襲撃者達

 穏やかな陽射しが木漏れ日となってメルとエニスに降り注ぐ林道を、二人はまるで散歩か散策でもしているかの様にゆったりとした調子で歩を進めていた。

 

 ―――カポッカポッカポッ……。


 晴れやかに続く風景の中で、エニスの引き連れている白馬の足音だけが規則正しく響いていた。緑の映える新緑の中で、その音は周囲を和ませるに十分な効果を持っていたにも拘らず、メルとエニスの間にはどうにもぎこちない雰囲気のみが流れていた。

 しかしそれも仕方のない事だと言えるだろう。

 メルとエニスは昨日初めて顔を合わせた、まだまだ初対面に近い状態である。また、片や山村の酒場でメイドとして働く村娘、片や王都で親衛騎士団を率いる貴族様である。それらを鑑みるだけでも、僅か1日にも満たない期間で打ち解けろと言うのは到底無理な話であった。

 そして何よりメルも、そしてエニスに至っても思春期を迎える若者である。

 身分の違いや立場の差はあったとしても共に年若い男女である事に違いなく、その事を意識するなと言う方がどうにも不自然な事なのだった。

 普段から決して社交的だとは言えないメルは勿論、エニスの方でも如何に相手と接すれば良いか解らずに無言の時を過ごしているのであった。


「……あー……メル……?」


「ひゃっ……ひゃいっ!?」


 だがリエス村を発って数時間。周囲の風景が無言の時を癒してくれていたとはいえ、このまま王都まで言葉を交わさないという選択肢は到底取り様がない。村から王都までは、徒歩でならば少なく見積もっても5日間の行程となる。ましてや女性であるメルを連れ立っての道程である。更に多くの日数を覚悟しておかなければならないだろう。そんな長時間を、言葉も無く過ごす事等どう考えても不可能なのだ。そしてコミュニケーションを取る切っ掛けは、早ければ早い程良いに決まっているのだ。故に意を決したエニスからメルへと話しかけたのだった。


「も……もうすぐお昼になると思いますが……食事はどうしますか?」


 まだ太陽が頂点へと達するには些か早い時間ではある物の元々出発したのが早朝であったと言う事と、二人は気付けば休みなく歩き通しだったという事実が、思いの他早くエニスの空腹を誘っていたのだった。


「お……お昼……たべっ……食べますーっ!」


 エニスが食べるのを確認した事も間違いなかったのだが、本当は食べる物を持って来ているのかどうかと言う事を確認したエニスは思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「ははは……違いますよ。お昼の用意は何かしてるんですか?」


 エニスは王都を出る際に往復分のほしいい(干し飯)を準備しており、余程の事が無い限り食に困ると言う事が無い。また何ともなれば周囲に生息している小動物や木の実果物を採集して食料にしようとも考えていた。出自が貴族である事を考えればこのような考え方は稀有な方だと言えるが、だからこそこの若さで騎士団長を務める事が出来ると言う表れでもあるのだろう。しかし残念ながらその用意にメルの食い扶持ぶちは含まれていなかった。もし用意されていないのであれば自身の食料から分け与えようとも考えていたのでその様な問いを彼女にしたのだった。


「あ……わ……私、お弁当を作って来たんですーっ!」


 だがメルからは彼の懸念を振り払う答えが返って来たのだった。その言葉を聞いたエニスは色んな意味で安堵していた。昼食の準備に対する事は勿論、彼自身もメルへと話し掛けるにはそれなりに緊張を有していたのだ。だから思いの外会話がスムーズに、そして違和感なく交わされた事には、彼の中である種の成功を意味していたのだった。


「エ……エニス様の分も御用意してるんですよー」

 

 しかしメルが発した次の言葉には、流石のエニスも備えておらず驚きで絶句したのだった。随分と早い時間に出立を決めた為、もしかすれば食事の準備も儘ならないのではと考えた程なのだ。メル自身の分は兎も角、まさか自分の分まで用意されているとは思いも依らなかったのだった。


「そ……それは本当ですか? わざわざありがとうございます。メル、朝が早かったので大変だったでしょう?」


 エニスにとっても嬉しい誤算に、自然と彼の口調も上擦り早口となっていた。だがそれもまた、彼がまだまだ年若い青年だと言う証であった。

 

「えへへへー」


 メルにしてみても余計な事だったかと内心ビクビクとしていた反面、エニスが殊の外喜んでいる様に見えた事で随分と緊張が解けた様であった。


「では早速食事にしましょう。丁度あの河原が開けていて良さそうです。あそこで……っ!?」


 ―――ズザザザザッ!


