第2話 思いもかけない冒険

カートはさっきまで浩一たちが夢中になっていたアトラクションをすり抜けて静かに進んだ。

「これから行くところは、ごく限られた人たちしか行けないところにご案内します」ジョンは二人がきっと満足するだろうと確信した顔でいった。

「どうして?」浩一がジョンに聞いた。

「これから行く場所は、一番最初にお見せしたシーワールドよりも貴重なものがそろっている場所なのです。おまけに維持するのにとても手間と時間がかかるのです。簡単にごまかして済ませるわけにはいけない貴重なものがたくさんあるのです」

「ふーん」幸と浩一は、ジョンの話を聞いて楽しみになった。

やがて、カートの進む先に高い塀が見えてきた。

塀の近くまで来ると、十階建てのビルくらいはあるような高さだった。

その塀の一部に大きな門があり、カートはその門の前で止まったが、ジョンが窓から顔を見せると音もなく開いた。

カートは門をくぐって塀の中へと進んだ。

塀の中は、まるで幸たちの見慣れた田園風景だった。

やがてカートは静かに止まり、ジョンは二人に下りるようにうながした。

「どうです。素晴らしいでしょう?」ジョンはこれほどの景色があるだろうかというような顔をして幸と浩一の顔を交互に見た。

「これが?」幸は拍子抜けして思わずつぶやいた。

ジョンがわくわくするところと言っていたので、幸も少し期待していたのだ。

「これって、家の周りと変わらないよね」浩一もがっかりしたように言った。

「ジョンさん、これのどこがわくわくするの?」

「おや、意外です。ここにあるものはすべて本物なのですよ」

「あの田に植えられている稲も、そこで鳴いているカエルもみんな自然のままの姿なのですよ」そういうジョンの前を、トンボが横切っていった。

「さっきのトンボだって」ジョンはトンボを目で追いながら付け加えた。

「でも、ここにあるものは私たちには珍しくもなんともないわ」幸は、そう言いながら辺りを見渡した。

よく見てみると、周りにポツンポツンと立っている家は幸たちの住む家というよりは、幸たちのおじぃちゃんやおばあちゃんのすむ古い木造の家ばかりだった。

「あそこに立ち並ぶ家は、すべて何十年もかけて苗木から育てて大きくした木を材料として建てた家なのです。使われている障子やふすまに使われる紙も一枚一枚手ですいて作ったものなのです。これほどのものは、今やこの地球上に存在しないと言っていいでしょう」ジョンは、幸の目線を追ってそう説明した。

「そして、ここにいる生き物たちは全て自然のままに生きているのですよ」

(そんなの当たり前じゃん)幸と浩一はジョンの説明を聞いて思ったが、口には出さなかった。何か言おうものならジョンがさらに語り出すんじゃないかと思ったからだ。

「ねえ、お姉ちゃん。ぼく家に帰りたい」浩一は、周りの景色を見て里心がついたのか、がちょっとくたびれた様子で幸にうったえた。

「そうよね、おかあさんも心配するし」幸もちょっと疲れてきていた。

「おや、お二人はもうここの住人になったのです。もう家に帰ることはありませんよ」

ジョンは二人のやり取りを聞いて意外そうに言った。

「え?もう帰れないってどういうこと?」幸が今一つ理解できないように聞いた。

「住人という呼び方は、適切ではなかったですね。お二人はこの世界の創造主なのです。創造主は自分の作った世界に存在すべきものです」

「・・・・」

「お二人は、この世界を救ってくださった。ですからこれからもこの世界の物語をつむぎ出していくのです」ジョンは、自分の少し芝居がかった語り口調に酔っているのか、段々身振りも大きくなってきた。

「ぼく、お家に帰りたい」浩一がジョンに抗議するように強く言った。

「そうぞうしゅとかなんとかなんて知らないよ」

「これは困りました」ジョンは、心底困ったという顔をして浩一の前にしゃがみ込んだ。

「ここがあなたの新しい家なのですよ。あなた方が望みさえすれば、どんなことも実現できます。どんな冒険も思いのままなのです。これほど素晴らしいことがあるでしょうか」ジョンは浩一にさとすように言った。

「でも、ここよりもお父さんやお母さんの居る家がいい」浩一はきっぱりと言った。

「そうよ、私たちここに来たくて来たわけじゃないわ」幸も横からジョンに言った。

「なんと聞き分けのない子どもたちだ。私たちはこの世界が救われて感謝しきれないほど感謝しているというのに」ジョンは立ち上がって二人を交互に見ながら大げさになげいた。

