さきちゃんかわいいよね

大澤めぐみ

さきちゃんとプールに行った話とか

 さきちゃんがケーくんとデートするっていうのに謎にわたしも誘われて、なんか謎だなとは思ったけどそうは言ってもわたしもさきちゃんとは遊びたいしケーくんのことも別に人間として嫌いってわけでもないからまあいいか行く行く~って思って放課後にひょこひょことついて行ったらケーくんのほうでも友達をひとり連れてきていて「こいつキミヤね」とかって紹介されちゃって、わたしは「はは~ん、そういうこと」って一瞬で察するわけ。

 さきちゃんは教室でわたしのすぐ前の席に座ってるショートカットでちょっとボーイッシュな趣味してるかわいい子。けっこう背ぇ高くてわりとかっこいい系のかわいい系で、背が高いぶん目の前に座られると黒板が見にくくてちょっと邪魔。まあそんなに真面目に授業を受けてるわけでもないから別にいいんだけど。ケーくんはそのさきちゃんの彼氏で他校の一個上なんだけど、もう何回か会ってるし結構気さくだし顔もそこそこ綺麗だし偏差値も高いしたぶん家もお金持ちだし、まあなんやかんやビジュアルてきにはさきちゃんともバランス取れてて並んでてもそんなに悪くはないと思うんだけど。現実的なラインというか妥協点というか社会的な折り合いというか政治的な正しさというか、なんかそういう系の。だからこのカップルのことは総合得点ではそんなに嫌いじゃないっていうか、さきちゃんのことは好きだし、悪くはないんだけれども、なにしろふたりしてもう今が幸せの絶頂! っていうか、この幸せを他のみんなにも分けてあげたい! みたいな一種の躁状態てきアレで、あるいは敬虔なるカップル教徒として当然の務めである布教活動みたいなノリで、ことあるごとにフリーのわたしにも彼氏を作ろう作ろうとしてくるってわけで、そこンところはちょっと面倒くさい気がしないでもない昨今。みなさま、いかがお過ごしでしょうか? わたしは元気です。たぶん。

 まあそんなわけで、あーどうもどうもなんて軽いノリで簡単に挨拶をして、軽~い気安いお年頃なのでそこは女子高生らしいライトなノリで済ませて、キミヤくん(?)も微笑みというか薄ら笑いというか、まあなんとも微妙な困惑のにじみ出た表情をしているんだけれども、そこらへんもまあ察するわよね。はいはいご愁傷さま。じゃあどうするなにする~みたいな感じで当然の帰結としてカラオケに行くんだけど。まあカラオケじゃん? そこは。そうでもないの? まあいいや、わたしたちの場合はカラオケなのそこは。んで、さきちゃんが歌うのに合わせてタンバリン振ったりなんかして、イエイイエーイ! って。うん、けっこう楽しいもんだよ。なんかね、わりと気になるところだけを都合良く無視できちゃう体質なわけ。いまどきの現代っ子だからね、そんなもん。で、ケーくんが歌ってる間、次の曲選ぶのにリモコンピコピコしてたらなんか気が付いたらさきちゃんもケーくんも居ないしわたしの入れた曲始まっちゃうし、うわ、なにこれ。

 他校の知らない男の子(距離感超微妙)(メイビー年上)とふたりっきりでSKILLをフルコーラス熱唱し切って、熱唱し切ってやって、まあ別にひとりきりでも熱唱し切れるポテンシャル持ってますからね、わたし←エッヘン。すぐそばに等身大の置物みたいなのが置いてあったとしても、そういうのもそんなに大して気にならないわけ。気にならないことはないけど都合よく無視できちゃうみたいなね。体質体質。

 とはいえ、キミヤくん(合ってる?)はあんまりノリの良いタイプじゃないみたいでわたしが熱唱し切っても次の曲入れてないし、わたしもさすがにこの状況でさらにGONG入れる気合いまではないからテーブルに乗せていた片足と振り上げていた拳を下ろしてちょこんと椅子に座りなおす。まじまじとキミヤくんの顔を見る。うん、まあそんなに悪くない。総合的なスペックとしてはケーくんの9掛けぐらいの感じ。ちょっと引いてるみたいな薄ら笑いの薄皮一枚下に鋼鉄の絶対的な拒絶の層がある感じが好ましいというか共感できるというか。要するに、お互いさまってわけ。

