ラーメンの国
@dekai3
ラーメンの国
むかしむかし、あるところに、四人の王様が治めるラーメンの国がありました。
四人の王様はそれぞれ
始まりの王様 塩スープの始王
深紫の王様 醤油スープのソイソ王
赤白の王様 味噌スープのミッソ王
白濁の王様 とんこつスープのポークボ王
という名前の王様達で、ラーメン丼のように大きな丸い国を四つに分けて治めていました。
この国はもう何年も平和が続いており、国民は毎日のようにラーメンを食べて過ごしています。
春は命の芽吹きを感じるラーメンを、夏は暑さを吹き飛ばすようなラーメンを、秋は稔りに感謝するラーメンを、冬は身も心も温まるラーメンを、お正月や誕生日は勿論、卒業式や結婚式もラーメンでお祝いします。
この国の国民は、みんなラーメンが大好きなのです。
この国には始王が定めたラーメン三か条という物があり、国民はその教えに従って暮らしています。
第一条、ラーメンを食べる時は幸せでなくてはならない。
第二条、ラーメンを食べる時に他人を不幸にしてはならない。
第三条、ラーメンを食べるために努力を惜しんではならない。
この三か条を守っているからこそ、この国は平和で、みんなラーメンが大好きなのです。
しかし、ある時事件が起きました。
国の真ん中にある様々なラーメンの屋台が並ぶフクオカストリートで、いくつもの屋台のスープに勝手にとんこつスープが混ぜられるという混入テロが起きたのです。
幸いな事に、混ぜられたスープは全部ラーメン騎士団が飲み干したので、大きな混乱も無く一般人への被害はとても少ないものでした。
しかし、一生懸命作ったスープを勝手に博多ライズにされた店主達は余りのショックで店名と自慢のポエムの入った黒Tに塩をふかせ、腕を組みながらタオル鉢巻を涙で濡らしました。
この事件があってからというもの、醤油ラーメン好きの人達と味噌ラーメン好きの人達はとんこつラーメン好きの人達と対立するようになり、主だった被害の少なかった塩ラーメン好きの人達が仲裁をするという図式が、ラーメン国内で頻繁に見られるようになりました。
四人の王様は国民がラーメンで争うことに心を痛め、連日店長会議を開きます。
しかし、
「これはとんこつ派によるテロだと、どう見ても明らかじゃないか!」
と、ソイソ王が言うと、
「そんなのは言いがかりだ!自分の店にならいくらでも混入可能だろ!!」
と、ポークボ王が返します。
そして、
「騎士団からはどの店も同じとんこつスープが混ぜられていたと情報が上がってきている。同時に複数の店が共謀を図ったとは考えにくい」
と、ミッソ王が言い、
「この件はとんこつ派も被害者じゃろう。もしもとんこつ派の仕業だとしても、一部の暴走した者のみ罰せればよいのじゃ」
と、始王が収めます。
毎日毎日、会議の内容はこんな感じで、四人の王様達でさえ麺が飛び汁が掛かるような言い合いをしています。
そんな中、一人の騎士が足早に会議室にやってきました。
「報告申し上げます!ラーメン歴史家のスガキーヤ様が命を絶たれました!!」
騎士の報告の内容に、四人の王達はつけ麺の大盛が無料と言うから頼んでみたら予想の二倍以上の量の麺が来た時のような驚いた顔を見せます。
「そんな…。彼は魚介とんこつの第一人者で、今回の事件を解明するために尽力を惜しまないと今朝方言っていたばかりではないか!」
好む味は違えども、同じラーメン好きとしてスガキーヤと交流のあったソイソ王は、慟哭しながらその死を悲しみます。
その場に居る他の三人の王も、口をつぐみ鎮痛な面持ちをする事で、ラーメン国の要人が無くなった事を悲しんでいます。
そして、一同が静まり返った後、騎士がそれ以上の驚きの内容を報告しました。
「スガキーヤ様の部屋の卓上に遺言と思われる書き置きがありました。そこには、『とんこつは生まれるべきでは無かった』と」
「なんだそれは!!」
今度は、ポークボ王が叫び声を挙げました。