 進行方向の右手には、樹々の切れ目からそこを流れる大きめの河が見え隠れしていた。その川辺に程よい広場を見つけたエニスがそこを指差してそう提案したその時、左手の斜面より身を隠していたのだろう数人の男達がエニス達の前と後ろを挟むかのように踊り出して来たのだった。

 

「……メルッ!」


 流石は騎士団長とでも言おうか、殆ど条件反射で抜刀したエニスは前後の男達を見据える様にして、その中間地点で仁王立ちとなりメルを庇うかの様に大きく腕を広げたのだった。だがその行動を理解していないメルは、いやそもそも現れた男達に怖気おぞけを感じていない彼女は、その男達をキョトンとした表情で見回していた。普通の婦女子ならば即座に自分の後ろへと駆け寄って来る所をそうはしないメルに、エニスは僅かに焦りつつ彼女へそう声を掛けたのだった。


「ふぁ……ふぁい!?」


 先程までと明らかに違う声音でエニスに声を掛けられて、メルはまるで怒られているかのような錯覚を覚え思わず動揺した声を上げてしまっていた。それでも未だにエニスの意図を読み取れていない処は流石にメルである。


「……私の後ろへ……」


 緊迫した雰囲気が周囲を覆っているにも拘らず、余りにもその場違いなメルの状態に肩透かしを食った気分となったエニスは、やや自嘲気味に微笑みながら小さく溜息を吐いてそう彼女へと声を掛けた。


「あ……はい!」


 そこで漸く自分がどうすれば良いのか理解したメルは、慌てた様に小走りでエニスの後ろへと回り込んだ。因みにこの時点でもメルは今の状況を把握しきれていない。


「おうおう、騎士様よー! 随分と良い身なりじゃねーか! それに可愛い女の子まで引き連れて良い身分だよなー!」


 その動きを皮切りに、前後を取り囲んだ男達の一人がそう切り出して来た。その口調は如何にもなゴロツキであり、一見すれば疑いようのない山賊盗賊の類だと思わせるに十分だった。


「装備も良い物だし、その盾も高価そうじゃないか。騎士様、悪いけどぜーんぶ、置いてってくれないかなー?」


 そしてそのセリフも間違いのない山賊盗賊の物であった。余りにもテンプレートなその物言いに、エニスは思わず苦笑を漏らしてしまっていた。

 今目の前に居る男達は全部で7人。エニスの実力を以てすれば、この程度の人数ならば物の数では無かった。日々屈強な騎士たちを相手に訓練を積んでいるエニスにとって、ゴロツキ風情がどれ程雁首がんくびを揃えようが全く脅威となり様がなかったのだ。

 だが彼には僅かに気掛かりな点があった。

 それは言わずもがな、メルの存在である。

 エニスにしても、敵を攻撃する訓練は多く熟して来た自負がある物の、たった一人で婦女子を守りながら戦うと言う経験は皆無に等しかったのだ。

 そして何よりも懸念なのは、メルが何時「ドジ」を発揮して「ドジッ娘魔法」を発動させるのか予測が出来ないと言う事だった。彼女が引き起こす「ドジ」の度合いによってその規模が確定する「ドジッ娘魔法」を考えれば、目の前の男達が消滅する事は勿論周囲の山野が消失してしまうかもしれないのだ。


「……断るっ!」


 とりあえずエニスはそう答えた。もとより男達は会話に駆け引きなく要求を突きつけて来たのだ。彼には他に答え様がなかったと言う理由もあったのだが。


「ええっ!? 断っちゃうんですかっ!?」


 エニスの啖呵に真っ先に反応したのはメルであり、その言葉でまたまた気勢を削がれる結果となってしまったのだった。


「……え……ええ……。とりあえず断ります……」


 果たして彼女はこの状況を理解しているのだろうか。そして先程ゴロツキが言った言葉の意味を理解しているのだろうか。

 エニスは彼女の思考を測りかねてそう答えたのだった。


「そうですかー……。では仕方ないですねー」


 何が仕方ないのか説明を求めたいエニスであったが、今はそんな状況ではない。それにエニスがメルにその質問を投げ掛ける前に、男達の方に動きがあったのだ。


「これだけの人数相手に、随分な自信だなー、騎士様よー。俺達はあんたを殺しても良いってんだからなー。容赦しねーぞっ!」


 メルとの拍子抜けするやり取りを行っていても、男の言葉に含まれていた違和感をエニスは逃さずすくい取っていた。


「……お前達の裏にいる者は誰だ?」


 エニスは鋭い眼光をその男へと向けてそう言葉を発した。そしてエニスにそう指摘された男は明らかとも思える動揺を露わにしたのだった。

その姿を見たエニスは自分の言葉が間違っていなかったと確信すると同時に、少なくない危惧を感じ取っていたのだった。

当初こそただの山賊盗賊だと思っていたが、何者かに言われてエニスを襲っているのならば話は違ってしまうのだ。見た目通りただのゴロツキではなく、いずれかの腕利きもしくはプロの暗殺集団と言う可能性も浮上して来るからだ。


 ―――スラッ……。


 それ以上の返答はなく、男達は一斉に装備していた獲物を構えてにじり寄り出した。これ以上話をして時間をかけるのも勿論、背後の事情をエニスに知られる事を避けたのだった。


「みっ……みっ……みっ……皆さん、一体どうしたんですかーっ!?」


 ここへ来てようやくメルにも事の重大さが理解出来たのだろう、普通の婦女子らしい声を上げた。そしてその声がエニスに一つの決心を齎したのだった。

 エニスの任務は「ドジッ娘魔法使い」であるメルを無事王都へと送る届ける事。これは近衛騎士として至上命令であり、守らなければならない絶対の使命である。

 だが男として、一人の騎士としてメルと言う女性を何としても守る。エニスは心の中で自分の矜持に誓いそう決心するのだった。


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