「えっと、キミヤくんだっけ?」と、わたしは氷で薄まって気の抜けたジンジャーエールをストローで吸って首を傾げる。

「え、ああ。うん」腕も足も組んで壁にもたれかかっていたキミヤくんはわたしに喋りかけられて、ちょっと驚いたみたいにピョコンと壁から背中を浮かせて腕組みも解く。いちおーあんまり斜に構えていてもわたしに対して失礼とかそういう概念はあるっぽくて、まあ悪くない。社会性はないよりはあったほうがいいもんね。

「君も彼女いないわけ?」って、わたしは完全にタメ口をきいてから、あれ? いちおー年上なんだっけ? まあいいかーみたいな感じで。なにしろ女子高生ですからね。こんなもんですよ。

「え、ああ。うん」と、キミヤくんはまったく同じセリフをリピート再生する。ひょっとして中身入ってないのかな? とかちょっと思う。

「彼女ほしいの?」テーブルに顎肘をついて試しに訊いてみる。半目になって、ちょっと挑戦的な調子だったかもしれない。

キミヤ君は「いや、別に」と、すげない返事。

「そうだよねー」って、わたしは大きく溜め息をつく。

 まあそうだろうとは思うよね。言って難だけど、わたしわりとかわいい方ですからね。彼女ほしい人だったらこの状況でその失礼にならないように気遣いながらも圧倒的な鋼鉄の拒絶感とか出しませんわ。もうね、興味ないのがアリアリというか、本当のところはちょっと迷惑がっているのが丸分かりというか帰りたいオーラ全開というか。困るよね、こういうの。

「なんかねー、あの人たち今じぶんたちが彼氏彼女できて幸せの絶頂だから、じぶんたちの友達にもその幸せを味わってもらいたいみたいな気分になってるわけなのよね、たぶん。彼氏彼女が出来ることは高校生活における最良の出来事で、良いことは友達にも分け与えるべきだと考えているの。根が善人なのよ。悪気はないんだろうけどさ」

 そんな感じでわたしが声のトーンもヨソイキのかわいいヴォイスから半オクターブ落としてぶっちゃけると、キミヤくんのほうも苦笑いで、「せめて事前にそういうことだって教えておいてもらえるとここまで困惑しなくて済むんだけどね」とか言ってて。

「なんかね、そういう合コンてきなのとかフィーリングカップルてきなのは嫌なのよ、たぶん。飽くまで自然な流れで当然のなりゆきでカップルが成立したのであって誰かの画策じゃあないですよっていう、そういう建前がほしいわけ。今日はたまたまさきちゃんがわたしと連れてきていて、そしたらケーくんのほうもたまたま友達をひとり連れてきていて、それでふとしたきっかけで恋心が芽生える、みたいな段取りじゃないと。お見合いはね、ダメなの。それは本当の愛じゃないみたいな」

「複雑なんだね」

「面倒くさいよね。別にいいんだけど、さきちゃんのことは好きだし。さきちゃんと遊びたいし。だから遊びに誘ってくれるのは嬉しいんだけど、こういう不測の事態がちょいちょい起こるのはね。わたしはわりと図太いほうだから別に気にならないけど、この調子でどんどん違う男の人を連れてこられてもその人たちに申し訳ないし」

「いちおーケーにも訊かれたんだけどさ、彼女ほしくないのか? って。ほしくないわけじゃない、みたいな返事をしたのが悪かったのかも」

「ほしくないわけじゃないの?」

「まあ、ほしくないわけじゃないけど、でも面倒かなって」

 そう言うキミヤくんにわたしは座ったままスッとお尻を浮かせて平行移動してにじり寄って「じゃ、わたしたちで付き合おうか」と提案する。「へっ!?」とキミヤくんは初めてテンション高めの大きな声を出す。なんだよ、大きい声も出せるんじゃん。歌えよお前も。

「だってさきちゃんと遊ぶにしても、やっぱカップルの子とツルむならカップルじゃないと一緒に遊びにくいし。それにスペック充分なのに浮いた話がなにもないと変に勘繰られたりとかして、そういうのも面倒くさいじゃん」

