第41話

 私は今、とても地味な格好をしている。

 ゲームでいうと始めたばかりの人でも買えるありふれたコート、その名も『黒のコート』だ。

 ゲームのアイテム名としては0点。

 スーパーの衣料品コーナーで売っている服の方がまだマシな名前がついているよ。


 何の企みがあるのか分からないがデートだなんて言われ、「ちょっとお洒落した方がいいのかな」なんてそわそわしていた時にソレルに言われたのが「汚れてもいい格好にしておけ」だった。


「よ、汚れてもいいだなんて、何をする気っ!?」


 自分の身体を抱きしめてソレルから距離を取ると、物凄く軽蔑の眼差しを向けられた。

 ……おかしくない?

 色っぽいような話ではないことを分かって小芝居をした私も悪いけど、誤解してもおかしくないセリフを言ったのはソレルの方なのに。

「ばっ! 勘違いするな!」とか顔を赤くする照れソレルを披露するくらいのサービスはあって然るべき、私はそう思う。


 そんなやり取りを終え、私とソレルは目がチカチカする場所にやって来た。

 見渡す限り砂、砂、砂。そして砂埃。


「ああ、目が痛い。眩しいっ。風で舞う砂埃も目に入るし、目に優しくないわあ。目が潰れる!」


 ここはソレルが指定したところで、砂漠のダンジョンの手前になる移動ポイントだ。

 ソレルはもう少し先のところに行きたかったようだが、そこは私の『移動』で行けるポイントはなかったので一番高いところに来た。


「目、目ってうるさいな。殺しても死なないような奴の目がどうしてそんなに弱いんだ。これくらいで本当に潰れるなら潰れてしまえ」

「さすがに酷すぎません?」


 ソレルのツンに慣れてしまって何とも思わなくなった私が辛辣だと思うのだから、かなり酷いと思うよ?

 というか、ソレルのまとう空気がちょっとピリピリしているような気がする。


「どうしたの? 何か苛々してる? 更年期?」


 この世界にも某母の薬ってあるのかな。


「…………」


 心配しているのに睨まれた。


「その口の無駄な元気は目に回して黙ってついてこい」

「そんな器用なことはできませんが善処します」


 これ以上苛々されると「帰る」と言い出しそうだ。

 どこに行くのか聞いていないが、私の知らないところであることは確かなので是非行ってみたい。

 この世界の全てを知っているわけではないが、ゲームで主要な街やダンジョンは行っている。

 わくわくするような新たな発見は中々ないので、ソレルおすすめの場所だなんて楽しみだ。


「お口チャック」


 ぎしぎしと砂を踏んで歩き出したソレルの後を黙って追った。


 ……黒のコート、最悪のチョイスだったね。

 暑っ。




「ここだ」


 三十分ほど歩いたところでソレルが足を止めた。


「ここ?」


 ソレルの周囲を見て首を傾げる。

 風景は全く変わっていない。

 相変わらず砂と空だけだ。

 強いて言えばたまに見かけた蟻地獄があるだけ。


「何もないけど?」

「あるだろ。行くぞ」

「え? え? ちょっと、待って……」


 狼狽える私の腕を掴んだソレルの進む先にあるのは……。


「え、嘘でしょ? あれに入るつもり?」

「そうだ」


 私達の直線上にあるのは蟻地獄だ。


「待って、心中とか激しすぎ!」

「黙っていろって言っただろ!」

「ぎゃああああああっ!!」


 砂に体が埋まっていく。

 苦しい!

 助けて、こんなところで死にたくない……!


 ……と思っていたら身体がドンと落ちた。

 でも痛くない。


「……あ?」

「着いたぞ」


 お尻の下には砂の山があった。

 蟻地獄から落ちた砂がたまっているところに落ちたらしい。

 だから痛くなかったのか、よかった。

 でも、こういう落下シーンって、姫抱っこで受け止めたり上に乗りかかってしまってラッキーすけべが起ったり、何かハプニングがつきものなのでは?

