第4話 空に舞う


「――つまり、サンタクロースさんが、主役としての自分に疑問を持ってしまった。それが、ストーリーテラーの怒りに触れた、ということですかね」


 ヴィランを退治したレイナ達は、再び家の中に戻っていた。

 サンタクロースと向かい合い、纏めるように言ったシェインに、タオも頷く。


「このままだと、サンタクロースはクリスマスをサボる。だからストーリーテラーは……運命を直すために、ヴィランをけしかけてたっつーことだな」

「でも、街にもヴィランが出たのは、どうして?」


 エクスが思い出すようにして言うが、シェインはそれにも、冷静に答える。


「もしかしたら、クリスマス自体を、一度綺麗に破壊するつもりかも知れませんよ」


 そうして、またゼロから“書き直す”。

 世界の創造主として、正しいクリスマスの姿を。


 ストーリーテラーの思惑は結局、推察するしかない。

 だが、そう考えれば、つじつまはあった。


 で、と、タオは、目を伏せて立っているサンタクロースに、顎をしゃくる。


「あんた、それでもいいのか? やる気出さねーと、存在ごと消されちまうかもしれねーぞ」

「……」


 だが、歪みの元凶とされたその主役は、寂しげな瞳を変えなかった。


「……もしかしたら、僕は……存在を消された方がいいのかも知れません。僕だけが消えれば、町の人はきっと、無事にすむかも知れませんし……」


 そうしたら、正しいサンタクロースも生まれるだろうから、と、少年は言った。

 シェインは、それを聞いてため息をついた。


「そこまで言うとは、本格的に重傷ですね」

「で、でも、どうするの? このまま本当にクリスマスをやらないでいるわけにもいかないし……」


 一方のエクスは、慌てだしているが――

 ふと、その横では、レイナが押し黙ったようにしていた。


「レイナ。レイナからも、サンタクロースさんに何か――」

「一つ、聞きたいことがあるわ」


 そこで、レイナは遮るようにして言った。

 まっすぐにサンタクロースを見つめて。


「まだ、さっきの質問に答えてもらってないわよね。あなた自身が本当にどうしたいかよ」

「……」

「自信がないっていうのは、わかったわ。でも本当に、あなたは“サンタクロース”という役割そのものを、やりたくないの?」


 それに、サンタクロースは、また黙った。

 そこに浮かぶのは、これまで発していた言葉とは、何か違うもの――


 ……と。

 ぎぎぎぃ、と、不意に部屋の奥で何かが軋む音がした。

 見ると、奥の方にある扉が、内側から何かに押されて歪んでいる。


 エクスがぎょっとした。


「な、何!? まさか、さっきのヴィランの残り……!?」

「いえ、先ほどのは全部倒したはずですよ?」

「……やべ、もしかして、オレが流れ弾でどっか壊しちまったか……」


 静かに否定するシェインの横で、タオが微妙に気まずそうにしていると……。

 歪みが強まり、ついには、ばぁん! と扉がこちら側に開いた。


「わぁ!」


 四人が驚くと同時。

 そこから現れたのは――意外なもの。


 否。むしろ、それはそこにあって、しかるべきものでもあろうか。

 大量の、箱であった。


「これは……」


 エクスは、目を見開いていた。

 それは、プレゼントの山。

 美しく包装された、大小、色とりどりの、数多の箱達。


 サンタクロースが配る、子供達へのプレゼント、そのものだった。

 それが山となり、奥の部屋に押し込められていたらしい。


「ものすげー量だな……」


 タオが茫然としている横で、レイナはそのひとつを手に取っていた。


「一つ一つ、丁寧にラッピングされてる。これ、あなたがやったの?」

「……」


 サンタは、否定をせず、かすかに恥ずかしさを浮かべたような表情をしていた。

 レイナはじっと見つめてから、はっとする。

 そして、外の雪景色を見た。


「……そういえば、ずっと不思議に思ってたんだけど。外の、氷みたいになってる地面……あるわよね」

「……」

「あれ――もしかして、あなたが何度も滑って、ああなったの?」


 それに、シェイン達は一瞬、怪訝な表情になる。

 それから、思い至ったようにサンタクロースを見ていた。


「サンタクロースさん、確か、そりを使うんでしたよね」

「……えっ、あれが、全部そりですべった跡、ってこと?」


 エクスが信じられないというような顔で、今一度外を見る。

 街に飛ぶのは、聖夜だけだという。

 ならば、何故周囲がアイスバーンになるほど、そりで滑っていたのか。


「まさか、そりで滑る練習して、ああなったってのか?」


 タオは驚きを通り越して、半ば呆れたような表情になっていた。

 強くないとはいえ、今現在だって、雪がちらついている。

 常に雪が積もる状態で、どれだけ滑り続けていれば、あの地面の状態が保たれるのか――


 四人は、今一度サンタクロースを見ていた。

 今度は少し違った思いで。


「ねえ、あなた、やる気自体はあるんじゃないの?」


 レイナの端的な質問に、サンタクロースは……間を置いてから、ぽつぽつとしゃべり出した。


「……子供の頃。僕もサンタクロースに、プレゼントをもらったことがありました」

「……」

「嬉しくて、感動しました。サンタというものの優しさ、空を飛ぶ姿……それらを見て、憧れたのは、事実です」


 レイナ達は、何となく見合った。


「やっぱり。なら、どうしてあなたはクリスマスを……」

「憧れの気持ち自体は、今も消えてない……そう思っています。でも――怖いんです。いざ自分がサンタになって、それをやれるのかが。そして、実際に僕は出来ていないことが。子共達が憧れるサンタクロースに、なれていないことが」


