第OMAKE話 ロクでもない超短編集


■ep1 ドッペルゲンガー

神奈「そういえば、ドッペルゲンガーって、『自分と同じ姿・顔の人間に出会うとその人は死ぬ』っていうのが一般的に知られているよね?読経君はそういう力、持ってるの?」

玄「それについてだけど、先に答えだけ言うと持っていない、の方が正しいかもな。俺達の場合、魂を分離させた状態で自分のそっくりさんに対面すると、魂が錯覚を起こして肉体に戻ろうとする挙動を見せるんだ、目の前のそっくりさんの体にな。別人の体に魂が入ると、本体と繋がっていた見えない糸が切れて、魂はそっくりさんに取り込まれるってわけ。後はその人の体で魂が優位な方が生き残るか、共存する形になるか。ちなみに残された本体は、魂のない抜け殻状態になるから、そのまま死んでしまう。要約すると、そっくりさんに会って死を迎えるのは、魂だけでぶらついているドッペルゲンガーの方ってことだね。」

神奈「へぇ、魂だけなら無敵に見えるドッペルゲンガーにも弱点はあるんだね。それじゃあ読経君が死なないように、そっくりさんコンテストとかには観戦も含めて参加禁止、だね!」

玄「はは、そもそも行きたいとも思わないけどね。」


■ep2 改造人間の疑惑

玄「南本、一つ質問していいか?」

光猛「何だい、改まって?」

玄「本当の姿…真っ黒な状態のときってさ…。」

光猛「うん?」

玄「…やっぱりあれって全裸なのか…!?」

光猛「え?うん、まぁ…。」

玄「つまりあの夜、お前は朱里とすっぽんぽん同士で真面目なはなs」

光猛「さてと、麦研の足取りでも探しに行こうかな!」


■ep3 体型維持のスペシャリスト(笑)

朱里「データを元に体を自在に作れるっていうのは便利ね。いくら食べても体型を気にしなくてもいいってことでしょ?」

神奈「体のほうはね。でも本体である頭の方は、例外なく食べた分だけ太るから、スリムな体に合わせて小顔を維持する必要があるんだよ。」

朱里「ふふ、コケシみたいな神奈の姿もちょっと見てみたいかも。」

神奈「もぉ、朱里の意地悪。」


■ep4 あすかな

明日香「こら!いせぷー、いつまで玄ちゃんのことを『読経君』呼ばわりしてるディスか!!いつまでも他人行儀だと、玄ちゃんがブロンドヘアーのエッチなおねーさんに骨抜き味付き出し汁卵になっちゃうよ!」

神奈「う、うん。でも突然呼び方を変えるのも、何だか恥ずかしい…。」

明日香「むっきー!!恥らうな乙女!その羞恥心に勝ってこそ、明日の香りの明日香ちゃんよ!!どうしても駄目だというなら、今から明日香ちゃんが、二人の間のラブチュッチュネームを決めたげるから、言い方も含めてマスターしなさい!!」

神奈「はっ、はい。」

明日香「返事が小せぃ!!羞恥心をポイて!ゴミ箱ポーイて!丸めたティッシュを試行錯誤してゴミ箱に投げ捨てるイメージで!!はいっ!!」

神奈「い、イエス、マム!!」


~翌日~


玄「伊勢さん、お待たせ!今日の遊園地だけど、まず何から乗…」

神奈「は、ハッロー!ゲンゲンのオンリーアイドル、カナちんの、さ・ん・じょ・お、プリプリリー!!」

玄「い、伊勢さん…?」

神奈「き、今日もスイートでハートな一日を謳歌しようじぇぇぇぇ~~~~~~~~~!!!」

玄「い、伊勢さんが壊れたァぁぁーーーーーーーーーー!!!!」


-物影-

明日香「いせぷーよ、よくやった!わしから教えられることはもう何もない!二人の恋路を邪魔する障害は全て断たれたのじゃ!さぁ、玄ノ助と思う存分リア充ライフを爆発させなさい!銀河系をビッグバンで吹き飛ばすのDEATH!!」


