第5話 聖夜の贈り物


 しゃん、しゃん、という鈴の音。

 と、それに交じった、ごうごうという強風の音。


「おい! 安定してねーぞ! 本当に大丈夫か!?」

「だ、だって、僕も元々上手くはありませんし……!」


 レイナ達は、空飛ぶそりに乗りながら、雪の中を飛行していた。

 とはいえ、そりは定員一人なので、無理矢理に乗ったレイナ達で、ぎゅうぎゅうだ。


 それでいっそう、サンタクロースのコントロールが乱れて……そりは空中で右に行ったり左に行ったり。

 もういつ落ちるのか、という状態だった。


 タオの悲鳴に、サンタクロースは何とか手綱を握り直す。

 だが、荒れる綱捌きに、トナカイ達も上手く空を走れない。


「ちょ、ちょっとー! 落ちたらヴィランとかクリスマスどころか、私達全員死んじゃうんじゃないのー!?」


 顔に当たる雪を払いながら、レイナも声を張り上げる。

 わかってます、と叫ぶサンタクロースは、しかし苦しげだ。


「大体、重量オーバーですよーっ!」

「シェイン達も、乗りたくて乗ったわけではないのですが」


 タオにしがみつきつつ、一人静かにそう言うシェインだ。

 だが、冷静にしたところで重量超過なのは否めない。

 踏ん張るトナカイの努力も虚しく、そりの浮力が、段々と弱くなってきた。


「お、落ちるーっ!」


 エクスが叫ぶ頃には……ほとんど、自由落下に近い状態で、そりは地面へ直行。

 わあああ、と叫びながら、五人は落ちていった。





 ばさばさばさっ! という大きな音を立てて、レイナ達は落下した。


「い、痛……あ、あれ? 助かった?」


 不明瞭な視界の中、エクスが起き上がって、辺りを見回す。

 それで、皆は気付いた。

 そこはもう、町だった。


 レイナ達も来た、あの広場であり……五人が落ちたのは、そこに作ってあった、雪山の上だった。


「ちょうどよく、雪があったのね……何とか、怪我をせずにすんだわ」


 レイナも、立ち上がって、雪から降りる。

 タオとシェインも続いて出ると、どういう状況かわかった。


 あの、ヴィランの影響でぼろぼろになってしまったモミの木がある。

 それを支えるために、雪で大きな土台を作ってあったらしかった。

 そりはそこに落下したのだ。


「強運、と言っていいのでしょうか。やれやれですね」


 シェインは息をついていた、が……サンタクロースは、トナカイとプレゼントの無事を確認しつつも、目に涙を浮かべていた。


「また、みっともなく、落ちてしまいました……。これじゃ、去年と一緒です」


 そうしてうずくまって、一人悲しげにしていた。

 だが、そこでタオがため息をついてサンタクロースの背を叩いた。


「おい。そんなとこで座ってる場合か?」

「え……?」


 タオが周りを示す。

 サンタクロースがそちらに視線をやる、と――


『サンタさんだ!』

『サンタさんが来てくれた!』

『今年は来てくれないのかと思った!』

『やったぁ!』


 そこに、大勢の子供達がいた。


 皆、輝くばかりの表情でサンタクロースを見て、喜びを浮かべている。

 楽しそうな顔。

 期待にふくらんだ顔。


 今、町に煌びやかな飾り物は少なくなっている。

 それでも、そこにあるのは確かに、きらきらとした、聖なる夜の風景だった。


「み、皆さん……」


 サンタクロースは、しばし茫然とした顔をしていた。

 でも、子共達、そして大人達も一緒になってその空気を楽しんでいるのを見て……。

 サンタクロースは、立ち上がっていた。


 エクスが、周りを眺めながら言った。


「レイナの言うとおりに、なりましたね」

「はい……! 皆さん! 今から、プレゼントを配りますから! 寝ている子には、勿論、枕元に置いていきます!」


 そうしてサンタクロースは、大きな袋を掲げて、プレゼントを配り始めた。

 レイナも、そこでひと息ついていた。


「よかったわね――と、言いたいところだけど」


 そして、その直後に厳しい表情に戻っていた。

 エクス、タオ、そしてシェインもそれに気付き、その手に空白の書を携えている。


 その視線の先は、モミの木だった。

 その大木が、徐々に黒い魔物へと、変化しているのだ。


「けっ。ここに来て、メガヴィランの登場か」

「ここのストーリーテラーさんは、本当に融通が利かないみたいですね」


 タオとシェインは、ヘンゼルとグレーテルにコネクト。

 エクスも、モーツァルトへと変身し、すぐに動き出したメガヴィランへと、攻撃を開始する。


 レイナも勿論、導きの栞を空白の書へ、挿した。

 憎らしげに聖なる夜を見つめる、メガヴィランを見上げて。


「そんなに、あのサンタとクリスマスが気に入らないのかしら」


 体が光に包まれ、その容貌が変化していく。

 変身するのは勿論――アリス。


「別にいいじゃない。気弱なサンタ。トラブル続きのクリスマス。みんな、幸せそうよ」


 そして、地を蹴ると同時に、剣を振り上げ、メガヴィランに肉迫した。

 その間、わずか一瞬。


「そもそも、今はプレゼント配布中よ。ヴィランなんか、お呼びじゃないわ!」


 繰り出されるのは、苛烈なまでの剣撃。

 強烈な縦一閃は、メガヴィランの頭上から足元までを切り裂き、大ダメージを与えた。


 直後、間を置かずして剣による連続斬撃。