無理もありません。ただでさえとんこつスープが騒動の原因となっているのに、魚介とんこつの第一人者の遺言がとんこつスープを否定する内容なのですから。
その後、激昂するポークボ王を始王が宥め、ソイソ王はスガキーヤが他に遺言を残していないかを調べるという事で、会議は終わりました。
一人会議室に残ったミッソ王は考えます。
(公明な歴史家のスガキーヤ殿程の方が自殺を考えるような真実があるとは……。この事件、国を揺るがす事になるやもしれんな)
しばらく後、ミッソ王の懸念は現実の物となりました。
最初のとんこつスープ混入事件を皮切りに、学校給食とんこつスープ事件、牛乳とんこつスープすり替え事件、マラソン給水とんこつスープ事件、とんこつ風呂事件、とんこつ小便小僧事件、流しとんこつ事件と、全ての地域で様々なとんこつスープによる事件が多発したのです。
これにより、ポークボ王はショックで床に伏せってしまい、王達は会議を開かずに独自に事件の調査を始めます。
「儂は、この国を作るべきでは無かったのかもしれない」
王様の部屋というには質素な部屋の中で、椅子に腰掛けた始王がぽつりと呟きました。
始王の傍らには騎士団の団長が立っていて、黙って始王の言葉に耳を傾けます。
「スガキーヤには悪い事をした。いや、スガキーヤだけではない。とんこつ派の国民の全てに、儂は償わねばならん」
始王は誰とも無しに後悔と懺悔をします。
傍らに居る騎士団団長は、その始王の懺悔に何も応えません。何故ならば、彼もまた、始王の共犯者であるからです。
最初の事件から二ヶ月が経ち、積極的に調査を進めるソイソ王とミッソ王は、お互いが手に入れた情報を元に、二人だけの店長会議を開いています。
「それぞれの事件だが、逮捕した犯人達からは何も共通点が見つからない。とんこつ派ではない者も居るし、逆にとんこつスープを嫌っている節のある者も居る」
「こっちも同じような内容だ。年齢が成人済みという共通点だけで、老若男女構わず事件を起こしている」
二人の王様はそれぞれが調べた内容を資料にまとめて来ましたが、殆どが同じ内容でしかなく、とんこつスープが事件の基となっている理由を調べることが出来ないでいました。
無理も有りません。今やとんこつスープによる事件が多発したせいで、醤油派、味噌派、塩派に疎まれたとんこつ派が暴動を起こすようになってしまい、それが計画的なテロなのか、ただの喧嘩なのかさえ分からなくなっているのです。
「しかし、このままではとんこつ派が孤立してしまい国が分裂してしまう!一刻も早く事件の原因を突き止めねば!!」
ソイソ王が苛立ちを隠そうともせずに声を荒げます。それを見たミッソ王は、意外だという顔をしました。
「ソイソ王、とんこつスープがお嫌いでは無かったのですか?」
「何を言っている?とんこつスープも醤油スープも同じラーメンではないか。勿論、塩スープも味噌スープもそうだ。ラーメンを愛する全ての者を、私達は守らねばならない」
ミッソ王はソイソ王のラーメン好き発言を聞いて、ソイソ王の事を見直しました。
この一大事に自分の好みの派閥を守るだけで無く、国民全員の事を考えれるとは、流石一番派閥の多い醤油派を束ねる王だと。
その時、ミッソ王はある事に気付きました。
「ソイソ王、今、なんと仰った!?」
「どうしたミッソ王。私はただ、『ラーメンを愛する者を私達は守らねばならない』と言っただけだが」
「それです、ソイソ王!ラーメンを愛する者達なのですよ!」
ミッソ王はそう叫ぶと、お互いが集めた資料を再度見直し、リストを分類していきます。
「ミ、ミッソ王、どうしたのだ。その資料は既に何回も見直したではないか」
ソイソ王はミッソ王の気迫に押され、やや控え目に声をかけます。
「ああ、これも、これもだ。この人物も。やはりそうだ。いや、しかし、だからと言って、何故…」
「ミッソ王?」
「あ、すみませんソイソ王。ソイソ王の一言で犯人達の共通点が分かったのですが…」
「なんだと、それは誠か!?」
「ええ。しかし、新たな問題点が発生しました」