翌日、秘密のレッスンが玄にばれた明日香は、こっぴどく叱られました。


■ep5 つくも神の疑惑

玄「一神は、一度触れた機械となら離れていても話ができるのか?」

一神「携帯電話のつくも神ということもあって、遠隔通信は可能だよ。後いつでもウェブに接続して情報を集めることもできるから、今後とも気になることがあれば何でも聞いてね。」

玄「頼もしいな。」

明日香「では早速質問、いいかね?」

一神「どうぞ。」

明日香「ももひーは、監視カメラの協力を得られると述べやがってましたが、それってつまり、女子更衣室の盗撮とかも…?」

一神「…やろうと思えばね。」

明日香「通報した。」

玄「まじかよ…見損なったぞ一神!!」

一神「『やろうと思えば』と言っただけで、やってはいないしこれから先もやるつもりはないから。」

お巡りさん「盗撮犯がいると聞いて。」

一神「本当に通報したのか…。」

明日香「てへぴょん☆」


3人まとめて悪戯通報に対する厳重注意を受けました。


■ep6 番長伝説の裏

礼七「07、ただいま帰還した。」

フツレ「お帰りなさい。四国巡りは楽しめましたか?」

礼七「うむ、週末だけでは回りきれないのが残念だが、美味しいうどんに出会えて大満足だ。」

フツレ「それはよかったですね。」

麗夜れいや「お兄様、お帰りなさい。」

礼七「08、帰っていたのか。ただいま。ホーム内では、兄妹のフリは不要だぞ?」

麗夜「遺伝子的に言えば肉親ではないが、私が07、あなたよりも後に生まれたのは確か。実質私はあなたの妹と言っても問題ないはず。フリでなくてもあなたをお兄様と呼びたい私の気持ちを汲んでもらいたい。」

礼七「うむ…。了解した。好きに呼んでくれて構わないが、俺は今まで通り、ホームでは、お前を08と呼ぶぞ。」

麗夜「それで構わない。心遣い、感謝する。」

フツレ「ところで07、今回の旅であなたが出会った不良少年ですが…。」

礼七「またライバル社の調査員か?」

フツレ「ご名答。麦芽ビルディングスの調査機69-333と判明しました。」

礼七「あの会社も懲りないな…。調査機と見るや否やなりふり構わず襲ってくるあのプログラム、改善するつもりはないのだろうか?」

フツレ「これまでの襲撃回数を考慮するならば、反省という言葉を知らない鼻糞猿野郎なんでしょう。」

礼七「ドクターフツレ、口が悪いぞ。」

フツレ「おっと失礼。一応いつも通り、警団に通報はしておきましたが、あまり更生の期待はできないでしょうね。」

礼七「困ったものだな。」

麗夜「お話中申し訳ないが、二人とも、夕食の準備が整ったから冷めないうちに食べよう。」

フツレ「あら、ご苦労様です。…んー、今日はビーフシチューですね。」

麗夜「ドクターフツレの好みに合わせて肉を柔らかくしたぞ。」

フツレ「まぁ!なんて母親思いの良い子なんでしょうね。ご褒美に頭撫で撫でしてあげます。」

麗夜「ん…。」

礼七「良かったな、08。」

麗夜「お兄様も…撫でてくれると嬉しいが…。」

礼七「む?何故俺が撫でると嬉しいんだ?」

麗夜「そっ、それは…。」

礼七「??」

フツレ「あらあら、ふふ。」


■ep7 穴蓋明日香の躁鬱

玄「明日香って、負の感情から生まれた妖怪だったよな?」

明日香「おーだよー。」

玄「それなのに、いつもアホみたいなテンションなのは何でなんだ?それこそ正の感情だろ?体に悪かったりしないのか?」

明日香「良い所に目をつけたな、ミスター玄!そこを踏まえて、明日香ちゃんちょっぴり解体新書を発表する!」

玄「おうよ。」

明日香「私達妖怪ノロイは、負の感情を喰らって、荒廃したこの絶望世界を生き抜いています。しかし世界には、人々の優しさや思いやりといった希望の光も残っていたのです。そんな正の感情を心身に受けたとき、明日香ちゃんの体内会議で『あっ、これあかんやつや。』という判断が下され、体に蓄積された正の気を外部に吐き出す作用が働くのでございます。」