「私たちを元の世界に帰してください」幸がもう一度、はっきりした口調で言った。

「ぼくたちを帰して」

 二人の真剣な顔つきをしばらく見ていたジョンは、どうしようもないといった表情で少し考え込んだ。

 ジョンはしばらく小さな声でブツブツ言いながら、しばらく歩きまわっていたが、やがてピタリと立ち止まると二人に向かっていった。

「わかりました。ではこうしましょう。私とあなた方とでこれからあるゲームをします。あなた方が勝てば元の世界に還れます。」

「勝てなかったら?」幸が少し緊張して聞いた。

「お二人はこの世界の創造主としていていただきます」ジョンの目は冗談を言っている目ではないのが、幸たちにもわかった。

「その勝負って拒否できないのよね」

「はい、勝負をしなければここの創造主としてとどまることになるのです」ジョンはニコリともせずにいった。

「勝負って何をするの?」今度は浩一が聞いた。

「とてもシンプルです。これからある場所に行きます。そこはまだ工事中なので一般の人たちは全くいないところです。そこで私とお二人とで鬼ごっこをするのです」

「鬼ごっこ?」二人は同時に叫んだ。幸は何を言われるかと構えていたのが、あまりにも意外だったので拍子抜けした。

「そうです。まだ子どものお二人が私と勝負するにはルールがシンプルな方がいいでしょう?」

「確かに、やったことのないことでだと勝ち目無いかも」幸はつぶやいた。

「それに、お二人が鬼役をすれば、私をうまく挟み撃ちにすることもできますよ」ジョンはいたずらっぽく笑った。

「でもさ、そこぼくたちが知らない場所でしょ?」浩一は、知らない場所で鬼ごっこをするのは不利だと言いたげだったが、うまく言葉に出来ないのでそう不満げに言った。

「大丈夫ですよ。そこは私も一度も行ったことがありませんから。場所のハンデはありませんよ」

ジョンはそういうと、二人にまたカートに乗るように言った。


カートは、さっきくぐった門を出ると、それまでいた水族館や遊園地があったところとは逆の方向に走り出した。

カートをしばらく走らせると、さっきの場所のように、高い塀に囲まれた場所に着いた。

ジョンがカートの窓から顔を出すと、さっきよりは少し時間がかかったが、門は音もなくい開いた。

 カートが門を通るとまた門は静に閉まった。

それを確認するかのようにジョンは後ろを振りかえりながら幸たちに話しかけた。

「ここはさっきまでとは少し趣が違ったところになる予定なのです。それに合わせてせっかくですからその趣に合わせた衣装に着替えましょう」

「おもむきってなあに?」浩一は何のことかわからず、幸に聞いた。

「私も知らない」幸も良くわからなかった。

「失礼しました。雰囲気と言えばよかったですね、この場所の雰囲気に合わせた服を着ましょう」ジョンは前の席から二人にわびるように言った。

「さあ、着きましたよ。先ほど言ったようにまず着替えましょう」ジョンはそういうと、二人を服屋のようなところに連れて行った。


 そこで、二人はそこにいた係りの人たちにそれぞれに合った服を着替えさせてもらった。

二人は自分たちの格好を鏡でしげしげと眺めてみた。

「かっこいいね、お姉ちゃん」浩一は自分の格好がすっかり気に入ったようだった。

「うん、カッコいいね」幸もまんざらではないのか、体をひねったりしながら鏡の前でポーズをつけていた。

「おお、これはこれは。二人とも立派なカウボーイですね、ああ、幸さんはカウガールですね」ジョンが二人の部屋に入ってくると声をあげてにっこりと笑った。

「そういうジョンさんもカッコいいよ」浩一はジョンの姿を見て言った。

ジョンも幸たちと同じようにカウボーイの格好をしていたが、体格が立派なので良く似合っていた。

「さて、せっかくこんな格好をしたのですから鬼ごっこのルールもこの格好に合わせましょう」ジョンがそう言いながら、係りの人から銃を三丁受け取った。

「この銃は、一種のエアガンのようなもので人を傷つける本物の弾丸は出ません。撃ってもエアガンのようにプラスチックの玉が出るだけです。」そう言いながら二人にガンベルトごと一丁づつ手渡した。

「軽いね」浩一はそういうと、早速銃をガンベルトから抜いてみた。

「そのプラスチックの玉はペイント弾になっていて当たるとはじけて特殊な染料がつくようになっています」ジョンは自分のガンベルトを着けながらいった。

「それで命中したかがわかるのね」

「その通りです。浩一さん、壁の的に向かって撃ってみてください」ジョンが浩一に言うや否や、浩一は壁に架かっていた的に向けて銃を撃った。

パンッと軽い音と同時に玉が壁の的の真ん中に当たり、蛍光ピンク染料が的に染みついた。

「浩一、上手いね」幸は、浩一の射撃の腕に目を丸くした。

「ぼくもびっくりした」浩一も、自分で自分の射撃にびっくりしていた。

「あと、もうひとつ。引き金を引くと、この鉄砲の銃身の下から人間の目には見えない光が発射されます」

「え、そうなの?」浩一は銃を自分に向けてのぞきこんだ。

「危ない」幸は、あわてて銃口を自分の顔に向けている浩一の手ごと銃を下におろした。

「いくらプラスチックの玉だからって目に入ったら大けがするよ」幸は怒って言った。

「ごめんなさい」浩一は、幸の剣幕にびっくりしてあわててあやまった。

「今度から気をつけなさい。おもちゃの鉄砲だって怪我することあるんだからね」

「うん、わかった」

「さて、説明の続きを始めてよろしいですか?」ジョンは、二人のやり取りが収まったのを見計らって言った。

幸と浩一がうなづいたので、ジョンは説明を続けた。

「この鬼ごっこの舞台となるこの場所は、大昔のアメリカの開拓時代を再現しています。そこには大勢の住人がいますが、今は工事中なので人間そっくりのロボットがいるだけです」

幸と浩一はうなづいた。

「万が一、ロボットが・・・そんなことはあり得ませんが、万が一ロボットが人間に危害を加えるようなことになればこの銃をロボットに向かって撃ってください。そうすればさっき言った光がペイント弾と同時に発射されて、ロボットに当たればロボットは直ぐに作動が止まって動けなくなります」

「ロボット死んじゃうの?」浩一が心配そうにジョンに聞いた。

「いえ、一時的に活動を緊急停止させるだけです。光がロボットのどこにでも当たれば、その光が当たったことで緊急停止のスイッチが入るのです。人間に危険が及ばないようにするためです。破壊されるわけではありませんよ」

「良かった」ジョンの言葉に浩一はほっとした。

「話を戻しますが、これからルールの説明をしますよ」

ジョンの言葉に二人はうなづいた。

「まず、私が先にこのエリアの町に出ます。町は出来上がっているエリアはまだ少しですのでそんなに広くないです。私が町に出たらその五分後にゲーム開始です。ゲーム開始後二時間以内に二人が私を探し出してそのペイント弾を当てれば二人の勝ちです」

