王城、到ちゃ……く?

 再びモンターニュ王城へと向けて旅路を行くメルとエニス。


「王城まではまだ遠いんですかー?」


 今朝リエス村を出たばかりで、道程はこれから数日はかかる予定である。答えるまでもなくまだまだ遠いのだが、そんなメルの疑問にエニスは笑顔で答えた。


「ええ、まだ数日は掛かると思います。それに目的地は王城ではありません。王城と隣接する様に栄えているこの国第一の都市、『ブグリュム』ですよ」


「えーっ! そんなに遠かったんですかーっ!? 晩御飯、どうしよう……」


 その答えに驚きの声を上げたメルだが、それは間違いなく日数に付いてだっただろう。

 メルの感覚ではこの道程も、「ちょっと行って来る」程度のものであり、日帰りのピクニック気分だったのかもしれない。彼女の言う「晩御飯」も、今晩の夕食を指している事は明らかだった。


「ハ……ハハハ……。まぁ、ゆっくり行きましょう。夜は私が、何か狩ってきましょう」


 そう答えながらエニスは、そう言えば彼女に王城への正確な距離……いや、だいたいの距離も言っていなかった事に気付き、乾いた笑いを溢していた。

 もっとも、この国に住む者ならば王城の位置とそこまでの距離、日数などは大抵知っていておかしくない。だから、エニスがメルにそこまで詳しく説明していなかったからと言って、それが彼のせいだと言う事にはならないのだが。


「本当ですかっ!? じゃあ、今夜は山鳥がいいですねぇー……」

 

 先程までの苦悩などどこへやら、メルはもう今晩の献立を考えだしているのか、とても楽しそうにメニューを口にしている。

 先程はならず者集団に襲われて、少なくない危機に見舞われたと言うのに、彼女にはそれを気にした様子はない。

 そんなメルのマイペースな振る舞いに、エニスも少なからず救われていたのだ。

 そしてエニスは、そんな彼女のささやかな願いを叶えようと考えていたのだった。





 その後は特に襲撃を受けるでもなく、変わった事もないままその3日後、メルとエニスは「ブグリュムの街」を望む丘の上に立っていた。


「うっわ―――っ! 大きい街ですね―――っ!」


 それを見たメルの第一声は、それはもう喜びと感激、期待が含まれたものであった。

 丘を下って街へと続く草原に引かれた道は広く、メル達を真っ直ぐに誘っていた。まだまだ小さく見える街の外壁だが、彼女達の立つ場所から考えれば、その大きさはメルが嘆声を上げるのも納得するするものであった。


「じゃあ、行こうか」


 そんな楽し気なメルの顔を、どこか申し訳なさげな表情のエニスが、彼女の言葉には特に答える事無くそう告げた。


「はいっ!」

 

 エニスの表情に射した機微に気付く事無く、メルは元気な声でそう答えた。

 緩やかな下り道を歩き、行き交う人々と挨拶を交わしながら、メルとエニスは街へと向かう。徐々にその大きさを増してゆく街の全貌を見つめるメルの瞳には、どんどんと喜色ばんだ色が大きくなっていた。


「……あれ……? エニスさん……?」

 

 まっすぐ進めば目的のブグリュムの街。そんな事は如何にメルであっても分かる事だ。しかしエニスは、暫く進むとその街道を逸れて、細い脇道の方へと足を踏み入れたのだった。


「街はコッチ……ですよね?」


 こっちですよ……と、暗にメルはエニスにそう告げていた。そしてそんな事は、エニスにとっても周知の事実だった。


「いや……こっちで良いんですよ、メル」


 僅かに振り返ったエニスは、やはり申し訳なさそうにそう答えを返した。

 頭の上に疑問符をいくつも浮かべたメルは、「はぁ……」と気の抜けた返事をしながらも、そんな彼の後ろに付き従って行った。

 再びブグリュムの街から離れて行ったエニスとメルは、1時間程そのまま進む。するとその前方に、大きく広がる森が出現した。

 

