さちと浩一と不思議な本

坂上賢一

第1話 本の中へ

やわらかな陽ざしが降りそそぐ日曜日の午後。

「ただいまぁ」

玄関の扉があくと同時に、浩一の元気な声が家中に響いた。

「お帰り」

幸が居間から気の抜けた返事をした。

幸はいつものくせで、本を読んでいるときは周りのことがあまり頭に入ってこないのだ。

「浩一、この袋を台所に持って行って」幸と浩一の母の詩織が、車庫に止めた車から買い物の荷物を下ろしながら浩一に声をかけた。

「はーい」浩一は元気よく返事をすると、持っていた自分の手提げ袋を玄関に置いて、急いでガレージに向かった。

浩一は、詩織から渡された野菜やら果物やらが詰まったスーパーの買い物袋を真剣な面持ちで台所に運ぶと、またお手伝いをしようとまたガレージに向かった。

「ママ、何か持っていくものある?」

「ありがとう。じゃ、これ持ってちょうだい」詩織は片手に買い物袋を持つと、自分のハンドバックを渡した。浩一は詩織から渡されたハンドバックを大事そうに抱えて玄関に入って行った。

そして、浩一と詩織が居間に入ってみると、幸はソファに寝転がって本を読んでいた。

「ああ、お姉ちゃん寝転がって本読んでる」浩一が幸の様子を見て、また大きな声でいった。

「幸、お行儀悪いわよ」詩織も幸の様子を見て注意をした。

「はーい」幸は少しふてくされた様に返事をして、ソファに座りなおした。そして、いらないこと言うなというように浩一をにらんだ。

「幸。お父さんは?」詩織は買い物袋を台所に運びながら聞いた。

「お父さんは博物館の特別展示を見に行ったよ」幸は、チラッと詩織の方を見てすぐに本に目線を落として返事をした。

「あらそう。幸も一緒に行ったらよかったのに」

「うん、今日はいいの。家でゆっくり本を読みたい気分なの」幸は今度は目線を本に目を落としたまま詩織に返事をした。

「ねえ、お姉ちゃん。ぼく、ママと図書館に行って本借りてきたよ」

浩一が玄関から自分の手提げ袋を持ってくると、幸にそういって手提げ袋に入った本を見せた。

幸は、つられて浩一の手提げ袋をのぞきこんで少し呆れた。

「え?あんた、こんなに本読むの?」普段は本なんて読まないくせに本当に読むの?と言いたげな顔をしていった。

「うん、宿題の読書感想文の本をどれにしようか迷って、気になる本を全部借りてきた」浩一は満足げに答えた。

幸は、図書館の本棚の前であれこれ迷っている浩一の姿を思い浮かべてクスッと笑った。

「でも、全部って図書館で一度に借りられる数って三冊でしょ?」すぐに笑いを消して浩一に聞いた。

「うん、だから三冊借りてきた。一通り読んでみてどれの感想文書くか決めるんだ」浩一は、たくさん本を読むのが少し楽しみのようだった。

「いや、三冊ってあんたの袋の中、四冊あるじゃん」幸は、もう一度信の手提げ袋の中をのぞき込んでいった。

「あ、本当」浩一は幸に言われて初めて気づいた。

「ああ、あんた勝手に図書館の本持ち出してきたの?」幸は少し意地悪な顔をして浩一をみた。

「ええ、ぼく知らないよ」浩一は少し焦って手提げ袋の中から出そうとしたとき、詩織が台所から声をかけた。

「ねえ、二人とも。おやつにピザトースト焼くけど食べる?」

詩織はそういって、チーズの入った袋と薄切りの食パンを見せていたずらっぽく笑った。

「あ、うん、食べる」二人は同時に返事をした。

特に幸はチーズが大好きだったから、少し興奮気味になった。

「じゃあ、手を洗ってお手伝いしてくれる人」詩織が続けていうと、

「はーい」

二人は元気よく返事をすると、手を洗いに洗面台に行った。

「ママァ、ぼくのにはベーコンたくさんのせて」浩一が洗面台で手を洗いながら大きな声で詩織にいった。

「私はチーズ多め」幸も負けずに手を洗いながら大きな声で言った。

「はいはい」詩織は笑いながら返事をした。



 幸と浩一は、自分たちで作ったピザトーストを食べ終えると、自分たちの部屋に戻った。

「それでどんな本持ち出したの?」

幸は浩一にまた聞いた。

