人ならざるものたち

ピョンス

プロローグ 運命(さだめ)の時


長崎県佐世保市。

明治時代に海軍鎮守府が置かれ、それ以降は軍港として栄えた地方都市である。

自衛隊や米軍が駐留しており、基地と市民生活が密着しているのが特徴である。

観光にも力を入れており、近年はクルーズ船の入港頻度も高くなってきている。




「今年はいつもに増して人が多いですねー」


隣で佐藤修巡査長がボヤくように言った。

10月23日、日曜日。

街にソーラン節が流れていた。

年に一度のYOSAKOI祭りが開催され、佐世保市中心部の四ヶ町アーケードは多くの人で埋め尽くされている。


「今年はMRの200円デーと被ってるけん、余計に多いさ」


巡回中の迫崎稔巡査部長もこの喧騒に半ば呆れていた。

MR、正式名称松浦鉄道(Matuura Railway)は南北に長い佐世保市において、重要な移動手段の一つで、学生の利用が多い第三セクター鉄道である。

今日は『お客様感謝デー』と題して1日限り、1回の乗車で運賃200円というイベントを開いている。そのため、いつもの年より人出があった。


「まるで満員電車ですねー。乗ったことないですけど」


「俺もだよ」


2人は顔を見合わせると苦笑を浮かべた。

普段は佐世保警察署京町交番勤務で、この日は祭りの警備に当たっている。

辺りを見回していると、見覚えのある顔の警察官が目に飛び込んできた。


「お、古川じゃないか!」


「あ! 迫崎~! 元気にしてたか!?」


昨年度まで同じ交番に務め、今は市北部の江迎警察署勤務の古川海人巡査部長だった。警察学校の同期で、よく飲みに行っていた仲だ。YOSAKOI祭りは県北でも大きな規模の祭りだ。応援で来ているのであろう。


「お前最近連絡無いから心配してたぞー」


「まぁ色々忙しいんだよ。管轄範囲も広いんだよなー」


「元気そうで何よりだよ。じゃ、今度また飲みに行こ」


「そうだな!」


飲む約束を交わして古川と笑顔で別れる。

しかし、その約束が履行されることは無かった。




「うぇ~、人多すぎー」


「YOSAKOIだからなー、仕方ないばい」


市内の工業高校に通う南里幸一は、友人の衣笠仁と新作の映画を見に来ていた。

人気の映画とあって朝から多くのお客が入っていた。

この日最初の上映ということもあり、何とか席をとることが出来たので良かった。

この時はまだ人の行き来はスムーズだった。

11時過ぎに上映が終わり、アーケードに出ると人の海と化していた。そしてその中で2人は埋もれている。


さて、昼食はどうしたものか。

人も多いし、とりあえずは街中から抜け出したいな。


「どがんする?この後は」


幸一の質問に仁は腕を組みながら、


「さあ。五番街はこないだ行ったけん、大ジャス行かん?」


と答えた。


「そうね、そがんしよか」


「そんで、飯食ってゲーセン行こ!」


「そりゃいいばい!」


郊外のショッピングモールに向かうことを決めた2人は南に向かうべく、人ごみをかき分けて佐世保中央駅を目指し始めた。

時計は11時15分近くを指していた。




うわ、人多いなぁ。そう思っているうちに友達が見えなくなった。


「友里ー、どこおるー?」


人垣の向こうから声がする。爽良の声だ。


「あ、ここー!」


北野有里は、迫崎たちや幸一たちと同じ状況に陥っていた。

今日は友達がYOSAKOIに出ると言うことで見に来ていた。演目も終わったので昼食をどうするか、話していた最中の事だ。

小柄の有里は人垣に巻き込まれるとあっという間に親友の堀田爽良と神崎葵から引き離されていた。


「まったくー、有里がチビやけんー」


顔を見合わせると爽良がわざとらしくふくれっ面をした。


「チビ言わんといてよ!」


けっこーチビって言葉刺さるんですけど。


小学校、いや保育園の頃から常に列の先頭をキープしてきた有里は身長にコンプレックスを抱いていた。爽良や葵は150台後半あり、どこから見ても高校生、下手をすれば大人の女性にも見える容姿だ。

それに対して有里は147。中学時代に小学生に間違えられた事は数しれずである。胸もそんなに無い、と自身は思っている。


いいなぁ、爽良とか葵は。高校生に見られて。あたしは今も中学生扱いで通ってしまうよ。


思い直してガックリと肩を落とす有里に気付いていないのか、爽良と葵は次にどこへ行くか議論中だった。


「有里はどこ行きたい!?」


いきなり爽良が顔を近づけて訊いた。


「やっぱパスタでしょ!」


「えー、ピザが食べたいー」


反論するように葵が駄々をこねる。


っていつの間にそんなに話し進んでんの!?

ってかその二択なの!?


と、いうより2人の会話には重大な欠陥があった。


「....どっちも同じ店で食べられると思うけど。イタリア料理だし」


「あ、そうやん」


見事に2人の声がハモった。

有里は思わずお腹を抱えて笑ってしまった。

それに釣られたように爽良と葵も笑い出した。

中学生の時から変わらない光景だった。




「佐世保港の沖合に多数の大型物体が潜水中、湾内に侵入します!」


同日午前11時10分頃。

海上自衛隊の潜水艦音響探知システム、『SOSUS(ソーサス)』の運用本部はその報告が上がるや否や、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


「いきなり出現したのか!? 数は!?」


幹部の笛場将大2等海佐も驚きと焦りを感じていた。

もし、これらが特殊潜航艇などの類ならば港湾内の護衛艦や米軍駆逐艦に損害が出る恐れがあった。更には....


「しかも佐世保港は今日は米軍の空母が入ってるんだぞ!」


米軍の原子力空母、『ジョン・F・ステニス』が寄港していたのだ。もしこの艦が魚雷やミサイルの直撃を受け爆発するようなことがあれば、空母沈没などというレベルの問題ではなくなる。


「数は100以上!音が複雑化してこれ以上の識別は不可能!」


畳み掛けるように信じられない報告がされた。


「これは潜水艦の発する音ではありません!」


その報告に思わず、


「はぁ!?」


と、怒鳴り返してしまった。


「潜水艦じゃない? じゃぁなんだ!?」


「分かりません、何かこう....水を掻くような音がします!」


「生物!? クジラか!?」


常時から潜水艦に搭載されるソナーなどに、クジラの鳴き声が入ることがある。

しかし、クジラが水を掻く音が入るといったことは聞いていない。


「どー言うことだ!」


笛場2佐が頭を抱えていたその頃、《奴ら》は俵ケ浦半島を回ろうとしていた。



その10分後、佐世保市中心部の喧騒が悲鳴と絶叫に変わることになる。

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