「あの森が、目的地のある場所です」


 森が完全に視界へと入って来た時点で、エニスはメルに最終目的地を告げた。

 未だクエスチョンマークを消す事の出来ないメルは、やっぱり「はぁ……」としか答える事は出来なかった。

 そんな彼女の疑問を完全に解消させる事はせずに、エニスは再度歩を進めだし、メルもまたその後を追って行く。

 程なくしてエニスとメルは、その広大な森の中へと足を踏み入れて行ったのだった。





 森の中にも道は敷かれており、決して歩きにくいと言う訳では無かった。ただ周囲を鬱蒼とした木々が覆いつくしており、先程まで歩いていた脇道よりも狭い印象を受ける。

 また、時刻もそろそろ夕刻へと差し掛かっていて、静謐な闇が周囲から押し寄せつつあった。暗闇は圧迫感を齎し、森の道を歩くメルとエニスには、その道がより一層狭く感じられていたのだ。


「メル、着きましたよ。あそこが目的地です」


 随分と森の奥へ差し掛かってきたころ、不意に立ち止まったエニスが振り返ってメルへとそう告げた。

 眼前には小さな池が広がっており、その湖畔に小さな家……いや、屋敷が見て取れ、エニスはそこを指差していたのだった。

 流石に森の暗闇がメルの心細さを高めていたので、彼女はエニスのこの言葉で表情を明るくした。


「今日はあそこに泊まるんですね? でも何で街の宿屋じゃないんですか?」


 至極当たり前の疑問。寧ろここに来るまで、それを口にしなかったメルに驚きすら覚えるところだが、当の本人は深く考えていない様だった。

 ただ、本人にその気が無くとも、答えにくい質問と言うものはある。触れて欲しくない疑問と言うものはあるのだ。

 ズバリと核心を突くメルの質問に、エニスはまたもや苦笑いを浮かべるしかなく、何ら答えを口にする事も無く館へと向かって歩き始めた。

 館の前で馬を繋ぐと、エニスは迷いなく玄関へと向かって行き、その後にメルも続く。

 人の気配が希薄なその館にも関わらず、エニスは玄関の扉にノックした。


「エヴィエニス=ライデンシャフトです」


 そして、開かれてもいない扉に向かって、そう名乗りを上げたのだった。

 然して間を措く事も無く、そして音もなく扉が開かれ、一人の老人が現れた。老人はエニスを確認すると小さく頷き、中へ入る様に促して奥へと歩き始めた。エニスがそれに続き、メルも彼の後を追いかける。

 小さな屋敷……と言っても、メルの住んでいた村“リエス村”にあるどの建物よりも大きい。立派と言って差し支えの無い廊下を歩き、老人がエニスとメルを案内したのは、玄関の物ほど立派な佇まいを見せる、大きな両開きの扉の前だった。

 

「……皆様、こちらでお待ちなされておいでです」


 案内を終えた老人は、エニスに恭しく頭を下げると、そう告げて今来た廊下を戻っていったのだった。

 そこまでの間、メルは静かに、少し緊張感を以てエニスに付き従っていた……等と言う事は無かった。

 物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回しながら、ともすればエニスに大きく後れを取りながらここまで付いて来ていたのであった。

 少しは不安感を醸し出した方が、余程女の子らしいと言えるものだが、やはりそこはメルならではと言ったところだろう。


 ―――ギギギ……。


 老人がエニスの前から立ち去ると同時に、彼等の目の前に在る両開き扉が、重々しい軋み音を上げて内側に開いた。中にいる何者かが、図った様なタイミングで扉を開けたのだ。

 エニスはその扉が開き切るのを待って、確りとした足取りで中へと入って行く。


「わぁ―――……」


 その後を、驚きとも感嘆だとも取れる声を発してメルが続く。

 扉を潜った中は、随分と広い部屋になっている。

 まるで謁見の間を思わせる造りとなっていて、その最奥部分には周囲より一段高くなった場所に、玉座を思わせる豪奢な椅子が据え付けられていた。

 その椅子に、一人の老人が座して、入って来たエニス達に目を向けている。……いや、どちらかと言えば、その視線はメルの方へと注視されていた。

 座する老人の両隣には、これまた風格を湛えた老人が二人、まるで従者の様に立ち尽くしている。

 更にその左右には、多くの人物がずらりと、そして綺麗に一列となって並び立っていたのだった。

 総勢十人以上はその場にいるにもかかわらず、彼等は声を発する事無く押し黙ったままただ立っている為、この部屋は不可思議な雰囲気に包まれていた。

 そんな不気味な威圧感が押し包む部屋を、エニスは少しばかり緊張感を発して、メルは不思議そうにその人物達を見やりながら、中央の老人が座る椅子の前まで歩み寄った。


「エヴィエニス=ライデンシャフト、王命に従い、『ドジッ娘魔法使い』である『メルクレール=ローズベルト』を御前に連れてまいりました」


 そして片膝をつき頭を垂れたエニスは、その老人に向かってそう告げたのだった。

 突然その様な行動を取ったエニスと、その報告を受けている老人に向けて、メルは不思議そうな視線を交互に送っていた。

 