玄「その正の気、つまり陽気さや明るさを放出している状態が、そのアホテンションってわけ?」

明日香「わけわけ!いや~思った以上に、クラスの皆とか玄ちゃんとか飼育小屋のうさぴー3号とか、あたいの心に輝く刃を突き刺してくる天使が多くてさ。もう常時うへひひひなテンションでいないと胃もたれしそうでマヂ無理。」

玄「なんつーか、難儀な体なんだな…。んじゃ、逆に負の気を送り続ければ、明日香は物静かな良い子に戻るのか?」

明日香「今も良い子よ、おにいさぁ~ん!!んとね、それも逆にやば過ぎるというか…主に周りが。」

玄「周りが?」

明日香「あんねー、こういうバカテンションだと、必ず先輩とか同級生とかティーチャーとかからヘイトを貰うわけですよ。」

玄「『あいつ気に入らねー』ってやつだな。」

明日香「そうそう。んでな、ある時、明日香ちゃんもいじめってやつに遭遇しちゃったわけよ。机に落書きされたり上履きにお菓子のはずれくじ入れられたり陰口でメズ豚呼ばわりされてゾクゾクしたり。」

玄「最後喜んでるじゃねーか!」

明日香「そりゃあ喜びますよ!私に向けられた純粋な負の気が流れ込んでくるわけですから、ドMパワー全快でウホウホっすよ!…でもな、常に負の気を送られ続けていると、明日香ちゃんもお腹いっぱいになっちゃうわけよ。」

玄「許容範囲って奴か。」

明日香「そそ!お風呂をいっぱいにして更にお湯を足したら、お風呂、溢れるじゃん?どばばばばー!」

玄「蓄えきれなくなった負の気が溢れるってことか?」

明日香「へい。その溢れた気、なんですがね、近くにいる人や物に悪影響をもたらしちゃうんすよ。地は裂け、草木は枯れ、空気は淀み、人は不幸に見舞われる…あたしゃ魔王でも疫病神でもないぞよ!!」

玄「まぁいじめっこは自業自得だな。」

明日香「というわけで、そういうやべえ空気にいじめっこちゃんも気付くわけですよ。『うわ…こいつ呪われた一族の末裔じゃん!』とか『我々は、触れてはならない神々の逆鱗に触れた!』とか『明日香ちゃんの縦笛ペロペロー!』とか。」

玄「おい、一神が紛れてたぞ!」

一神「僕は縦笛ペロペロなんてしないから。」

玄「あっ、いたの?」

一神「いたよ。」

明日香「続けるゾウ?そんなこんなでいじめが自然消滅していき、標的を変えて明日香ちゃんの竹馬の友に手を出し始めるのですが、勇者明日香に負の気が結局溜まるので、いじめっこたちにまたまた災いが訪れるんですよ。そうなると、いじめっこさんはお手上げ状態で、明日香ちゃんは暗黒の世紀を勝ち抜いたのでした。」

一神「噂によれば、明日香ちゃんのクラスでは、クラスメート皆が家族のように仲良しらしいね。それも言わば呪い返しの恩恵かな?」

明日香「でしょうね。バカテンションやってると、どうしてもクラス全員とお話マンボしたくなっちゃって、気付いたら皆お友達なわけよ。んで、いじめっこが標的を変える度に明日香ちゃんもちょびっと首を突っ込むもんだから、クラス間でのいじめとか黒い話はどんどん無くなっていって、気付けばピカピカハートのチルドレン達ができ上がっていたわけだよワトソン君。」

