沈む夕日

通勤中、しばらく寝ない日々が続いた。

夢の続きが怖かった事もあったが、

考え事が眠りを邪魔したというのも理由だった。


連続性を持ち始めた昔の夢。


見た事もない少女。


畏れの象徴だった天魔川。


何故いつも夕暮れ・・・宵の口にカナコは現れるのか。


思い出す度に考えが交錯し始める。


あの子の声が思い出せない。

いつもアハハと笑っているのに、鈴の音のような綺麗な声なのか、

それとも、快活な少女らしいハスキーな声色なのか―――。


夢でも現実でも、一言も会話をした記憶がない。

カナコの事を知りたい。


しかし、死の気配が脳裏をかすめる。


―――怖い。


名前も容姿もハッキリと覚えているのに、

現実の記憶として彼女の存在は自分の中にはない。


あの子はアニマであり、自分の中の潜在意識が作り出した虚構の存在なのだ。

そうだ、それでいい。


何を考える必要があるのか、疲れているんだ。

そう、自分は疲れ果てているんだ。


仕事が長引いた。


今日も疲れた・・・。

帰ったら風呂にでも入って―――。


* * *


日が沈みかけている。


いつも赤黒いこの街が、青黒く染まろうとしていた。


「ん。」


初めてカナコが口を開いた


「私んち、あっち。」


暗がりの中、カナコが指さしたのは川向こうの方だった。


さして違和感はなかった。


あぁ 神音町に住んでたんだね


もう帰るの? そっか 日が暮れちゃったもんね


こんど遊びに行くよ 絶対 約束さ


満面の笑みでカナコがほほ笑む。


「直ぐそこだから・・・見にくる?」


僕は 差し出された カナコの手を取った


二人で橋の欄干を飛び越えて 笑いながら走った


その手は少し汗ばんでいて 暖かかった


*  *  *


二日後、都心部から程なく外れたとあるベッドタウンのアパートの一角にある部屋の浴槽で、独り暮らしの男性サラリーマンの溺死体が見つかった。


衣服は着ておらず、浴槽に突っ伏したように沈んでいたそうだ。


警察の話では事件性はなく、風呂に入ろうと浴槽に湯を張ったのち、

入浴中にそのまま浴槽で眠ってしまったのであろうとの事。


―――事故死として処理された。


会社の同僚からは

「いつもと変わった様子はなかったけど、

 最近ちょっと眠れてないと言っていた。」

との証言があり、労働管理の実態について、今も遺族と会社が係争中だ。

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