第2話 道を尋ねる人と私
後ろ姿からはよくわかりませんでしたが、女の人は五十代位の人でした。
なにかの営業をして歩いている人ではなく、
普段はパートに行っていて、家事をして、少し手が離れてきた(きっと私くらいの)子供がいそうです。
「すみません。345番地はどの辺りでしょうか?」
「この町は広いですからね。何か目印とかは聞いてませんか?」
私は、近くの消防署や、コンビニ、ここから歩いて5分位のところにある私鉄の駅名を言ってみました。
女の人は目的地は私鉄の駅から5分だと聞いていると言いました。
「その駅から歩いて来たんですか?もしかしたら、駅の向こう側かも知れませんね」
「いえ、JR線で来て、タクシーに乗ったんです。
でも、ナビがついてなくて、
番地だけじゃ分からないから、途中で、
お金いらないから降りてくれって言われちゃって…」
「そうなんですか!?大変でしたね。ちょっと待って下さいね」
私は携帯電話を出して、地図検索をしながら言った。
「駅まで案内しますから、駅で電話したらいいですよ。
この辺りは、道が行き止まりとか、繋がってないとかしてるから、
できれば途中まで迎えに来てもらうとか。
お友達の家に行かれるんですか?」
「それが…」
女の人はもじもじしました。
恋する乙女のようです。
実は独身で、恋人のところにでもサプライズで行くのでしょうか。
駅まで送ったら、急いで帰って晩ごはんの支度を始めれば、いつも通りの時間に間に合いそうだな。と、私は思いました。
お兄ちゃんの顔がちらっとよぎります。
こうして駅に向かっている間にも、暗くなっていきます。
「実は、不倫相手のところに…」
は?
「向こうも私も家庭があるんですけど、夫婦生活がお互いになかったもんだから…」
私、駅まで案内するとか言っちゃったけど、修羅場しにいくんですか?
いくんですかー!?
それ以前に、私、女子高生なんですけど。
何語ってるんですか。
それとも私、老けていますか?
いえいえ、大人っぽいですか?
奥さんっ!?
「ところが、私以外にも。奥さんと私以外にも、
女がいるのがわかったんです。携帯電話、見ちゃって。
ケンカしたんです。この間」
なんて嫌な男でしょう。
ふつふつと怒りが湧きました。
「そんな男は、ばしっとふって別れたらいいですよ。奥さんが家にいたら修羅場になりそうですけど…」
「そうですよね。やめた方がいいですよね」
そんなめにあわされているのに、未練があるような口ぶりです。
だいたい、自分の娘くらいの私に、何を相談してるんでしょう、この人は。
そう思いましたが、
きっと誰にも言えなくて(自慢するような事でもないしね)、
心がパンクしそうだったのでしょう。
「真面目だし、そんな人じゃないと思ってたんですよ」
学校で友達の恋愛話を聞くと、こんな顔をします。
同じ表情でした。
好きって
いくつになってもあるんだなあと思いました。
それでも、この女の人や不倫相手の男の人の事を許せない人は存在するでしょう。
「まぁ、修羅場にならないように。別れちゃえばおしまいですよ」
あははと、私は笑ってみせました。
自分でも、なんだか嫌な事を言ったみたいだな。と思いました。
人の気持ちがそんなにすぐに、割りきれるわけがないのは、私にだってわかります。
「ご親切に案内していただいてありがとうございました」
結局、340番地の電柱の看板(?)の表示が見つかったところで「ここまでで大丈夫です」と言われた。
「そんなつまんない男に関わってちゃいけないですよ」
お兄ちゃんの怒っている顔が目に浮かんで、私は「さよなら」を言うと急いで家に向かいました。
女の人が深々と頭を下げて、夜の闇に溶けました。
消えたように見えたのは、気のせいだと思う事にします。
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