04-その全てを知っても、悔しくて
ソリアがカオステラーなのだと
その時はまだ予測でしかなかった。だが、レイナ、タオ、シェインと同じ思考をしていると気付いた時に、ただの予測ではなくなった。
そしてその予測は、それがさも当然のように現実となる。ソリアの居場所が、勝手に頭の中に現れ、それが現実になるように。
運命に導かれるというこの奇妙な感覚に、エクス達は困惑しながらも従っていた。
いや、この導かれ方はきっと異常だ。無理矢理ゴールまで辿り着かせようとしているような、難解な迷路であるのにゴールまでの道筋が書いてあるような、そんな感じだった。
でも、今は異常なのか普通なのかなんて関係ない。
それに導かれるか、背くかが問題なのだ。
ソリア。
短い時間だったけど、楽しかったよ。
エクスはそう呟きながら、歩みを進める。
全てを知ってしまった。だから。
「エクスさん! よかった、また会えて、よかった」
ヴィランの間を、まるで何事もなかったかのように走り抜ける。そんなソリアを見て、エクスは表情を歪めた。
自分を攫ったヴィランの横を平然と通り抜けるなんて、無理だ。出来るはずないし、しようとすることも本来はありえない。なのに、彼女はそれを平然とやった。
異質。明らかに異質。
この数時間の内に何があったのか。そんなことはエクスにはどうでもよかった。
ただ、早く終わらせなくちゃ。それだけが頭を支配していた。
ソリアが、エクスのすぐ目の前まで来る。
直後。
『───成敗』
草之庵の剣が、ソリアの腹部を斬り裂き、更には逆袈裟懸け、水平斬りと続く三連撃を放つ。予期し得なかった斬撃は、ソリアを文字どおり真っ二つにする。上半身が空を舞い、下半身は地面に崩れ落ちようとしていた。
奥歯を噛み締める。
だが、ソリアは倒れなかった。切断面から黒い影のようなものが伸び、上半身から放たれたものと下半身から放たれた二つが絡み合い、瞬時に体を再生させる。
二秒足らずで元通りとなったソリアを見て、エクスは即座に斬撃を放つ。
「あっ、の、エクス、さ」
「ごめん」
何事もなかったかのようにエクスを振り返り、更には誤魔化そうと曖昧な顔を作る。そんなソリアを、またも両断する。
だが、二度目も同じだった。即座に再生し、平然と立つソリアがそこにはいた。
エクスの視界がぼやける。
なるべく思考せず、即座に殺す。そうしようと思えば思う程、エクスの心には罪悪感が溜まった。そしてそれは、僅か二回の斬り合いで、満杯となる。
罪悪感が溢れる。それは涙となって、感情を表に放出する。
辛いのだ。エクスは人間だ。同じ人間を殺すのに、無感情で居られるわけなどない。例えそれが人の形をしたモノであっても、だ。
昨晩、ソリアの体の暖かさを知ってしまっている。人の形をしている……それだけではないのだ。
「ごめん」
だが、結局エクスは、こんな空虚な言葉で、偽善を取り繕うことしかできなかった。がくりと、膝を落とし、ソリアと視線を交えることすら、出来なかった。
こんな運命、なくなってしまえば──
そう思う心もあった。この思いはなくなる訳はない、深層にこびり付く“想い”の弊害だ。彼女を知ってしまったが故に、情が生まれたのは否定できない真実である。……だが、それではいけないのだとも、知っている。運命はそれを駄目だというから、結局それに従うしかなかった。
運命を否定しながらも、結局は運命が“絶対的な正義”であることも、知っているのだ。何故なら、エクス達がそう思っているから。エクス達の思考は運命に支配されているが為に、『運命は正義』だと思ってしまった瞬間に、それは事実となっているのだ。
ソリアは、とても、悔しそうな表情をした。
泣崩れそうだった。
支えてあげたいと、切に願ってしまうほどに。
直後、一つの槍がその胸を貫通する。ソリアの目が見開かれ、吐血する。
ハインリヒ。タオの栞の一人。その姿を見て、タオがこの重荷を背負ったのだと悟った。──いや、背負われてしまった。
「ぇ、ゃ……ゃだ……なに、これ……エクっ、ス、く……た、す……」
『すまない、ソリア、殿』
ハインリヒは小さなその言葉を吐き終えると、より深くその槍を押し込む。だが、彼女は苦しむだけだった。苦しそうに呻き、胸を貫く槍を握り締める。
まだ、終わりじゃない。
終わらせられていない。
「ゃ……だ……ぃやだ、しに…………たく、な…………い、ょ……」
「ごめん、ごめん、ごめんっ……ソリア」
溢れる涙を、止めることは、もう出来ないのだと理解した。
だからエクスは、立ち上がる。
