第4話 お兄ちゃんと思い出した私
目を開けると、天井が見えました。
視界を遮るように、私のおでこに御札が張られています。
相変わらず、身体は動きません。
金縛り?と思ったら布団にぐるぐる巻きにされていました。縄か何かで縛り付けてあるのでしょう。
たぶん、お布団にも、お兄ちゃんの御札が張ってあるかもしれません。
ガラガラと玄関が開く音がして「起きたかあ?」と、お兄ちゃんの声がしました。
「出してよお!のり巻きのかんぴょうじゃないんだから!」
お兄ちゃんはゲラゲラ笑いながら、布団に巻かれた私に近づきました。
「いやあ、タクシーのお祓いだけじゃなくて、お布施が思った以上にもらえたぞ」
お兄ちゃんはご機嫌でそう言うと、神として祀っているおじいちゃんの神棚に、お布施をおきました。
手を合わせています。
「ちょっと、お兄ちゃん!出してようっ!」
「お兄ちゃんは、ちっと疲れたから、少し待ってろ」
お兄ちゃんはそう言うと「晩飯、出前とるけど何がいい?」と言いました。
「出してよお」
「来来軒のラーメンとチャーハンな」
「聞いてないしっ!」
「しょうがないな、レバニラも頼むか」
「祟るぞ、コラ!」
「馬鹿な事を言うな、シャレにならない」
お兄ちゃんは、来来軒に電話をして出前を頼みました。
「出してよ、出してよう」
私は、ついに泣き出しました。もう我慢出来ませんでした。
「あの変質者をねじったのは、私じゃないよぅ」
「わかってる。だか、お前は祟り神を宿している。腹をたてたり怒ったりすれば、相手は、最悪命を失う」
お兄ちゃんはため息をつきました。
「おじいちゃんが、
ちゃんと封印したはずだったのにな。
最近、お前の中の祟り神に引かれるみたいに、怨みを残して死んだ人間の霊が来るようになってきた」
お兄ちゃんは話ながら装束を脱ぎました。
「お前がここに案内してきたのは、ほとんどが怨霊だったってわけだ」
「皆、生きてなかったなんて…そんな…」
ショックでした。
さっき案内した女の人も死んだ人だったなんて…。
お兄ちゃんはふんどしだけの、ほぼ裸ん坊で私の前に立っています。
布団に巻かれた私は、小馬鹿にされているような気がして、なんだか悔しくなってきました。
「いつまでも、ふんどし一丁でいないでよ!」
「馬鹿だなあ、今はクラシックパンツって呼ぶんだよ」
お兄ちゃんはゲラゲラ笑いながら、奥の部屋に向かいました。
「お前、明日から4時起きで修行な?」
と、言いながら。
「なにそれ!?学校で眠っちゃうよ!」
お兄ちゃんは、来来軒の出前が届くと、自分の分をひとりで食べました。
いい匂いがしてきますが、私は相変わらず布団の中です。
「腹ごしらえしたら出してやるからな」
しかたないので、おでこに貼られたペラペラの半紙に書かれた御札を息でフーッと吹き上げて遊んでいたら怒られました。
レバニラを吹き出しながら「はがすな!身体乗っ取られるぞ」と言うのでおとなしくすることにしました。
ひどく悲しくなって来たので、シクシク泣きました。
「そんなに腹減ったのか?」
お兄ちゃんがそう言うので「お兄ちゃんは馬鹿だ」と言ってやりました。
お兄ちゃんは何も言いませんでした。
お兄ちゃんは
「俺はおじいちゃんみたいに、きっちり封印する程の力がないからな」
そう言って、私に明日から一緒に修行することを約束させました。
そうしないと祟り神に身体を乗っ取られるんだそうです。
殺戮するらしいです。ジェノサイド!?
私がまた泣いていると、お兄ちゃんは何か唱えながら私の眉間に指をあてました。
「痛い!!いやぁぁぁ!!」
焼けるような裂けるような痛みに、私は叫びました。
意識がなくなる前、花畑が見えたような気がしました。
次の日から、私はお兄ちゃんと修行を始めました。
私の中の祟り神が、暴走して世の中を祟らないように。
「まずは、祓いと祝詞の暗記な」
冊子を渡され「ここから、ここまで。これからお兄ちゃんと唱える。
読めないところは後で聞いてフリガナふれよ」
神棚に向かって、もちろん正座です。
唱え終わる頃には、脚がしびれました。
「お兄ちゃん、カメハメ波みたいの出せるようになる?」
お兄ちゃんは私の頭をなでました。
「そんなの出せるようになるなら、お兄ちゃんは空飛んでてもおかしくないよな?」
お兄ちゃんは意地悪に笑うと、しびれている私の脚を軽くたたきました。
「ほぎゃぁ~」
朝早く起きて修行を始めたこと以外は、私たち兄妹は変わらないような気がします。
次の日の朝刊に、この町で殺人未遂事件があったと、載っていました。
あの345番地でした。
奥さんが旦那さんを包丁で刺して重傷だそうです。
あの女の人の霊より、奥さんの方が怒っていたようです。
家の中から「外で新聞読んでないで、家の中にはいりなさい」と、お兄ちゃんの声が聞こえてきます。
私は、まるで恋する乙女みたいだった女の人を思い出しました。
私の母親くらいの年なのに、自分の旦那さんじゃない男の人を、好きになってしまった人。
霊になっても、その不倫相手に会いに来た人。
「すいません。○○駅はどっちの方でしょうか?」
私は悪寒が走ってブルッと震えました。
道を尋ねられて、こんな風になったのは初めてです。
振り返ると、あの女の人がいました。
「このまま真っ直ぐ歩いていくと駅ですよ」
「ありがとうございました。…私は遊ばれるのはイヤですからって、別れてきました」
女の人は、清々しく微笑むと駅に向かって歩き始め…
朝の光に溶けて消えていきました。
終
拝み屋兄。崇り屋妹。 ひらゆき @hirayuki
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