第3話 荒ぶる祟り神と私



私は走りました。

体力測定も、体育の授業も本気で走った事のない私が韋駄天のごとく。

誰か学校の人が見たら、陸上部からスカウトがくるかも知れません。


今日はカレーを作ろうと思ってたけど、時間のかからないものにしなくちゃいけません。

ええと…

冷凍庫に鶏肉あるから、

玉ねぎと、卵があるし、

親子丼で。


お兄ちゃん、

きっと道案内をしてたって言えば、怒らないよね。

でも、お腹空いてるとイライラして怒るからなぁ…


おじいちゃん。

お兄ちゃんに怒られないように、守ってね。


走ってきて、息をきらしながら、玄関の引き戸を開けると、物凄く怖い顔をしたお兄ちゃんが立っていました。

お兄ちゃんは仕事の時の、神主さんのような格好をしていました。

「お前は馬鹿だ」


「きゃぁっ」

大量の塩をかけられました。

私は道案内しただけなのに。


「ひどいよ、お兄ちゃん!」

「死人を案内したな」

「違うよ。生きてる人だよお」

また、塩をかけられます。

「お前は、見えてるのに認めないだけだ。

死人を生きていると言う。

死神をカラスだと言い張る!」


「違うよ。違うよ。私には霊感なんてないよ」

「まったく、怨みのある死人を案内しやがって。

その男が霊に殺されたら、お前、目覚めわるいだろう?」

お兄ちゃんは、私にわからないことまでお見通しです。


「お兄ちゃんは、タクシー会社に車のお祓いを頼まれたから行ってくる」

お兄ちゃんは、私を見る目を鋭く細めた。

霊視をしている時の顔です。

「女の幽霊を乗せたタクシーだとさ。

お前も、そろそろ認めろよ。

小さい頃から、お前をいじめた奴が怪我したり…しただろう?」


私は耳をふさぎました。

思い出したくないことを思い出しました。


そう。

いじわるな子は、怪我をしたり…。

私にイタズラしようとした変質者は…。


私は悲鳴をあげて意識を失いました。



真っ黒な闇だというのに、ぐるぐると何かの力が渦巻いているのを感じました。

おじいちゃんが何か唱えている声が聞こえます。

祝詞なのか、なにかの祓いの言霊なのか、私にはわかりません。


私の中から何か大きなエネルギーのようなものが、ぐるぐると渦巻いて外に出ようとしているのを、おじいちゃんが止めようとしているのは、わかりました。

「この馬鹿…」とお兄ちゃんの声も聞こえました。

鼻をすすりながらの涙声でした。


何か言おうとして、声も出ないし、身体も動きませんでした。

私はさっき、知らない、気持ち悪いおじさんに抱きつかれて…


転がっていったランドセル。

まくりあげられたシャツ。

膨らみかけた胸を吸われて…。


死んでしまえ、と、思った。

その首が、何度も何度も雑巾をしぼるように、ねじれてしまえ!

そう思った。


そして、それは現実になった。

私の中の祟り神が、それを叶えたのだ。


いや、いやあー!


叫んだ私は、まだ身体が動かない事に気がついた。

また、私の中の荒ぶる祟り神を、お兄ちゃんが納めようとしているのかもしれない。


おじいちゃんは、あの時の事を忘れさせてくれた。

ひんやりした手のひらを額にあてて、何かを唱えて…。


「お前の中には荒ぶる祟り神がいる。

でも、善行を尽くせば、普通の人間として生きていけるよ。

親切でありなさい。


マザーテレサの言葉に、

ラブイズアクションというのがある。

行動しなさい。

口先で何かきれいな事を言うのは簡単だ。

言い訳もいくらでも連ねられる。

でも行動するのが、一番大切なことなんだよ…」


おじいちゃん…




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