 私、シンプルに尻もちをついただけですが。

 ノーハプニングに不満を抱きつつも、周りを見渡してみる。

 ここは洞窟の中のようだ。

 こ、これは……!


「あれだ! RPGの大きな街に向かう途中に出てくるダンジョン! 蟻地獄は一方通行で、進むルートを間違えると面倒臭いやつ!」


 昔懐かしい据置型ゲーム機の古いシリーズにはよくあった。

 同じところに戻って来て進み直すには長い距離を歩かなければいけないし、道を探している間にもエンカウントして苛々するのだ。


「何言っているんだ? もう少し進むぞ」

「あ、うん!」


 砂を払っていたソレルが手を差し伸べてくれた。

 砂山を降りるために手は引いてくれるらしい。


「ここは魔物が出るから気をつけろ」

「エンカウントが鬱陶しいのも仕様!」

「何の話だ?」

「勝手に楽しんでるから気にしないで」


 砂山を降りると手を放したソレルは何かを差し出してきた。

 反射的にそれを受け取る。

 何だこれ?


「つけておけ」

「仮面?」


 それは木で出来た仮面だった。

 目のところだけくり抜いたような、全く可愛げのない仮面だ。

 私の美的センスが拒否反応を示した。


「あ、おい! 捨てるな」

「だって可愛くないんだもん」

「だからって渡されたものを捨てるか?」

「ソレルだっていらないものを渡されたら捨てるでしょう?」

「……まあ、そうだが」


 やっぱり。

 私の頭の中では顔色一つ変えず、ぽいっと捨てているソレルの姿が浮かんだ。

 そういえば私が渡した服を捨てたことがあった気がする。


「それをつけていないとこの先には入ることが出来ないんだ。暫く我慢してくれ」

「ええ、嫌だなあ……って、自分は何ちゃっかりお洒落なのつけているの!?」


 ソレルもいつの間にか同じ木の仮面をつけていたが、それには何種類か模様が彫り込まれていて綺麗な仕上がりになっていた。


「それと交換して!」

「あ、おい!」


 許可を貰う前に強奪し、何の面白みもない仮面の方はソレルに押し付けた。


「うん。これならまだよし!」

「ちっ……。後で文句言うなよ!」

「うん? はーい」


 望んで交換したのだから文句なんて言わない。

 後から飽きると思っているのだろうか。

 とにかく、ダサい素仮面を回避出来たので嬉しい。

 歩き始めたソレルの後を軽くスキップしながら追いかけた。


 洞窟の中は広く、天井も高い。

 この上は太陽が燦々と輝いていた砂漠のはずだが、ひんやりとしていて過ごしやすく、かなり快適だ。

 ……魔物はちょくちょく出るけれど。

 でも弱いし、ちょっと威圧したら逃げていくから気にならない。


「お前がいると快適だな」

「人を虫よけみたいに扱わないで。そんなことより、ねえ。ここに何があるの?」

「集落だ」

「集落?」


 こんなところに人が住んでいるの?

 ここは過ごしやすくはあるが、砂漠の中で近くに街はない。

 作物を作る環境にも適していないだろうし、水や食料は確保出来るのだろうか。


「入口だ」


 色々考えていると到着したようだ。

 ソレルの視線の先を見ると、きゅっと細くなった洞窟の前に人が一人立っていた。

 私たちがつけているのと同じような仮面をつけていて顔は分からないが、体格や雰囲気から察するに中年の男だ。

 男はソレルを見ると驚き、大声を上げた。


「お前! 出て行ったと思ったら、嫁連れて帰ってきたのか!」

「よ、嫁ぇ!?」


 ソレルの連れは私しかいないので、嫁と言われているのは当然私のことだ。

 今度が私が大声を出してしまった。


「あん? 違うのか? それ、お前が使っていた仮面だろう?」

「どういうこと?」


 何故か「赤の他人です」みたいな雰囲気を出しているソレルの腕を掴んで解説を求めた。

 すると仮面越しの目だけで分かる、心底嫌そうに呟いた。


「ここには伴侶になる相手には自分が使っていた仮面を送る文化がある」


 ……ということは?