「ジョンさんは隠れたりするの?」浩一が聞いた。

「そうですね、でもそんなに隠れるところはありませんからご心配なく」

「工事中の所に隠れるとか?」今度は幸が聞いた。

「いえ、工事中の所には町からは入れませんよ」

「ジョンさんも鉄砲撃つの?」今度は浩一が聞いた。

「私から撃つことはありません。これもハンデです」

 ジョンはそのあと、鉄砲の説明や町にいるときの注意点を説明した。

「ところで、そのゲームには立会人はいるのかな?」

後ろから出し抜けに男の声がしたので幸たちがびっくりして振り返ると、そこにはジョンと同じくらいの背格好の立派な体格の男が立っていた。

「ロバート・・・」ジョンが言いかけたとき、

「おっと、ここでは保安官と呼んでもらおうか。それにふさわしい格好もしたしね」男はいたずらっぽく笑った。

幸と浩一がわけがわからないでいると、

「この人はこのテーマパークの副所長なんだ。いたずらや遊びが大好きでね。今もきっと何か企んでる」ジョンは意味ありげに笑いながらそう二人に紹介した。

「この二人は・・・」

「知ってるよ、ジョン。この二人はこの世界の救世主。なのに元の世界に戻りたいと考えて今ここにいる。そうだろ?」ジョンが説明しようとしたとき、保安官と名乗った副所長が得意げな顔をしてそんなことは知っていると言わんばかりに説明した。

「どうしてそれを・・・」

「ぼくはここの副所長だよ、ジョン。二人のことは報告を受けている」そういうとにやりと笑って胸の保安官のバッジをなでた。

「それに、この建設中のこのウエストワールドの工事のことも気になるし。そう言った諸々のこと知るのにいい機会だからね。ぼくも立会人として参加するよ」

「わかったよ、ロバー・・・」

「保安官」ジョンがまたロバートと言いかけたので、すかさず訂正した。

「わかったよ、保安官。君は私たちに不正が無いように見張る。そういう役回りでここにいる、でいいね」

「うん、それにこのウエストワールドの仕上がり具合と問題点の確認だ」

「仕事熱心なことだ」ジョンは少しあきれ顔で言った。

「では、ゲームを始めようじゃないか」保安官がそう宣言すると、ジョンを町に送り出した。

「さて、立会人の私も町に出るよ。ジョンのほかに私も君たちの安全を守っていることを忘れないで」副所長は二人にそういうと、よほど気に入っているのか胸のバッジをなでながら街に出て行った。