ソイソ王の言葉に閃きを感じたミッソ王は、集めた資料の束を湯切り奥義天空落としのように掲げ、こう言いました。
「彼らは全てラーメンを愛し、ラーメンに携わってきた人物なのですよ」
ミッソ王の手に持つ資料には、ラーメン屋店主、ラーメン評論家、ラーメン栄養士、ラーメン心理学者、そして、ラーメン歴史家の名前が書かれていました。
「ミッソ王、ここでいいのだな?」
「ええ、既にアポイントは取ってあります」
ここはラーメン国中央地域の国立歴史資料館。ラーメン国のラーメンに関する歴史を研究し、その成果を一般に向けて公表している所です。
そして、亡くなったラーメン歴史家スガキーヤの職場でもありました。
「しかし、今更ここで何を調べるというのだ。既にスガキーヤの件は自殺と確定していて、他殺の可能性は限りなく低いはずだが。」
「今日はスガキーヤ殿に関する事ではなく、もう一人の歴史家のナガハーマ殿に話を聞きに来たのです」
二人は歴史資料館に入ると、受付の券売機でとんこつラーメン(大)を押し、カウンターへ腰掛けました。
暫くして、中から昔ながらの半袖無地襟無し白衣の老人がやってきました。
彼が二人の王様が会いに来た人物の、ナガハーマです。
「ソイソ王、ミッソ王、よくいらっしゃった。そろそろ来る頃だと思っておりました。私の知る全てをお話ししよう」
ナガハーマはそう言うと、二人にレモン水を差しだし、今回のとんこつスープ騒動について語り始めました。
「この国の混乱は、その全てがとんこつスープを作り出した始王の責任なのです」
ナガハーマの発した言葉に、ソイソ王は驚きます。
「ナガハーマよ、それは始王に対する不敬罪のつもりか」
「待つのだソイソ王よ。ナガハーマ殿も根拠も無くそう言っているわけではないのであろう?」
ミッソ王はナガハーマの言葉を予想していたのか、落ち着いてソイソ王を諫め、ナガハーマへ説明の続きを促します。
「ソイソ王がそう仰る気持ちはよく分かります。しかし、我々のようなラーメンについて研究している者にとっては、いつか辿り着く真実なのです」
ナガハーマはそう言い、二人の王へ小さな冊子を渡しました。
「これは?」
ソイソ王はこれ以上口を挟むまいとしているため、ミッソ王が訪ねます。
「この国でラーメンを作るものが最初に渡される、ラーメンスープの作り方の手引き書です。この手引き書はラーメンスープの考案者である始王が直接監修をした物であり、この国の全ての基本が詰まっています」
「始王がスープを考案したとは聞いていたが、そんな事まで」
王様と言えども国中の全てを知っているわけではありません。ソイソ王とミッソ王にとって、始王がラーメンの手引き書を監修しているというのは初耳でした。
「ここに書かれている事が、今回の騒動の引き金であり、全ての答えなのです。ただ、そのまま普通に読んだだけでは気付きません。ラーメンについて詳しい者が少し見方を変えて見る事で、初めて気付いてしまうものなのです」
「全ての答えが」
ソイソ王は早く真実を見つけたいがためか、手引き書を素早く捲って内容に目を這わせます。しかし、そこに書いてあるのはただのラーメンスープの作り方だけです。
「パッと見ただけでは分からないでしょう。きちんと、一から説明させて頂きます。」
ナガハーマはそう言い、まずは醤油スープの作り方を説明します。
「醤油スープとは、かえしと呼ばれる醤油に酒や砂糖を加えて煮詰めた物を、出汁で割って薄めることで濃さを調整するスープである」
「これは当たり前の事だな。元はそばつゆから発祥した物と言う」
ナガハーマの説明に、ソイソ王が付け足しをしました。
次は味噌スープの作り方を説明します。
「味噌スープとは、数種類の合わせた味噌を出汁で溶いて薄める事で濃さを調整するスープである」
「そうだ、元々は味噌汁の発想から産まれた物らしい」
ナガハーマの説明に、今度はミッソ王が付け足しをしました。
次は塩スープの作り方を説明します。
「塩スープとは、塩を出汁で割って薄めて濃さを調整するスープである」
