最終章「花々の、青い春」
最終話
「全部思い出したの」
茜色の夕日に照らされて、紫苑は涙でくしゃくしゃになった顔で微笑む。
「それって……」
「ひさしぶり、匙」
「思い出したのか?僕を……」
「せっかくの再開?なのだからもっと喜びなさいよ」
そう言う彼女が号泣しているのだから、世話ない。
「私たちは二人で助かれたのよ」
紫苑は手を広げて僕に飛び込んできた。そして、背中に手を回して力を入れた。「大胆になったね」僕は彼女を抱きしめた。「私はもうあなたを離さないわ」珍しく素直に。
だから僕は紫苑の頭に手を置いて撫でた。彼女の涙は服の間を縫って肌まで到達する。
どれだけ僕たちはこうしていただろうか。
日も落ちかけて薄暗くなった頃ようやく彼女は「暑い」と僕から離れた。それから公園の端にあるベンチに座った。
「君もメモリーに助けられたの?」
紫苑は首を傾げて「メモリー?」と問うので、「記憶を司る者」と答える。
「あなたも知っているのね」
「知ってるも何も、すっかりメル友さ」僕は携帯を出して、新着メールを開いた。
『ワタシたちはメル友だよ』
紫苑は周りをキョロキョロして「どこにいるの?匙がメール打った気配もないのに」と身構える。
「彼女は僕の心を読んで返信をしてくるんだよ」
『感情はすべて記憶に残るからね。
それより期待以上のスピードで試練をクリアしてくれたみたいで、ワタシは嬉しよ』
「まぁこう云うことさ」と僕。「信じられないわ。私の時は白い光だったのに……」不満げに携帯を睨んだ。
『キミにまでワタシが文通しちゃうと試練が成り立たなくなるだろ?
それにあの時キミから覚悟が見えなかったら、助けないでおこうと思ったけど、期待通りの覚悟を見せてくれたおかげでカレも生きてるしメル友できてる。
しかも、しかもこんなに早くクリアしちゃうなんて予想だにしてなかったよ。
優秀、優秀』
いつも通り能天気に彼女は会話する。(これも彼女には聞こえてるんだろうなと思う)
『聞こえてるよ』
ここまでくると怖ろしい。
『だけどワタシもここまでしかキミたちと接触できないようだ。
役割も終わったしね』
「どう言うこと?」
『キミたちとお別れしなきゃいけないってことさ。
ワタシとキミたちとは根本から違うんだ。ワタシたちは「存在」だからね。
だから唐突だけど、ワタシはここでお暇させてもらうね。
さよなら、期待の星々。
PS特待生のキミにはプレゼントをあげるよ』
このメールのあと、メモリーからのメールがすべて削除された。勝手に現れて、勝手に去っていく。
そして、携帯から跡形もなく消えさった。はじめからいなかったかのように。
「プレゼントって何なの?」
「わから……ん!」
――事故の日の記憶がどんどん蘇ってきた。あと……少し紫苑の記憶もまぎれている。
なぜ僕たちがあの高校で再会できたのか、必然だったんだね。
「どうしたの?」下を向く僕を彼女がのぞき込む。「なんでもない」
「まぁいいわ」
彼女には内緒にしておこう。きっと恥ずかしがる。
「紫苑、これで僕も紫苑もお互いの事を思い出せた」
「そうだけど……何?改まって」
「僕たちは再開してお互いを憶えていて、しかも想いあえている」
紫苑は、はっ、とした表情で何か言おうとするが、僕はそれを制して「次は僕に言わせてくれないか?」と聞くと、彼女は小さくうなずいた。
「ありがと。じゃあ言うね」
ベンチの傍らにある白い電灯が明かりを灯して、白いレースのように彼女を照らす。
「僕と結婚してくれませんか?」
紫苑は、頬を赤らめて
「はい」
強く、うなずいた。
「こういう時、小説では大体、キスをしているのだけれど、私たちもしない?」
「確かに……しようか」
「目、閉じて」
紫苑は少し上を向いて、目を瞑った
僕は彼女にどんどん唇を近付けていく――「いたっ」
鼻が当たった。
「下手くそね。こうやってするのよ」
重なり合う。柔らかくて、暖かい。
首を傾けて、鼻が当たらないように、唇を重ねあう。
僕はこんな時までかっこ悪いな。
一度、離してお互いを確かめ合うと、もう一度僕から唇を合わせる。
これで何とか面目は保たれたかな。
――僕は、紫苑の唇に再度、誓う。
――私は、匙の唇に再度、誓う。
――たとえ、天地が逆さまになろうと、僕は
――たとえ、地球が反対に回りだそうと、私は
『『君を忘れたりはしない』』
君を忘れない 哉城 弌花 @Tera_YaKana
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