第39話
「あー重い!」
大金叩いて手に入れたブラックマリアに文句を言いながら着がえる。
背中のチャックが閉まらな……あ、違う。
ステータス画面から衣装チェンジすればいいだけなのに、普通に着がえてしまっていた。
さっきまで着ていたパジャマもベッドの上に散らばっている。
何をやっているのよ、私!
色々考え事をしながら寝たので度々目が覚めてしまい、頭がすっきりとしていない。
青空でも見れば爽やかな気分になれるかもしれないが、窓の外に広がるのは漆黒の森と不気味な空。
カラスが羽ばたいたのか、黒い羽がはらはらと舞っていた。
「……そろそろ卒業するべきかも」
ダーク好きという名の厨二病から。
でもそうなるとブラックマリアとこの城にさよならしなければならない。
うん、卒業は無理ね!
不治の病として認めるしか無さそうだ。
「ふあー」
大きなあくびをしたため出てきた涙をティッシュで拭く。
ちなみにティッシュもルームアイテムだ。
どれだけ使っても無限に出てくる優れもの。
ティッシュはこの世界には存在していないらしく、兄弟は吃驚していた。
ネルは「使い捨てだなんて勿体ない!」と騒ぎ、ユミルは懲りずに「売りましょう!」と目を輝かせていた。
大したことのないアイテムだったので、三つしか持ってない。
売っても大した利益にはならないと思う。
「眠い……」
二度寝をしたいが下手に睡眠を取り過ぎると、今夜もちゃんと眠れなくなると思い直しながら髪のセットも完了。
一通り整ったところでコンコンと扉をノックする音がした。
「マイロード。朝食の準備が出来ました」
扉の向こうから聞こえる声はサニーのものだった。
昨日の冷たい表情がパッと浮かんだが、首を振って消した。
ふうと息を一つ吐き、扉を開けると、今日も姿勢まで美しい女戦士の姿があった。
「おはよう、サニー。今日はソレルじゃないのね」
「おはようございます。……あの者の方が宜しかったでしょうか?」
そう言ってしゅんとする様子はいつものサニーだ。
可愛い。頭を撫で回したくなる。
昨日の様子のことが気になったが……あまり考えないことにした。
サニーは私の相棒だもの。
「違うわ。ソレルだと落ち着かないから困るの。サニーがいいわ」
「では、これからも私が朝のお声がけをさせて頂きます」
「うん、お願いね」
「御意」
あまり表情は変わらないが、喜んでいるのが伝わってくる。
……うん、いつも通りよね。
サニーに連れて来られたのは普段の朝食の場ではない庭を一望出来るテラスだった。
外で朝食なんて洒落ている。
……BGMは漆黒の森に響く悲鳴だけどね。
いつも置いている丸テーブルは小さくて朝食を置けないため、長方形の大きなテーブルへと変えられていた。
「おはよう」
声を掛けると、席に着いていたユミルとネルが挨拶を返してくれた。
お誕生日席にある椅子をサニーが引いてくれたので、どっこいしょと腰を下ろす。
朝から気合を入れてブラックマリアを着たけれど失敗したかもしれない。
ふうと一息ついたところで気がついた。
「あれ? ソレルは?」
今いるのはサニーと兄弟だけだ。
図々しく居座る宣言して住み始めたソレルの姿がない。
それにいつもは朝食の準備をしているため、最後に座るユミルが既にいるのは何故だろう?
「今日はソレルさんが朝ご飯を作ってくれるそうです」
「聞いてくださいよレイン様! 私、仕事を奪われました!」
「ええええ!?」
良い歳をして口を尖らせて拗ねているユミルをスルーしながら驚いた。
聞けばソレルが自分から朝食を用意すると言い出したらしい。
「ソレルが!? 澄ました顔して皿が並ぶのを待ってそうなソレルが!?」
「食わせてやらないぞ」
開けたままにしてある扉から、良い匂いと共にソレルが現れた。
匂いの元は両手にはお皿。
「おはよう」よりも棘が飛んできたが、白いシャツの袖を捲り、料理を運んでくる姿にちょっと見惚れた。
なんだろう……彼氏の家に初めてお泊まりした朝にご飯を用意していくれていた! みたいな妄想を掻き立ててくれる。
ありがとうございます。
「どうしてわたくしがこんなことを……」
ソレルの後を着いて来たのはメイド服姿の鳥だ。
首輪をつけたままなので何も出来ないし、私の見ていないところでサニーが躾けてくれたそうなので害は無いと判断。
牢にずっと入れておくわけにもいかないので働かせることにした。
着ているメイド服は私が出したレアレベルの低い衣装だが、白いヒラヒラのエプロンを押し出している山が凄い。
サンドバッグ代わりにパンチをお見舞いしてやりたくなる。
よく揺れるだろうから叩きがいがあるだろう。
「大人しく働いているようね? 偉いじゃない」
「ふん!」
「貴様、誰が主か分かっていないようだな。もう一度調教が必要か?」
「ひっ! 申しわけありません!」
サニーの躾は完璧のようだ。
躾というか、サニーに絶対服従させただけというか……。
魔物は強い者に惹かれるらしいから、恐怖で支配しているというわけではないらしい。
今もサニーの言葉に顔を引き攣らせていたが、どことなく嬉しそうなオーラも出ている。
変態か。
「食事前に騒ぐな。大人しく座っていろ」
ソレルが準備をしながら注意する。
お母さんか。
言われたとおりにジッとして待っていると、今日の朝食が並べられた。
良い匂いがする!