「なんとも…シンプルな説明だな」
簡潔な説明に、ソイソ王が苦笑しながら漏らします。
そして最後に、とんこつスープの作り方を説明します。
「とんこつスープとは、豚骨を長時間もしくは高圧高熱で煮込み、骨髄からでる旨味成分をスープの出汁として使用するものである」
「とんこつスープだけ作り方が違うのだな」
ソイソ王がそう感想を呟いた時、ミッソ王は確信を得たという表情をしていました。
「ナガハーマ殿。やはりそうか、とんこつスープというのは!!」
「その先は私が言おう」
ミッソ王が立ち上がり、とんこつスープについて語ろうとした時、のれんの奥からポークボ王が現れました。
「ポークボ王!体調が芳しくないのではなかったのか!?」
急に現れたポークボ王に、ソイソ王が問い正します。
「体調不良など、私はそんな事で休むたまでは無いと知っておるだろう」
「ならば、何故」
「そなたらと同じだ。同じ結論に至ったので、ナガハーマを訪ねたのだ」
ポークボ王は寂しげな表情で応え、目を細めて遠くを見つめます。
ミッソ王はその眼差しの行く末が始王だという事に気付き、口にしかけた言葉を飲みました。
「よろしいのですか?辛いのなら、私からお話しいたしますが?」
「いや、よい。気持ちの整理を付ける意味も有る。私が話そう」
ナガハーマがポークボ王に提案をしますが、ポークボ王はその気遣いを断ります。そして、真実を話し始めます。
「結論から言おう。とんこつスープは、ラーメンのジャンルとして間違いだ」
「何っ!!?」
ポークボ王の告白に、ソイソ王は驚きの声を上げます。
「少し考えれば分かる事だった。
醤油スープは醤油をスープで割る。
味噌スープは味噌をスープで割る。
塩スープは塩をスープで割る。
しかし、とんこつスープはとんこつをスープで割るなどしない。とんこつスープ自体が、割る方のスープの部分なのだ」
「そ、そんな…」
あまりの衝撃に、ソイソ王は力なく椅子にへたり込んでしまいます。
「分類としては塩とんこつになるのだろうな。とんこつスープを作るときに塩を入れて塩梅を調節するのだ。……私は、王でもなんでもなかった」
寂しげに語るポークボ王を、ミッソ王は見つめます。
あの力強くとんこつスープの民を引っ張ってきたポークボ王が、こんなに小さく見えるとは。
「この、『とんこつスープはラーメンのジャンルではなかった』という事実に気付いた者達が今回の騒動の起こしたのです。とんこつ派ではなかった者も、この問題の大きさに耐えれなかったのでしょう。下手をすれば国が割れてしまう問題ですから」
ナガハーマの呟きに、三人の王は沈黙します。
とんこつがラーメンのジャンルでは無いと気付いてしまった者が、とんこつスープのために事件を起こしてしまった事。それをどう罰せれば良いのか分からなくなったのです。
しかし、その沈黙を破るものが現れました。
「ソイソ王!ミッソ王!ああ、ポークボ王も!こちらにいらしたのですか!?」
スガキーヤの訃報を知らせた、あの騎士です。
「そんなに慌ててどうしたのだ。急な用件で無ければ、暫く後にしてくれないか」
ソイソ王がしなびたメンマのように力なく応えますが、駆けつけた騎士は言葉を続けます。
「今回のとんこつスープの騒動について、始王が国民に対して責任を取ると仰っております!王宮広場へお急ぎ下さい!!」
騎士の言葉に三人の王は顔を見合わせます。
そして、替え玉を頼むつもりで大盛りにしなかったのに、いざ替え玉を頼んだら「やってません」と断られたときのまさかという思いをしながら、国立歴史資料館を飛び出しました。
「以上が、儂の犯した罪であり、今回のとんこつスープ事件の全てで在る」
王宮広場には沢山の国民が集まっていました。
そして、始王は集まった国民に向けて、自分がとんこつスープをラーメンのジャンルに入れてしまった罪を告白しました。
「なんて事だ…じゃあとんこつ派はこれからどうしたら」
「嘘よ!とんこつが偽物だなんて!!」