 二人は、誰も居なくなった部屋で時間が来るのを待っていた。

「なんか面白いね、ここの人たち」

「そうね、さっきの保安官も悪い感じはしないね」二人はそんなことを口々に言いあった。

その時、ゲーム開始のアラームが鳴ったので、二人はお互いに顔を見合わせてから町に出て行った。




 扉を開けて町に出ると、そこは映画で見たようなアメリカ開拓時代の風景が広がっていた。

「うわあ、すごい。さっきまでと全然違うね」浩一は町の風景にすっかり目を奪われた。

「そうね、すごいね」幸もその風景に目を奪われていた。

「それで僕たちはどこに行くの?」

「そうね、とりあえず町の中心部に行ってみようか?」幸はそういうと、ジョンから渡された地図を取り出して広げた。

「人がいっぱいいたらそこにいるかもね」

「そうね。隠れるところも余りないって言ってたし」

二人が図で確認すると、確かにこれと言って隠れるようなところはなさそうだった。

「気を隠すには森の中って言うし、とりあえず町に行こう」

二人は、町の中心部に向かって歩き出した。

 町の中心部に近づくにつれて、段々と賑やかになってきた。

「お姉ちゃん、のどかわいた」

「じゃあ、そこの店で何か飲もう」幸たちは近くにあった店に入っていった。

店の中は、外に比べると薄暗い感じがした。

二人が店の奥のカウンターに向かって歩いていくのを周りの客たちや二階にいる派手な服を着た女たちがそれとなく観察していることに幸は気付いていた。

(うわあ、映画の主人公になったみたい)幸は周りの人たちの様子を見ながらそんなことを思った。

「ここは子どもの来るところじゃないぞ」店の主らしい男がカウンターの向こうから二人に言った。

「知ってるけど、のどがかわいたんです。なにか飲ませてください」

「子どもに飲ませるものはないな。ここから出て行きな」店主がつっけんどんにいった。

「かわいそうじゃないか、そんなひどいことを言うもんじゃないよ」

そんな声が幸の頭の上の方から声が聞こえてきたので見上げてみると、二階の派手な服を着た女の人が一人階段から降りてきていた。

女は、カウンター越しに食べ終えた食器を載せたトレイをカウンターに置きながらいった。

「こんな小さな子どもに意地悪してたら、男の値打ちが下がるってもんだ」

それを聞いた店主はいまいましそうに女をにらみながらも、注文を聞くそぶりをした。

浩一が店員にオレンジジュースが欲しいと言ったが、無いと言われたので仕方なく水を頼んだ。

派手な服を着た女はその様子を見ると、二人にニッコリと微笑みながらまた二階に上がっていった。二人は女の人に黙ってぺこりと頭を下げた。

浩一が店主に出された水を飲んでいる間、幸が何となく窓の外を眺めていると、ジョンが店の前の通りを歩いているのが見えた。

「浩一、ジョンさんがいた。水飲んでる場合じゃないわよ」幸が浩一をせかした。

二人は急いで外に出ようとしたが、店主に呼び止められた。

「代金払いな」店主は少し凄みを利かせた声を出した。

幸はカウンターまで戻ると、黙ってポケットからジョンに渡されたコインを取り出してカウンターに一つ置いた。

店主は黙ってコインをカウンターから取り上げると、あごで外を指して店の奥に引っ込んだ。

「感じ悪いな」幸は店の外に出てからもプリプリ怒っていた。

怒りながらも、あのコイン一つでコップの水一杯は高いんじゃないかなと漠然と考えていた。

「ねえ、ジョンさんどこ?」浩一が辺りをきょろきょろ見渡しながら幸に聞いた。

「ああ、どこにもいないわね。店のおじさんにお金払う間にどこかに行っちゃったかな?」幸も周りを見渡した。

「ねえ、あの馬もロボットなのかな?」浩一が通りの水飲み場につながれて水を飲んでいる馬を見つけて、幸に聞いた。

「水飲んでるからロボットじゃないんじゃない?」幸は首をひねりながら答えた。

「そんなことより、急いでジョンさん探さないと時間無くなるよ」幸はマイペースな浩一を少しせかした。

 その時、一瞬空が暗くなってどこかでブーンととてつもなく大きなモーターの起動音のような音が聞こえた。

「今の何?」浩一があれっというような顔をした。

「うん、何か停電でもあったかな?」幸は学校の避難訓練で、地震で停電した想定のときのことを思い出していた。

二人は周りを見渡したが、街をゆく人々に変わった様子はなかった。

「気のせいかな?」

幸がそうつぶやいた瞬間、突然、後ろから幸と浩一の襟首をつかまれた。

「痛い」二人はたまらず声をあげると後ろを振り返ってみた。

すると、二人の襟首をつかんだのはさっきのバーの店主だった。

「目標を確保」二人の襟首をつかんだ店主は誰に向って言うわけでもなくつぶやいた。

「離してよ、お金は払ったでしょ」幸が手を振りほどこうとしたが、店主の目を見てぞっとした。

店主の瞳がうつろで幸たちを見ているようには思えなかった。それに店主の二人の襟首をつかむ力が強くて子どもの力ではびくともしなかった。

そこに、さっきバーの中で二人に助け船を出してくれた女の人が現れた。

「あ、すみません、助けてください」二人は女の人に助けを求めた。

女は黙って幸たちに近づくと、幸たちの体を持っていたロープで縛り始めた。

「目標を拘束」

幸が信じられないといった顔で女を見ると、女も顔色一つ変えずにそうつぶやいた。

その女の瞳もさっきと違って虚ろな瞳をしていた。

「どうして・・・」幸がそう言いかけた瞬間、

パンッパンッと乾いた音がして、突然店主と女の動きが止まった。

「ケガはないかい?」

二人が声のした方を見ると、保安官が立っていて、手には銃が握られていた。

そして、ロープをほどくと二人を立たせた。

「二人ともよく聞いてくれ。どうやらここに不審者が侵入したようなんだ」保安官は二人の前にしゃがむと二人の顔を見て言った。

「不審者?」

「そう、彼らの目的はまだよくわからないが、ここの制御システムを乗っ取られたようなんだ」

幸は止まったままの二人、いや二体のロボットを見た。ロボットの体には保安官の銃で撃たれたことを示すペイント弾の跡がついていた。

「だけど、まだ全部を乗っとられたわけじゃないからまだそれほど危険じゃない」

「・・・」

「万一のことを考えてこのゲームは中止しよう、とりあえず君たちはこのゲームのスタート地点まで戻るんだ。あそこにいれば安全だから」そういうと、保安官は立ち上がって周りを見渡した。

「ねえ、ジョンさんは?」浩一が保安官に聞くと、

「ジョンは連絡が取れないんだ」保安官は少し心配そうな顔をして答えた。

「でも、彼は侵入者たちの対処をしているのかもしれないから大丈夫だよ。彼を見つけたら君たちのことは伝えておくよ」そういうと、上着のポケットからバッジを取り出して幸と浩一の上着にひとつづつつけてくれた。

「うわぁ、カッコいい」浩一は無邪気な歓声を上げた。見るとそれは保安官がつけているものと同じものだった。

「これには、通信機とGPSが組み込まれているから万一の時はこれで連絡が取れるからね」

「どうやって使うんですか?」

「通信機能を使う時は、バッチを一回タッチすればいいだけだよ。普通にしゃべれば相手に聞こえる」

「でも、例えば保安官さんに連絡したいときは?」

「その時は、ぼくの名前を言えばそのバッチが勝手に僕につなげてくれるよ」

その時だった。

少し離れたところから爆発音とともに地響きがして、幸たちの足元も少し揺れた。

「君たちは早くスタート地点に戻っていなさい。私もあの爆発を調べたら君たちの所に行くから」保安官は、そういうと爆発音のした方向に向かって走りだした。

「あ、ちょっと・・・」幸が何か言おうとしたが、保安官は素早く馬に乗ると爆発音のした方に去っていった。

その姿を見て二人は茫然としてしまった。

「どうするの?お姉ちゃん」

「うん、でも、保安官のおじさんの言う通り、スタート地点に戻った方がよさそうね」幸は、急に心細くなったのか周りを見渡しながら言った。

二人は手をつなぐと、スタート地点に向かって歩き出した。

二人ともさっきまでは気にならなかったが、今は周りにいる人々が気になって仕方なかった。

「あの人たち、さっきの店のおじさんと女の人みたいになってないのかな?」幸は気になっていたことを口にした。

浩一はそれを聞いて、幸の手を握りしめた。

(あ、怖がらせちゃった。ゴメン)幸は浩一を怖がらせちゃいけないと思い直した。

「お姉ちゃん」その時、浩一が幸の手を少し引っ張って小さな声でささやいた。

「何?」

「あそこのおじさん、ぼくたちの方に歩いてくる」幸が浩一の目線の先をそっと見てみると、さっきまで椅子に座っていた男がゆっくりと立ち上がって浩一たちの方へ向かって近づいてきた。