玄「なるほど。その功績が評価されて、お前はクラス委員長に選ばれたと。」

明日香「ほへ?委員長は自分からなったんだよ?なんか誰も手を挙げなかったから、『これは明日香ちゃんのために用意されたVIP専用の役職なのよ!』って天のお告げが聞こえまして。」

玄「耳鼻科、行こうか。」

明日香「行ったけど、でっけー金塊が発掘されただけだったよ。」

一神「行ったんだ…。」

明日香「そんなわけで、明日香ちゃんは今日も平常運転です☆」

玄「To be continued.」

一神「続かないよ。」


■ep8 亡きキミへ

「この前、肝試しをしたんだが、最初は君も賑やかでいいかなってここを薦めたんだけどね、結局高校で催されたんだ。それでね…」

鹿手無山の中腹にある墓地。脇にひっそりと立つ百引家の墓石の前に一神は佇んで、しきりに話しかけていた。一通り最近の出来事を話し終えると、愛おしそうに墓石を撫でながら、一神は目を瞑る。

究久きわひさ、お父さんもお母さんも元気でやっているよ。勿論僕も、ね。」

花を入れ替え、線香を焚き、母がこしらえてくれた団子を供える。手を合わせ、目を瞑りながら、思いを巡らせる。程なくして合掌を解き、一神は立ち上がって墓石を見つめた。

「本当は、君の笑顔を役目が終えるそのときまで、側でずっと見ていたかった。不幸な事故が起こらなければ、それも叶っていただろうにね…。君の笑顔は失ったけど、僕の…いや、君の両親の笑顔は、彼らの命の灯火が尽きるその日まで、僕が絶対に守っていく。君の一番大好きなものだからこそ…。」

失った彼の顔を思い出したように、一神の目から温かい雫が流れ落ちた。彼に泣き顔を見せまいと必死に涙を拭い、一神は普段見せないような目一杯の笑顔を彼の眠る場所に向けた。

「また、来るね。僕の大切な主…僕の大切な家族。」

墓石に一礼すると、一神は墓地を去っていった。

 人のいなくなった墓地に、柔らかな風が吹き抜ける。風は、百引家の墓に供えられた花を撫でるように揺らしながら、林の奥へと駆け抜けていった。


■ep9 仮面の親友

 私は酷い女。私は狡猾で最低な女。友を平気で裏切る女。

神奈が玄を好きになったきっかけは彼女から聞いていた。ドラマチックな展開に、神奈の心が動いたのも頷ける話。でも、それでも、私は彼女よりも玄との付き合いは長い。明日香の存在は気になっていたけど、玄が私を選んでくれる自信があった。

             少なくともよりは。

 高校に入って、同じ部活の神奈と親しくなり、半年ばかりで私達は親友となった。恋愛という一面を除いては。

神奈はしきりに玄のことを私に聞いてきた。好きな人はいるか?好物は何か?趣味はどうだ?恋愛面では、接する機会の多い私に優位があり、慢心した私は親友の問いにベラベラと答えてしまった。それが私の失敗の始まりかもしれない。神奈は、玄の好みに合うような容姿や趣味を模索し始めた。それでもまだ、直接玄に話しかける勇気はなかったらしく、彼との接触は得られていなかった。日頃から冗談を言い合えるほど彼の近くにいた私は、また慢心した。そして、私は自分の愚かさによって、奈落へと落ちていく。

 ある時、神奈に「読経君を部活に連れてきて欲しい」と頼まれた。部活でいいところを見せて、玄に自分を意識させることが目的らしい。私に魔が差した。彼女の願いを聞き届けてあげると、笑顔を見せた裏側で、私は神奈の思いを断つチャンスだとほくそ笑んだ。神奈の隣で、私が真剣に部活に取り組む姿を見せれば、玄は神奈ではなく私に心奪われるだろう。普段から仲が良い分、彼が私に目を向けると確信していた。確信して疑わなかった。奇跡とも言える僅かな可能性を。その奇跡に、私は負けた。

