第40話

 朝食を終えた私は領土の境界にあるいつもの面会場所にソレルを連れてきた。


 設置したままになっているテーブルにはあの庭の真っ白な薔薇が飾られている。

 ワインを飲みながら優雅に私を待ち構えていたルシファーは今日もキラキラと美貌を輝かせていた。

 いや、昨日のことがあったからか、笑顔が増して更に光り輝いていたが……それは一瞬で消えた。

 え、落差が怖っ。


「レイン、あんまりじゃないか?」

「な、何よ……」

「愛の告白をした翌日に他の男を連れてくるなんて、俺は悲しいよ」

「えっ? ごめん……」


 って、つい謝っちゃったけど……あれ、私なんで謝っているんだろう。

 ルシファーは恋人でもなければソレルは大使だし。

 そんなことを考えているとソレルには考えが読まれたのか、鼻で笑っているのが分かった。

 条件反射なんだから仕方ないでしょう!


「それは特に殺したくなるからあまり俺の視界に入れないでくれ」


 それというのはもちろんソレルのことだ。

 手でシッシッと追い払う仕草をしながら心底嫌そうにしている。

 でも殺気は出ていないから我慢してくれているようだ。

 本っ当に嫌そうな顔しているけどね!

 それでも今までのことを思えば驚く変化だ。

 この感じだとソレルのことも落ち着いて話が出来そうだ。


「あの、ルシファー……」

「大使の件を認めて貰いたい」


 私から話をしようとしたらソレルが直接話を始めた。

 ちょっと待ってよ、出来るだけ刺激しないようにしてるのに!

 伺うようにちらりとルシファーを見ると、澄ました……というか、シラけたような顔でワイングラスを回していた。

 赤いワインがグラスの中でくるくる揺れる。

 絵になりすぎ。


「今更じゃないか? そこにいながら言われてもね。レインの好きにするといい。そんなことより……」


 ルシファーはワイングラスを置くとテーブルにドサッと書類を放った。

 これはバルトがルシファーに渡した草案と弁明書だ。


「あの獣……虎が持ってきたものは読んだよ。……あまり調子に乗るな」

「…………っ」


 ルシファーの冷たい視線がソレルを射貫く。

 その迫力にさすがのソレルも息をのんだ。


「これ以上近づいたら報復をするという『ボーダーライン』を決めていなかったのは、果てしてこちらの落ち度かい?」

「…………」


 ルシファーは無言のまま眉間に皺を寄せたソレルを小馬鹿にするように笑った後口を開いた。


「いいか。我々とお前達は対等ではない。お前達はこちらの機嫌を伺わなければならいんだ。俺はね、こちらに足を向けている奴が距離的に近かろうが遠かろうが利用価値があれば使うし、殺すよ。……言っていることが分かるだろう?」


 どうしよう……私には分かるようで分からない!

 ルシファーが物騒だということしか分からない!

 そして「こちらの機嫌」と表現された中に私も含まれているのだろうか。

 物騒な一味に加えないで!


「あんたの機嫌次第の采配で『近づいた』と判断し、ルフタに責を問うつもりだったということか。ボーダーラインを決めていなかったということは、あんたが好き勝手出来る余地を与えていた我々の落ち度であり、譲歩するような『お互いの落ち度』でもない、と言いたいのだな」


 え、そういうこと?

 ソレル、よく分かったね?


「実際、そうだと思わないか?」

「…………」


 ソレルは眉間の皺を深め、黙り込んでしまった。

 ……本当にそこまで考えていたの?


「ねえルシファー、それは後付けの言い訳じゃないの?」

「あのねえ……レイン。俺はこれでも気が遠くなるほど生きているんだよ。人の集合体の動きなんて、どれだけ時間が流れてもそんなに変わらないんだ。だから大体のことは読めるし、扱い方は心得ているんだ」


 呆れたように言われ「うっ」と言葉に詰まった。

 私が何も考えていなかっただけですね、はい。


「ボーダーラインは決めない。精々自衛するといい。魔王がそう言っていたと伝えるんだな。大使殿」


 にやりとルシファーが魔王らしく笑った。


「…………」


 ソレルはまだ無言のままだが、何やら色々考えているような様子だ。

 ルフタから許可されている範囲内で交渉出来ないか探っているのかな。

 ルシファーがまたワイングラスに手を伸ばし、優雅な時間が流れ出したがソレルは暫く黙っていた。


「……分かった。そう伝えよう」


 結局ソレルの口から出てきた言葉はそれだけだった。

 一先ず報告することにしたようだ。


「つまらない話は終わりだ。エルフはさっさと消えろ。さあ、レイン。俺達はデートをしよう!」

「はい?」


 ぱあっと表情を明るくしたルシファーが突飛なことを言い始めた。

 先程までの話との落差が凄い。

 ソレルのこの冷めた顔を見ろ!


「行きませんが……」

「どうして?」

「どうしてって……」


 ソレルから発せられている冷気が怖い。

 前も言われたが、周囲からちょっかいを出されたくないのなら大人しくしていろ、ということなのだろう。

 でも、それは直接ルシファーに言って!

 それにルシファーが絡むとサニーが嫌がる。

 バタバタするのが続いたからゆっくりしたいし……。


「また今度ね」

「今度とはいつ?」

「今度は今度よ! それじゃあ!」




「ふう……」


 結局ちゃんと返事もしないまま、逃げるように城に戻ってきた。

 短い時間だったが疲れた……。


「また今度、か。断りはしないんだな」

「うん?」


 一緒に戻って来たソレルがぽつりと呟いた。

 見慣れたクールな表情でこちらを見ている。

 え? 何?


「お前はエルフでいるべきだ」

「……エルフですが」


 どういうこと?

 まさか認めてくれていなかったの!?

 仲間だと思っているソレルから言われると悲しすぎるのですが!


「確かにお前はエルフだが、魔王と共にいる限りお前はクイーンハーロットだ」

「…………?」


 ルシファーといたら……私はクイーンハーロット?

 そんな馬鹿な。

 私が何者かということを私ではないものに左右されるなんて。

 私は私、エルフのレインだ。

 でも他人の目から見たら……?


 ソレルの言いたいことを理解した瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。


「……お前に頼みがある」

「頼み?」


 絶句してしまった私にソレルが言う。


「一緒に行きたい場所があるんだ」

「行きたい……ところ?」

「ああ。魔王とより先にオレとデートしようじゃないか」


 …………はい?

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