 サンタクロースは、悔しげにそう語った。

 それで、また少し、エクス達は、かける言葉を失った。


 ただ、それを見て、レイナの表情は変わっていた。


「……多分。それならきっと、それほど心配することじゃないんじゃないかしら」

「……どうしてですか」

「必要なのは、少しの勇気なんだと思う。それで、きっとできるようになるわよ」


 レイナの力強い物言いに、サンタクロースは、一瞬気圧されたようになる。

 それでも、首を振った。


「でも、僕には、そんな自信は……」

「平気よ。あなたには、待っている人がいるんだもの」


 その言葉に、サンタクロースはまた一瞬、口をつぐむ。

 だが、今度は少し歯がみするように、声を絞り出した。


「……なぜ、そんなことが言えるんですか? 僕は、去年だって失敗したと言ったじゃないですか。サンタクロースとして不適格だから――」

「町の近くで、私達と会ったときのことを覚えてる? あのとき、町の様子を見た?」

「……いえ。実は、こっそり見ようとして行っていたのですが……怖くて、結局すぐに帰ってしまいました。化け物も出ましたし……」

「町の人はね。皆、サンタが来るのを楽しみにしていたわ」

「……えっ……?」


 レイナは、思い出すように語る。

 それはどこか、遠い日の自分自身とも、重なっている気がした。


「期待に胸をふくらませて。早く来ないかって。ヴィランに邪魔されそうになってもね。新しいサンタ――あなたのことを、優しいサンタって言ってる子もいたわ」

「そんな、まさか……だって、前は失敗したのに」


 サンタクロースは信じがたいというように言う。

 レイナは首を振った。


「でも一応、去年は最後までやり遂げたんでしょう?」

「それは、プレゼントは何とか、配りました。でも、間違えたり、時間もかかって……」

「それを恨んでる人は、いなかったわ。サンタがいること、サンタが来ることを、喜んでいるんだもの。その町の人達の反応が、嘘だって言うの?」

「……」

「それは、少なくともあなたが一生懸命にやってたってことは、事実だからじゃない? その頑張りは、きっと見えてる」


 サンタクロースは、俯いていた。

 ほんの少し、目に水分をたたえて。


「サンタクロースにプレゼント、もらったこと、あるんでしょう。だったら、子供達の気持ち、わかるんじゃないかしら。その気持ちだけは、裏切らないであげて欲しいわ」

「レイナ……」


 エクスは、どこか不思議そうにレイナを見ている。

 タオも、シェインも。

 次には、サンタクロースは、ゆっくりと顔を上げていた。


「……レイナさん」

「なあに?」

「……僕は、きっと、馬鹿だったのかも知れません」


 それから、外を見る。


「僕しかしない……いえ。僕が、やりたいんです」


 そのまま、歩き出す。

 向かうのはもちろん、雪の中。


「もう、夜になります。今から、そりを出して街まで飛びます。プレゼントを、配らなくては」

「よしきた!」


 と、タオが拳を掌に打ち付ける。


「まあ、何だかんだで面倒なガキだったが――」

「タオ兄。いいではありませんか、やる気になったのなら」


 シェインはたしなめつつ、タオと共に、サンタの後に続く。

 レイナ達も勿論、それを追った。


 ただ、エクスはかすかに不安を浮かべていた。


「でも、大丈夫かな。もしヴィランが出たら――」

「新入りさん、心配してる暇すら、無さそうですよ」


 雪原に出たシェインが言ったのは……すでに、その気配がそこまで近づいていたからだ。