「えー、三冊しか借りてないんだけど・・・」浩一はそう言いながら、手提げ袋から中に入っている本を取り出した。

「これとこれとこれ・・・」浩一が取り出す本は、どれも幸が浩一くらいの頃に読んだことのある本だった。

(確かにどれも面白いから、読むの迷うわね)幸は浩一の選んできた本を見て思った。

「あれ?こんな本知らない・・・」浩一は最後の本を取り出して不思議そうな声を上げた。

「見せて」幸は浩一が最後に取り出した本を受け取った。

  幸はその四冊目の本をしげしげと眺めた。

「さち姉ちゃん、その本知ってる?」浩一も横から本を見ながら幸に聞いた。

「ううん、知らない」幸も初めて見る本だった。

 その本は、厚さがマンガの単行本ほどでさほど厚みはなく、大きさは国語や算数の教科書位の大きさだった。そして、表紙は布を張ったその厚みのわりに立派なつくりの物だった。

けれど、幸の手にするその本は、まるで羽毛のように軽かった。

「ものすごく軽い」幸は思わずつぶやいた。

「ああ、そういえばそうだ」浩一も手提げ袋がそんなに重くなかったのを思い出していった。

「本の題名が書いてない」幸は、布張りの表紙や背表紙を眺めて気付いた。

「あ、本当だ」

「それに・・・」幸は本をひっくり返ししたりしていてもう一つ気付いた。

「この本、カギがかかるようになっている」

「あ、本当」浩一もどれどれとのぞきこんだ。

「本にカギがかけられるなんて、めずらしいね」浩一が意外そうな声を上げた。

「そうね、少なくとも図書館にある本でカギ付きの本なんて見たことないわ」

幸はそう言って本の小口についた小さな錠付きのふたをしげしげとながめた。

「お姉ちゃん、本開けてみようよ」浩一が本の中が気になってしょうがない様にいった。

「うん、でも・・・」幸も本の内容に興味はあったが、勝手に開けていいものか少し迷った。

「中身が見られて困るんだったら、カギがかかっているんじゃない?」

浩一の言ったことに、それもそうだと幸も思った。そして小口についたふたをそっと開けてみた。

 すると、意外なことにカギはかかっていなかった。カチッ小さな音がしてふたが外れた。

幸はちょっと緊張して本の表紙を開けてみた。

「やっぱり題名ない」幸はページをいくつかめくりながらつぶやいた。

「あ、何か書いてあるよ」横からのぞき込んでいた浩一が声を上げた。

「本当。題名も目次も無くていきなり本文なんだ」幸もびっくりしたように言った。

「どんなお話なんだろう?」浩一は本の内容が気になってしょうがない様ようだった。

「ちょっと読んでみようか」幸も、本の内容が気になったのをごまかすように浩一に言った。

「うん」浩一はそう言うと座りなおした。




「良く晴れた日曜日の朝。そこにたくさんの人々が集まってきていた。「ようこそ。夢と冒険の国リアルワールドへ」赤や青、黄色に緑といった原色を思い切って使った派手な色使いのタキシードを着て、着ているものと同じように派手な色使いのシルクハットをかぶり、鼻の下にひげを生やした立派な体格の男が、お客たちに声をかけて回った。男は身長が百九十センチはあるだろうか。だが大きな体とは裏腹に、青い瞳を持つその男の顔は優しげな雰囲気だった。

大人も子どもも、その派手な男の口上や立ち居振る舞いがとても面白くて、立ち止まってその様子を眺めたり、写真を撮ったりしていた。

空に目を向けてみると、昼間なのにホログラフが浮かび、色とりどりの人気者のキャラクターが浮かび上がっては消えた。」

幸は、出だしの部分を浩一に聞かせるために声に出して読んだ。

「これって遊園地のこと?」浩一が幸に聞いた。

「うん、そうね。どこかのテーマパークのことみたいね」幸は、そう答えてしばらく考えてから

「でも、夢と冒険の国なのにリアルワールドってなんかヘンな感じ」とつぶやくと、続きを読みだした。



 「ようこそ皆さま、当パーク随一の人気アトラクションはグリーンゾーンとなっております。皆さまの腕にお付けいただいたリボン状の端末に指示をしてください。最も効率的なルートや待ち時間をご案内いたします」

