白紙

@ns_ky_20151225

白紙

「『白紙』です。中年すぎの男性。南エスカレーターから」


 下の階から連絡が入った。


「確認しました。引き継ぎます」

 わたしはそう答えると、上がってくる男性に監視カメラを一台割り振った。中肉中背のどこといって特徴のない男性だが、まわりの客とあきらかにちがうところがひとつあった。


 いっさいの情報が表示されていない。


 だれもがなんらかの情報を体にまとわりつかせ、眼鏡などさまざまな端末で確認できるが、そいつだけはなにもない。趣味嗜好や最近購入したものの表示がない。それどころか氏名、年齢、住所、職業といった基本的な情報もない。

 まわりの客はそういった情報が文字や記号や絵で空間にうかぶように表示されている。それによって他人と交流したり、その人物に絞りこんだサービスをうけられる。


 しかし、『白紙』とわれわれがよんでいる連中はちがう。個人情報を大切にするとかなんとか主張し、じぶんのいっさいの情報をだそうとしない。めんどうくさいやつらだ。

 こいつらはじぶんの情報になにか特別な価値があると思いこんでおり、住所を記入させるくらいのことでそれがどのように使われるのかとか、情報の保全はどのようにおこなわれているのかとかこまかく確認してくる。うっとうしいし、もめごとをよくおこすので警備でも特別に注意することになっている。


 その『白紙』はわたしの担当区域を商品をみながらゆっくりあるいている。購入するつもりはなさそうだが、ときどき品物を手にとっては店員にたずねている。

 店員はさすがに教育がいきとどいているので、『白紙』をみても表情にはあらわさない。それでも、なんの個人情報も見えない客への対応にとまどっているだろうことは想像できる。相手がこれまで購入した商品や趣味嗜好がまったくわからないのに適切な回答はしにくいだろう。


『白紙』はそこをはなれた。わたしは念のため、動作解析もおこなうことにした。なにかあやしいことをしないか機械の目でも監視させる。わずかな動作の兆候を読みとるのだが、警備室の機器の処理能力を大幅に食う。ふだんなら使用したくはないが仕方ない。


 それにしても、昔ならともかく、いま『白紙』でいてもいいことはないのになぜそうするのだろう。やつらは他人と交流するとき、基本的な個人情報を伝える前にその情報を守秘するようそのつどたのむのだろうか。ばかばかしい。

 それとも、他人と交流したくないのだろうか。そんなふうに壁をつくるならわれわれの社会からでていけばいい。


『白紙』はけっきょくなにも買わずにわたしの担当区域をでていった。そいつのむかう先の担当に引き継いで通常の監視業務にもどる。

 いらいらする。なにがしたくて他人にめんどうをかけるのだろう。個人情報というのはそんなに大切なものなのか。いや、なにを大切に思うかは人によってちがうのだからそれはいいとしても、大切だから公開しないという理屈がまったくわからない。情報を公開したくないなら孤島でひとりきりで暮らせばいいのに。


 そのとき、視野のすみにながしっぱなしにしている報道記事が目にはいった。もうすぐ選挙がありそうな情勢との内容だった。それなら、とわたしは決意した。つぎの選挙では『白紙』を違法とするよう行動している候補に投票しよう。


 了

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