「うるさいぞとんこつ派!いや、ただのとんこつ好きめ!!」
始王の告白により、王宮広場は大混乱の渦です。
そんな中、ソイソ王、ミッソ王、ポークボ王が広場に駆けつけます。
「おお、ソイソ王様だ!早くその偽物の王を追放して下さい!!」
「そうだそうだ!乱暴者のとんこつ派は追い出せ!!」
三人の王に向けて放たれる言葉は、どれもがとんこつ派に対する暴言で有り、ポークボ王に対しての物も沢山ありました。
三人の王達はそれを聞いて返す言葉がありません。醤油派や味噌派や塩派の気持ちも分かるのですが、だからと言って同じラーメン国の国民であるとんこつ派を排除など出来ないのです。
「全ての責任は、儂が負う」
その混乱の中、始王の言葉がすうっと通りました。
「塩派の皆にはすまないが、とんこつ派を作ってしまった責任として、儂の首を国民に差しだそう。それでとんこつ派に対して手打ちにして貰えんか?」
始王の言葉に混乱していた国民は静まり、再度始王の元へと目を向けます。
いつの間にか始王は四つん這いになっていて、その横に斬首のための剣を掲げた騎士団団長が立っています。
他の騎士団の団員達は命令されているのか、それを止めようとしません。
「待つのだ!始王よ!!」
と、その行為を止める声が王宮広場に響き渡りました。
ミッソ王です。
「責任はそのような形で取るものでは無い!命を失って何になる!!」
ミッソ王はそう叫びながら、ゆっくりと始王の元へ向かいます。
王宮広場に集まった国民は、その動きに合わせて左右に割れ、ミッソ王のための道を作りました。
そして、始王の元へ辿りついたミッソ王は、頭を垂れる始王に膝をつきながら優しい口調で問います。
「始王よ、何故あなたはとんこつスープをラーメンにジャンルに含めたのだ。その理由を聞かせていただきたい」
その問いかけは、広場に集まった全ての者の思いと同じでした。
何故、始王は醤油、味噌、塩の他にとんこつをジャンルに含めてしまったのか。
醤油派のためにも、味噌派のためにも、塩派のためにも、勿論とんこつ派のためにも、納得のいく説明が必要でした。
「……った……じゃ…」
騒動が静まりつつある広場に、始王の小さな呟きが響きます。
国民達はその言葉を聞き漏らすまいと、深と静まりました。
「うまかったからじゃ!!とんこつスープが、うまかったのじゃ!!!」
泣き声のような始王の叫びに、集まった国民達はどよめきます。
まさか、この国始まって以来の騒動の大元の理由が、とんこつスープが美味しかったせいだとは夢にも思わなかったからです。
国民だけではありません、ソイソ王も、ポークボ王も、ナガハーマも、そんな単純な理由で国が割れかけたのだと信じれずに、丼が熱くてスープをひっくり返したかのように呆然としています。
しかし、ミッソ王だけは冷静でした。
ミッソ王は、始王のこの言葉を待っていたのです。
「皆の者!しかと聞き届けたか!!これが真実である!!」
ミッソ王は晴れやかな顔で大きな声を挙げました。
しかし、そのミッソ王の言葉を聞いても、国民達はどよめくのを止めません。
とんこつスープが美味しかったからと言って、なんだというのだと、皆が思っています。
そしてミッソ王は立ち上がり、両手を広げ、更に大きな声で続けました。
「始王、そして今回のとんこつスープ事件の加害者達。いや、彼らとんこつスープに魅入られたもの達は全て、情状酌量の余地ありと判断する!!」
(ミッソ王は一体何を言っているのだ?)
多くの国民がそんな思いをする中、ミッソ王の思惑に気付いた者も何人かいました。
「まさか、第三条…」
誰かが漏らした呟きを、ミッソ王は聞き逃しませんでした。
「その通り!とんこつスープ事件とはとんこつ派によるテロ行為ではない!!
とんこつスープがラーメンのジャンルとしては間違いだと気付いた者達による、とんこつスープ救済のための行いであり、それはラーメン国三か条の第三条、ラーメンを食べるために努力を惜しんではならないという教えを忠実に守ろうとした結果である!!!