例の派手なタキシードを着た男は、テーマパークに入場してくる客に向かって大げさな身振り手振りで案内していた。

 ここは世界で最も人気のあるテーマパークの一つで、大人から小さな子どもまで楽しめる夢の国だったから、いつでもたくさんの客でにぎわっていた。

このリアルワールドでつい最近オープンしたアトラクションが、世界中で人気になっていて、入場するのに長い時間待たなければならなかったが、それでも連日大盛況になるので、休日などは入場制限がかかるほどだった。

もちろん他のゾーンも大人気で、小さな子どもたちには人気キャラクターたちと一緒に遊べるゾーン、その他昔ながらのスリリングな乗り物体験ができるゾーン、本物の世界中の動物たちと触れ合えるゾーン、海のスポーツを楽しめるゾーンや山のゾーン、とても一日で遊びきれないほどのアトラクションが用意されていた。

そして、大人にも子どもにも人気のアトラクションが、深海魚を生きたまま展示する水族館も顔負けの設備を持ったシーゾーンだった。



幸はそこまで読むと、本から目を離して一息ついた。

「なんか楽しそうな遊園地だね」浩一は面白そうに言った。

「うん、でもなんかこのリアルワールドっていうテーマパークのパンフレットみたい」幸はちょっと拍子抜けしたようだった。

「本物の世界中の動物って、動物園に行けば見られるから珍しくないよね」浩一は、学校の遠足で行った動物園のことを思い出しながらいった。

「そうね。でもわざわざ売りにしているんだから、普通の動物園じゃない何かがあるんじゃない?」幸も同じようにそこが気になった。

「それにグリーンゾーンってどんなところなんだろうね」

「うん、私も気になる」

「ここに行ってみたいな」浩一は楽しそうだった。

幸は、そんな浩一様子を見てもう少し付き合ってあげるかと思い直して、続きを読みだした。



 「当パークでは、約百名の人間のキャストと、およそ二百体の最上級サーバントが皆さまをお迎えしています」

派手なタキシードを着た男は相変わらず良く通る声で来場者にアナウンスをしていた。

そんな中でも、子どもたちに一緒に写真に写ってくれるようせがまれると、ニコニコとして子どもたちと写真に収まった。

「それでは、当テーマパークの見どころを皆さまにご紹介していきましょう」

男がそう言った瞬間、不思議なことに男の足元から湧き出るようにたくさんの白い鳩が飛び出して青い空に羽ばたいていった。

そして気付くと、男の衣装がいつの間にか派手な色使いのタキシードから純白のタキシードに変わっていた。

よく見ると、帽子も手袋もタキシードに合わせて真っ白なものに変わっていた。



 「どうやって着替えたんだろう?」浩一は自分が服を着替えるときのことを思い出して、驚いたようにいった。

浩一は、まだ小学三生で服の着替えに少し時間がかかるから、素早く衣装を着替えた男の様子に少し憧れの気持ちも入っていた。

「そりゃあ、トリックがあるんでしょ」

幸はページをめくろうとした手を止めて、そんなに驚くことか、といった様子で浩一にいった。

「なんか、このおじさんカッコいいな。一度会ってみたい」浩一は興奮気味にいった。

幸は楽し気な浩一の様子を見て、やれやれもう少し付き合うかと思いながら、本のページをめくった。



 「なんか、このおじさんカッコいいな。一度会ってみたい」浩一は興奮気味にいった。