「いや、だってとかやっぱって言われても」

「わたしは君に面倒をかけない。メールをしないし電話もしないし君について思い悩んだりもしない。君には一切負担がかからない。オーケイ?」

 彼氏を作るとメールしたり電話したりあれこれ思い悩んだりしないといけないっぽくて、そういうのが面倒くさいっぽいからどうかなーって感じなんだけど、メールも電話もしなくてよくて思い悩む必要もないっていうなら、別に彼氏ぐらい居たって問題じゃない。

「それで、わたしはこれ以上知らない男の人を連れてこられて申し訳ない気持ちになることもなくなるし、君もケーくんに彼女ほしくないのか? とか訊かれたりしなくて済むようになる。わたしはさきちゃんが好きだからさきちゃんと遊びたいし、君もどうせケーくんと遊ぶんだったら別にわたしとさきちゃんがセットでついてきたっていいでしょ? わたしたちわりと華もあるほうだし。どう? パーフェクトなプランだと思うんだけど」

「ああ……ああ、そういうこと。つまり、偽装カップルをやるってこと?」

「そうね、ありていに言えばそういうことかも」

 なんて話をしていたところで長らく中座していらしたさきちゃんケーくんがまとめて帰っていらして、さきちゃんが「あれ~? なんかちょっとふたり距離が近くない?」とかってわざとらしいビビッドイエローな声をあげたりしてて。わたしは「もう~、そういうのじゃないってば!」なんて言いながら慌てたようにキミヤくんから離れて「さっきの話、考えておいてね」とキミヤくんにウインクしたりする。さきちゃんは「え~? なんの話なんの話~?」とはしゃいでわたしのことをくすぐってきたりするからわたしはソファーにひっくり返って「なんでもな~い!」って返事する。「言え~! こら、言いなさい!」って、さきちゃんがのしかかってきて執拗にくすぐってきて、「ぎゃ~! 助けて!」って、キミヤくんのほうをチラっと見たら、まあ彼も彼で複雑そうな表情ではあるけれども笑ってはいるし楽しんでくれてそうな感じもあって、うん、悪くないぞ。う~ん、これは悪くない。全然、悪くない。そんでまあ一通りカラオケをやって、キミヤくんもあんまりノリノリでもないけどそれなりには歌って、歌もね、そんなに下手じゃなかったよ。うん、悪くないと思う。

「じゃあ、わたしたちはこれで帰るから」って、仲睦まじくJRの駅のほうに向かわれるさきちゃんとケイくんに大きく手を振って見送って、わたしはキミヤくんに改めて確認をする。

「さっきの話だけど」

「うん」

「別にいいよね? わたしたち今日からカップルってことで」

「そうだね。僕もケーと動くことが一番多いし、毎度毎度違う女の子を連れてこられて気まずい思いをするよりかはいいかも」

「じゃ、約束ね。必要な時だけカップルやるってことで。それじゃケータイの番号教えて」

 って感じで、ついでにLINEも友達になっておく。LINEのアイコンにするためのツーショットをその場で撮る。ピースサインをほっぺたにくっつけて、色々と清く正しい女子高生てきな作法があるのよこういうのは。うん、わりと見栄えてきには悪くないかもね。少なくとも恥ずかしくはない。すぐにアイコンに設定するのも怪しいから、これはしばらく温存しておく。「んじゃ、また連絡するからその時はよろしくね~」って感じでさっぱりとお別れをして地下鉄で帰る。翌日、教室でさきちゃんに「昨日はあれからどうだったのよ~?」なんて質問攻めを食らって「ん~? どうでしょうね~?」なんて適当な返事をしたりする。数日ぐらいはぐらかしてから実は付き合ってますってカミングアウトしてLINEのアイコンもツーショットに変えちゃう。これだけラブラブムードなアイコンなら、まあ滅多なことには変な男から執拗なメッセ攻撃を受けたりもしないでしょって感じで、そのへんで一安心な感じもある。