使命感ではなく、ただ、救いたいと思えたから。
「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ────ッ!」
ぞぷり。
エクスの剣が、ソリアの胸を貫く。前後から二つの武器に貫かれたソリアは、だがそれでも苦しんでいた。
エクスはもう、息ができなかった。
「お嬢!」
「わかって、いるわよっ!」
タオの声に驚いたレイナが、準備を始める。
──調律。
彼女を調律し、終わらせるのだ。
この、狭間のセカイを……運命のままに。
「我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし……」
全てを知ったからこそ。
運命によって、全てを知らされたからこそ。
終わらせるのだ。
こんな不条理あってたまるかと、エクスは慟哭しそうになる。だが、それは無理矢理に心の中に収める。
そして、せめて最後だけでもと、エクスは強くソリアを抱き締める。ハインリヒは、そっと槍を抜き、数歩後ろに下がった。
調律によって、ソリアの体が輝く。
ソリアの顔を、エクスは見ることが出来ずに、ただ首元に頭を押し付け、嗚咽を堪えることしかできなかった。
そんな時。
「ありがと」
──エクスは、鼓膜を震わせたその声の主を求めて、顔を上げる。だが、そこにはもう、誰もいなかった。
ソリアは光の粒となっていた。
全部が終わった。
山ほどいたヴィランが、全て、光に消えていく。
光の濁流。それに飲み込まれたその時──記憶が四人の脳内になだれ込んだ。
◇
記憶が、見えた。
ソリアは駆ける。ヴィランから逃げる為に。
それが、この終わりのない鬼ごっこが、この世界の“普通”だった。いや、この世界を“普通”たらしめるものだったのだ。
つまり、この鬼ごっこが続く限り、この世界はこのまま保ち続けるのだ。
そう設計された──そう、全智のストーリーテラーが作った世界の一つなのだから。
ここは、“終わらない鬼ごっこ”という、後世には語り継がれることのなかった童話だったのだ。
だがこの世界は、言わば失敗作だった。
空白の書が生まれてしまったように、世界そのものの構成を失敗したのだ。ストーリーテラーは全智であって、全能ではない。
だが、その失敗作をなくすことはできなかった。この失敗作が、他の想区を支えていることに気づいたからだ。
ここは失敗作であるが故に、ヴィランが多く発生していた。世界そのものが矛盾のようなものだらけで構成されている為に、とめどなく溢れでるのだ。それはつまり、カオステラーが何体もいるような状態であり、ヴィランが消えるどころか、日に日に増えていた。
だがそれが、他の想区の幸せにつながっていた。この世界のお陰で、他の想区にヴィランの手が及ばなかったのだ。
だがある日、彼女は死んでしまう。
たった一匹のブギーヴィランに。
“悪戯好きの化け物”と称される、普通とは違った思考を持ったブギーヴィランに。その頃からだった。ヴィランが他の想区に現れ始めたのは。
それに危機感を感じたのは、他ならぬストーリーテラー。
ソリアの死──それは同時に、世界の均衡が崩れるのを表している。ストーリーテラーは、もうこれしかないと、ある選択をする。
“ソリアを、カオステラーに仕立て上げる”
それは、ソリアをカオステラーとして蘇らせる事で、今までの物語を再開させようとしたのだ。だがそれは、ソリアを見捨てたのだとも受け取ることができた。
そしてそれは皮肉にも成功する。ソリアはカオステラーとなって蘇り、そのソリアの存在が世界を平常へと引き戻す────かに見えた。だが、障害が現れた。いや、障害は現れていた。
“悪戯好きの化け物”だ。普通とは違った思考回路を持っていた為に、世界の均衡を好きなだけ掻き乱した。ついにストーリーテラーは目を瞑り、世界を放置しようとした。
だが、ソリアは諦めてはいなかった。カオステラーとなりながらも、消えなかった──或いは、わざと残されたのかもしれない──自我は、ソリアにある力を与えた。それは、ストーリーテラーにも似た、物語を書き換える力だった。
そして、その対象となったのは、タオファミリーこと、エクス、レイナ、タオ、シェインの四人だった。結果、四人の運命が捻じ曲げられた。そして、あまりにも強引な運命の導きが与えられた。
それから間もなく、カオステラーとなったソリアも消失する……だが、死の間際にソリアはさらにもう一つの行動を起こした。“ソリア”という存在が消えることで世界が歪むのなら、と、彼女は新たに、紛い物である自分を作った。