幸がページをめくると、さっき浩一が言った言葉がページの先頭に書かれていた。

そして、その他の部分は何も書かれていない真っ白なページのままだった。



 「え?どういうこと?」幸は真っ白なページを見てとまどってしまった。



 「え?どういうこと?」幸は真っ白なページを見てとまどってしまった。



幸が驚いて声を上げたとき、本の真っ白なページにさっき声を上げた幸の言葉がセリフとして本に活字になって浮かび上がってきた。

幸と浩一は、思わず顔を見合わせた。

「さち姉ちゃん、これどうなっているの?」浩一がびっくりして幸に聞いた。

「私もわからないわよ」幸も何が何だかわけが分からなかった。



 幸と浩一は、思わず顔を見合わせた。

「さち姉ちゃん、これどうなっているの?」浩一がびっくりして優花に聞いた。

「私もわからないわよ」幸も何が何だかわけがわからなかった。



 さっきと同じように、本の真っ白なページに幸たちのしゃべった内容が活字となって浮かび上がってきた。

それを見て二人は少し怖くなってきた。



 さっきと同じように、本の真っ白なページに幸たちのしゃべった内容が活字となって浮かび上がってきた。

 それを見て二人は少し怖くなってきた。



 そして、次の行に活字が浮かび上がってきた。

「心配には及びませんよ」

真っ白なページにその続きが浮かび上がってきた。

「今、あなた方はこの本と同調したのです」

続けて活字が浮かび上がってきた。



 「お姉ちゃん、これなんて書いてあるの?」浩一は学校でまだ習っていない漢字が出てきたので、幸に聞いた。

「ドウチョウしたってどういうこと?」

幸は浩一の質問には答えず、そうつぶやいた。



 「お姉ちゃん、これなんて書いてあるの?」浩一は学校でまだ習っていない漢字が出てきたので、幸に聞いた。

 「ドウチョウしたってどういうこと?」

幸は浩一の疑問には答えず、そうつぶやいた。



「簡単に言うと、あなた方がこの本、つまりこの本に描かれる物語の語り部となったのです」

また幸のつぶやきに答えるような活字が浮かび上がってきた。



「私たちが物語の語り部?」幸は驚いて声を上げた。

でもすぐに少し輿冷静になって続けて言った。

「ところであなたは誰なの?」



「私たちが物語の語り部?」幸は驚いて声を上げた。

でもすぐに少し輿冷静になって続けて言った。

「ところであなたは誰なの?」



 「おや、まだお気づきでない?私はさっきからあなた方に話しかけていたというのに」

また幸の質問に答えるように活字が浮かび上がってきた。

「私はこの本の冒頭から登場していますよ。しかしこれではわかりにくいでしょうから少し待ってください」

そう活字が浮かび上がった。



幸たちが、とまどっていると本のまだ活字のない真っ白なページの部分が波打ったように見えた。

「あ?」幸と浩一が同時に気付いて声を上げたその瞬間。



 「あ?」幸と浩一が同時に気付いて声を上げた瞬間。

波打った白いページから、さっき読んだようにたくさんの白い鳩が飛び出してきて部屋中を羽ばたいた。そしてあっという間に、開いていた窓から青い空へ羽ばたいて姿が見えなくなった。

幸と浩一はその様子にあっけに取られていたが、我に返ってみると二人の目の前に真っ白なタキシード、真っ白な帽子、真っ白な手袋を身に着けた、あのリアルワールドを案内していたあのひげの男が二人の前に立っていた。