 さきちゃんにカミングアウトしてからはやっぱさきちゃんにしてもカップル同士のほうが遊びやすいみたいでダブルデートが基本になって、わたしとさきちゃんとケーくんとキミヤくんでカラオケに行ったりマクドでお喋りしたりジョナサンのドリンクバーで4時間粘ったりするようになる。彼氏にしてみるとキミヤくんはなかなか優秀で、全然邪魔じゃない。本当に彼氏という存在から面倒くさい部分だけを抜いたみたいな感じで最高だと思う。メールもしなくていいし電話もしなくていいし、いちいち思い悩まなくてもいい。そのうえ見栄えも悪くないし偏差値も高いし、おかげでさきちゃんとたくさん遊べるし。四人で歩くときはだいたいさきちゃんとケーくんが手を繋いだり腕を組んだりしながらふたり並んで前を歩いていて、それを見ながらその後ろをわたしとキミヤくんが並んで歩く感じで、さきちゃんとケーくんが腕を組んで歩いているのはわりと身長てきなバランスもよくて颯爽としていて、なんかいいなーって複雑な心境で、わたしもなんとなくキミヤくんの腕を取ってみたりする。こっちは派手に身長差があるせいであんまり颯爽とした感じにはならない。なんか電車に乗ってるみたいな感じ。

「仲いいよね、あのふたり」ってキミヤくんが呟いて、「まあね、さきちゃんわりとのめり込むタイプっていうか、ちょっと色々と見えなくなっちゃうタイプだから、わりと公然とベタベタしちゃうのよね」って、まあ一見かっこいい風なのにちゃんと女の子なそういうところも含めてかわいいんだけど。

 夏休みにプール行ったりもしてね。日焼けするの嫌だから屋内がいいってさきちゃんがゴネたんだけど、室内プールなんかそりゃ狭いもんだから行ってみたらもう完全に黒山の人だかりの芋洗い状態で泳ぐどころか水に浸かってる以外なにもできないみたいな感じでさ。さきちゃん自分で室内がいいって言ったくせにブーブー文句言っちゃって、もう勝手なんだから。浮き輪一個しか持ってこなかったから、さきちゃんが浮き輪に入ってわたしはそこにつかまって、ふたりで浮かんで流れるプールを流されているしかできなくて。やっぱ単に浮き輪につかまっているだけだとバランスてきに横転しちゃうから、仕方なくさきちゃんの身体に脚を巻き付けてしがみついてね。うん、仕方なく。これひょっとして流れるプールなんじゃなくて人の動きで水流が発生しちゃっているだけなのでは? みたいな疑惑がなくもない。男衆ふたりはどうしてもウォータースライダーが諦めきれないみたいでもう一時間ぐらい長蛇の列に並んでいて、その間にわたしはさきちゃんにしがみついたままプカプカともう10周くらい流されていて。わりと飽きない。邪魔なものとか余計なものは都合よく無視できちゃう体質だから、さきちゃんにしがみついてぷかぷか流されているとなんか人ごみとか喧騒とか色々とどうでもよくなってくる。とても良い。

 フードコートでおいしくないカリカリのからあげ食べながら「楽しかった?」って訊いてみたら、さきちゃんもケーくんもキミヤくんもちょっとぐったりしちゃってて、「まあ、楽しくないことはなかったよ。僕たちはウォータースライダーもやったし」とかって、キミヤくんはフォローを入れててやっぱわりといいヤツなんだと思うけど、まあ今回はちょっとプラン失敗だったかもね? ごめんなさいね、なんかわたしだけそれなりに楽しんじゃってる感じで。大浴場もついてるところだったから「じゃあ、お風呂入って帰ろうか」って、当然ここからは男女別行動ですのわよ。