「……うむ……。ライデンシャフト伯よ……大儀であった……」


 エニスの言葉を受けた老人は、鷹揚に頷いてそう答える。エニスは「ははっ!」と短く返答して、更に深く頭を下げたのだった。

 

「……あの―――……エニスさん? この方たちは……?」


 エニスと老人の間で取り交わされた会話は、本人達の中で理解されているだろうが、ただ連れてこられただけのメルにはまるで分らない事ばかりだった。……いや、一般的に考えれば、親衛騎士団長で伯爵でもあるエニスが跪く相手などそう多くはない。そしてこのシチュエーションを考えれば、その老人がどういった存在なのかは想像に難くない筈なのだ。

 だが……相手は? あのメルである。

 基本的におバカ……とまではいかなくとも、かなり強度な天然持ちである彼女にしてみれば、説明されていない事に思考を割く等するべくもないのだ。

 

「……メル、跪いて礼を取ってくれるかい? この方はこの王国の主、モンターニュ国王様で在らせられます」


 僅かな期間だが行動を共にしたエニスには、その事が良く分かっていた。だから、メルの不敬とも取れる態度を見ても激高する事も無く、優しく言い聞かせるように説明したのだった。


「……は……はぁ……」


 やはり……と言おうか、メルはエニスの説明では全てを了承出来ず、どこか呆けた様に声を上げて答えるだけだった。だが、空気を感じ取ったのか、まるで祈りをささげる様に両膝を着いて畏まったのだった。

 その姿を見た一同は、思わず声を荒げそうになった者がいたものの、何とか叱責するまでにはいかずに済んでいた。

 これが一般人ならば、どれ程の罵声を浴びせかけられて、下手をすれば牢屋へ連れていかれたかも知れない。

 だが相手はメル……いや、ドジッ娘魔法使いである。

 その記録を記す書物に措いて、「ドジッ娘魔法」により一夜にして王国を消し去ったとされる存在でもあるのだ。

 中央の老人……国王に付き従う重臣達も、その扱いには細心の注意を要していたのだった。


「……わざわざ遠くから済まなかったね……メルクレール。疲れてはいないかね?」


 そんな雰囲気を一掃したのは、国王の発したとても親しみやすい言葉だった。

 まるで自分の子供……いや、孫娘にでも話しかける様な優しい口振りは、昂ぶった臣下たちの頭を冷やし、メルの気持ちも懐柔する事に成功していた。


「はいっ! 初めてこんなに遠出したので、毎日と―――っても楽しかったですっ!」


 それに応えるメルも、当然と言おうか物怖じした様子もなく、まるで隣に住む顔見知りのお爺さんに答える様な口振りで話をしていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ……そうかそうか」


 余りにも明け透けなその言い方に、国王は思わず本当に楽し気な声を上げて笑っていた。そしてそのやり取りが、その場のムードを完全に和やかなものへと変貌させていたのだった。

 これが王城の中庭で、本当に国王とメルのプライベートなお茶会ならば、周囲の者も生暖かい目で見つめ続ける事が出来ただろう。

 しかし、わざわざ王城では無く、そして第一の都市であるブグリュムの街でもない理由は、それ程長い時間二人の会話を許してはくれなかったのだった。


「ほっほっほ……中々面白い女子の様じゃねー……」


 付き従う臣下の中より、纏ったローブで深く顔を隠した老人が歩み出て、二人の会話を遮った。その声音は老女の様であり、随分と皺がれたその声と相まって、まるで魔女の様であった。


「おお……済まぬな……『鑑定の魔女』殿……。この娘の楽しそうな話しぶりに、年甲斐もなく胸を弾ませてしまったわ……」


 進み出て来た老女に向けて、国王は謝罪の言葉を発する。勿論、本当に謝っているのではなく、その老女が言葉を発し、行動を起こす事に許可を与えたものである。


「ほっほっほ……ババァは気が短いもんでね。お楽しみの処を、早速邪魔するよ」


 王への返答もそこそこに、老婆はススス……と歩を進めて、キョトンとするメルの前に立ったのだった。

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ドジっ娘特性!大・爆・発! 綾部 響 @Kyousan

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