この素晴らしくパーな勇者に祝福を!

名月院ミア(めいげついんみあ)

プロローグ

「南 清一郎さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」


 真っ黒な空間の中、白いポロシャツに紺色の半ズボン姿の青年は唐突にそんな事を告げられた。


(なんだここは)


 空間の中には小さな事務机と椅子があり、そして、その椅子には清一郎に人生の終了を告げた相手が座っている。


 座っている存在、それは女神だ。清一郎が生きていた世界で言う可愛らしさとは全く異なる、人間離れした美貌。


 淡く柔らかな印象を与える透き通った水色の長い髪。年は清一郎より少し下だろう。


 出過ぎず、足りな過ぎずな完璧なからだに、淡い紫色の羽衣と青を基調としたスカート長けが短い服を着ていた。


 その女神は、髪と同色の、透き通った水色の瞳をパチパチさせ、状況把握のため周囲を観察する清一郎をじっと見ていた。


(そうだ、確か俺は……)



 清一郎は部屋の一室で全裸になって、座禅を組んでいた。彼は大規模同人誌即売会で常連の壁サークル”精霊たちの輪舞曲ロンド”でエロ漫画を流布している。


 ペンネームはエレメンタル大佐。巧みな構図と予想できぬ展開で大ヒットしている同人作家である。ちなみに純愛物を描いている。


 そして今、次なる同人誌のアイデアを降臨させるため、精神統一をしていた。


「ふぉおおぉおぉ、来た来た! アイデアが降りてきたぞぉ!!!」


 全く動くことのなかった清一郎は突然立ち上がる。つい先ほどまで象さん状態だった、男の証は高らかに天井を向いている。


 そして、傍らにある精力剤を一気に飲み干した。


「愛してるぜ、シャルナ」


 そう言いながら、清一郎は自分好みにカスタマイズしたお姉さん型のダッチワイフを抱く。


 まずは、やさしく愛撫をしながら降りてきたアイデアを妄想として膨らませる。


 そして、妄想の中でお互い気持ちが高まってきて本番が始まる。


「来て、大佐っ!」


「入れるぞ、シャルナっ!」


 清一郎は一人二役で、裏声なんかも使い行為を進めていく。


 しかし、いつもだったら多くても二、三回したら終わるところが、一向にその気配がない。


 今までに無いほどのアイデアと、今までとは違う強力な精力剤の相乗効果により青年は限界を突破していた。


 行為はどんどんヒートアップしていき、そしてさらに何度目かの絶頂を迎えた瞬間、清一郎は死を迎えた。


 そう、腹上死ふくじょうしである。



 回想を終えた清一郎は納得したように言葉を発す。


「そうか、俺は死んだのか」


 清一郎は下を向き、目元を押さえた。そして、手の影からは涙が零れ落ちる。


「悲しむ必要はありません。普通の死とは言いがたいですが、あなたの様な死に方で来る者もたくさんいますので」


 と女神は言ったが当の本人はそんなことを思っていなかった。


(あの素晴らしいアイデアを作品として世に出せなかったなんて!)

 

 清一郎は色々な未練はあるが、それがもっとも心残りであったのだ。


「……さて。初めまして南 清一郎さん。私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ。今のあなたには二つの選択肢があります」


「一つは人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。そしてもう一つは、天国的なところでお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」


 アクアは右手の指を一つずつ立てながら、そう清一郎に告げた。しかし、彼は下を向いたままだ。


「ですが、天国はあなた達人間が想像している様な素敵なところではありません。死んでいるので、物は産まれず、作ろうとしても材料も何もありません。つまりは、天国には何も無いのです。テレビもなければ漫画やゲームもありません。そこにいるのは、すでに死んだ先人達のみ。もちろん死んでいるので、肉体がなく性欲を満たすこともできません。出来ることは彼らと永遠に、ひなたぼっこでもしながら、世間話をすることぐらいです」


「なん……だと……!」


 そこまで聞いてやっと清一郎は涙を拭い、アクアを見据える。


(天使や神様とキャキャウフフできない天国なんて、行く意味ないじゃないか!)


 そんな清一郎の残念そうな顔を見て、アクアは満面の笑みを浮かべた。


「うんうん、そんな天国には行きたくないでしょう? かといって、記憶を失って赤ちゃんからやり直すと言われても、今までの記憶が消える以上、それはあなたという存在が消えてしまうようなものよ。そこで! すこし良い話があります」


 清一郎は怪訝そうな顔で先を待つ。


「あなた……。異世界に行ってみない?」


 清一郎はその言葉を理解した瞬間。目の前のアクアを見たまま固まる。


(なん……だと……!?)


 清一郎は未だかつて無いほどの興奮状態に陥り、思考の空回りを続けていた。その間にも、アクアは異世界には魔王がいてとか、魔王軍の侵攻のせいでその世界がピンチであると言っている。


 そして、その世界では、魔法があり、モンスターがいて。清一郎の世界の有名ゲーム、ドリクエやモフモフのようなファンタジー世界があるとの事だ。

 

 魔法があるファンタジー世界と聞いて再起動した清一郎は、真剣な眼差しをアクアに向け言葉を発した。


「一つ聞きたい」


 清一郎はとても神妙な顔で言葉を発する。


「なんでしょう?」


「その世界には、精霊は存在するのか?」


(ぶっちゃけ、魔王とか世界の危機なんてどうでもよい、我が嫁達。精霊がいるかいないかが最重要だ)