「キミヤくんはいいよね~、なんかサッパリしてるし」

 もじゃもじゃと頭を洗いながらさきちゃんにそんなことを言われて、わたしは「そう?」と、適当な返事をする。

「うん、なんか一見そっけないっぽいんだけど、ものすごくサラッとやっちゃってるからそう見えるだけですごい気遣いしてるよね」

「あ~、言われてみればそんなところあるかも」

「ケーはね、なんかそういうのなくてすっごく俺俺だから、横で見てるといいな~って思っちゃう」

 ふーんそんなもんかーとか思う。

「それでどうなの? キミヤくんとはなにか進展とかしてるの?」

「う~ん、どうでしょうね~? まあぼちぼちじゃないですかね?」

 なんて、適当にはぐらかしたりしてお風呂あがってサッパリして、今度はまたプールから帰る人のラッシュで駅までの道はたくさんの人、人、人で、また前衛ふたり後衛ふたりの攻守のバランスに優れた陣形でその人並みをてくてく歩いていたら、わたしが誰かとぶつかりそうになるたびにキミヤくんがサッとわたしを引き寄せてくれてたりする。風が吹いたみたいにさり気なくて、基本的にちょっとボーッと考え事とかしながら前を行くさきちゃんとケーくんをぼんやり眺めていたわたしは言われるまで気付いてなかったけど、そういえばこれまでも四人で商店街とか歩いている時そんな風だったかなって思い出す。へー意外とちゃんと彼氏やってくれてるじゃんって感じでなるほど、わりとポイント高いのかも。サッとキミヤくんに引き寄せられるとキミヤくんからお風呂あがりの石鹸の良い香りがする。嘘、大浴場に備え付けのボディソープの香りだからそんなに良くもない。臭いわけじゃないけど、なんかトイレの芳香剤に近い方向性。あんまりときめかない。

「なんだかんだ言ってさ」

 ふと、キミヤくんがそう呟いて、わたしはうん? とちょっと見上げる。身長差てきにキミヤくんの顔を見ようとするとそういう角度になる。

「わりといいコンビだと思わない? 僕たち」

「まあそうね。今のところ不快なことはないし、わりといいと思うよ」

 そうね、横に居ても全然気にはならない。わたしは顔を前に向けて、前を歩くさきちゃんの後ろ姿を眺める。こんなうじゃうじゃの人ごみの中じゃなかったらいいのになってちょっと思う。ちょっと思ったからエイッっ! て脳内で周囲の余計なものを全部都合よく消してふたりきりになってみる。うん、この親密なようでいてそうでもないような微妙な距離感が、全然悪くない。良い。

 そんな感じで夏休みも暇が合えばだいたい四人で遊んでて、まあ別に今はこの微妙で中途半端な感じでもいいかわりと満足だしって思ってたんだけど、また別の日曜日の昼間に駅前で四人で待ち合わせしたらさきちゃんとケーくんが来ないことがあって、さきちゃんに電話とかメールとかしてみるんだけど反応がないし、なんか変。キミヤくんも「ケーおっそいなあ」なんて言いながらポケットからケータイ出して、そしたら「あ、なんかケーからメール入ってた。来れないって」と、淡白な声を出す。

「え? 来れないってどういうこと?」

「うん? なんか用事があるみたいだけど」

「さきちゃんは?」

「いや、分からない」

「そっか」

 わたしももう一回さきちゃんに電話してみるけど、やっぱり出ない。っていうか電波の届かないところにおられるか電源が入っていない。いまどき電波の届かないところってどこにおられるのよ。アラスカか?

 さきちゃんもケーくんも来なくてキミヤくんとふたりっきりで、わたしはそわそわしてしまう。いや、これはなにかマズイんじゃないのかな。キミヤくんを見たら別になんてことないって感じの平常運転てきないつも通りのテンション低めの顔で声で、全然いつも通りだからなんかイライラしちゃう。なんでそんな平気そうなのよ。ケーくん来ないしさきちゃんとも連絡つかないし、ふたりっきりっておかしいでしょ。

「どうしようか。どっか行く?」

「え? なんで?」

 わたしは素でびっくりして聞き返してしまう。

「どっかってなに? どこ行くの?」

「いや、別に。どこって分からないけど。どっか遊びに」

「だからなんで? ケーくん来ないしさきちゃんとも連絡つかないのになんでわたしと君がふたりでどっか遊びに行くとかそういう結論になるわけ? おかしいでしょ?」

「おかしい……かなぁ? 別に他にやることもないし?」

 キミヤくんはバツの悪そうな感じで後ろ頭を掻くんだけど、話が一切通じてないっぽくてなんだこいつはサイコパスかなにかかって思っちゃう。

「あのね、さきちゃんが待ち合わせの約束してるのに来ないなんてのは……まあ何も言わずに遅れて来るのなんかは日常茶飯事だけど、それにしたって連絡もつかないなんてのは普通はまずないし、普通はまずないことが起こってるんだから何かあったんじゃないかって心配とかするのが普通じゃない? なんで来ないからふたりで遊びに行こうとかそういう話になるのよ? 君、他の人のことを心配する人間の心とかそういうのないわけ? 友達と連絡つかなくて原因も分からないのにそれを放っておいて遊びに行くとか普通に考えてありえないでしょ?」

