第38話

 サニーを連れて領土の境界に飛んだ。

 視界には鎮座した島、エリュシオンが広がった。

 相変わらず陸に島が乗っているなんて意味が分からない。


「……あれ?」


 ここに飛ぶとすぐに聞こえる「やあ」という魔王なのに澄んだ声が聞こえない。

 その麗しい姿も見えない。

 エリュシオンの中だろうか。


 うーん……どうしよう。

 ルシファーのように呼び鈴変わりにメガフレアをぶっ放そうか。

 いや、それをしてしまったら今度からルシファーを叱ることが出来なくなる。


「エリュシオンにお邪魔しよう……かな?」

「マイロード」


 名前を呼ばれただけだが、はっきりと顔に「馬鹿なことはやめてください」と書いてある。

 うん、反対されると思ったから疑問系で呟きました。


「サニーが一緒にいてくれたら大丈夫でしょう?」

「確かに、あの城は一度制圧しましたが……」


 そうだった。

 既に攻略済みだった。

 サニーを止められなかったベヒモスはもう回復したのだろうか。

 お見舞いで菓子折か果物を持って行った方がいいだろうか。

 まさか、殺っちゃったりしてないわよね!?

 バルトのことも気になるが、エリュシオンの様子を見てみたくなった。


「サニーが一緒にいてくれるなら怖いものなんてないわよ。お願いね?」


 ここは「あなたが頼りなの!」攻撃でサニーを落とすしかない。


「……承知しました」


 よし!

 大層不満げな表情をしているが了承してくれた。

 サニーの手を握り、移動でエリュシオンの白薔薇の庭園へと飛んだ。





 ラストダンジョンであるエリュシオンは広いため、移動先となるポイントは何カ所か存在する。

 その中でもストーリー編でのラストバトルの場となる庭園の扉の前は最奥のポイントとなる。


 目の前には庭園に繋がる巨大な扉。

 前回この庭園に来たときにお迎えに来たサニーが吹っ飛ばしていたはずだが、何処にも損傷は見えずそんな出来事はなかったようだ。

 ルシファーの配下は全て魔物のはずだ。

 修復したのも当然魔物だろう。

 魔物ってとっても働き者なのねえ。

 我が城でも鳥を一匹飼うことにしたけれど、あれは絶対に働かない。


 観音開きの重い鉄の扉に触れる。

 ゲーム時代でも触れたことがあるが、この鉄の冷たさは感じなかったと思う。

 そんなことを考えていると、この場所での思い出が蘇ってきた。


 よくここで装備や魔法の確認をしたなあ。

『アクション』を使って踊ったり、如何に格好良くクエストを始められるかポージング選手権のようなこともした。

 懐かしい。


「これはこれは」


 低く野太い声が背後から聞こえた。

 見なくても分かる。

 イカツイマッチョことベヒモスだ。

 よかった、生きていた!

 振り返って姿を見てみると、逞し過ぎて目を背けたくなる肉体には傷一つなかった。

 心配だったが、ここまで変化がないと少し窶れたらよかったのにと残念に思う。

 もっと見た目攻撃力を下げるべきだ。


 ベヒモスを見ていると、彼は私の隣に目を向けて微笑んだ。

 微笑んだ、といっても怖いだけなのだが、目元だけはなんとなく柔らかい空気を醸し出している……気がする。

 なんなの?

 その視線の先にいるのはサニーだ。


 サニーにとってベヒモスは討伐対象だ。

 謎の視線を向けられて臨戦態勢を取るかと思いきや、特に気にする様子もなく立っていた。

 視線も向けることなく完全に無視をしている。

 はて? と首を傾げると、私の疑問を察したサニーが微笑んだ。


「取るに足らないと判断いたしました」

「そ、そうなんだ」


 一応警戒はしていると思うが、それを表に出すほどの敵ではない、ということか。

 ボッコボコにした時に力量を見極めたのだろう。

 サニーのレベルや強さを考えると確かに取るに足らない相手だろうけど、このイカツイ風貌を目の前にして無視をする勇気は私にはない。

 サニーの「お前なんて相手にしないぜ」発言は近くに居るベヒモスにも届いただろう。

 気を悪くして殴りかかって来ないか心配になりちらりとベヒモスに目をやると、彼は表情を変えないままサニーを見ていた。

 意外に荒い気性ではなかったようでホッとしたがなんだか不気味だ。


「失礼した。王は貴女の来訪を喜ぶだろう」


 私の視線に気づいたベヒモスが重い扉を開けた。

 外から入った光に一瞬視界が白くなるが、すぐに視界には見事な薔薇の庭園が広がる。

 一歩足を進めると薔薇に覆われたようで、相変わらず薔薇の檻のように見える。


『薔薇の檻』


 何気なく思いついた言葉だったが、まさしくそうなのかもしれない。

 ルシファーをサタンに変える運命から逃さないための檻。

 そう思うと、純白の薔薇がとても残酷なものに見えてくる。


「やあ、レイン。君から来てくれるとは驚きだ」


 庭園の中央、ゲームではバトルの中心地となるところにルシファーがいた。

 ライオンの身体に尻尾は蛇、軽自動車並の巨体を横たえているヌエに凭れて立っている。

 見た目は恐ろしいがヌエの毛並みは素晴らしい。

 ふわふわを背もたれにしているなんて羨ましい。


 私を見ると美貌を一際輝かせて微笑んだルシファーの足下には、ルシファーよりも背が高く体格が良いのに小物感が半端ないバルトが蹲っていた。


「はっ!? レイン様!! 死体がっ……」

「煩い」

「はう!」


 バルトは無事なようで私が来たと聞いて飛び起きたが、起き上がったところをルシファーに軽く蹴られてまたコロコロと床に転がった。

 バルトがダンゴムシに見えてきたんだけど……コント?