 神奈が呼んでいたとは言わず、私は部活を覗いて見ないかと玄を誘った。道場に着いて、先に始めていた神奈の横に並び、私も練習を始める。神奈よりも玄に近い場所で、いつも以上に真剣に取り組んだ。的の真ん中ぴったりに矢を当て、私は一息吐き、玄を見る。美しいフォーム、完璧な軌道、射抜かれた的の中心…彼の気を引くには十分すぎる程の状況だと自負した。しかし、私の姿は彼の目には留まっていなかった。彼は我を忘れたように、一心に私の後ろの少女に目を向けていた。神奈は玄の前で緊張しているのか、いつものように中心を射ることができずに困っていた。フォームや距離感を確かめ、何度も調整を挟む。その動作の一つ一つを愛おしそうに、玄は見つめていた。動きを止めたことを注意する顧問の声が聞こえなくなるほど、私は衝撃を受け、その場に固まってしまった。帰り道、玄から聞きたくない言葉を聞いた。「伊勢さんって綺麗だな。俺、彼女に一目惚れしたかも。」だって。悔しかった。彼女よりもずっと近くにいたのに、私は一目惚れどころか、恋愛対象として意識されていないと思うと、胸が張り裂けそうだった。玄と別れた後、私は家で泣き明かした。悔しい。悔しい。悔しい…。

 私は負けたのだ。一目惚れの奇跡は、慢心を捨て切れなかった私の甘さのせいなのか、はたまた神々に牙を剥くヴァンパイアとしての私に対する神仏からの制裁か。いずれにせよ、両思いとなった今、私に二人の仲を引き裂く勇気も気力もない。負け犬は負け犬らしく尻尾を振ることにした。寧ろ二人の仲を取り持ってやろうと。恋愛を失った私に残ったのは、親友としての感情だった。大切な友達だからこそ、両思いな二人の恋愛を成就させたかった。

 それからずっと、もやもやしたものは残っていたが、玄と神奈からの恋の悩みは聞いてきた。ヴァンパイアがキューピットの真似事などしているものだから、神々はさぞ滑稽だったでしょう。そして、運命の夜を迎え、その数日後に、玄は神奈への告白を決めた。そこで私の中のもやもやは、いつもよりも大きくなった。玄を取られたくないという未練がましい感情。その感情を抑えるために、私はわがままを実行した。神奈には悪いと思ったが、最後の悪あがきとして、彼のファーストキスを奪った。彼の全てを知っているわけではないから、それが初体験だったかどうかは定かではないが、私のもやもやは、それに満足した様子でほとんど消えてしまった。私は嫌な女。私は見苦しく醜い女。私は最低の女。

 これから先、玄と神奈が破局を迎える可能性さえ考えている私。その時は迷わずに真っ直ぐに、自分の気持ちを玄に伝えたい。でも、親友としての私は、二人の末永い幸せを切に願っている。再び魔が差さないように、親友の愛を脅かさぬように…

            私は仮面を深く被り直した。



 わたしは酷い女。わたしは醜くてずるい女。わたしは親友を平気で裏切る最低な女。

わたしが読経玄に恋をしたのは数年前。誕生日に両親から貰ったお気に入りの帽子を風にさらわれて、それを再び手にした時には道路の真ん中で車が迫ってきていた。車に轢かれると思っていたら、勇敢な男の子が身を挺してわたしを助けてくれた。男の子は、車の運転手に謝ると、衝突したのにまるで平気そうに、わたしの頭を撫でて、友達のもとに帰っていった。ふと、ハンカチが落ちているのを見つけて、彼のものだと分かった。返そうと彼のほうに目を向けると、彼はもうその場から立ち去っていた。諦めてハンカチを開くと、ご丁寧に彼の名前が書かれていた。「読経玄」。彼に抱き止められたあの一瞬を思い出すだけで、わたしの胸は高鳴った。