「うわっ」二人は突然現れた男にびっくりしてしまった。

「ようこそ、我々の新しい世界へ」ひげの男はそういうと、二人にいんぎんに礼をした。

幸と浩一は、何が起こっているのか理解できずに固まってしまった。

「あの、新しい世界ってなに?あなたは誰?」それでも幸が気を取り直して、おずおずと聞いた。

男は幸の質問におや?というような顔をして答えた。

「あなた方は、これから生まれようとしている新しい物語の語り部なのですよ。あなた方の言葉や行動がまさに新しい物語としてこの世に誕生するのです」

男はそこまで言うと、感慨深げにしばらく目を閉じた。

「一時は、廃棄されようとしていたこの本を救ってくださった、いわばこの物語に登場する我々の救世主なのです」男はそう言うと、また幸と浩一に深々と頭を下げた。

そして男はピョコンと頭を上げると、

「私はあなた方がこれからどんな物語を生み出してくれるのか、楽しみでなりません」そういってにっこりと笑った。

幸も浩一も状況が理解できずにどうしたらいいかわからなかった。

「さて、それではこれから生まれる新しい世界に案内しましょう」

そう言うなり二人の手を掴むと、本の白いページが光り出しやがて部屋中が光に包まれた。

優花と信はあまりにまぶしかったので、目を閉じて顔を背けた。

「さあ、行きますよ」男はそう言うと、その光の中心に足を踏み入れた。

すると、まるで本の白いページに吸い込まれるように男の姿が消えていく。

幸と浩一も、男に引っ張られるように、本の中に姿を消していった。



 幸と浩一はまぶしさが和らいだので、恐る恐る目を開いた。

するとそこは自分たちの部屋ではなかった。

そこは、なにか大きな広場のようだった。

たくさんの人たちが楽しそうにしゃべりながら歩いていく。空にはホログラムが浮かんでは消え、あちこちで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。

どこからか、楽し気な音楽も聞こえてきた。

「手を離して」幸は男にそう抗議した。

「おや、これは失礼しました」男はそう言うと、つかんでいた二人の手を離した。

「さち姉ちゃん、ここはどこ?」浩一が目を見張るようにして周りを見渡しながら聞いた。

「知らないわよ」幸も呆然としてそうつぶやくように答えるのが精いっぱいだった。

そんな二人の様子を見て、男が口を開いた。

「ここはあなた方の作り出した世界、本の中の世界ですよ」

「本の中?これが?」幸は思わず叫んだ。

どう見てもここが本の中とは信じられなかった。

今、幸たちが立っているところから見渡した景色、聞こえてくる音、風の感じ、におい、そのすべてが現実としか思えなかった。

「あっ」浩一が小さく叫んだ。

「どうしたの?」幸が聞くと、

「お姉ちゃん、ここってさっき読んでいたリアルワールドじゃない?」浩一がひらめいたと言わんばかりにいった。

「ああ、そうか。そうかも」幸も、そう言われてなるほどと思いながら辺りを見渡した。

「だけど、やっぱりおかしいわ。人間が本の中に入れるなんて」幸が我に返っていった。

「あなた方はこの世界の創造主なのです。その物語の中に存在して当然なことです」男は幸にそう答えた。

そして二人の前に立つと、大げさな身振りをしながら続けて言った。

「今、あなた方が持っている本は新しい物語を生み出すマスターブックなのです。これを持つ者は新しい物語を生み出すことができるのです」

(いちいち芝居がかった人ね)幸はそんな男の様子を見て可笑しくなった。

「ですから、この世界はあなた方の願望やこれまで見聞きしたものから生み出されていくのです」男はそう言ってにっこりほほ笑んだ。

「お二人がたくさん夢を見て、たくさん経験すればするほどこの世界は豊かになって行くのです」男はそう続けた。

(あ、だからこの人どこかで見たことあるような感じなのか)幸は男を見て、幸の好きな映画に出てくる俳優によく似た感じがしていたから、男の説明に納得した。

(いやいや、問題はそこじゃないから)幸は思い直した。

「おじさん、ここはどこなの?」幸は男に聞いた。

男は意外そうな顔をしていった。

「先ほど、こちらの坊ちゃんが言った通りです。ここは夢と冒険の国「リアルワールド」なのです」

「やっぱりそうだ」浩一は、男の答えに満足したようにうなずいた。

「それに私はおじさんではありません。私、ジョン・ウィンダムと申します。ジョンとお呼びください。以後、お見知りおきを」ジョンと名乗った男はそういうとまた大げさな身振りで深々と頭を下げた。