「あ、ああ……そういうことか。あ~、うん。普通に考えたらそうかもね」

 わたしがすごい剣幕で捲し立てるとキミヤくんは目を逸らしながらなんかもにょもにょ言ってるから、わたしは直感で「あのさ、君なにか知ってるんでしょ。隠してないで教えなさいよ」と詰め寄ってみる。

「いや、実は今日はケーとさきちゃんは最初から来ないんだ」

 と、キミヤくんは観念したように話し始める。

「は? なに最初から来ないって」

「ケーとさきちゃんが気を遣ってくれた……てことかな? 僕たちがふたりきりでデートできるように。ケーに訊かれて言っちゃったんだよね。四人でしかデートしたことないって」

「え?」

「そしたら、それはいけない今まで気が付かなくて済まなかったみたいな感じで、俺たちは行かないからふたりでデートしてきなさいって、そういう話になったの」

「なんでそれをわたしに黙ってるわけ? うわー、今日完全に無駄足じゃん」

 わたしはそう言ってペチンと自分の頭を叩く。うわー、こんなことなら家で課題でもやってたほうがまだマシだった。

「無駄足……かな」

「だって、そんなの別に本当にわたしたちが会う必要ないじゃん。後で適当にふたりでデートしてきたよって報告して、また四人で遊ぼうねって言えばそれで済む話でしょ? なに馬鹿正直にひょこひょこ出てきてるわけ?」

「それは……僕も君とふたりきりでデートがしたかったから、かな」

「え、なにそれ? キッモ」

 わたしはびっくらこいて飛び退いてしまう。うわ、気持ち悪い。無害で静かで気にならない鋼鉄の拒絶層でコーティングされた等身大の置物みたいなところが気に入ってたのに、なにその、気持ち悪い。

「あのさ、最初に約束したよね? 必要なときだけカップルをやるって。なんで必要もないのにわたしが君とふたりでデートをしないといけないの? 必要もないのにカップルをやりたいの? 約束破るの? 嘘ついたの? 嘘つきなの?」

「いや、嘘をついたとかじゃなくて、約束したときは本当にそれでいいって思ってたんだけど、でもずっと一緒にいたら本当に好きになったとしてもおかしくはないでしょ?」

「いや、おかしいでしょ。だって約束したじゃん? 約束したときはそうしようって思ってたけどやっぱり気が変わったから約束守りませんってそんなのが通用するなら約束の意味まったくないじゃん? 約束っていうのは約束した後で事情が変わったり気が変わったりしても約束したことを履行するために最大限善処するっていう、それが約束でしょ? 気が変わったからって守らないならそれただの嘘つきじゃん。今後、君のする約束には一切なんの意味もないことになっちゃうよ? 今、この時点ではそういう気分ですっていうだけの話で気が変わったら平気で守らないんだから。そういうことしてると君、人としての信頼をどんどん失っていくことになるよ?」

 わたしが激詰めするとキミヤくんはなんか憔悴しきったような、まるで被害者であるかのような悲愴な顔をして「でも、君だって面倒だと思っているだけで別に他に好きな人が居るとかじゃないんでしょ?」とか言ってて、は? ってなる。は? ってなったから「は?」って言う。

「は~~~~???? 一番最初に言ったよね? わたしはさきちゃんが好きなの。さきちゃんが好きだからさきちゃんと遊びたいけどさきちゃんと遊ぼうとするとケーくんもついてくるしおまけにちょいちょい違う男の子まで紹介されて面倒くさいから、それを避けるために君とカップルをやるって最初の最初に説明したじゃん」

「え? さきちゃんって……え?」

「だ~か~ら~! わたしはさきちゃんが好きなの!」

「さきちゃんが好きって……つまり、そういうこと?」

「そういうこと以外にどういうことがあるっていうのよ。さきちゃんが好きっていうのはさきちゃんが好きっていう意味に決まってるでしょ。わたしはさきちゃんと付き合いたいしさきちゃんと手を繋ぎたいしさきちゃんとキスしたいしさきちゃんとセックスをしたいの。ここまで言わないと分からな……(ry

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さきちゃんかわいいよね 大澤めぐみ @kinky12x08

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