「ええ、いますよ」


 その言葉を聞いた瞬間清一郎は立ち上がり、対面にいるアクアに詰め寄る。


「良し、行こう! 今すぐ行こう。その楽園へ! 精霊達が俺を待っている!」


 すでに清一郎には、元の世界への未練など欠片も残っていなかった。


「ま、待ちなさいよ! そのまま行ったらすぐ死んじゃうでしょう? だから何か一つだけ、向こうの世界に好きなものを持っていける権利をあげているの。強力な特殊能力だったり。すごい才能だったり。神器級の武器などね」


「……本当になんでもいいんだな?」


「ええ、あなたの好きなものをなんでも持っていけるわ。ちょっと待ってて、今オススメのリストを――」


「いや、そんなものは必要ない」


 清一郎に取ってこれほど簡単な問いは無かった。求めるものはそれ以外にありえないからだ。


「俺が求める能力は精霊召喚。さぁ、俺の理想の精霊を貰おうか!」


 清一郎はアクアの肩を掴みそう言った。


「理想の精霊?」


「ああ、なにか描くものは無いか? 設定をささっとまとめるから」

 

 元の世界ではありえなかった。理想の嫁が手に入れられる事で清一郎のテンションは最高潮に達した。


「いいえ、そんな物必要ないから強くイメージして頂戴。直接脳から読み取るから」


 そういいながら、アクアは清一郎の頭に手を乗せる。


「さすが、女神と言ったところか……」


 清一郎は目を閉じて精一杯、理想の嫁を妄想する。


(今まで、何十回、何千回も想像しているのだ。間違うはずがない)


「ふむふむ、大体わかったわ。じゃあ、このイメージを私の直属の精霊に入れてこうして――」


 清一郎は目を閉じて、祈りながら待つ。


(さぁ、こい我が嫁っ!)


「……よしっ! こんなもんでどうかしら?」


 清一郎はゆっくりと目を開く。そしてその精霊を見た瞬間。無意識の内に声が漏れた。


「……あぁ」


 もはや、彼の目にはその精霊の存在は横にいるアクアの数倍美しく、可愛く写っていた。


(嫁が、否。天使が、否。女神が降臨なされたっ!)


 清一郎の前にはお姉さんっぽい精霊が優しく微笑んでいた。全体が少し透けている。


「初めまして、ご主人様。今この瞬間から私はあなたの精霊です」


 精霊は神々しい金色の長髪をなびかせ、ゆったりとお辞儀した。


「んっ、あぅはっ」


 清一郎は鼻息荒く、吐息を吐いた。


(ああ完璧だ。俺が想像し、恋した乙女。シャルナが目の前にいるぞっ!)


 感極まった。清一郎の目から一筋の涙が落ちる。


「大丈夫ですか!? ご主人様?」


 精霊は純白に青いラインが入った。フリフリのドレスを揺らしながら近づき、深い水面を思わせる綺麗な瞳で清一郎を心配そうに見る。


 その表情を見た瞬間、清一郎の心臓が高鳴った。


「トゥンク……」


(ふっ、まったく罪な奴だ。俺を二度も恋に落とすなんてな)


「ああ、大丈夫だよ。……ちょっと失礼」


 清一郎は精霊に近づき、やさしく抱きしめる。


「え、あ、その、ご主人様?」


(ああ、この感触。匂い、仕草。最高だっ!)


 清一郎はそのまま口を精霊の耳元に寄せて囁く。


「今この瞬間から、君の名前はシャルナだ。俺の名前は南 清一郎。よろしく頼む」


「はい、こちらこそよろしくお願い致します。ご主人様」


 シャルナは人を安心させる太陽のような笑顔を清一郎に向けた。


(あ~、だめだこれ。準備オッケー、もう我慢できませーんっ!)


 清一郎は、抱きついたまま優しくシャルナを押し倒す。


「きゃっ!」


 シャルナの口から、お上品ながらも可愛らしい悲鳴が上がった。


 そして、清一郎はそんな口に熱烈な初チューをしようとしたところで、頭上から聞こえてくる手を叩く音と、声で止まる。


「はいはい、そういうのは向こうに行ってからやりなさい」


 アクアは面倒そうな顔で清一郎を見下ろしていた。


「はぁ~」


 清一郎は渋々といった感じでゆっくり立ち上がり、シャルナに手を差し伸べ、同じように立ち上がらせる。シャルナはすぐさま崩れた服を調えた。


「なら、さっさっと送ってくれ」


 清一郎は投げやりにアクアに言い。視線は常にシャルナにロックオン状態だ。


「そう、じゃあ最後の確認だけど、異世界に行く際にあなたの脳に負荷をかけて、向こうの言語や文字を読めるようにするの。だけど、副作用として、だけどいい?」


「あー、はいはい。OKOK」


(ああ、シャルナかわぁいい。早く異世界行って、にゃんにゃんしたい)


 アクアの言葉は、シャルナに夢中だった清一郎の耳を素通りしていた。


「それじゃ、その魔方陣の中央から出ない様にしてね」


 清一郎とシャルナの足元に青く光る魔方陣が現れた。魔方陣は徐々に光を増し、青色の柱が形成される。


「さぁ、勇者よ! 願わくば数多の勇者候補の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています。さすれば、神々からの贈り物として、どんな願いでも叶えましょうっ!」


 アクアが定型文を読み上げてる最中にも2人の体は浮き、徐々に昇っていく。少し不安そうな顔のシャルナの手を清一郎は握って安心させる。


「さぁ、旅立ちなさいっ!」


 そして、上昇した先に幾重にも重なった複雑な魔方陣が展開され、2人は吸い込まれた。


(さぁ、念願のシャルナとの新婚生活がはじまるぜっ!)

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