第一章『あぁ、ご主人様』

第一話「このご主人様にお恵みを!」

 シャルナの耳に最初に聞こえて来たのは、街の賑わいだった。次いで、草木のせせらぎや水の流れる音が聞こえる。


 目を開くと、馬車や街の人々が行き交い。中には冒険者も何人かいた。


 南 清一郎とシャルナは、駆け出し冒険者の街アクセルに降り立っていた。


「では、まず何をしましょうか? ご主人様」


 シャルナが横を向くと、清一郎は地面にへたり込むように座っていた。


「どうかしましたか!?」


 シャルナは正面に行き、しゃがんで清一郎の様子を見る。その顔は、ぼーっとどこかを見て口からは涎を垂らしていた。


「気分が悪いのですか? ご主人様?」


「はらへりょろいにろおぉ~!」


「へっ?」


 清一郎はたまに奇声を上げながら頭を掻き毟ったり、地面を掘ったりと奇行を繰り返していた。


「ご、ご主人様?」


 シャルナは心配そうに清一郎の肩に手を伸ばす。


 精霊は、元々は決まった形が無く、出会った人達の無意識に思い描く思念を受け、その姿へと実体化するものである。


 ただし、今回は清一郎のイメージを思念として実体化させ固定化している。さらには、主人である清一郎の設定により、清一郎が許可しない限り、シャルナは普通の人には見ることも声を聞くことも姿を認識することさえ出来ない。


 主人である清一郎はシャルナが肩を揺らしながら声を掛けてもボーっとしてたり、時々奇声をあげたりと、ほとんど知性が無いように見える。


 そんな奇行は周囲の注目を集めていた。中には子供の目を隠して去る人などがいた。


「はわわ、どうしましょう! ご主人様がおかしく……まだ、来たばかりですし。いったい何が起きたのでしょう?」


 シャルナは顎に手を当てて思考を巡らせ始める。


(こちらの世界に召喚されるまでは普通でした。じゃあ、転送の間にあったこと……あっ)


 そこで、シャルナは最後の方にアクアが言っていた事を思い出す。


 ――異世界に行く際にあなたの脳に負荷をかけて、向こうの言語や文字を読めるようにするの。だけど、副作用として、運が悪いと頭がくるくるパーになるかも。くるくるパーになるかもー。パーになるかも~。


「そ、そんな。嘘ですよね?」


 シャルナは清一郎の肩を持ち揺らしながら訴えかける。


「ふるほふる、へりへらふろろぉ」


「ご、ご主人様。私です、あなたのシャルナですよ?」


「はわぐるふぇ」


 シャルナは必死に呼びかけるが、言葉には反応しない。服が汚れるのも気にせずにごろごろ地面を転がったと思ったら、すぐ止まり涎を垂らしながらどこかをぼーっと眺めている。


「あぁ」


 シャルナは天を仰ぎ、涙を流す。


「ご主人様の頭がパーになっちゃたああああああああぁぁぁ!」


 街の道端で、顔を両手で覆い泣き喚くシャルナの姿がそこにあった。



――――――――――――――――――――――――



「すぅ、はぁ~」


(お、落ち着こう。ご主人様がこの世界で生き延びるには、私がしっかりしないと!)


 シャルナは深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。


(ええと、まずは……食料と寝床の確保かな? でも、それを手に入れるにはまずはお金だよねって!?)


 シャルナが思考に耽ってると、突然清一郎は突然立ち上がり、走り始める。


「ちょ! ちょちょ!? ご主人さま! ど、どこいくんですか!?」


 シャルナは走ってどこかに行こうとする清一郎を、背後から羽交い絞めして止める。


 周りから見ると清一郎はその場で足踏みしてるだけに見えている。そんな清一郎を怪しげな目で眺めていた。中には哀れみを含んだものもある。


「ちょっと、落ち着いてください! ご主人様。今考えてますから、少し座って待っててください!」


「えるぉ!?」


 シャルナは清一郎を膝かっくんして、強制的に座らせる。そして、肩を抑えて立てないようにした。


「ご主人様。正座はつらいと思いますけど、少し考えさせてくださいね」


(さて、どうやってお金を手に入れましょうか? アルバイトするのは無理ですし、やっぱり冒険者かな?)