 幸は浩一の手を強く握ると、少し早歩きになって早くそこから立ち去ろうとした。

すると、前からも同じように何人かの男と女が幸たちに向かって近づいてきていた。

二人は慌てて別の方向に逃げようとしたが、すぐに四方を囲まれかけていることに気付いた。

「お姉ちゃん」浩一がまた幸の手を強く握った。

幸も浩一の手を強く握り返した。

そして、幸たちが男たちにつかまりそうになった時、さっきのようにパンッパンッと乾いた音が立て続けにした。

二人が音の鳴った方を見ると、ジョンが銃を構えて立っていた。

「ジョンさん!」二人は同時に叫んだ。

「ケガはなさそうだね」そういうとジョンはニッコリと微笑んだ。

二人は、二人を捕まえようとした姿勢のまま止まったロボットたちをすり抜けてジョンの元に走った。

幸と浩一はジョンの顔を見てようやく安心したのか、ほっとした表情を浮かべた。

「どうやら怖い思いをさせてしまったようですね、お詫びします」ジョンは二人の様子を見て申し訳なさそうに頭を下げた。

「それよりもどうなっているの?」幸は少し状況の変化についていけなくて混乱していた。

「はい、どうやら四人の不審者がこの施設内に侵入してセキュリティを含めたここ全体の制御システムを乗っ取ろうとしているようなのです。ただ、ロボットの制御は独立しているので、短時間ですべてを掌握することは出来ないのです」

「じゃあ・・・」

「はい、このままだと全てを乗っ取られるのは時間の問題です」

「でもどうしてそんなことするの?」

「今のところははっきりとしたことは分かりませんが、お二人の身柄を確保しようとしていることを考えると、ここだけではなく、この世界全体を掌握しようとしてるのかもしれません」

「そんなこと・・・」幸は思わぬ展開に言葉を失った。

「とにかく、スタート地点に戻りましょう。あそこには人間しかいませんから・・大丈・・夫・・・」ジョンは歩きかけていたが急に立ち止まった。

「どうしたの?」ジョンの様子の変化に、幸はぎょっとした。

ジョンは激しい頭痛がしているかのように頭を押さえよろめいていた。

「ジョンさん大丈夫?」浩一も心配そうにジョンに話しかけた。

「・・・大丈夫です。・・幸さんたちは先に戻ってください。私はこの乗っ取り工作を少しでも遅らせ・・ますから」ジョンはそういうと、近くにつながれていた馬に乗るや否やスタート地点とは逆の方向に走って行った。