 ソレルの使っていた仮面をつけている私は――。


「な……そ、そういうことは先に言ってよ!!」


 不覚にもボッと顔が熱くなってしまった。

 その文化で言うと、仮面を強奪してつけた私は、まるで押しかけ女房ではないか!


「だから後から文句は言うなと言っただろう!」

「ちゃんと説明してくれなきゃ分からないでしょう!」

「……おい。痴話喧嘩なら他でしてくれ」

「違っ……。…………っ!!!!!」


 中年男に説明しようと顔を向けたら、彼の背中にあるものを見て驚いた。

 赤みを帯びた輝きを放つ漆黒の骨翼。

 そ、それは――!


「『(アクセサリ)邪骨竜の翼  ★MAX』!!!!」


 ソレルの尻尾と同じくらい、私が欲しくて欲しくてたまらなかったが、とうとう手に入れることが出来なかったレアアイテム!


「なっ! おい、近寄るな!」

「ぎゃああかっこいい~~っ!! 本物だ! 凄い! 触らせて!」

「な、何だこいつは! ふざけるな! 触ったら骨になると笑う気か!」

「え? はわああああ! パタパタ動いた! 可愛いっかっこいいっ好きが止まらない~~!」


 私のブラックマリアにこの翼を付けたら完ぺきなのに!

 クイーンハーロット感が増すことは間違いないが、それでもかまわない!


「こ、こいつ……何言ってんだ!? 正気か!?」

「そいつが言っていることは本心だ」

「いいなあ……その翼、欲しいなあ……」

「な……! 忌み子の呪われている部分が欲しいなんてどうかしてるぞ!?」

「あ、固い」

「!!!? さ、触るなああああ!!!!」

「あれ? 待ってええええ!」


 骨の翼をツンツン突くと、中年男は顔を真っ赤にして奥の方へ走り去ってしまった。

 もしかして、ソレルみたいレアパーツの部分はイイ所でした?


「流石に骨に神経はないだろ。触られることになれていないから驚いただけだと思うぞ」

「あなた、私の心を読みました?」


 考えていたことの正確な答えを貰ったが、なんだか納得いかない。


「集落に入るぞ。痴女」

「…………」


 多少自覚はあるのでここも抗議せずに黙っておいた。

 私ってば大人だ。


 先ほどの中年男は門番のような役目だったようだ。

 立っていたところを通過する時に周囲を見渡してみると、小さな魔物でも出入りできなくなるような扉があった。

 魔物の撃退用アイテムも設置されていたし、危険を知らせるための鐘もあった。

 ……今、走ってどこかにいっちゃったけどいいの?


 ソレルが気にしていないので私も何も言わずついて行く。

 細い空洞を進むと、段々幅も高さも広がっていった。

 そして辿り着いたのは体育館のように大きな空間だった。


「ほわあ……」


 全体的仄暗い空間だったが、点在している明かりが幻想的に見えた。

 ゲームでは見たことのない、隠しエリアを見つけたような喜びが込み上げてきた。

 凄い凄い!


「ここは忌み子の隠れ集落だ」

「え?」


 忌み子というと、私の角やソレルの尻尾、先ほどの中年男の翼などのレアアイテムがついている人だ。

 ……ということは?


「あっ」


 突然現れた私たちに、集落にいた人達が注目していた。

 警戒しているのか、歓迎していないような空気を感じる。


 だがしかし!

 そんなことはどうでもよかった。

 あれは……ああ、あれも!?

 あれもあれも!?

 何処を見ても、誰を見てもレアアイテムがついているではないか!


「ここは天国かー!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大淫婦クイーンハーロットの憂鬱 花果唯 @ohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