「ドジッ娘」の影

「ウオオオォ―――ッ!」


 ―――ギンッ!


 相対したのは束の間、ならず者達は気勢を上げて、一斉にエニスへと躍りかかって来た。

 多勢に無勢と言う状況、しかもメルを守りながら戦わなければならないと言う悪条件にも関わらず、エニスは流れる様な剣捌きで繰り出されて来た剣撃を受け流し、手にした盾で防ぎきる。

 それだけでは無く、エニスは隙あらば盾による打撃を繰り出し、ならず者達にダメージを与えて行った。


「くそっ! やっぱり手強いぞっ!」


 人数では上回っているにも拘らず、優勢なのはエニスの方であり、それを理解した男達の間からそんな声が湧き上がり出した。

 

「手加減はここまでだっ! これ以上向かって来るならば容赦はしないっ!」


 そこへ、鋭い視線を発したエニスの怒声が飛ぶ。

 それが決して虚勢でも、冗談でさえないと言う事は、その言葉を耳にした全ての者が理解する処であった。


 ……約1名を除いて……だが……。


「み……みなさーんっ! やめ……やめてくださーいっ!」


 男達の争う声に掻き消されていたものの、メルは先程から届かない声を発し続けていた。そしてそれは、ならず者達が怯み静かになった事で、その場にいる全ての者の耳にする事となったのだ。


「こ……こうなったら、女を狙えーっ!」


 頭目と思しき男が、ターゲットをエニスからメルへと切り替える指示を出した。

 今まではメルを捉えようとしていたのだろう、攻撃はエニスにばかり向いていた。しかしここに至り、攻撃が分散しては、如何にエニスと言えども最小限の被害で済ませる訳にはいかなくなってしまった。

 彼はこのままならず者達を気絶なりさせて、背後関係を知ろうとまで考えていたのだが、流石にそんな悠長な事を言っていられなくなったのだ。


「……やむを得んっ!」


 ―――ザシュッ!


 真っ先にエニスへと斬りかかって来た男を、エニスは流れる様な動きで男の攻撃を躱しつつ剣を振るった。その剣を腹に受けた男は、口から血泡を吐きもんどりうって倒れ込んだ。


「うぉ……」


「きゃあああぁ―――っ!」


 仲間がやられた事で、動揺した声を上げそうになった男の声を上書きして、メルの金切り声とも思える悲鳴が周囲に響き渡った。


「うるせ―――っ!」


 メルの近くへと近づきつつあった男はその直撃を受け、両耳を塞いでそう叫んでいた。


 ―――ブシュッ!


「がはっ!」


 しかし悲しいかな、そんな無防備な状態で棒立ちだった為に、素早く近づいたエニスの剣の餌食となってしまったのだった。


「ちょ、おま……ずるいぞっ!」


「……何がだっ!?」


 だが、緊迫した戦闘中の僅かな空白とも言える出来事に、ならず者達が場違いな抗議の声を上げ、エニスがそれに答えてしまうと言う一幕が繰り広げられたのだった。

 それでも、既に刃傷沙汰となった現場には、殺気が渦巻き収まる気配など無かった。


 ―――ギンッ! キンッ! バサッ!


 一瞬の間を措いて、再び響き渡る剣撃音。すでに双方は、互いを殺す事のみに集中していた。


「やめ……止めてくださ―――いっ! ……きゃっ!?」


 それでも叫び続けていたメルだったが、何故か、一人でよろめき、その場に尻餅をついてしまう。

 余りにも大声を上げていた為、ほんの一瞬酸欠状態となり、眩暈を引き起こしたと同時に脱力し、ペタリとお尻から座り込む様になってしまったのだが……。


 ―――ゴゴゴッ……。


 ―――ブンッ!


 メルが座り込んだと同時に地鳴りが響き渡り、エニスの持つ盾が即座に反応したのだった。


「な……なに―――っ!?」


 これにはエニスも、思わず大声を上げずにはいられなかった。

 押し寄せて来るならず者達を押しのけ、即座にメルの近くへと体を寄せたエニスは、盾を構えて“その時”に備えだした。

 その挙動に不審を抱いたならず者達だが、それよりも既に体感でも感じられる地響きに、不安の色を浮かべてそれぞれ顔色を窺っていた。


 ―――ゴゴゴゴゴッ! ドガガッ!