 それから月日が経ち、高校に入学すると、偶然にも読経玄が同じ学校にいることを知った。しかし、話したことのない異性に、いきなり気さくに声をかけられるほどの勇気は、わたしにはなかった。そこで、彼のすぐ側で笑い合う朱里に目を留めた。彼女と仲良くなれば、読経玄にすぐに近付ける。そう確信したわたしは、彼女が弓道部に入るという情報を得て、後を追うように入部した。それからは、予想以上に早く朱里との仲は深まり、気付けばわたしたちは親友になっていた。彼女と関係を築き上げていく過程で、わたしは彼女の本心を知ってしまう。彼女は、読経玄に恋をしていた。直接聞いたわけではなく、話す素振りや彼の話題の多さから、感情を読み取るのは容易だった。その上でわたしは、彼女の本心に気付いたことを悟られないように、かつ、彼女に釘を刺しておく意味でも、読経玄への恋情を包み隠さず打ち明けた。彼女は戸惑う様子もなく、わたしに協力してくれると笑顔で言ってくれた。

      しかし、は計り得られなかった。

 彼女から読経玄の情報を得続けながら、彼の好みの女性になれるように努力を始めた。外見、趣味、人柄…試行錯誤を繰り返し、わたしは自分を変化させていった。自分に自信がついてきた頃、わたしは朱里に、彼を部活動見学に呼んで欲しいとお願いする。彼女は快くOKしてくれたが、その笑顔には不思議と恐怖を感じた。予定通りわたしが先に練習に取り組んでいると、朱里が彼を連れてやってきた。彼の顔を見た途端に胸の高鳴りが激しさを増し、緊張の波が押し寄せてきた。彼にいいところを見せなければ。焦る気持ちが足を引っ張り、いつもの調子で弓を引けない。一度目を閉じ、深呼吸をする。もう一度フォームや距離感を確かめる。何度も調整を繰り返すうちに、いつもの調子を取り戻していた。的の中央を射抜いた時、彼の方を横目で見ると、彼は私のほうを見ながら嬉しそうに微笑んでくれた。彼の表情に、わたしは確かな手応えを感じた。翌日の部活の時に、朱里に彼の反応を聞くが、彼女は「いつも通りだった」としか口にしなかった。彼女は柄にもなく、本心を剥き出しにしているように落ち込んでいた。わたしは気付かぬフリをしながら、心で高らかに笑った。彼女の敗北を喜ぶというわけではないが、読経玄がわたしを意識し始めたということが分かり、心が弾んだ。狡猾で醜い悪魔のようなわたしにも、微笑んでくれる神様はいるのだと、天に感謝した。

 それから運命の夜までずっと、朱里を通して読経玄の状態を確認しながら、彼との初めのゴールインを夢見た。そしてあの日、わたしは彼に呼び出された。あの夜、わたしの秘密を明かしたことは大きなマイナス点に感じられたが、わたしは彼の感情を信じて、早めに家を出た。公園に着いたところで足が止まる。予想外の場面を目撃してしまったのだ。朱里が読経玄の唇を奪っていた。震える手を押さえながら、二人の様子を見守る。これは何かの間違いだ。読経玄はやはり宇宙人よりも高貴で美しいヴァンパイアに惹かれたのか。そもそも朱里は諦めていなかったのか。様々な思いを巡らせながら、二人の様子を物陰から観察していると、顔を離した朱里は、彼にエールを送って去っていった。最悪の事態は免れたようで、わたしはホッと胸を撫で下ろした。あの口づけは、きっと彼女なりの別れの挨拶なのだろう。彼の一番近くを頂くのだから、ファーストキスぐらいは親友のよしみで譲ってやろう。それから彼にキスを目撃したことを悟られないように時間を空けて、彼のもとに向かった。期待通り、彼はわたしに告白してくれた。彼の熱い言葉が、私の不安を全て吹き飛ばしてくれた。

 今後、わたしは彼と生涯を共にし、幸せな人生を送っていきたい。それと共に、私のずる賢く汚い策略に利用してしまった親友の朱里に対して、贖罪の意味も込めて、彼女の手助けをしていきたいとも思う。彼を譲ることはできないが、生涯をかけて、彼女の幸福の手伝いができれば幸いだ。自己満足な偽善だが、親友としてこれからも良き付き合いをしていくために…

