第3話 気弱な聖者
「あ、ありがとうございました」
夜の雪山。
その開けた場所の中で、サンタクロースは息を荒げて座り込んでいた。
レイナ達が助ける直前まで、礼によってヴィランから逃げ回っていたらしい。
もう少し遅れたら危なかったかも知れません、とサンタクロースは礼を言った。
「あなたがサンタクロースだったのね」
レイナがまず言うと、サンタクロースは、はっとした。
「……あ、僕のこと、知っていたんですね……」
「途中で知りました。町で、有名人だと聞いたのです」
シェインが応えると、サンタクロースは、少し眉尻を下げて俯いた。
「情けないところをお見せしてしまいました。町の方々に見られなかったのは、幸いですけど」
それから、サンタクロースは気付いたようにレイナ達を見た。
「あなた達は、町の人ではないんですね。僕のことを知らなかったということは」
「まー、こっちも色々あってな。旅人みたいだもんだが」
タオの言葉に、なるほど、とサンタクロースは頷き……ご迷惑をおかけしました、と再度謝るのだった。
その表情は弱々しく、疲れの色が浮かんでいる。
続けざまにヴィランに襲われたからでもあろう、だいぶ弱っているように、レイナ達には映った。
とはいえ、四人は一応、質問を続けた。
「今のヴィランだが。あんただけじゃなく、町の人間も襲われてたんだ。それで、何か心当たりでもないかと思ってな」
「あの化け物のことに、ですか?」
サンタクロースはきょとんとした表情をしている。
「僕もいきなり襲われて、何が何だかわからないのですが……。あんなの、前に見たことはなかったし」
「では、それ以外で何か、普段と違う出来事が起きたりはしていませんか」
シェインの質問にも、サンタクロースは首を振る。
それは運命の書から外れたことがないかという意味だったが……その答えに、四人は顔を見合わせて、少しため息をつく。
「まあ、すぐにヒントが得られるとは思ってませんでしたが、また行き詰まりですかね」
実際、主役に話を聞いて即座に問題が解決することは、そうそうない。
ただ、サンタが唯一のヒントであるだけに、残念ではあった。
顔を突き合わせて相談する四人を、サンタクロースはしばし不思議そうに見ていたが……。
その内に、おずおずと言いだした。
「あのう、寒いでしょう。すぐそこに僕の家があるので、とりあえず中に入りませんか?」
*
サンタクロースの家は、木造の立派な家だ。
場所としては、平坦な雪が広がるその中心地のような位置に建っている。
大きくはないが、雪山にあるとは思えないほどしっかりとしていた。
「こんな場所にこんな家があるなんてすげーな!」
タオはようやく暖かい場所にこれて、はしゃいでいる様子だ。
レイナは、暖炉のある広い居間を見回していた。
「普段からここで生活してるの?」
「はい。町の人にとっては、サンタクロースは伝説的な存在なんです。なので、人目のない場所に住む必要があるんです」
サンタクロースはそんなふうに説明した。
そして、また顔を暗くする。
「この山は、そりで町へ行くにもいい立地なんですけど……あんな化け物が出て、自由に動けないんです。実際、山の外に逃げるしかなかったり、山に戻れても、さっきみたいに家のすぐ外で襲われたりして……このままじゃ……」
それに、タオは少しばかり同情を浮かべた。
「サンタクロースの役割をこなすにも、ままならねーってわけか」
「そうなんです」
サンタクロースは、強く頷いた。
町の人間にプレゼントを届けることがサンタクロースの運命。
ならば、それが出来ないことは、自らを否定されているような気分であろう。
だが、シェインはそのことに対し、少々物思っているようだった。
「しかし、そうなると不思議だとは思いませんか」
「不思議?」
エクスが怪訝な顔を作ると、シェインは頷く。
「今回、ヴィランはストーリーテラーの差し金でしょう。なぜ、ストーリーテラーがサンタさんの邪魔をするようなことをするんでしょうかね」
「……確かに」
ストーリーテラーは、描いたとおりに物語が進まない場合、それを“修正”するためにヴィランを利用することがある。
だが今回、ヴィランは物語通りの展開を邪魔していた。
サンタクロースは、困惑した顔で四人を眺めている。
「何のことかは、僕にはわかりませんが……とにかく、このままじゃとても、夜にプレゼントを配るなんて無理です……。聖夜は今日なのに」
そう、サンタクロースがプレゼントを配るのは、今夜。
おそらくは、それがこの想区で最も大きな出来事だろう。
それが実現しなかった場合、想区の混乱は、如何なるものか。
エクスは、考えるようにしてから言った。
「……今夜、サンタクロースさんを外に出して平気なのかな」
「だが、そうしないと運命通りじゃなくなるぜ」
「うん。だけど、サンタクロースさんがヴィランに襲われて、もしものことが起きたら……」
もしも、という言葉に、サンタクロースは震え上がる。
他の面々も、言葉の意味はわかっていた。
想区の主役が死ぬことだって、充分にあり得る。
それを皆、実際の経験から、知っているのだ。
もしそうなれば、彼に代わり“新しいサンタクロース”が、ここに据えられることになるだろうが――
だから問題ない、とは、四人の誰もが考えなかった。
タオはなるほどな、と腕を組む。
「サンタクロースって空を飛ぶんだよな。シェイン、オレらで守れると思うか?」
「どうでしょうか。保証は出来ないと思いますが」
シェインが答えると、タオは頷く。
「……となると、エクスの言うとおり、問題解決までは外には出さない方がいい、って考えもあるか」
それを聞くと……サンタクロースは、何となく、ほっとしたような顔をした。
「そ……そうですよね。ひとまずは、安全なところにいた方がいいですよね……」
胸をなで下ろしているサンタクロースの様子を――
レイナは少し、黙って見つめていた。
レイナの中で、かすかに生まれた疑問があったからだ。
それは、今現在、サンタクロースという存在を目の前にしているからこそのものでもある。
レイナは出し抜けに言った。
「夜になってもヴィランがいなくならなかったら、どうするつもり?」
「それは……その。皆さんがおっしゃったとおり、とりあえずは、プレゼントは延期するしか……。チャレンジはしますが、無理ならどうしようもないですし。残念ですが……」
タオは頭をかく。
「まあ、情けない感じはするが、ことがヴィランじゃしかたねー。最悪、プレゼントが目的なら、時間的には遅れても問題なさそうだし……」
と、タオがその言葉を途中で止めた。
レイナが、さらに強い視線で、じっとサンタクロースを見ていたからだ。
「お嬢?」
レイナは眉をひそめ、うーんとうなったあと、サンタクロースに言った。
「あなた、本当にサンタクロースなのよね?」
「え? それは、そうですけど……」
サンタクロースが困った様に応えると……。
レイナは息を吸ってから……びしっと指をサンタクロースに突きつけた。
「言わせてもらっていい? あなた、話に聞いていたサンタとは、全然違うわ!」
「!」
サンタクロースは、威勢に負けてか、びくっと肩をふるわせる。
レイナは構わず詰め寄った。
「本当に、残念だと思ってる? 私が聞いたサンタクロースは、優しくておおらかで、それでいて人々に希望を振りまく……そんな存在だったと思うけど」
「……」
「町にはヴィランに困る人が、今もいるわ。サンタクロースが来てくれないかもって、嘆いている子共もいた。聖夜が無茶苦茶になってしまうって不安に思っている人が、大勢いるのよ。サンタクロースとして、そのことに何も思わないの?」
レイナがまくし立てていくと、サンタクロースは反論もせず、顔を俯けた。
エクスは、ちょっと慌てて、レイナを止めようとした。
「ちょっとレイナ。ヴィランが出るのはこの人のせいじゃないわけだし……サンタクロースさんを責めても……」
「……そうかしら」
「……え?」