 地響きが地震へと変わり、巨大な地を割く轟音と同時に、メルの周辺をボコッと陥没させたのだ。

 いや、陥没だけにはとどまらない。

 まるで巨大な地割れが局地的に発生したかのように、ならず者達をその深い縦穴へと呑み込んで行く。


「ひっ……ひぎゃ―――っ!」


「たす……たすきゃ―――っ!」


 それぞれ悲鳴を発しながら、男達はその穴へと呑み込まれてゆく。

 エニスとメル、そしてエニスの盾に守られた馬だけは、その地割れに呑み込まれる事は無かったが、彼等を襲っていた男達は軒並みその姿を消してしまっていたのだった。


 ―――ゴゴゴ……。


 暫くの後、地響きは止み、その穴は再び閉じていく。

 まるで何事も無かったかのように、その周囲は元の姿を取り戻して行き、そして辺りは静寂が支配したのだった。

 

「……あ……あの……えーっと……」


 エニスさえも呆然としていた空気に耐えきれず、先に口を開いたのはメルの方からだった。


「メ……メル? 怪我はありませんか?」


 そこで我に返ったエニスが、彼女にそう声を掛けた。それは殆ど反射的であり、騎士として受けた教育の賜物だと言って良かった。


「は……はいっ! 大丈夫ですっ!」


 ―――グウゥゥ―――……。


 メルがそう答えると同時に、彼女の腹の虫も声を上げた。


「はうっ!」


 即座に両手を腹に添えて、メルの顔が見る間に赤く染まった。それに毒気を抜かれたのか、エニスからは力が抜けた弱い笑顔がこぼれた。


「……そう言えば昼食がまだでしたね。すぐに準備しましょう」


 先程まで血生臭い戦闘を行っていたエニスとしては、すぐに食事と言う気分では無かったのだが、それでも彼女の欲求を優先させる提案をした。

 メルにしてみれば、周囲に死体や傷ついた男は勿論、地面に散った血の跡すらなくなっているのだ、実感が乏しいのだろう。


「はいっ! すぐに用意しますねっ!」


 そんなエニスの気分もどこ吹く風で、メルは明るくそう答えると、荷物を持って河原の方へと下り出したのだった。




「……ふーん……。あれが新しく現れた『ドジっ娘魔法使い』ね……」


 メルとエニスが襲撃された街道を望む、少し離れた小高い崖の上。彼女達を見つめる瞳が、冷静に一連の出来事を見つめた後にそう呟いた。


「……はい、ニーナ様。そして彼等は、どうやら作戦に失敗したようです」


「……見てれば分かるわねー……。それよりも……」


 紫色の巻き髪を掻き上げて、その豊満な胸の下で腕を組み直したニーナと呼ばれた女性が、その横で控える少女にそう答えた。

 紅い瞳を湛える切れ長の目は僅かに吊り上がり、整った顔立ちであるにも関わらず全体的にはきつい印象を持つ。まるでドレスの様な黒いローブは、襟ぐりが大きく開き胸の谷間を強調しており、地面に届く裾からは大きくスリットが入り艶めかしく美しい脚を覗かせていた。

 

「……ねぇ、ソフィー……? ローブ……踏んでるんだけど?」


「……っ!? はわわ―――っ! ごめ……ごめんなさ―――いっ!」


 慌てて足を上げて除けようとした彼女は、そのままバランスを崩してよろめいた。


「きゃ……」


 ―――ガシッ!

 

 しかし彼女がそのまま尻餅をつく……と言う事は無かった。素早く伸ばされたニーナの手がソフィーの腕を取り、彼女が転倒する事を防いだのだ。


「はぁ―――……。あ、ありがとうございます、ニーナ様……」


「……まぁ……想像の範疇だったからねー……。気を付けておくれよー……。うっかりコケて、魔法が発動しちゃいましたー……じゃあ、済まないんだからねー」


 ニーナに確りと抱き起されて、ソフィーは顔を真っ赤にして頭を掻き、「てへへー」と笑いを溢した。

 呆れたように小さく溜息を吐いたニーナを前に、ソフィーが表情を改めて居住まいを正した。


「……それで……きょれきゃらどょうしみゃ……痛っ!」


 そして何事かを言おうとしたものの、のっけから噛みまくり、最後には己の舌も噛んでしまったのだ。


「……慣れない言葉遣いなんかするもんじゃないよー……。『ドジっ娘魔法』が発動したらどうするんだい……?」


 そんな様子を見ていたニーナが、再び溜息と共にそう零した。その指摘を受けたソフィーも、再度「てへへー」と照れながら笑いを溢す。


「とりあえずは様子見だねー……。あの娘達の後を付けて、本国からの指示を待つ以外に採る手がないねー……」


 その言葉を聞いたソフィーが、やや表情を曇らせておずおずとニーナに質問する。


「……あの……私は彼女達と……た……戦うんですか……?」


 その言葉には、どこか恐れすらも含まれている。それには彼女が、余り戦いを好まない人間であると暗に示すものが内包されていた。


「……まだあんたが考える時じゃないよー……。気にしなさんな」


 そんな彼女の頭をワシャワシャと搔き乱して、ニーナは優しい笑顔をソフィーへと向けたのだった。

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