それが、エクス達と出会うこととなるソリアの正体。
そしてソリアは完全に消滅する。
静かに。孤独に。
◇
「やっぱり、そうだったんだな」
タオは地面を強く蹴った。直後体が光り、ハインリヒの姿だったものが消えていく。そして、そこにはタオが一人、立っていた。
それに続いて、エクス、レイナ、シェインも元の姿に戻る。
「クッソ……俺たちは……なに一つ、救えてねぇじゃねぇか!」
「タオ……」
既に、この事実を彼らは知っていた。だが、嘘だとも思っていた。
ソリアを調律する事で、きっと変わるのだろうと。すべき事をすれば、きっと変わってくれるのだろうと──思っていた。
でも、世界は言いようがない程には非情で、無情で、無感情に絶望的だった。
救わないといえばそう確定し、それを覆そうとはしなかった。
「……目の前にいたソリアを殺しちまって……しかも本当のソリアはずっと前に一人で死んじまっていて……これが救うって事なのかよ……」
落ち込むタオを見て、だがエクスは違う事を考えていた。
「……きっとこれが、救うって事だったんだよ」
「はぁ? 坊主……」
「ずっと、一人で苦しんでいたんだ。ソリアは、こんな荒野の真ん中で、一人孤独という恐怖と戦って」
「なっ……!? ふざけっ……!」
感情的になりそうであったタオをなだめるのは、シェインだった。
「待って下さい。エクスさんの言う通りですよ。聞いてなかったんですか、彼女は最後に、エクスさんにありがとうって言ったんですよ。だから、それはきっと、ソリアさんにとっては救いだったんです」
タオは横で手をきつく握り締め、そして突然力を抜く。
だらんと垂れた両腕をそのままに、空を見上げ、ため息をひとつこぼした。
「……さぁ、もう、帰りましょう」
悲しげに放たれたレイナの言葉。誰もがそれに従おうとした、その時だった。
『クルルッ』
そこには、一体のブギーヴィランがいた。
「“悪戯好きの化け物”!? どうしてここに!?」
相手はヴィランだ。“悪戯好き”は、エクスの言葉に聞く耳も持たずに駆け出す。その目には、殺意か、或いはそれに近いものが込められていた。
即座に動いたのは、タオだった。槍を両手に構え、水平に薙ぐ。狙いは、“悪戯好き”の首。
だが、“悪戯好き”はそれをスライディングする事でかわし、タオの一撃を躱す。予想外の動きをした“悪戯好き”ではあるが、それで戸惑うタオではない。
槍の遠心力を利用し、水平に薙いだ槍の動きを阻害する事なく、更に三つの斬撃を放つ。
──それでも、“悪戯好き”の動きは予想外すぎた。
人間味溢れる動きでその全てを交わしたのだ。普通のブギーヴィランではするはずのない動きだ。
虚をつかれたタオの横を通り過ぎる。
瞬間、“悪戯好き”に炎が殺到する。レイナとシェインがそれぞれ魔導書と杖を構えて放ったのだ。
一撃目は直撃するが、それでは止まらなかった。更には、タオの攻撃を避けたように、一つ、また一つと軽やかに避けていく。
「なんなのよこいつぅ!」
「この動き、ブギーヴィランの動きじゃないです……!」
遂に炎すら避けて見せた“悪戯好き”が向かったのは、エクスだった。
だが、時間稼ぎは十分だった。エクスは再度、栞にて草之庵を呼び出す。
飛び上がる“悪戯好き”。
刀に手を添える草之庵。
重力によって加速を伴いながら、腕を振るう。
その手には鉄の破片が握られている。
殺す。
それのみを考えているかのような“悪戯好き”──
閃光。
斬撃。
草之庵の斬撃は、“悪戯好き”のそれを明らかに凌駕していた。
「『明鏡止水之斬!!』」
その一撃は、敵を冥界へと還す。
俊速の三連閃。
『クッル、ルルルゥゥゥ!!』
斬り裂かれる“悪戯好き”。
勝負は決した。
草之庵は刀をゆっくりとしまう。
煙に還る“悪戯好き”は、だが慣性の法則によってエクスに向かって上半身のみで向かってきていた。
それに気付いたエクスが、さらなる斬撃を放とうと────
◇
──ありがとう──
──そう笑った気がした──
◇
────刹那、エクスの斬撃は“悪戯好き”の上半身を斬り刻み、その全てを煙に還した。
そしてその体から、一つの金属片が落ちる。
カラン、カラン。
不思議と、そんなありふれた音の一つが、妙に耳に残った。
数秒の沈黙。
そして、世界は終わりを告げる。
想区は、崩壊を始めた。
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