 そりを出すサンタクロースと、四人の周りに――無数の黒い影。


 敵意を漲らせている、ヴィランの集団だ。

 タオは、息をついて見回す。


「ったく。こいつがやる気になればヴィランは消えるんじゃなかったのか?」

「決めたことは曲げないストーリーテラーなのかも知れませんよ。それか、あのサンタクロースさんを、既に見限っているか」

「こいつは決心したってのにな。気弱なサンタは必要ないとでも言いたいのか?」


 それから、空白の書を手に取っている。


「お嬢、どうする?」

「決まってるでしょ。邪魔は、させないわ!」


 瞬間、レイナを筆頭に、四人は同時にコネクト。

 モーツァルトとなったエクスが、魔力弾で正面の数体を吹っ飛ばすと――

 ヘンゼルとなったタオが、鎚でその横のヴィランを薙ぎ払う。


 同時、グレーテルに変身しているシェインが、逆側の数体を切り崩す。

 残った個体には、アリスとなったレイナが、既に肉迫していた。


「聖なるお祭りの夜なの。黙っててもらうわ」


 直後、横一閃。

 強烈な剣撃がヴィランを両断し、あっという間に敵を全滅させた。

 元の姿に戻ったシェインが、警戒を崩さずにレイナを見る。


「姉御。実際、まだまだサンタクロースさんに危険はありますよ」

「それは、仕方ないわ。出来る限りで、全力で守りましょ。それが、私達に出来ることよ」


 サンタクロースが聖夜、人々に贈り物をしようとしている。

 ならば、自分達も、全力で支えてみよう。

 決めてみれば、やることは簡単で、単純だった。


 サンタクロースは、プレゼントを積んだそりを、トナカイに引かせ始めている。

 ゆっくりと動き出すそりの上で、少年は小さく震えていた。


 失敗した経験や、高所の恐怖。ただの気弱な少年でしかなかったサンタクロースは、今もそれが消えていないのだろう。


「僕は……飛ぶんだ……っ!」

「サンタクロースさん、頑張って!」


 エクスが声をかけると、はい、とサンタクロースは手綱を握る手に力を込める。

 すると、そりの速度は段々と上がっていく。

 そして、四人が併走していると――そりは、かすかに上昇し始めた。


「おお、本当に浮いた! すげーな!」

「このまま街までひとっとび、ですか」


 タオとシェインが感慨に浸っていると、体半分程度まで、そりは浮上した。

 一瞬、空中で大きくバランスを崩しそうになる。

 けれど、サンタクロースはそれを制して、声を上げた。


「えいっ――飛べーっ!」


 瞬間、ぶわり、と風が舞う。


 一気に、高々とそりは上昇し、山は眼下へ。

 美しく雪が舞う空の中を、まん丸の月を背景に、飛び始めていた。


「やった……!」

「すごいよ、サンタクロースさん――って、わぁ!? 僕達まで!?」


 そこで、エクスが驚きの声を出す。

 サンタクロースの超常的な力故か。

 ただ風に煽られてか。

 はたまた、聖夜の祝福か――


 レイナ達四人までが、大空に飛び上がっていたのだ。


「うおお! これ、落ちたらどうなるんだ!?」

「あまり考えたくないですね」


 聖夜の空に飛び出した四人は、大混乱。

 タオを引っぱって、シェインは何とかそりに相乗りしようと画策する。

 エクスはトナカイにもみくちゃにされつつ――

 レイナは、空中でめちゃくちゃに回転していた。


「きゃーっ!? 何なのよこれーっ!?」


 結局、四人は地上には降りられず――

 そのまましばし、そりと共に空を飛んだ。

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