「では、早速このリアルワールドをご案内しましょう」男はそう言って一、二歩歩き出したがすぐに立ち止まった。

「そうそう、私としたことが大変失礼しました。お二人ははき物がありませんでしたね」ジョンはそういうと、何か小さな声でつぶやいた。

すると、何処からともなく小さな黄色のラジコンカーのようなものが行きかう人々の間をすり抜けながら優花たちの所にやってきた。

幸たちが見てみると、そのラジコンカーの上に二足の靴が載っていた。

「そちらのはき物をお召ください。サイズはぴったりのはずですよ」ジョンはそう言って二人に靴をはくようにうながした。

二人が小さなラジコンカーから靴を取ると、またひとりでにどこかへ消えていった。

幸と浩一は試しに片一方の靴に足を入れてみた。

「お姉ちゃん、ちょっと大きいよ」浩一が幸に言った。

「そうね、私のも少し大きい」幸も靴の中で足の指を動かしてみながら浩一に答えた。

その時、二人の靴が音もなく少し縮まった。

「あ、ぴったりになった」二人は驚いて声を上げた。

「すごい、魔法みたい」浩一はそういうと周りを歩いてみた。

「本当、すごい。どんな仕組みなのかしら」幸も興奮気味にいった。

「お姉ちゃん、この靴ものすごく軽い。まるで何もはいていないみたい」浩一はそう言ってはしゃいだ。

「それと」ジョンがリボン状の端末を二つポケットから取り出した。

「これは引っ張っても取れませんが、接着したところをはがすようにすると簡単に取れます」そう言いながらしゃがみ込んで二人の右うでにつけた。

「あ、これをつけているとグリーンゾーンに行けるんだよね」浩一がジョンにいった。

「そうです、その通りですよ、坊ちゃん」ジョンはそう言ってニッコリと微笑んだ。

「ぼく、ぼっちゃんじゃないよ。浩一っていうんだ」浩一は坊ちゃんという呼ばれ方が気に入らないようだった。

「おお、これは失礼しました。浩一さん」ジョンはそういって軽く頭を下げた。

「私は幸。幸せって書いて幸って読みます。皆川幸です」幸も続けて名乗った。

「幸さん、よろしく」ジョンは幸の方を向くと軽く頭を下げた。

ジョン・ウィンダムと名乗る男は大きな体に似合わず優し気な声をしているんだな、と幸は思った。

 ジョンはおもむろに立ち上がって周りを見た。

相変わらず、たくさんの人々がそれぞれお目当てのアトラクションに向かうために歩いていた。

あちらこちらから聞こえてくる子どもたちのはしゃぐ声に満足したような笑みを浮かべると、幸たちの方に振り返って言った。

「では、準備も出来たところでまずはおすすめのシーワールドからご案内しましょう」

そう言うなり、ジョンは二人の前を歩き出した。

 大人や子ども、沢山の人々が行きかう中を、幸と浩一はジョンの後をついてこのリアルワールドの呼び物の一つであるシーワールドへ向かって歩いていった。

 その途中でも、ジョンはしょっちゅう子どもは言うに及ばず若者や大人にも呼び止められては一緒に写真に収まることをせがまれたり、小さな子どもには抱っこをせがまれていた。

 幸は、そんなジョンの様子を見てこの人がここで一番の人気者なのかなとぼんやり考えた。

その時、四人の男たちが足早に幸のそばを通っていった。

(こんなところに大人の男の人ばかりで来るなんて)幸は遠ざかっていく男たちを見ながらそう思ったが、ジョンが幸たちのそばに戻ってきて話しかけたので男たちから気がそれた。

「ねえ、ジョンさん。ボク、何か冷たいものが食べたい」浩一が前を歩くジョンに声をかけた。

「おお、そうですか、わかりました」ジョンはそう言うと、周りを見渡して何かを見つけると、何かをつぶやいた。

すると、近くを歩いていたピエロのような派手な色使いの衣装を身に着けた若い女性の売り子が優花たちに近づいてきた。

「こんにちは。何がご入用でしょうか?」売り子の女の子は信たちに微笑みながらたずねた。

「何があるの?お姉さん」

「私の持っているバスケットは大きくないからたくさんの種類はないけれど、オレンジジュースやグレープジュース、それにソフトクリームと小さなサンドイッチならありますよ」

