Over The Rainbow

雨上がりの空

 これは、私が高校生だったころの、もう今は遠い昔になってしまった「思い出話」。




 その日は、午後から雲行きが突然怪しくなり、帰る頃には空は黒一色に染まっていた。

 私は折り畳み傘を忘れてしまい、昇降口で途方に暮れながら雨宿りをしていた。


「ねぇ、どうしたの?」


 背中から女の子に声をかけられ、振り向く。

 肩まで届くみどりの黒髪に、右手には傘、左手には茶色い革のスクールバッグを握っていた。

 彼女のことはクラスメイトだったからよく知っていた。

 でも、話をしたことはほとんどなく、多分これが初めてだったと思う。


「急に降ってきちゃって、さ。折りたたみも持ってなくて」

「じゃあ、あたしの傘、入る?」

「いいの?」

「この傘、無駄に大きいから1人じゃ使うのもちょっと、ね。2人ならちょうどいいかな、って」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼女が傘を広げると、たしかに中は1人だとかなり大きく見える。

 2人入ると、お互いの左肩と右肩が少しはみ出る程度だった。


校門を出てすぐに、彼女に言った。


「ねぇ、どこか寄り道していかない?」

「うーん……どこにしようか? モス? それともスタバ?」

「ここから1番近いお店ってどこだっけ……あ、すぐの角にマックがあるよ。そこにしよう」

「いいよ」




 こんな天気のせいか、平日にも関わらず中は混雑していた。

 それでもなんとか2人席を確保し、フライドポテトとジュースを手にテーブルにつく。

 ポテトを右手でつまみながら、窓の外を見る。


「雨、止むかなぁ……」

「どうだろう」


 彼女もまた、ジュースを片手に空を見ていた。

 暗闇に閉ざされたまま、どうすることもできずただ時間だけが過ぎていく。

 その間ずっと、私たちは空と時計を見ないように意識しながらおしゃべりを続けた。


 2、30分ほど経って、ようやく空の黒色が薄くなってきた。

 黒から灰色、灰色から夕焼け色へ変わり、そして雨も収まった。

 ストローをすすってみると、中身のジュースはもう空だった。


「雨、上がったね」


 ちょうど彼女も同じことをしていたらしく、顔を合わせてくすくすと笑う。


「それじゃ、出ようか」

「うん」


 彼女は傘を右手で持ち、もう片方の手は私の右手とつながっていた。

 道すがら彼女が言い出した。 


「何か、歌いたい気分」

「もう、小学生じゃないんだからさー」

「いいじゃん別に。周りに人いないし」

「でも、何歌うの?」

「んー。『雨降り』」

「それこそ小学生じゃない」

「雰囲気はあってるでしょ」

「遅いと思う」

「そうかなぁ。いいと思うんだよねー」


ねぇ、と言って彼女は続けた。


「一緒に歌おうよ。そっちの方が恥ずかしくないでしょ」

「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……でも、いいよ」


 せーので声を合わせ、誰もいない道で歌う。




 雨あめ 降れ降れ 母さんが

 じゃの目で おむかい 嬉しいな

 ぴちぴち ちゃぷちゃぷ ランランラン

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リリィ・フラワーガーデン 並木坂奈菜海 @0013

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