「どうしたんだろう?ジョンさん」浩一はそんなジョンを心配そうに見送った。

幸もジョンの様子が気になったが、とにかくここにいてはいけないと思い直した。

「浩一、早くスタート地点に戻ろう、そこに行ってから次どうすればいいか考えよう」幸は浩一を怖がらせないように、わざと元気に言った。

そうして二人は、機能が緊急停止されたロボットたちが動き出すんじゃないかと気にしながらスタート地点に向かって歩き出した。

町に向かう時はさほどとは感じなかった距離も、周りを用心しながらだとこんなに遠くに感じるものかと幸は思った。

幸たちが朽ち果てた馬車のそばを通ったとき、物陰から何か動く音がした。

その音に二人が用心して見てみると、二体のロボットが現れて二人に近づいてきた。

幸は思わず立ちすくんでしまったが、隣にいた浩一がその場に似合わないのんびりした声を出した。

「あっ」

「何?どうしたの」幸は少し焦りながら聞いた。

「この鉄砲であのロボット停まるって言ってたよ」浩一がうれしそうな声を上げた。

「ああ」幸も浩一に言われてようやく思い出した。

浩一は銃をガンベルトから抜くと、ロボットに向かって引き金を引いた。

パンッと軽い音がして、ロボットにペイント弾が当たりロボットは緊急停止した。

「ほらね」浩一は嬉しそうに叫ぶと、もう一体のロボットめがけて引き金を引いた。

二体目のロボットにも見事にペイント弾が命中し、ロボットは緊急停止した。

「なんだ、怖がることなかったね、お姉ちゃん」浩一が嬉しそうに叫んだ。

「そうね、これなら安全にスタート地点に戻れるわ」幸もほっとした。

(だから保安官の人もジョンさんも自分たちを置いてどこかに行けたわけね)幸はジョンたちの行動にようやく納得した。

そのあと、二人はたびたびロボットたちに捕まえられそうになったが、そのたびに銃でロボットを緊急停止させて、ようやくスタート地点に戻ってきた。

腕に着けたリボンをかざすと扉が開き、二人は中に入った。

「ここまで来れば安心だね」

「そうね、後はジョンさんたちが帰ってくるのを待つだけだわ」

「なんだか、ここが一番面白かったよ。お姉ちゃん」浩一は弾んだ声で楽しそうに言った。

「そんなのんきな状況じゃないでしょ」幸はあきれ顔になった。

浩一は射撃が面白くって仕方がない様子でしきりに銃を撃つマネをしていた。

「早くジョンさんたちが戻ってこないと・・・」幸は少し心配していた。

いつになったら家に帰れるのか心配だったし、それにここには人間しかいないとジョンは言っていたのに誰一人いないからだった。

二人は帽子を帽子掛けにかけてから手を洗った。

そうして椅子に腰かけた時、さっき二人が通った扉が開く音がした。

「あ、ジョンさんかな?」浩一と幸が扉の方をみた。

ゴトリと音がして、ぼろぼろの服を着た男が入ってきた。

二人は見間違えたかと思ったが、そのぼろぼろの男は紛れもなくジョンだった。

しかし、ジョンの様子がどうもおかしい。

「ジョンさん・・・」幸の呼びかけに反応しないばかりか、さっきまでの制御を奪われたロボットたちのように目が虚ろだった。

無言で近づいてくるジョンに思わず二人は後ずさりをしたが、浩一が捕まりそうになった。

その瞬間、バンッと音がして辺りが煙に包まれた。

「君たち、こっちよ」

煙にむせながら幸が声のする方を見ると、壁に穴が開きそこにひとりの女の人が立っていた。

「あ、ソフトクリームのお姉さん」浩一が思わず声を上げた。

そこに立つ人は遊園地のゾーンで信たちにソフトクリームをくれた女の人だった。

「早くこっちに」

幸と浩一は、その女の人に言われるままに女の人の元にかけ寄った。

「ここはもう危険だから安全な場所に避難するわよ」

女の人は、周りを見渡しながら幸たちにさっきあけた穴から出るようにうながした。

「でも、ジョンさんは・・・」幸がそう言いかけたが、

「彼は今とても危険な状態よ。とにかく今はここから離れるのが先決よ」

女の人は、再び幸たちに外に出るようにうながした。

幸が外に出るときにチラッとジョンのいたところを見ると、ほこりのせいでジョンの姿は良く見えなかった。

 二人は女の人に連れられて、ここを動かす設備がたくさん収められたところを潜り抜けてウエストワールドの外に出た。

「ようやく、ここから出られたわね。真っ先にここが封鎖されたから怪しいなって思って来てみたらこのありさまだからね」女の人はそう言って二人に笑いかけた。

「あの、助けてくれてありがとうございます。ところで・・」幸がそこまで言いかけたところで、

「私の名前はマリー。ここの警備主任よ」マリーと名乗った女性は幸の質問の先回りをして名乗った。

「とにかく、侵入者はあなたたちもターゲットにしているようだからここにいつまでもいるのは危険だわ。これから移動するからあれに乗って」

そう言ってマリーが指さした方にカートが一台停まっていた。

幸がカートの中をのぞきこむと、後部座席にソフトクリームの製造機が無造作に転がっていた。

 三人が乗り込むと、マリーはカートを遊園地の方に向かって走らせた。

「あのう・・・」

「ソフトクリームの売り子がなぜ警備主任かってのはね、あなたたちもジョンから聞いたでしょ。ここは人間のキャストやスタッフが少ないところなの。でも何でも機械任せにするわけに行けないからね。それで私たちのような役割の人間は現場にも配置して事故が起こらないように監視しているの。私があそこにいたのはたまたまね」

「・・・」

「恐らくだけど、侵入者たちはここだけでなくあなたたちを確保することが目的かもしれないわね」マリーは、幸が聞きたいことを先回りするかのように話してくれた。

「あ、ちょっと待って。・・・はい、了解しました。はい。二人とも私が保護しています。・・・はい・・・彼については現在の所、安全な状態ではないようです。詳細は後程。・・・はい・・・わかりました」マリーは無線で誰かと話しているようだった。

その様子を見ていた優幸と浩一は、自分の胸のバッヂがかすかに振動しているのに気付いた。

二人がバッヂに手を当てると保安官の声が聞こえてきた。

保安官はマリーと一緒に遊園地の彼らの待機場所に行くように、自分もすぐにそこに行くからとだけ言うと、一方的に無線を切った。

「彼は、急いでいるときはいつもそうなの。だから気にしないで」マリーは明るく言って笑った。

 遊園地に着くと、人影がほとんどなかった。

「ほとんどのお客さんは避難したようね。あと残っているのは私たちやキャストのメンバーと侵入者位かしら」マリーはそう言いながらカートを止めた。

ローラーコースターの一部らしい鉄骨が無残に折れて通路を塞いでいたからだ。

「ここからは歩くしかないわね」

三人はカートから降りて歩き出した。

幸は周りの人気のなくなった遊園地を見て、さっきここにいたときはあんなに賑やかだったのに、と思った。

音楽もなく昼間なのに静まり返った遊園地は不気味な感じがした。

ゴトッっと音がした方向を見ると、何人ものキャストが幸たちを見つけて近づいてきた。

「びっくりした」浩一が声を上げると、

パンッパンッと数発の銃声がして近づいてきたキャストが緊急停止した。

幸が音のした方を見ると、マリーが銃を撃ったのだった。

「まずいわね、こっちの制御もすでに乗っ取られてるようだわ」マリーは困ったなと言った顔をした。

「他の警備のメンバーとも連絡が取れないし・・・」

「どうするの?マリーさん」浩一が不安げにマリーに聞いた。

「仕方ないわ、ひとまず副所長と合流しましょう。今の所、存在が確認できているのは彼だけだし」

 三人は、またカートに乗り込むとウエストワールドに向かった。

さっきは夢中で気づかなかったが、少し落ちついてくると、周りの風景がどことなく寂しげに見えた。

幸はおそらく人気が無いからだろうと思った。

カートを運転している間、マリーはあちこちに連絡を取っているようだったが、上手くいかないようだった。

「やっぱり、副所長だけみたいね。無事なのは」

「でも、百人も人間がいるはずなのに・・・」

「所長の指示でお客さんの避難に同行させたみたい。彼らしいわね」マリーは吐き捨てるように言うと、カートを止めた。

そこは、さっき幸たちがようやく脱出したところだった。

「でも、かえってその方がいいわね」マリーは独り言を言いながら、カートを降りると、トランクを開けて小さな端末を取り出した。

「どうしてですか?」

「お客や人間のキャストがほとんどいないということは、味方の人間は私たちだけよね。この端末で私たちと副所長の生体反応を見てみると・・・」

マリーが操作する端末の画面を幸と浩一がのぞきこんだ。

「ほら、この三つの点が私たち。そして、この落ち着きなく同じところをうろうろしているのが副所長ね。そのそばにひとつ生体反応・・・アップにしてみると床に倒れているからおそらく副所長が身柄を確保したのね・・・」