(魔法は使えるし、私が倒したモンスターもご主人様に換算されるからいけるはず!)


 シャルナは清一郎を立たせた。


「よしっ、ご主人様。冒険者ギルドに向かいましょう!」


(って、どこにあるんだろう? 大体の街の位置とかは把握できるけど、街中までは記憶にないですし・・・・・・。聞いてみましょうか、えーと話せないから、文字で会話するしかないかな)


 シャルナは周囲を見渡し、目的の物を発見した為それの近くまで清一郎を誘導した。


「はい、ご主人様。これを持って下さいね」


「えうえう」


 シャルナは清一郎に木の器を持たせた。


「『クリエイト・ウォーター』そして、『フリーズ』で。後は、『ティンダー』で・・・・・・」


 シャルナは木の器に張った水を凍らせて、それを火で溶かして"冒険者ギルドはどこですか?"と言う文字を書いた。


「よし。しっかり持ってて下さいね」


「えるぅお?」


 シャルナは清一郎を後ろから抱くようにして落とさないようにしっかりと両腕を支える。


(後は待つしかないかな)


 それから二人は道の端に立ってしばらくまった。目の前を様々な人々が行き交う。エルフ耳や獣耳、馬車も何台か通ってる。道端に立っている清一郎に視線を向けるが、相変わらず涎を垂らしてたまに奇声を発してるため、なかなか話しかけられない。


(うーん、なかなか話しかけてくれませんね。ご主人様が黙っていただけたらいいのですが・・・・・・)


「あ、ご主人様あーって口開けてください。はい『クリエイト・ウォーター』」


「がぼぼぶべぇえ!!」


 シャルナは清一郎の乾いた喉に水を注ぐ。両手が塞がっていた為仕方が無い処置だ。そして、水を飲み込んだあたりで話しかけられた。


「あら、冒険者ギルドの場所をお探し? 最近はそういう子が多いわねぇ。ギルドならこの道をまっすぐ行って右よ」


「ありがとうございますっ」


 文字は直ぐ書き替えれないので自分と清一郎の頭を持って会釈をした。



――――――――――――――――――――――――



「ここが冒険者ギルドなんですね。実際に見るのは初めてです」


「れれるろぅ」


 二人は周りより一回り大きな建物、冒険者ギルドの前に立っていた。扉の前からでも喧騒が聞こえる。


 そして、二人はゆっくりと中に入った。


「い、いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞ!」


 短髪赤髪のウェイトレスのお姉さんは、清一郎の完全にだらけきった顔を見て若干引きながらも、定型文を言った。


 新参者ってだけではなく、清一郎の奇怪な行動も合い間って色々な者の視線が向けられる。


「はい、ご主人様。カウンターにいきますよ~」


「あう」


 シャルナは4つの受付の内、空いている男性の所に進んで行く。


「はい、今日はどうされましたか?」


 シャルナは清一郎の手を上げて、すでに冒険者になりたいと字を書いた木の器を見せる。

 

「・・・・・・そうですか、では登録手数料が掛かりますが、大丈夫ですか?」


(登録手数料? お金なんて持ってませんよ?)


 シャルナは両手を地面に付き、項垂れる。抑えていた手がなくなったため。器は落ち木の甲高い音が鳴る。


 その後シャルナはフラフラと揺れながら清一郎を連れて受付を離れた。そして、適当な席に座り突っ伏した。 


「詰んでしまった。終わってしまいました」


(討伐クエストとか受けれないと今晩の宿もままならないし、食事にだってありつけない)


「いや、だめよ私! ご主人様のためにもがんばらないと!」


 シャルナは座る前に回収した木の器に再び水を張り凍らせ文字を書く。内容は”どうかお恵みをください”だ。


「さぁ、ご主人様これを持ってください」


「うぇうぇへ」


 そうやって木の器を持ち上げようとしたところで声が掛けられる。


「ねぇ、あなた」


「はい?」


 シャルナが振り向くとそこには短髪黒髪の冒険者っぽい軽装の少女がいた。見た目は十六歳くらいで、胸はBカップぐらいだろう。


「もしかして妖精さんですか?」


 その少女との出会いがとはこのときのシャルナは思ってもいなかったである。

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この素晴らしくパーな勇者に祝福を! 名月院ミア(めいげついんみあ) @mesakan

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