天魔川

カナコと遊ぶ日が続いた。


いつしか、帰るのが楽しくなってきていた。

毎日22時を過ぎてからタイムカードを切り、足早に地下鉄に乗り込む。

周りの人を避けるように空いた車両を狙って、

一番隅の椅子に腰かけて目を閉じる。


カタンカタン カタンカタン―――


通勤電車でのうたた寝もすっかり慣れたものだ。

今では目を閉じれば直ぐにでもカナコに会えるし、

夢も連続性を持つようになってきた。


* * *


そうだ 今日は 約束したんだ


川にクラゲを見に行こう

カナコちゃん てんま川は海が近いから よくクラゲが上がるんだよ

泥に隠れたどんこやつぶ貝も採れるんだ 一緒に採ろう


まだ日は暮れない 時間は大丈夫さ

カナコちゃん うれしそうだな すごく笑ってる 僕もうれしい


ダメだよカナコちゃん 泥の先は川だよ 塩っ辛い川だよ

服も靴もべとべとになるし―――


あぁ でもこれ夢か


夢なら まぁ 濡れても いいか


僕は てんま川で カレイ捕まえたことあるんだよ


え、もっと向こう?


気が付くとカナコは僕の手を引き 天魔川の中へと僕を誘っていた

もう二人とも、胸まで水に浸かっている。


カナコは笑っていた。

無邪気に。


昔、学校の先生から聞いたことを思い出した。

サイレンが鳴ったら急いで川から出ないといけない。

発電所から絶え間なく水が出てくるあの河口部に近づいてはいけない―――。


* * *


気が付くと、電車は自宅の最寄り駅に到着していた。


「あの河口部・・・」


大人たちから「近づくと死ぬ」と脅されながらも、

恐怖心に打ち勝つ好奇心から、時折その巨大な口から流れる、

黒々とした闇を見に行った事がある。


「あの河口部」には色んな噂があった。

それは水力発電所の排水口であり、山から落とされた大量の水が川に放流されていた。

そのため、河口部周辺は特に流れが速く、黒く渦を巻くその様は、子供ながらに絶対的な死の気配を予感させた。


実際に死んだ子が何人もいるだとか、実は河童の仕業だとか・・・。

底の見えない深淵に対する恐怖は、いつしかそんな噂を学校中に伝播させた。


死の気配・・・カナコに、初めてそれを感じた瞬間だった。

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