            わたしは仮面を深く被り直した。


■ep終 本物はすぐ側に

玄「なぁ、俺らの中だけでもこんだけ人外がいるわけだし、この学校をもっと探せば、他にも人でないものが見つかるんじゃね?」

一神「その可能性は大いにあるね。試しにクラスメートで目星をつけてみる?」

礼七「梅干なら紀州が俺の中でジャスティスだぞ!」

玄「はいはい、ベタな聞き間違いはいいから。クラスメートか…。」

一神「疑いの目で見回すと、全員怪しく見えるなぁ。」

礼七「うむ…。俺には全員普通の人間にしか見えないが。」

玄「番長って、サーモグラフィとか、体温感知機能ってついてるか?」

礼七「一応備わっているが、それを使っても良い結果は得られないと思うぞ。例として、ミスター一神は人外だが、普通の人間のような体温を呈している。」

玄「マジか。つーことは、やっぱ山勘張っていくしかないか。」

一神「まぁ、人間社会に溶け込んでいるわけだし、そう簡単に尻尾は出さないよね。」

玄「うーん…お!腹空はらぞらとかどうだ?あいつの食欲は尋常じゃないぞ?今もそうだが、休み時間に入る度に何か食ってるし、前に何人かでファミレスに昼飯食いに行った時なんて、一人でハンバーグセット5人前を平らげてたぞ。」

礼七「あの時か。確かに、ハンバーグに貪りつく様は、まさしく血に飢えた獣といった印象だったな。」

玄「だろ?きっと、狼男とか人喰いゾンビなんだよ、うん!」

一神「ゾンビなら腐臭漂っているだろうし、狼男なら体毛がもっとあってもいいと思うけど。」

礼七「匂いならば、男の香水たる汗臭さを漂わせているが…。」

玄「それを獣の臭さと考え…るのは無理があるか。あいつ、あんまり毛深くないもんな…。」

一神「彼はただの大食漢、ってことだね。」

玄「だな。となると他には…。」

礼七「ミス様姫さまきはどうだ?彼女には、どこか人間を見下している節があるぞ。」

玄「お姫はただ高飛車なだけだと思うぞ。基本上から目線だが、認めた相手に対しては献身的って噂もある。」

一神「ソースは?」

玄「朱里。」

朱里「呼んだ?」

玄「気のせいだ!」

礼七「うむ…。やはり何の情報も無しに、人ならざるものを探すのは難しいのではないか?」

一神「だろうね。それに正体を暴いたところで、僕達みたいに友好的に元の鞘に納まるとも考えにくいしね。」

玄「触らぬ神に祟りなし、か。」

般若「読経玄!!!」

玄「はゃいっ!?」

一神「!!」

礼七「!?」

般若「反省文の提出は、昼休みまでに、だからな!遅れるなよ!」

玄「はっはは、はいっっす!!かかっかかかっ、必ず昼に!!」

般若「待っているぞ。」

玄「…。」

一神「…。」

礼七「…。」

玄「…反省文書くわ。」

一神「頑張って。」

礼七「うむ…。」



般若「人ならざるもの…ふふふ。まだまだ甘いな、小童共が。」

明日香「うぉ!?般若曼荼羅が笑ってるぅ!?こりゃあ放課後は矢の雨が降るぞーーーーーーーー!!!祟りじゃ…祟りなのじゃぁ…。」

般若「こぉらぁーーーーーーーーー!!!!穴蓋明日香ぁぁぁーーーーーーー!!!先生に対して変なあだ名をつけて呼ぶなと言っているだろおおおおおおおがあああああああああああああーーーーーーーーー!!!」

明日香「うひゃぴーーーーん!!!!しゅびばしぇーーーーーーん!!!」


植刃高校は、今日も平和です。


                                     終

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ロクなやつがいない 夕涼みに麦茶 @gomakonbu32hon

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