 メガヴィランはなすすべもなく、体中を斬られていく。


 とはいえ、メガヴィランもこれで死にはしない。

 魔力を溜めたかと思うと、正面に魔力弾を無数に放ってくる。

 一撃一撃が、かなりの威力を持ったもの――しかし、防御に優れたタオが、それを上手く受け流していた。


「ここまできて、やられるかよ! シェイン、坊主も、行くぞ!」

「勿論です」

「うん!」


 背後に回っていたシェインとエクスが、それに合わせて、竜巻攻撃と魔力による範囲攻撃を繰り出す。

 その全てをまともに喰らい、一気に体力を奪われたメガヴィランは、それでも抵抗しようと、最後まで魔力を錬成し続けた。


 だがその前に、レイナの剣が全てを断ち切っていた。

 両断されたメガヴィランは、魔力を放つ暇も無く、消滅。

 そこに、雪だけがはらはらと降る、美しい町並みが戻っていた。





「皆さん、本当に、ありがとうございます!」


 プレゼントを配っている途中のサンタクロースが、レイナ達の元へ駆けつけてきた。


「皆さんのおかげです。この聖なる夜が、迎えられたのは」


 サンタクロースは、心の底から、嬉しそうだった。

 元の姿に戻ったレイナ達は、そちらを見る。


「サンタクロース。プレゼントを中断して良いの?」

「中断したわけじゃありませんよ」


 そう言うと、サンタクロースは、プレゼント袋を手に持って、その口を広げていた。


「あなたたちも、渡すべき人達です。プレゼントを、どうぞ!」


 そのサンタクロースの表情は、優しくて、穏やかで……確かに、希望を与えてくれる、そんな顔。

 まだまだ気弱そうな少年は、それでも立派な、聖夜の使者であった。


 プレゼント袋から、淡い光が飛び出すように、宙に何かが浮いた。

 それは、プレゼントの箱だ。

 雪が舞い降りるかのように、それらが一つ一つ、エクス達の手元へ降りてくる。


「わ、すごい……!」

「幻想的ですね」


 エクスとシェインは、半ば感銘を受けたように、それを受け取った。


「おお! オレの元にも降りてきたぞ!」


 タオは、どこかはしゃぐように。

 そして、その贈り物は勿論、レイナの元にも、降りてきた。


「……あ、……私にも……?」


 レイナは、少しばかり驚いた気持ちで、プレゼントを受け取った。

 手の中に降りてきたそれは、中身は見えない。

 だからこそ、何か楽しみで、わくわくさせるようなところがある。



 ――いい子にしてれば、私も、プレゼント、もらえる?

 ――ああ。きっともらえるさ。

 ――やったぁ! 私、楽しみに待ってる!



 不意に、思い出した。

 それは、幼き日の思い出。

 大切な家族の時間。

 そんなものはやってこないと思ってたし、記憶の底に封じ込めていたもの。


 レイナは、ゆっくりとした手つきで、そのプレゼントを抱きしめた。


「レイナ?」


 何か、不思議な様子を見て取ったエクスが、レイナをのぞき込む。


「どうかしたの?」


 レイナは少しだけ考えてから言った。


「クリスマスって、いいものね」


 それから、エクスやタオやシェインを見て、思った。


 この想区にやってきたとき、何故かはわからないけれど、今この仲間達がいなかったらどうだったろう、と考えた。

 それはきっと、一人の寂しさを思い出していたからなのだろう。


 プレゼントを手にして、改めて思った。

 仲間がいなかったら、きっと今、自分はここに立っていない。

 こんな贈り物だって、手にしていない。


 それは、普段のレイナより、少しだけ、穏やかな表情だ。


「仲間って、素敵ね」

「え?」

「あなた達のおかげで、こんなふうに私は、想区を救うことができているのかも知れないわ。エクス、タオにシェインも……ありがとう」


 すると……。

 タオはどこか、心配でもするかのように眉をひそめていた。


「お嬢、大丈夫か? 何か悪いもんでも食ったのか?」

「いえ、姉御だったら大体、何食べても平気でしょう。これはもっと、別の病気の可能性が……」

「レイナ、疲れてたんなら、言ってくれればいいのに。休む?」


 三人してレイナがどうかしてしまったかのような態度を取っている。

 レイナはふー、と息をついてから、三人にそれぞれチョップを繰り出した。


「痛! 何するのさ!?」


 より深い一撃を喰らったエクスが訴えるが……レイナは別に、と言うだけだった。

 それから、プレゼントは抱きしめたまま……空を見た。


「今晩だけ、この町で過ごしていきましょうか。たまには、ゆっくりしてもいいんじゃない」


 その言葉には、三人も、頷いた。

 見れば、平和の戻った町は、新しい飾り物がつけられ、いっそうの輝きを取り戻しつつある。


 一瞬だけなくなりかけた、聖夜――

 あるいは、元の運命よりも少しだけ光り輝く、そんなクリスマス。


 幸福が溢れる町並みに、レイナ達は歩き出す。

 きっとこれから、楽しい時間が始まる。

 四人には、そんな気がしていた。


〈終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスの贈り物 グリムノーツ 松尾京 @kei_matsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