始王がジャンルに含めるほど愛したとんこつスープを守るためのこの行為を!!どうして罰する事が出来るだろうか!!!」
ミッソ王が語った真実に、国民達は静まり返りました。
とんこつ派の行為は迷惑でしたが、自分の好きなジャンルが間違いだと言われた時、それでもこのスープは美味しいのだと主張せざるを得ない事を分かってしまったからです。
「しかし、じゃからといってとんこつスープを今更ラーメンのジャンルに含むことは出来ん。今更お咎め無しにしたとしても、真実に気付いてしまった者達は自分で自分を許すことが出来んじゃろう」
そんなミッソ王の言葉を始王が否定し、ポークボ王ととんこつ派の国民は悲しい顔をします。
実際にとんこつスープ事件の犯人を無罪にしたとしても、とんこつスープがラーメンのジャンルとして間違いだった事実は覆りません。
ここで情けを受けて特例にとんこつスープをジャンルに含めたとしても、必ずしこりは残り、いずれ爆発してしまうでしょう。
「ならば、新しい場を作ってしまえば良い。そうなのであろう、ミッソ王よ」
静まり返る広場に、力強いソイソ王の言葉が響きます。
ソイソ王は分かっていました。ミッソ王が何の考えも無く、勢いだけでとんこつ派を庇うわけが無いという事を。
「その通りです!!
ラーメン国味噌地区統括ミッソ王の名の元に、ここに宣言します!!
とんこつ地区は現時点を持って撤廃し、ポークボ王、あなたの解任を要求します!!」
「何を言っておるのだ貴様は!!」
高らかに宣言するミッソ王に向かって、ポークボ王が怒りの声を挙げました。
無理もありません。自分を糾弾するだけならともかく、とんこつ地区までも無くすと言われたのです。
とんこつスープと同じ程とんこつ地区の民を愛するポークボ王にとって、ソイソ王の宣言はとうてい受入れ難い事なのです。
しかし、ソイソ王はそんなポークボ王の心情を知ってか知らずか、にこやかな顔のまま、ポークボ王に向けて言葉を続けます。
「そして、ここに重ねて宣言します!
とんこつ地区跡地をスープ混合地区とし、ジャンルに縛られない自由な発想の行える地区にすると!!統括は勿論ポークボ王、貴方だ!!」
「その宣言!ラーメン国醤油地区統括ソイソ王は承認する!!」
ミッソ王の宣言に、ソイソ王はホールから厨房へ注文が通った時のオーダー復唱のように間髪居れずに応えました。
そして、その宣言に始王が涙を流しながら応えます。
「儂も、その宣言を承認しよう。ラーメン国塩地区統括始王として、いや、この国を作った者として、ラーメンを愛する者として、その宣言を承認する!!」
始王のこの涙交じりの言葉を聞き、集まっていた国民は歓喜の声を上げました。
ラーメンが好きな王様達の事を、ラーメンが好きな自分達の事を、例えジャンルに含まれないとしてもとんこつスープはおいしいのだという事を、それぞれが喝采の声を上げます。
元々、この国の国民はラーメンが大好きなのです。悲しい騒動はありましたが、これからもっとおいしいラーメンを食べれるかもしれないというのなら、細かいことは気にしない国民なのです。
とんこつスープはラーメンのジャンルではなかった。だからといって、おいしいとんこつスープを排除する事は出来ない。
それならば、最初からとんこつスープやそれ以外の様々なスープを味わえる地区を作ってしまえば良いという、強引ながらも確実な方法だったのです。
ただ、ポークボ王は話の展開が急すぎて、いまいちよく分かっていませんでした。
しばらくして、とんこつ地区はスープ混合地区という新しい名前になりました。
とんこつ地区の住民は何割かが塩地区へと移住しましたが、大半の住人はスープ混合地区に残り、とんこつスープをメインとした混合スープ作りに勤しんでいます。
とんこつスープ混入事件を起こしてしまった物達はお咎め無しとは行きませんでしたが、彼等はその新しい発想を買われ、混合地区の新規店舗アドバイザーとして罪を償っています。
そして、始王はとんこつスープ事件の元凶は自分にあると言い、自主的に三ヶ月のラーメン断ちをしました。
これはラーメンの国の国民にとって死刑よりも重い罰です。
でも、始王はそんな苦しい罰を受けていても、とても幸せそうな顔をしていました。
自分がずっと隠していた罪を打ち明けることが出来た事、それを知っても尚、自分を慕ってくれる国民が居ること、そして、自分以外の三人の王がとても頼もしいという事を確認出来たからです。
これからもラーメンの国はラーメン好きの国民達によって、醤油派、味噌派、塩派にこだわらずに、本当に美味しいラーメンを追求する国としてますます発展していくでしょう。
どんな事があっても、ラーメン三か条を守り、ラーメンを信じていれば、きっと乗り越えられるのです。
麺でたし、麺でたし。
ラーメンの国 @dekai3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます