第2話 サンタクロースを探して
レイナ達は、それから想区の調査に乗り出した。
とはいっても、町中に頻繁にヴィランが出現するので、その撃退に奔走するばかりだったが。
「それにしても、沢山出てくるね……」
何度目かの戦闘の直後、エクスがコネクトを解き、息を上げて周りを見る。
相変わらず綺麗な町並みだったが……重なるヴィランの出現で、ところどころが崩れたり、飾り物がなくなったりしている。
「これでも、減りはしてるようだがな……油断はするなよ」
タオが厳しい表情を浮かべつつ……そこで、レイナを振り返った。
「ところでお嬢。……それは何だ?」
「もぐもぐ……気にしふぁいふぇ。ただのローストチキンふぁから。もぐ」
「ああ。いや、気になるだろ」
タオが冷静な突っ込みを入れるのは、レイナが歩きながら、鶏肉の丸焼きをかじっているからだった。
ホネの部分を手に持って、でかい丸々一匹を食べながら、さも何でもないかのようにタオ達に同行していた。
「姉御、いつそんなものを?」
「もぐ……ごくん。町を守ってもらって悪いからって、そこでもらったのよ。名物なのかしら、同じようなのを沢山売ってたみたい。何にせよ気前のいい店主さんだったわ」
「いや、オレ達が言いたいのはそうじゃなくてだな……」
「レイナ、仮にも戦闘中なのに……」
「わかってるわよ。いつでも導きの栞は取り出せるわ」
レイナ自身は、警戒を欠かしているつもりはないので、自信満々に言った。
しかし、栞を取り出した手やら唇やらが脂でテカってるのを見て、タオ達は微妙な表情をしているのだった。
……ともあれ、ヴィランはそんな事情は斟酌してくれない。
直後、いきなり背後に黒い集団が出現。
クルルゥ! と勢いのままに暴れ出した。
「きゃっ!」
レイナは驚いて、ローストチキンを取り落としてしまう。
可食部は残りわずかだったが、それでも食べられるものが地面に落ちて、レイナは茫然とした。
「……むきー! 私のローストチキン!! みんな、ヴィランを早く絶滅させるわよ!!」
言いつつ、一瞬でコネクト。
アリスとなって剣を縦横無尽に振り回し、ヴィランを八つ裂きにしていった。
「レイナ……いや、うん。とにかく、ヴィランを倒そう!」
「だな。やる気になったのは良いことだ」
エクスやタオはもはや多くを語らず、自身もコネクトし、戦闘に参加。
手早く、ヴィランを倒して回ることにしたのだった。
*
「まったくもー、ストーリーテラーは何がしたいのよ……!」
戦闘が終わると、レイナはまだ怒りが収まらず、ぷんぷんとしていた。
怒りの原因の一端は食べ物だったが……実際、ストーリーテラーの狙いが、わからなかった。
エクス達も、さすがに疲れを浮かべている。
「早く原因を見つけないとね……」
――と、ヴィラン達がいなくなったところで、一人の小さな女の子が立ちつくしていた。
その女の子の視線の先には、大きなモミの木がある。
エクスが、その女の子をのぞき込む。
「大丈夫? けがとか、してない?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん達が、助けてくれたんだね」
女の子の言葉は、しっかりとしていた。
だが、そこには、悲しげなものが滲んでいる。
「でもね、せっかくモミの木に付けた、お星様が……」
「……付けた飾り物が、ヴィランになっちゃったのか……」
エクスも、困った様にモミの木を見上げた。
そこからはまた一つ、飾りが失われている。
女の子は、沈んだ声を出した。
「今年は、サンタさん来てくれないの……?」
「さんたさん?」
シェインはまたしても、鸚鵡返しにする。
これもまた、聞いたことのない言葉だったのだ。
女の子は不思議そうにシェインを見る。
「サンタクロースさんだよ。知らないの?」
「すみませんが、寡聞にして……」
「……!」
シェインはそんなふうに応えていたが……その横で、レイナは目を見開いている。
この街に来てから感じていた、不思議な感覚。
その正体が、やっとわかったからだった。
「サンタクロース――」
「そうだよ、サンタさんはね、いい子にしてると、お空からやってきてプレゼントをくれるんだよ! この前の時にはね、新しい、優しいサンタさんが来てくれたの!」
「空からやってきてプレゼントをくれるとは、奇怪千万ですね……」
シェインが真面目にそんなことを言っているが……。
レイナは、自分の中で腑に落ちた感覚を得ている。
「そういうことだったのね」
「? お嬢、どうした?」
「……聞いたことがあるのよ。聖夜にプレゼントを配る、サンタクロースのいる世界の話」
「それは、つまり、ここのことか?」
「ええ。考えてみれば、そういう想区がどこかにある、という話だったのかも知れないわ。つまりここは、“サンタクロースの想区”かも知れない」
タオ達は顔を見合わせていた。
「ここの主役は、そのサンタクロースだと?」
「多分、間違いないと思うわ」
断言したレイナに、一瞬、三人は不思議そうな顔をしていた。
三人は、幼きレイナの心に残った、父の言葉を知りはしない。
だが、レイナの言うことならば、いちいち疑ったりはしない面々でもある。
シェインは納得したように街を見ていた。
「とにかく、そのサンタさんという人が中心の想区なのですね」
「贈り物っていうのは、そのサンタクロースっていう人がするものだったんだね。それを、子供達が楽しみにしている、と」
エクスも、確認するように言葉を並べる。タオは頭をかいていた。
「そう聞くと、確かに平和な想区らしいな。元々は」
そして、その平和が壊れかけているのが、現状なのだ。
ただ、同時に、異常の原因に一気に近づいたのも事実だった。
「ならば、まずはそのサンタさんを探すべきですかね」
シェインが言うと、レイナは頷いて、女の子に聞いた。
「そのサンタクロースがどこにいるかは、わかる?」
すると女の子は、きょとんとした。
「サンタさんは、クリスマスのときだけ、来てくれるんだよ」
「……それって、わからないってことかしら……?」
レイナが怪訝になって聞き返すと、女の子は、首を振って続けた。
「今日の夜になったら、来てくれるんだよ。でもまだ、今はお昼だから。だから、どこにもいないの」
タオがわかったような、わからないような面持ちになる。
「要は、普通の街の住人じゃないってことか? なんか、伝説的な人物っぽい言い回しだが」
「ふむ。話を総合すると、ファンタジーな感じの人のようですからね」
シェインは腕を組んでいた。
ただ、話が事実だとしても、実際に夜まで待っている余裕は、ない。
レイナはうーんと考える。
「まさか本当に夜になるまでどこにもいないってわけじゃないでしょうし……私達で何とか、見つけるしかないんじゃないかしら」
「でも、どうやって……?」
エクスの問には、少女への単純な質問を答えの変わりにするレイナだった。
「ねえ、そのサンタクロースって、どんな見た目をしているの?」
すると、少女は明るい顔になって応えた。
「赤い服を着て、赤い帽子を被っているんだよ。目立つから、すぐにわかるの!」
「!」
思いがけない答えに、四人はすぐに反応した。
その服装には、ちょうど心当たりがあったからである。
街を見回して見る。
あの服装……たったさっき、街の入口で出会った少年が着ていた服装は、想区で流行っているものなのかと思っていたが……今、そんな格好をしている人間は誰もいない。
「じゃあ、あの小僧がサンタクロース?」
タオは一瞬信じられないというように眉をひそめていた。
「何だかイメージと違うけど……でも、夜じゃなくても普通に会えたね」
「うーん……話に聞くサンタ感は、なかったわね。でも、まあ、わかった以上は、とにかく探すわよ!」
レイナも多少、半信半疑に陥りつつも……目の前に現れた糸口である。
すぐに皆と一緒に、町を捜索することにした。
……が。
*
「はぁ、はぁ……全然いないわね」
「考えてみれば、街中にサンタがいれば、みんなもっと騒いでるよね……有名人っぽいし……」
数刻後。
町の広場で、四人は捜索が空振りに終わった徒労感に包まれていた。
一応、町の外も軽く見回ってみてはいた。
が、一面の雪以外に見つかるものはなかったのだった。
「どうしようか――」
『きゃぁああ!』
と、そこでまたも、甲高い悲鳴が轟く。
エクス達はすぐにそちらを見る。
そこにはもう、見慣れた光景があった。
「またヴィランですね。とりあえず、行きましょう」
シェインは冷静に、コネクト。
複数体現れたヴィランの中に駆け込んでいた。
エクス達もそれに続き、戦闘へ。
幸い、これまでと変わらず弱い個体ばかりであったので、すぐにかたがついた。
だが……。
そこに立っていた、先ほどの少女が、悲しげに、目に涙を浮かべていた。
「みんなで作った、クリスマスツリーが……」
「……」
四人は、広場に立っているモミの木を見た。
それは、つい先ほどまで、まだいくらかの煌びやかな飾りが残っていたものだった。
だが、それらはヴィランに変貌し、葉は欠け、幹は傷つき……ぼろぼろになってしまっていた。
聖夜を祝うシンボルは、歪みによって、変わり果てた姿になっていた。
「せっかくのクリスマスなのに、悲しいよ」
女の子は、泣いていた。
「こんなんじゃあ、やっぱりサンタさんががっかりして、来てくれないんじゃ……」
「……」
レイナは、その姿を見て、不意にどきりとした。
楽しみにしていたものがなくなり、未来を悲しむ少女の姿。
それがほんの少しだけ、レイナの中の何かと、重なった気がした。
レイナは女の子の頭に手を乗せて、語りかける。
「大丈夫よ。……サンタさんは、きっと来るから」
「ほんと……?」
「ええ」
それから、少し表情を変えたレイナは……少女に聞いた。
「サンタクロースは、空から来るって行ってたわよね。それって、どこの方向かわかる?」
「……向こうのほう」
少女は、北を指差している。
レイナはそちらを見据えた。
そこには、少なくとも町中には何もない。
だが、雪原の向こうに、薄く見える影があった。
エクスもそれに気付く。
「だいぶ遠いけど、大きな山があるね」
「空を飛べる、というのが本当であれば、あの山から飛んでくるというのは、なくはない話ですかね」
シェインもそちらを見ている。
「唯一のヒントか。ま、駄目で元々だ。まずは行ってみるか?」
そうして、タオのその言葉を契機にして……。
四人はすぐに行動を開始。街を出るために急いだ。
雪の中、町の明かりを遠くに見つめている少年がいた。
赤い格好をした……サンタクロースである。
その瞳は、自信なさげに、ぼんやりと町を映しているだけだった。
「うう……。僕はもう――」
*
そして、数刻後。
「いいいいっっそう寒いわわねねねぶるるるぶ!」
レイナをはじめとした四人は……町を出ると、すぐに雪原を越え、北の山に入っていた。
雪が積もったこの山は、想像以上に急勾配。
本格的な登山に近い状況となり、既に四人はかなりの疲労に襲われていた。
「気をつけろよ、下手したら遭難するぞ」
そういうタオも、さすがに余裕とは行かず、一歩一歩雪道を踏みしめていた。
だがしばらくは、林以外の何もなく、あてが外れたかに見えたが……。
そこからさらに上ったところで、シェインが表情を変えた。
「おや、妙に開けた場所に出ましたね」
四人は足を止める。
そこは、木々がなく、広い視界で見渡せる空間だった。
不自然とも言える程で、人工的な風合いの環境だ。
早速歩き出したレイナは――そこで、つるんと滑って臀部を強打した。
「きゃっ! 痛ーい!」
「お嬢、平気か? 何で急に転んで……うぉ!」
と、タオも一瞬転びかける。
そこは一面、雪が均されたように平坦で……地面がまるで氷のようになっていた。
人工的にしたとすれば、おそらくは途方も無い時間がかかる環境ではあるが……。
「何なんだろう、ここ……?」
エクスが不思議そうに見回す、そのときだ。
前方で、動く影があった。
『ちっ、近寄るなぁ~! うわぁ~!』
それは、どこかで聞いたことのある声だった。
まだあどけなさすら残る声色の、その悲鳴は……一人の少年が出したもの。
「どうやらここであっていたようですね」
シェインが、足元に気をつけつつ、走り出しながら言った。
レイナ達も当然、それに続く。
その手には、空白の書と導きの栞を携えながら。
「サンタクロース……! 今いくわよ!」
レイナが見つめるその先には……赤い服を纏った、あの少年――サンタクロースと……。
その周囲を囲うヴィランの集団の姿があった。
四人はすぐに、コネクト。
夜と雪の風景の中、ヴィランに肉迫し、剣戟を開始した。
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