ソレルが席に着いたので全ての準備が終わったのだろう。
席順は私の左側、近いところからサニー、ソレルと並び、右側にはネルとユミル。
鳥は食事はいらないそうで、メイドっぽく後ろで控えている。
「じゃあ、頂きましょうか」
「いただきます!」
私といつも食事をしているサニーと兄弟は「いただきます」言ってフォークを持った。
「うん?」
視線を感じるなと思ったら、ソレルがこちらをジーっと見ていた。
「『いただきます』とわざわざ口にするのは、お前が生まれた集落の風習なのか?」
「え? あー……まあ、そんなところかしら」
「レインの生まれ里は、やっぱりオレの知らないところのようだな」
そう零すと律儀に真似をして「いただきます」を言ってから食べ始めた。
ソレルって妙に真面目よね。
ソレルの作った食事は肉のない野菜中心のヘルシーなものだった。
ユミルと育ち盛りのネルにははちょっと物足りないかもしれないが、朝からガッツリ食べる気はしない私は嬉しい。
ユミルが作る料理は美味しいがカロリーが高いものが多い。
いつもはない彩りの綺麗なサラダををしゃもしゃ食べる。
見たことのない野菜もあるけど美味しい!
「これはなんですか?」
「芋で作っている」
ネルが質問した一品は小さなお好み焼きのようなものに見えた。
何となく地味というな、素朴な感じがする。
小さくフォークで切り、口に運ぶ。
うん、これはポテトパンケーキだな。
かかっているソースが甘い。
フルーツソースかな?
ドイツのカルトなんとかという長い名前のあれに似ている。
これも美味しい。
でも、なんだかソレルのイメージとは合わない。
森の王子と名付けてしまったせいかもしれないが、小綺麗でお高そうな料理が似合う。
「ソレルがこういう家庭的な料理を知っているって意外」
ぽつりと零すとソレルのフォークが止まった。
「……」
え? 真顔でどうしたの?
気に障っちゃった?
別に怒るようなことは言ってないはずだと焦っていると、ちらりと一瞬私の方を見たソレルが呟いた。
「これはエルフの一般的な朝食だ」
「え」
「お前は知らないんじゃないか」
「う、うん……」
「エルフなんだったら、知っておいてもいいだろう」
「……」
これは……!
エルフだけれどエルフのことを知らない私の為に作ってくれたのだろうか。
ソレルをジーっと見るとまた目が合ったが、すぐにプイッと反らされた。
……照れている?
ソレルが照れているってことは、私の予想が当たっているのだろう。
わあああ……凄い嬉しいのですがっ!!
嬉しすぎる!!
エルフではないと否定されたことはショックだった。
仲間として受け入れて欲しかったが、この角がある限りそんなことは無理だと諦めた。
でも今、ソレルがエルフとして『仲間』だと認めてくれたようで……なんだか泣きそう!
「美味しい。……ありがとう」
涙を堪えて精一杯笑う。
照れを隠して俯いてしまったが、顔をあげると全員がぽかーんとした顔で私を見ていた。
え? 何?
どうして時が止まっているの!?
「ずるい! ソレルさんはずるい! 僕もエルフに生まれたかった!」
「え? ネル、エルフになりたかったの? エルフじゃ無くても美少年だからいいじゃない」
「うぐぅ……っ」
ネルが物凄く複雑な顔で何か言いたそうにしているが、早く食べないと冷めちゃうわよ?
ああ美味しい。
これがエルフの食事かあ。
ソレルってツンツンしているけど、ほんと人が良いというか、モテそう…………ああ!!!!
『レイン様、前も言いましたけど、ソレルに誑かされないように気をつけてくださいよ?』
昨日のバルトの台詞が蘇ってきた。
もしかして、この朝食も誑かすの一環!?
いやいや、何でも疑うのは駄目よね。
でも、これがもし作戦だとしたら……ソレル、凄すぎない?
女関係だというソレルの罪がなんなのか俄然気になってきた……!
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