エクスが怪訝な顔になると、レイナは皆を見回した。
それは確かな確信があることだった。
「逆に考えたらどう?」
「逆?」
「つまり、ヴィランがいるから運命通りにならない、じゃなくて、運命通りにならないからヴィランが出ているのよ」
皆は顔を見合わせる。
もっともな言葉だったが、肝心なところがわからないからだ。
皆を代表して、シェインが聞いた。
「つまり、ヴィランが出るよりも前に、既に運命が誰かに邪魔されていた、と?」
「そうよ」
「して、その誰か、とは?」
「サンタクロースよ」
レイナの言葉に、皆がサンタクロースを見た。
そして、 レイナは大きな声でその答えを言った。
「つまりね――こいつは、最初からクリスマスをサボろうとしていたのよ!!」
「ぎくっ……!」
それに、サンタクロースは脂汗を浮かべて、大きくうろたえた。
「……」
皆は何となく微妙な表情になった。
タオが、あー、と反応しかねたようにしてから聞く。
「ぎくっ、て。もしかして、図星か?」
「……いえその」
「そういえば、最初から、妙に行きたがらない雰囲気を出してましたね」
シェインも思い出すようにして言う。
その度にサンタクロースは、気まずげに視線を落としていた。
エクスは、えぇ……と引き気味に見ていた。
「じゃあ、本当に……?」
「サンタクロース、説明してくれるわね?」
レイナが腰に手をあてて視線をやると、サンタクロースはうぅ……と情けない表情になってから、頷いた。
*
「僕は、新しい、なったばかりのサンタクロースなんです」
「なったばかり?」
エクスに、サンタクロースははい、と応える。
「サンタクロースは常に存在します。僕の前には先代のサンタクロースがいて、僕はその役目を引き継いだのです」
それは、例に漏れない、想区のシステムとも言えた。
繰り返される、主役の運命。
サンタクロースも、またその一人だった。
「先代のサンタクロースは、僕のお祖父さんでした。そしてとても、立派なサンタクロースでした」
少年は、思い出すように、語った。
「それこそ、穏やかで優しくて、皆の笑顔を作っていました。あれこそ、サンタクロースだったと思います。でも僕は……何をやっても、上手くいきませんでした」
小さく、俯く。
「高いところが、怖いんです。そりも上手く乗れなくて……プレゼントも、取り違えたりして。運命の書に書かれているはずのことが、まともに出来ませんでした」
サンタクロースは、自分のことを語るとき、少しだけ悲しげだった。
それから、浮かべたのは弱い笑みだ。
「昔からそうだったんです。運動神経はなくて、どんくさくて。元々、ちゃんとした役割をこなせるような……運命の書の通りに出来るような、立派な人間じゃないんです」
そのまま、外を見つめた。
「去年、そりで高いところから落ちてしまいました。プレゼントの配布も遅れて、沢山の人に迷惑をかけました。理想のクリスマスとは、かけ離れていました。子供達を笑顔にする……それは、僕にはきっと、荷が重いんだなって思いました。今年、クリスマスが近づいてきても、いっそうその思いは強くなるばかりで……」
「……だから、あなたはサンタクロースをやりたくないの?」
レイナが、静かにそんな質問をすると、サンタクロースは一瞬黙った。
それから口を開こうとして――
タオが、外を見た。
「……おい、話の途中だが、一旦ストップだ。見ろ」
皆も、すぐに気付いた。
『クルルゥ……! クルルゥ……!』
窓の外に、ヴィランの群れ。
放っておけば、窓を突き破ってでも侵入してきそうだった。
「ネガティブな話をしてたら、ヴィランを誘き寄せちまったみてーだな」
「ともあれ、まずは片付けましょうか」
息をついて、シェインも戦闘準備をする。
レイナも、エクスも、話は中断して、コネクトを開始。
邪魔者の退治をするために、外へと飛び出した。
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