「ボク、ソフトクリームがいい」

「私も」幸も横から言った。

「はい、かしこまりました」売り子の女の子は微笑みながらそう言うと、背負っていたバスケットからコーンを取り出してソフトクリームを作った。

「ありがとう」幸と浩一はそう言ってソフトクリームを受け取った。

「あ、お金」幸は自分がお金を持っていないことに気付いて小さな声をだした。

「お二人は、このジョン・ウィンダムの大切なゲストですからそのようなものは必要ありません」ジョンは二人の後ろからそう声をかけた。

幸はそう言われて、ジョンと売り子を交互に見た。

「そうですよ。どうぞ当パークをごゆっくりお楽しみください」売り子の女の子は微笑みながらそういうと、バスケットを背負いなおしてどこかへ去っていった。

「お姉ちゃん、このソフト美味しいよ」浩一はのんきにソフトクリームをなめながら幸に言った。

「ホント、美味しい」幸も、ソフトクリームをなめてみて言った。

「さあ、シーワールドはすぐそこですよ」ジョンにうながされて二人はソフトクリームをなめながらジョンについていった。


二人は入り口にいた係員に中に入ったら決して大きな音は出さないことや強い光を出さないことといったいくつかの注意事項を聞いて、シーワールドの中に入って行った。

係りの人が開けてくれた扉の中に入ってみると、そこは薄暗くてひんやりとした通路が奥に伸びていた。

「さあ、行きましょう」ジョンにうながされて二人はおずおずと歩きだした。

「真っ暗だね」と浩一。

「うん、真っ暗」と幸。

「ねえ、ジョンさん。なんでここは真っ暗なの?」浩一はジョンに聞いた。

「今、私たちが居るここは、海底1万メートルの世界を再現しているのです。そこは太陽の光が届かない漆黒の世界なのです。だから暗くなっているのですよ。あの水槽の中にいる深海魚たちは自然のままの環境にいるのです。ですからあの水槽のガラスの向こうは生身の人間が入ったらたちまちぺしゃんこになるくらいの圧力がかかっているのです」

「あ、なんか変な魚」浩一が、水槽のガラス越しに浩一たちに近づいてきた魚を見つけて言った。

「あの魚は、まだ最近発見されたばかりでまだよく生態が解っていないのです。だから研究のためにここに入れて観察しているのです」ジョンはしゃがみ込むと浩一の肩越しに魚の方を指さして説明した。

「じゃあ、何を食べているのかも?」

「そうです。それで研究者たちもここで観察をしているのです」

「だから大きな音や光は禁止なのね」幸がわかったと言わんばかりにいった。

「そうです。ここは単に自然に触れ合うだけの場所ではなく、大自然の偉大さを学ぶ場でもあるのです」

「ふーん」二人はジョンからそう聞いて、少し気持ちが引き締まったように思えた。

そんな二人を見てジョンは少し微笑んだ。


 「さあ、こちらです」二人は、ジョンにうながされて、ゆるやかな傾斜になっているらせん階段を登ろうとした。すると、階段はエスカレーターになっていて三人を乗せてゆっくりと昇って行った。

このらせん階段は、巨大な円筒状の水槽の外側についていて、この階段を昇って少しずつ水槽の上部にたどり着くように作られていた。

進んでいくにつれて、段々と見える魚たちが変わっていくのに気付いた。

ジョンの説明によれば、イメージとしては地球の一番深い海から徐々に海面に近づいていくように展示されているとのことだった。

「すごい」

「こんなの見たことないわ」

二人は、初めて見る光景に目を奪われた。

「地球には、まだまだ私たちが知らない世界があるのです。それらを解き明かしていくのも、このリアルワールドの役目でもあるのです」ジョンは二人に静かに言った。

 やがて、三人は、シーワールドの最上部に到達した。

この頃には、水槽の中の魚たちもすっかり二人が知っているような魚たちになっていた。

「さあ、終点の海上面に出ますよ」ジョンが二人に言うと、二人はもう少し見ていたいと思った。

 三人が、エスカレーターを降りて、目の前にある大きな扉をジョンが開けると、そこは青く輝く海と、白い砂浜が広がっていた。

「うわー、きれい」幸は思わず叫んだ。

「すごーい」浩一もはしゃいで波打ち際に向かって走り出した。

「ねえ、ものすごくきれいだよ」浩一は幸に向かって叫んだ。

それから、二人は波打ち際で水をかけあったり、きれいな貝がらを拾って遊んだ。

そんな二人をジョンは、木陰に腰を下ろして微笑みながら見ていた。

「ねえ、ジョンさんも遊ぼうよ」浩一がジョンを誘いに来た。

「そうですね。ここで遊んでいてもよいのですが、これからもっと楽しいところにご案内したいと思うのですが、どうしますか?」ジョンは立ち上がると、二人に言った。

「ここより楽しいところ?」浩一がジョンに聞いた。

「きっと二人とも気に入りますよ」ジョンはそう言って、にっこりほほ笑んだ。

「行く、行く」二人は、目を輝かせて言った。

「では、さっそく行きましょう」ジョンはそういうと、二人を出口に案内した。


 三人が出口を出ると、そこは様々なアトラクションのある巨大な遊園地だった。

「すごーい」二人はその光景に目を丸くした。

「本当は、お二人に宇宙エレベーターに乗っていただきたかったのですが、残念ながらここのリアルワールドは宇宙エレベーターの設置には適していないので設置されていないのです」

「宇宙エレベーターってなに?」二人は同時に聞いた。

「宇宙エレベーターは簡単に言うと、宇宙までつながっているエレベーターです。これに乗りさえすれば誰でも短時間で宇宙に出ることができます」

「へーっ」二人は今一つ想像がつかなくて何となくすごそうなんだなくらいにしか思わなかった」

「でも、ここも楽しそうだからここでいい」浩一がニコニコしながらジョンに言った。

「そうですか、それならいいのですが」ジョンは少しほっとしたように言った。

「ここのアトラクションは、二人が着けているリボンがあれば、どれでも自由に乗れますよ。もちろん年齢制限があるものはダメですが」ジョンが続けてそういうと、

「本当?」二人は同時にジョンに聞いた。

「本当です。試しにあのローラーコースターに乗ってみますか?」

「乗る乗る」二人は、早速目の前でゴーゴーと音を立ててレールの上を疾走しているローラーコースターに乗りに行った。

 ジョンの言った通り、係員はニコニコしながら二人をローラーコースターに乗せてくれた。

このローラーコースターは、スピードはそれほどでもなかったが、右に左に、上に下にとトリッキーな動きをする上、いくつかある分岐点でどのコースを通るかが分かれていて、次の予測がつきにくい構造になっているのでスリリングな乗り物だった。

「面白―い」

「楽しいね、これ」

二人は口々にジョンのところまで駆け寄って言うと、

「ねえ、今度あれに乗ろうよ」浩一は、面白そうな乗り物を見つけて幸に言った。

「うん、行こう」

 それから二人は、目に着いた乗り物に片っ端から乗って行った。

二人が乗り物に乗ろうとすると、どのアトラクションでも最優先で乗せてくれたので、二人は待ち時間なしでたっぷり色々な乗り物やアトラクションを堪能することができた。

幸は、施設の扉付近でこそこそとした様子の三人の男たちを見つけた。

「あれ?」幸は思わず声を上げた。

「どうしたの?お姉ちゃん」

「うん、あそこにいるおじさんたち、さっきもここの入り口にいて私たちのそばを通りすぎたんだよね」

「だって遊びに来てるんだからそんなの当たり前じゃん」浩一は、そういうとジョンの所にかけて行った。

「でも、一人少ないんだけど・・・」幸は、こんな場所に大人の男の人ばかりで来るのも変だし何故か胸騒ぎがするのを感じたが、(ただの偶然ね)と思い直した。

「ねえ、ジョンさん。ちょっと疲れちゃった」

二人はジョンの所に持ってくると、ベンチに座っていたジョンの横に腰を掛けた。

「ははは、かなり楽しめたようですね」ジョンは、二人に微笑みながらいった。

「うん、すごく楽しかった」

「今まで見たことのない乗り物がいっぱいあった」

二人は口々にジョンに言った。

「もう満足しましたか?」ジョンが意味ありげに二人に言うと、

「したけど、まだ何かあるの?」

「いえ。これから少し刺激の強い場所から落ちついたところに行こうと思うのですが?」

「面白いところ?」浩一が興味深げに聞いた。

「もちろん、とてもわくわくするところですよ」

「行く!」信はジョンが答えると同時に叫んだ。

「お姉ちゃん、面白いところだって」

幸は少し疲れていたが、浩一があんまり嬉しそうに言うので、しょうがないなと思った。

「では、早速行きましょう。ここから少し離れているのでカートを使います」

ジョンがそういうとどこからともなく四人乗りのカートが現れ、幸たちの前に音もなく停まった。

三人が乗り込むと、カートは音もなく走り出した。

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