05-涙を流し続けるだけじゃ虚しいから



 ありがとう。



 そう呟いたのは誰だったか。

 今はもういない、一人の少女。





 私は絶望にとらわれていた。

 毎日が暗く切なくて、もう死んでもいいかなって思えた。


 でも、そんな時でも、私の体には一つの温もりがあった。


 知っている。その温もりを、私は知っている。

 まだ出会っていない、彼の温もりを知っている。


 でも、もう手遅れだった。

 死ぬしかない、生き残れない。

 だったらせめて、半分の私だけでも、その温もりを今一度感じて欲しくて、私は自ら身を投げた。


 そして、半分の私は、その温もりを知る事ができた。




 騙してごめんなさい。

 私は傲慢で、自分の都合で運命を捻じ曲げてしまった。


 こんな私は、嫌だ。

 助けて。助けてよ。


 誰か、お願い。


 こんな私を、殺して────…………




 ────ありがとう。



 ◇



 目がさめると、そこはどこかの想区だった。

 四人は億劫そうに体を起こす。


 タオファミリー。或いは調律の巫女一行。


 それが彼らの名前。

 エクス、レイナ、タオ、シェインの四人の旅人。


 四人ははぁ、と溜息を吐いて立ち上がり、真っ直ぐ続く街道を歩き始めた。

 まるであの荒野の出来事は夢だったのではないかと思えなくもなかった。だが、頬を伝う涙と、何の変哲もない金属片が、現実なのだと訴えている。




 もう何度目か、エクスは金属片に目を落とす。

 レイナ、タオ、シェインの二歩ほど後ろを歩きながら、じっと見る。


“探せ”


 金属片に書かれたその文字の意味を考えて、そしてすぐ分からないやと金属片から目をそらす。

 エクスはそれをずっと続けていた。


 少し歩くと、ここが見覚えのある想区だと言い出したのはレイナだった。つられてエクスが辺りを見渡すと、忘れようもない、ここはシンデレラの想区だった。

 それを知って、漸く、ここに戻ってきたのだと、感じる事ができた。


 そんな時、視線の先に一人の女性がいた。真っ白な女性。その女性の髪は、青を孕んだ美しい白の髪だった。

 見た事がある。その女性の後ろ姿を、どこか見た事があるように思えた。エクス達に気付いたのか、女性は振り返る。

 ソリア。女性は、とてもソリアに似ていた。


「……あの、どうかしましたか?」


 エクスがじっと見つめ過ぎたのか、女性はふっと微笑み、そう言った。


「あぁ、いや、何でもないです。とてもある人に似ていたので」

「そうですか?」

「……はい。じ、じゃあ、これで」


 流石にここで話しすぎるのは迷惑であるだろう。

 四人は小さく礼をして、横を通り過ぎて町を目指して歩き始めた。






 そんな四人の後ろ姿を見て、女性は涙を流した。


「二十年経って──こんな形で会えるなんて、思ってもみなかった」


 ごしごしと手で目を擦り、涙を拭おうとするが、涙は溢れるばかりで拭いきれなかった。


「……それに、記憶通りの姿をした四人に出会えるなんて──」


 女性は、この想区に生まれて二十数年。ずっとここで暮らしている。だが、女性は他の人とは違う、不思議な記憶を持っていた。

 生前、ここではない場所にいたという記憶。

 誰もいない所に、一人でいたという記憶。

 そこで、四人に出会い、その四人に救ってもらうという記憶。


 一体何の記憶なのだと、今まで疑問だった。

 だが、彼らに会って、顔を見て、確信した。

 この記憶は、夢じゃないのだと。


 女性は運命の書を取り出し、それを抱きしめた。


 そして思う。

 この普通の生活を、とてもありがたいものなのだと。


 そして、感謝する。この“普通”に。彼らに。




 ありがとう。


 私は今、とても幸せです。


 救ってくれて、ありがとう。




 記憶の一部分をふと思い出す。一人の少年に寄り添って眠った事。世界に一人の、あの少年の体の暖かさを女性は思い出して、頬を赤らめながら微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の狭間のセカイで 竜造寺。 @ryuzouzi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