幸と浩一はマリーの説明を聞きながら食い入るように端末の画面を見つめていた。

「・・・あ、ここにいたわ。三人」マリーが興奮気味にいった。

「ここは動力室だからきっとここの機能を全停止させるつもりね。早く彼らの動きを止めないと・・・」

マリーはまた副所長に連絡を取りながら、カートのトランクから何か取り出した。

「あなたたちも一緒に来て。ここにいるより安全だから」マリーはそういうと、幸と浩一に小さな手のひらに載るくらいの大きさの金属製の棒を渡した。

それは小型のスタンガンで、護身用に使うものだった。

「いざという時の用心よ」マリーはいたずらっぽく笑った。

浩一はその小さなスタンガンをポケットに入れると、自分の持っている銃に玉を補充しだした。

「何してるの?」幸が不思議そうに聞くと、

「いざという時の用心だよ」そう言って笑った。

「だけど、ロボットの動きを止めるのは玉じゃなくて光線でしょ」幸があきれ顔で言うと、

「あ、そうか」浩一は気付かなかったと言わんばかりの顔をした。

「あら、ロボットを止めるレーザーはそのペイント弾が発射されないと出ないわよ。そうじゃないと人間の目にはレーザーが出たのか出てないのかわからないから」マリーが口をはさんだ。

「ええ、どうしてですか?」

「安全対策よ。万が一レーザーが人間の目に入ったら目に有害だから。そもそもそんなものを本当に使う事態になるとは誰も思ってなかったけどね」

幸はマリーの言葉に納得して、自分の持っている銃に玉を補充した。確かにロボットには有効なので、そうしておくことに越したことはなかった。

そうして、二人はマリーの後について動力室に向かっていった。

幸はさっき通ったばかりだからわけが分からないなりになんとなく見覚えがあるな、と思いながら、それでも周りを気にしながら一番後ろを歩いていた。

「だけど、マリーさんの格好、警備の人って感じじゃないね」列の真ん中を歩く浩一が、状況にそぐわないのんきなことを言った。

「仕方ないでしょ、着替えている暇なかったんだから」マリーは浩一ののんきさに思わず笑いながら答えた。

確かに、この緊張した雰囲気の中で、派手な色使いをしたミニスカートは似合わないなと幸も思ってくすくすと笑った。

 やがて三人は、幸たちがさっきゲームを始めた部屋を通った。

幸が部屋の中にいるはずのジョンに思いをはせたその時、幸は突然襟首をつかまれてしまった。

「苦しい」幸は思わず声を上げた。

「目標を確保」その声は紛れもなくジョンだった。

ジョンの姿はがれきの下敷きになったせいでさっきよりもぼろぼろになっていた。

「ジョンさん!」幸と浩一が同時に叫んだとき、

パンッと乾いた音がしてジョンは機能を停止した。

マリーが素早く銃を発射したのだった。

幸はジョンの手から襟を外すと、ジョンを見つめた。

ジョンの変わり果てた姿に、言いようのない悲しみが優花の胸に広がった。

何となくそんな気はしていた。ウエストワールドで最後に会った時の様子や、その前にも時々おや?と思うようなしぐさをするので変だなとは思っていた。

だけれど、本当にロボットだとは思いたくはなかった。幸はそんな思いで胸がいっぱいになって自然と涙がこぼれた。

「ジョンさん、ロボットだったんだね」浩一もぽつりといった。

浩一も幸と同じ思いだった。

「彼は、ここにいる他のロボットと違って、より人間に近いタイプでまだ試験段階だったの。あなたたちもそう思ったでしょうけど、彼、とても人間らしかったでしょ・・・」マリーもどこか寂し気だった。

幸は、そんなマリーを見て自分達がここに来た時のことを思い出した。

ジョンは周りの人たちにとても愛されていた。そんなジョンをマリーさんたちも好きだったに違いない。幸はそう思った。

「さ、ぐずぐずはしていられないわ、行きましょう」マリーは気持ちを切り替えると、二人をはげますように元気よく言った。

三人がゲームを始めた部屋の前を通り過ぎてしばらく進んだところで、マリーが二人に静かにするように手で指図した。

そのマリーの様子を見て、二人とも緊張した。

マリーがもう一度端末を確認すると、三人の侵入者たちはまだ動力室にいるようだった。

 その時、三人のバッチがわずかに振動した。

三人が前を見ると、副所長が三人と同じように周囲に注意しながら近づいてくるのが見えた。

マリーは、幸と浩一にいざとなったときは自分たちにかまわず逃げるように言うと、近くに隠れているように指示した。

幸と浩一が物陰に身をひそめるのを確認したマリーと副所長は、お互いに目で合図をして動力室の扉に近づいた。

その時だった。

今にも扉を開けようとしている二人に襲い掛かる人影があった。

マリーも副所長も完全にスキを突かれたので、身動き一つとる間もなく床に押し倒されてしまった。

マリーはバカな、と思った。確かに生体反応は部屋の中にあったはずなのに。そう思いながらもなんとか体勢を入れ替えてスタンガンを掴みたかった。

「そうはさせないぞ」マリーたちを襲った男たちは、そういうと更に強くマリーと副所長を押さえつけた。

「まんまと引っかかってくれたな、部屋の中はダミーだ。上手くあの子どもたちをおびき寄せることができて探す手間が省けた」そういうと、男たちは副所長たちを完全に抑え込もうとした。

やっぱりあの人たちだ!

