 地下鉄の駅に降りると、地下鉄はまだ混乱していた。

 事件のあった駅には止まらないとアナウンスがあった。それと運転本数を大幅に減らしている、とのことだった。

 私は駅員に状況を聞いた。

「車両は止めたまま検査が続いています。その為、下り側車線を使って単線運転しています」

「下り車線側が使えるなら駅に止まってもいいのでは?」

「駅はまだ警察と消防の作業が続いていて立入禁止なんです」

 そういうことか。

 本社の駅には行けるが、かなり時間がかかりそうだった。

 地下鉄以外で行ったことがない私は、これを頼るしかなかった。

 それと、下り車線側で事件のあった駅を通過すれば、何か見れるか興味があった。

 ようやくついた電車は時間帯に見合わないような混雑度だった。とにかく、上り車線が見える側を確認すると、そちら側のドアに少しずつ位置を変えていった。

 事件が発生した駅の辺りで、電車は減速し始めた。

 切り替えポイントを通過するためなのだろうが、駅を見ようと思っている私には都合が良かった。

 ドアの窓の外は暗く、車内が写って見えるばかりだった。

 駅では何か起こっているだろう。

 何かあの液体で発生した気体が充満していたら、脇を通過している電車の中にも入り込まないのだろうか。

 ふと考えると、この措置は無謀ではないかと思い始めた。

 いや、まて。

 通過させるのだから、さすがにその点は解決済みなのではないか。警察の検証が終わっていないだけで、安全状態が確保出来ていなければ、その脇を通過させることはないだろう。

 一人で勝手に考えをすすめるうち、ホームの灯りが見えてきた。電車の先頭からホームの端にはビニールシートがかけられていた。

 なんだ、見えないのか、と思っていると、停車している電車の窓を通して、チラリと上りホームが見えた。

 警察官の格好をした者が何人か囲んでいるところに、見覚えのある男が混じっていた。

「ん…… あれ、容疑者じゃないのか……」

 私の小さな声で、周りの何人かが駅の反対側を見た。

 しかし、事件の起こった車両などは窓のカーテンが降ろされていて、人影が映るばかりで人物の顔は見えなかった。

 私は車両の後方側でカーテンがかかっていない車両がないか、じっと待っていた。

 だが、途中で電車が加速を始め、ついに反対側のホームでなにが行われているのかを確認することはできなかった。

 窓に映る光景が、再び車内となった時、私の蛍光が映って見えた。

「!」

 混雑状況の中、無理して振り返るとその男の血管という血管から蛍光を発した。

「ヒッ!」

 声を上げると、周りの乗客から睨まれた。

 口で説明出来ずにいると、男の目玉が弾け、そこから蛍光に光る液体が流れできた。

「ば、化物っ……」

 私はもがいてそこから離れようとすると、周りの乗客が無言で抵抗した。肘や膝で強く押し返され、私はどこへも動けなかった。

「化物が…… ほらっ、そこに目玉が割れた男が……」

 さらに強く押し戻された。

「どこにそんな男がいる」

 私が指さすと、そこには水沢さんが立っていた。

「えっ?」

 さっきまではそうだった。

 絶対に水沢さんではなかった。

 今日も精神科の先生が言っていた、調子よさそうですね。だから幻覚なんか見るわけないんだ。

 私は何かの見間違いではないかと、じっと水沢さんを見つめた。

 そして、水沢さんがこちらに気付いた。

「佐古田さん?」

「……」

 電車は減速すると、駅に停車した。

 乗り換えの人が大勢いたのか、ドアが開くと車内は少し余裕が出来た。

 水沢さんは私の横に立ってきた。

「佐古田さん、本社寄られるんですか?」

「そ、そうだよ…… 診察した書面の提出が必要なので」

「時間があれば、ちょっと本社に行くまえに、お話しできません?」

「時間はあるけど、何の話ですか?」

「ダメですか?」

「……」

 何を言ったらいいのだろう。

 断る理由もなければ、話をする理由もない。

 もしかして、私のことを好きなのではないか、という考えが頭をよぎる。絶対にありえない。

 絶対にあり得ないことはないだろう。宮田と付き合ったっぽいじゃないか。アイツでいいなら問題ないはずだ。

 考えているうちに混乱してきて、余計に話すことができなくなった。

「本社の駅にある喫茶店でいいですか?」

 私はうなずいた。

 本社の駅の喫茶店なんかで飲んでいたら、社の人に見つかってしまう。社内恋愛なんてしたら、一方が飛ばされてしまうと聞く。そんなところで、コーヒーとか飲んで大丈夫なのだろうか。

 ずっと余計なことばかりが頭のなかに浮かんでくる。

 水沢さんに関しては、もっと大切なことがあったはずだ。だが、それは思い出せなかった。

 本社のある駅のカフェに入ると、それぞれアイスコーヒーを注文した。向かい合わせの席に座ると、水沢さんがニッコリと笑った。

「佐古田さん。佐古田さんは林さんのこと知ってますよね?」

 何の話がしたかったのだろう。

 私の知り合いに林という人物はいない。

 まだ喋れずにいる私は、首を振った。

「……そうなんですか? 林さんは佐古田さんのことも、鷺沼さんのことも知ってましたけど」

「!」

「どっかで佐古田さんと一緒にいるところ見ましたよ。私」

 宮田? まさか宮田の本当の名字が林なのではないか、と直感した。

「まあ、林さんを知らなくてもいいです。単刀直入に聞きます。佐古田さん、何か私を疑ってませんか?」

「……」

 私が水沢さんを疑った、と、どうして思うのだろう。その方が疑問だった。

「林さんが言ってました。鷺沼さんと鷺沼さんのお母さんの死に関わっているのはあたしだって」

「……宮田? それ、宮田のこと?」

「??」

「どんな顔の人?」

「こ〜んな目の人のことです」

 水沢さんが目尻を引っ張って細い目を作ってみせた。

「宮田だ。間違いない。宮田は仮名だけどね。そうか、あいつ林っていうのか」

「みやた?」

「あ、なんでもない」

 仮名を他人ひとに知られるのを極端に嫌っていたのを思い出した。

「私、ちょっと大きな声では言えないんですが」

 水沢さんが手招きした。

 向かい合わせに座っているから近寄っていくと、足が当たった。

「あ、ごめん」

「(耳を貸してください)」

 懸命に体を伸ばし、首をねじって耳を突き出した。耳はきれいに掃除していただろうか…… 急にそんなことを考えて恥ずかしくなった。

「ちょっと待ってください」

 さっとハンドタオルで耳を拭った。

「はい」

 水沢さんが手をあててきた。

 やわらかくて小さな手。

「(私、実はハンターなんです)」

 言った内容より、耳にかかる吐息の方を耐えるので精一杯だった。興奮状態の脳が、冷静に考えると、水沢さんの言ったことに疑問符がいくつもついた。

「なんのことですか?」

 また手招きした。

 水沢さんに耳を向けながら、快楽を待つように体が震えるのを感じた。

「(林さんや、佐古田さんが言う『カビ』や『液体生物』のような『妖怪』って読んじゃってますけど。それを探してやっつけるんです。だから妖怪ハンターってやつです)」

「えっ!」

「(声が大きい……)」

 妖怪ハンター…… なんだそれは。

 真面目にそんなことを言っているのかこの女は。本社に立ち寄らなければいけない時間を割いて、聞いた言葉が『妖怪ハンター』とは恐れ入った。

「ふざけないでください」

「ふざけてませんよ」

 水沢さんはほおずえをついてニッコリ笑った。

「そんな人はいません」

「これ立派な環境省のお手伝いなんです…… 秘密ですよ。他人に言わないでくださいね」

「そんなものを副業で……」

「やる人もいるんですよ。私みたいに」

「信じられない」

「別にいいですよ。信じなくて。ちなみに『妖怪』って呼んでますけど、あれ、妖怪でもカビでもなくて、佐古田さんがみたという、液体生物っていうの方が実際に近いんじゃないか、と考えてます」

「……」

 なんだろう。

 この国の自殺者が液体生物=妖怪だったとして、それを把握して退治しようと考えるのは普通な気がする。

「ん…… あの。これを見たら信じてもらえるかも。今情報が入って。この地下の駅にいるって」

 笑っていた表情が消えた。

「どうします? 見ます?」

 真剣な表情をみると、水沢さんが美人であるように思えてくる。いや、確かに美人だ。

 見たい、という好奇心と、水沢さんと一緒にいたい、という願望を両方満たすことができる。

「見ましょう」

「じゃあ、ついてきてください」

 二人で店を出た。

 改札に向かい、ホームに降りる前に立ち止まり、説明があった。

「まだ我々の検出装置では、妖怪と妖怪に感染した人、の区別がしっかり出来ません。感染した人は林さんや佐古田さんの言う通り、蛍光を発するようになります」

 周りを見ながら、かなり早口で話す。

「だから、今回の検出が妖怪か、妖怪に感染した人かは、五分五分…… もっと率は悪いですね。九割九分ほどは感染者です」

「それじゃ…… 見ても分からない」

「大丈夫です。感染者だとしたら顔のリストがありますから」

 水沢さんはこっちにスマフォを見せた。

 どうやらスマフォのカメラを使って判定出来る、ということらしい。

「いきましょう」

 ゴクリ、とつばを飲み込んだ。

 鷺沼の死の原因がついに分かるのだ。

 水沢さんは何気なくスマフォを正面に向けながらアプリで感染者を確認している。

 感染者がみつからなければ…… 液体生物そのものを見ることが出来る…… かもしれない。

 水沢さんがこちらをちらりと振り返って、首を振った。

 こっちのホームには感染者はいないらしい。

 私はじゃあ、反対側か、と思い目線を反対側のホームに移した。

「!」

 反対側のホームに宮田が見えた。

 いや、宮田ではなく、林か。

 何か耳を抑えている。

 水沢さんが連絡通路へさっさと戻ろうとしているので、肩を叩いて宮田を指さした。

「アイツが林でしょう?」

「あっ!」

 電車がホームに入ってくる轟音が響いた。

 水沢さんも驚いたように目を見開いていた。

 見てはいけないものを見てしまった。

 電車は停止し、ホームには事故があったアナウンスが流れ始めた。

 反対側の電車はずっと止まったままだった。

「は、林さん……」

 水沢さんは震えていた。

「林さんは感染者ですか?」

 私が問うと、水沢さんはうなずいた。

 今日、その証拠を見せられたばかりだった。

 そう、感染者はほぼ自殺する。

 こうなることがあることを予測するべきだった。

 知り合いが目の前で死ぬところを見てしまった。

「……か、帰ります」

「ま、待って佐古田さん」

「そうだ、本社に書類を」

「違うの」

 水沢さんがホームに出っ張ったエアコン近くの壁に持たれかかるようにしながら、そでを引っ張ってきた。

「お願い…… 怖いの」

 確かに、綺麗なその足は震えている。

「……」

「来て」

 少し水沢さんの方に行くと、首に腕を回してきた。

 耳元で囁く。

「ぎゅーってして」

「えっ?」

「怖いのが治まるまで」

 水沢さんの背中に手を回すと、自分の手が可能な限り水沢さんの身体に触れないように引き寄せた。

 付き合っているわけじゃないんだ。

 水沢さんは林と……

「もっと触っていいの」

 いや、駄目だ。鷺沼やさっき死んだ林に……

「怖いの…… お願い」

 見上げてくる水沢さんの瞳を見ているうち、急に何かスイッチが入ったようにあちこちを触り始めた。

 初めて触る大人の女性。

 きゃしゃで、それでいて柔らかい。

 いい匂いがして、ぎゅっとしているだけで幸せなきもちになった。

「ん……」

 水沢さんが、瞳を閉じて顔を近づけてきた。

 自分も目を閉じて唇を重ねる。

 本能に逆らいきれず、舌を絡め始めてしまった。

「!」

 違和感を感じて、手を止めた。

 水沢さんはまだこっちの唇を軽く噛んできている。

 ようやく気付いたように、水沢さんは身体を離した。

「?」

 水沢さんは何が起こったのか分からないようすだった。

 とにかく、トイレに行こう。

 私は水沢さんを残して、走り始めた。

 水沢さんが追いかけてきているのか、その場に残ったのかも分からない。

 とにかく、駅のトイレに駆け込むと、鏡に写る自分の姿を確認してから、口の中にある唾液…… 違和感の元となるもの…… を吐き出した。

 白い洗面台に赤黒い、唾液なのか何なのか分からないようなものが流れていった。

 液体というか、固くないようかんのような、小さな固まり。

 これが妖怪…… いや、液体生物なんじゃないのか?

 これで林も鷺沼も、鷺沼の母も?

 鏡に写る、自分の口の回りが真っ青になっているのを見て、慌てて手で水をすくい、口をゆすいだ。

「だれが妖怪ハンターだって?」

 そう言って、洗面台に口を近づけて、口をゆすいで吐き出す。

「みえすいたウソだ」

 誰に言う訳でもなく、そう言うと、もう一度、蛇口の水を含んで、ゆすいで吐き出した。

 何回かそうした後、顔をあげると、鏡に水沢さんが写っていた。

「うわっ!」

 振り向いて逃げようとした時に、段差に足を引っ掛けて転んでしまった。

「み、水沢さん……」

 立ち上がれないで震える足になんとか力を入れようとしていた。

「?」

 そこに立っていたのは、見知らぬ長髪の男だった。

 こちらを睨みつけると、かるく手を洗って出ていった。

「佐古田さん? 呼びました?」

 男子トイレの中に、かすかに声が響いてきた。

 こっちの話したことが聞こえてしまった?

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 どうする…… 出て行って危険はないのか?

 いや、さすがに今出て行けば沢山の人の視線がある。

 いくら液体生物とは言え、何も出来ないだろう。

 逆に水沢さんがいなくなるのをじっと待っていた場合、水沢さんが出てくるのを待っていたらそこで殺られてしまう。気づかなかったフリをして、さっさと出て行くのが得策だ。

「水沢さん、ごめん、急にトイレに行きたくなって」

「急に走るから、そうだと思ったよ」

 水沢さんは肩で息をしている。

「林さんのことなんだけど……」

「ちょっと話したくらいなんだ。本名とかは教えてもらってなかったし」

「そう…… 私、どうしたらいいのか」

 なんだろう林の搬送先を追っかけるべきなのか、とかそういう意味か?

 それとも彼氏を失って寂しいとか、そういうことなのだろうか。

 こういう時、本当はどうすべきなのだろう。

 知り合い、とは言え、本名すら教えてもらっていなかった。深い仲ではないのだ。

「とにかく本社に戻ったら? 林の両親とかの連絡先とかは知らないでんしょ」

 水沢さんはうなずいた。




 宮田、というか、林が死んだ。

 これで自分の回りで三人も自殺している。

 これ以上人を失いたくない。

 もちろん自分も。

 ようやく書いている時間に追いついた。

 思い返せばこの数ヶ月は異常だった。

 鷺沼、鷺沼の母、宮田(林)。

 カビの話から液体生物、除染する男の騒ぎ、宮田(林)の発光、水沢さんの妖怪ハンター宣言。

 かなり慌てて書いているから、読み返して、間違ったところを直していきたいところだ。

 後は、この文書をどうやって公開するかをかんがえないと……

 隣の部屋のエアコンが、びちゃびちゃ、変な音を発てている。

 まずい。宮田(林)が言うには、エアコンが鍵だという。

 自分がつけていなくても、隣のバカがつけていては同じことだ。

 毎日毎日帰宅と同時にエアコンをつけっぱなしにしやがる。

 くそう…… こっちは暑い思いをしているというのに。

 ん、部屋のチャイムがなった。

 珍しく来客のようだ。

 ……まずい。

 一旦保存しておく。

 それと、今からしばらく、パソコンの音声入力で記録するようにする。

 初めて使うから、上手く記録出来るか分からない。

 記録されていることがバレないように机のしたに置く。


ーーーCOM口述筆記開始(カメラON)

 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)

「あ、ようこそ」

「おじゃまして良かったかしら」

「うん、大丈夫。あがってあがって」

「さこたさんの部屋にくるのはじめてだよね」

「みずさわさんわざわざこんな遠くまできてくれるなんて、ありがとう」

「さこたさん、あなた、どうして自殺しないの?」

「えっ、突然なに?」

「どうして自殺しないのかなぁ?」

「どういうこと?」

「私、何度も指示したんだけど?」

「指示?」

「ちょっと電気消すよ?」

「な、何する…… みずさわさん、その腕……」

「さこたさんは何故発光していないの?」

「だからどういうこと?」

「あの時…… あの時ね。私の送り込んだ生物を飲み込んでいないのね」

「だから急にトイレに」

「ちがうよ……」

「まあいいわ、今からもっと強いのを飲み込むことになるんだから」

「どういうことだよ、みずさわさん」

「この身体も足がつきはじめてるってことだよ。あんなみたいなのにバレるんだから」

「……」

「それにこの女の身体も、もうボロボロだからな」

「みずさわさん…… じゃない、のか? や、やられないぞ!」

「抵抗しても気が狂ってしまっては同じことだ。我を受け入れた方が幸せだぞ」

「いやだ! 燃えてしまえ!」

「な、何をする…… お前も逃げられないぞ?」

「死ね! 死ね!」

「い、いたい! 痛いし熱いし、何をするのさこたさん」

「みずさわさんの声を使っても無駄だぞ」

「私よ、全てがこの妖怪に奪われたわけじゃ」

「だまされないぞ」

「このまま炎が広がれば、死ぬのは我のみではないぞ」

「死んでもいんんだ」

「むっ? そのパソコン……」

「駄目だ、それは……」

「まさかここのやりとりをネットに流しているのか……」

「……やめろ!」

「ってぇな!」

「うぁ〜っ」

「ガサッ」

「ゴサガサッ」

「みずさわさんしっかりして」

「みずさわさぁ〜ん」

「こ、殺し……」

「ちがっ、こ、口述筆記をとめなきゃ」

「えっ? みずさわさんの遺体が……」

「うぁあ…… ああっ、液体生物かっ! 身体が溶けていく……」

「ああ」

「びちょ…… びちょ…… びちょ」

「びちょ。ばしゃっ、ぱしゃ」

 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)


 ……(30秒無音)

 ……(30秒無音)

ーーーCOMスリープにより中断



終わり

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除染沿線 ゆずさくら @yuzusakura

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