マリーたちを押さえつけているのは、幸がここに来た時から時々目にした四人の男たちだった。

幸がそう思った時、またもや幸たちは襟首をつかまれてしまった。

完全に油断していた。男たちはこの場に三人いたはずなのに。

「痛いっ、放して」幸と浩一は思わず声を上げた。

「お前たちはこれから俺たちに支配される。お前たちはこの世界の創造主というなら、そのお前たちを支配する俺たちはこの世界の支配者だ」

幸たちを捕まえた男はそう叫んだ。

「そんなことさせるか」副所長はそう叫ぶと、スキをついて組み合っていた男を投げ飛ばした。

副所長は、よろよろと立ち上がるとマリーを組み伏せている男に掴みかかろうとした。

「おっと、そんなことをしたらこの子どもがどうなるかわかっているか?」

二人を捕まえている男は副所長に警告した。

それを聞いた、副所長は仕方ないといった風に掴みかかるのを止めた。

今だ!

幸と浩一は、一二の三でこっそりとポケットの忍ばせていた小さなスタンガンを自分たちを捕まえている男の腕に押し当てた。

「ぎゃああっ、痛たたた」男はあまりの痛さにその場に倒れこんだ。

その隙に二人は逃げようとしたが、怒り狂った男にまたつかまってしまった。

「このガキども、生意気なことしやがって。ただではおかんぞ」

男はそういうと、二人を床に乱暴に抑え込んで力をグイッと入れた。

「痛い痛い」二人は悲鳴を上げた。

 その時だった。

ぼろぼろの金属の手が二人を抑え込んでいる男の手を強くつかんだ。

「いてててて」男はたまらず声を上げた。

「それ以上、人間に危害を加えてはいけない。あなたを拘束する」その声の主はそう言って、男を二人から引き離すと、男の手を後ろ手の状態にして停止した。

「ジョンさん!」二人は声の主を見てびっくりした。

ジョンは、さっきマリーの手によって完全に機能を停止したはずだからだ。

「今のジョンは、『完全保護モード』なんだよ」

副所長が、マリーを抑え込んでいた男を拘束しながら二人に声をかけた。

「完全保護モード?」

「そうよ。ロボットには人間の生命に危機が及ぶと、何事よりも最優先で人間を保護する機能があるの。一旦はこの男たちに制御を狂わされてしまって私が機能を止めたけど、あなたたちの危機を察知して『完全保護モード』を発動したのよ」マリーもさっきの格闘で痛めた足をかばいながら二人のそばに歩いてきた。

そして、マリーがジョンの拘束している男の手に手錠をかけると、ジョンの手は掴んでいた男の腕を離した。

「ジョンさん、ありがとう」浩一がジョンにそう話しかけた。

「むだよ。一旦機能を停止されているから。今はあなたたちの生命の危機じゃないから『完全保護モード』は解除されてもう動かないわ」マリーは、二人の気持ちを思ったのか、少し言いにくそうだった。

「どちらにしても『完全保護モード』の時は、通常の記憶回路は作動しないようになっているから動いていたとしても、君たちが知っているジョンではないよ」副所長はそう言って二人の肩に手を置いた。

そう言われて、二人は完全に機能を停止しているジョンを見上げた。

幸は、無意識にジョンに近づくと、冷たくなったジョンの手を握った。

浩一も、もう片方の手を握った。

「ジョンさん、本当にありがとう」そう言う二人の目から一筋の涙がこぼれた。

すると、かすかにジョンの目に光が戻ったように見えた。

「ジョンさん?」それを見た二人はジョンに呼びかけた。

「・・・二人が無事で何よりでした・・・」

「ありがとうジョンさん」幸も浩一も涙ぐんでジョンを見上げた。

マリーと副所長は信じられないといった顔つきでその様子を見ていた。

「・・・あなた方はこの世界の創造主です・・・・望めばなんでもかないます・・・さようなら、ありがとう・・・・」そういうと、ジョンの目にかすかに宿った光は消えてしまった。

それを見て二人は悟った。もうジョンは戻らないのだと。

そして、幸はハッと気づいた。

そうか、ジョンは最後にそれが言いたかったのかと。

「浩一、帰るの簡単よ」幸は急に明るい声を出した。

「どうしたの?お姉ちゃん」浩一は幸の弾んだ声にきょとんとなった。

「私たち、いつでも帰れたのよ」そういうと急に浩一を抱き上げた。

「何、何。どうしたの?お姉ちゃん」浩一はわけがわからず戸惑った。

「あんた重いわね、ちょっと食べすぎなんじゃない?」幸は浩一を下ろすと、浩一の両手を掴んでいった。

「私たちは、この世界の創造主なの」

「ジョンさん、そう言ってたね」浩一はまだわけがわからないでいた。

「だから、私たちがそうしたいと思えば何でも望みがかなうわけでしょ」幸はまだわからないかとじれったそうに浩一の手をゆすりながら言った。

「・・・ああ!そういうことか」ようやく浩一にもわかってきた。

「そういうこと!」何でこんなことわからなかったんだろうって幸は笑いながら思った。

二人は余りに簡単な解決法に笑いが止まらなかった。

そして、ようやく二人は落ちつくと、マリーと副所長に向かってお礼をいった。

「マリーさん、副所長さん。色々ありがとうございました。おかげでとても楽しかったです」そう言って幸と浩一は二人に頭を下げた。

「正解よ。よくわかったわね」

「良かったね」

マリーと副所長も嬉しそうだった。

 幸と浩一は、顔を見合わせて手をつなぐと二人にさようならと言った。

マリーと副所長は、また遊びにおいでと手を振ってお別れをした。

幸と浩一は自分たちの世界に還ると強く思った。

そして・・・




気付くと二人は自分たちの部屋にいた。

窓の外から柔らかい日差しが差し込んでいた。

部屋の中も、外の様子も何一つ変わるところはなかった。

たった一つ、今しがた二人が体験した冒険を除いて。

幸と浩一は、お互いの姿をしげしげと眺めた。

「元通りだね」

「うん、元通り」

そして、二人はしばらく声をあげて笑った後、ぽつりと言った。

「この本、図書館に返してこようね」

「うん、そうする」




おしまい

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さちと浩一と不思議な本 坂上賢一 @kenithi78

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