「ソレルから話は聞いたわ。死体というのは……」

「あれは白牙の民じゃない。恐らく山賊じゃないかな。害にしかならないような連中だよ。レインが許してくれそうな代わりをこの子が見繕ってきてくれたんだ」


 ルシファーが背後のふわふわの背もたれを撫でると、ヌエの尻尾部分である蛇が得意げにシャーと音を鳴らせた。

 コワ気持ち悪いからやめて。


 そうか、白牙の民ではないのか。

 山賊だろうがなんだろうが人が死んで良かったとは言いがたいが、白牙の里の人達ではなかったことは安心した。

 バルトも「なんだ……」と安心している。


「レイン。君もおいで。ここは暖かくて気持ちが良いよ」


 ルシファーが隣に来るようにと誘い、手を伸ばして来た。

 警戒心が沸いたがふわふわの背もたれは魅力的だ。

 前にヌエを見た時は寝起き直後だったせいか怖かったが、今はただただもふもふに惹かれる。

 伸ばされた手は無視したがスタスタと歩いて行き、ルシファーに隣に立つと背中でふわふわを堪能した。

 不思議とヌエは無臭だった。

 獣臭くないし、ふかふかのお布団のような暖かさを感じて最高。

 思わず顔も緩む。

 この魔力には勝てない。

 伸ばした手を無視されたことに不満そうだったルシファーも、私の様子を見てくすりと笑っていた。


 隣に並んだのは自分なのだが、思った以上にルシファーが近くにいて驚いた。

 魔王成分を消した穏やかな笑みを向けられると調子が狂う。

 ルシファーから気を逸らそうと、庭園の景色へと目を移した。


「あ……」


 何気なく見ていた薔薇の一角に目が吸い寄せられた。

 広がる白の中に巣くった闇……黒薔薇が増えている。

 ルシファーのサタン化が進んだ?

 どうして……?


「……」


 ショックだった。

 雷に打たれた様な、大きな衝撃ではない。

 それはじわじわと広がる恐怖のような不安で――。


 どうしてだろう。

 何がサタン化を進めたのだろう。

 時間経過と共に増えていくのだろうか。

 私はまだ何にも情報を掴んでいないということに焦りを覚えた。


「レイン、俺は決めたんだ」


 黒薔薇を見つめたまま固まってしまっていた私にルシファーが話しかけてきた。


「決めたって……何の話?」

「ずっと考えていたんだ。君と出会う前の俺なら、時間の無駄だと一蹴するようなことをずっと考えていた」


 ルシファーが何か思い悩む……という程でもないが、何か色々と思うところがあるのだろうなあというのは、ルフタの民の里でも感じていた。

 それに答えが出たのか、今は随分とすっきりとした表情だった。


「君を一番にしてみる」

「はい?」


 意味が分からなくて、ルシファーに目を向けて首を傾げる。

 ルシファーはさっきと同じ、穏やかな顔のまま私を見ていた。

 

 黒薔薇が増えたのに、どうしてそんな顔をしているのだろう?

 全体からすれば、黒くなったのはまだ少しだけれど……ルシファーは不安じゃないの?

 気にならないの?

 私はショックを受けたのに……。

 私ばかり心配しているようで腹立たしくなってきた。

 不機嫌オーラを放ち始めた私に気づかないまま、ルシファーは話を続ける。


「そこの獣もそうだった。我が身を最優先にしないなんて、種を存続させなければいけない生物としては出来損ないとしか思えないが……」

「獣!? 出来損ない!?」


 ルシファーに蹴られて転がったままのバルトが声を上げた。

 珍しくルシファーが真面目な話をしているから、君は黙っていてね。

 場が締まらないから。


「俺は死ぬことはないし……それならば、俺はレインの生命を最優先にしようと思って」

「……どういうこと?」


 素敵な笑顔を向けてくれているが……やっぱり意味が分からない。

 言葉の意味は分かるけど……どうしてそんな思考に至るのか分からない。


 ――ただ、聞いているとくらりとしそう。


「今までは俺が楽しむためにレインが欲しかった。俺が主体だ。だがそれをレインに変える。レインが楽しまなければいけない。楽しむためには生きていなければならない。だから……俺が君を守ろう。俺の尽きない命は君に捧げる」

「なっ」


 私は思わず固まった。


 ……ま、真面目な顔でなんてことを言うのだっ!!!!


 多分私の顔は真っ赤だ。

 話を聞いている間にじわじわと身体の熱が上がっていく感覚はあった。

 綺麗な微笑みを見ている時から落ち着かなかった。

 チョロい自分を鎮めてやり過ごそうと思っていたのに、守るとか捧げるなんて言葉を聞いた瞬間沸騰してしまった。


「だから君も俺を優先してくれ」

「ふぁ!!!?」


 え、まだその話は続くの!?

 勘弁してくれと視線を向けて……失敗した。

 さっきよりも近くにこちらを見つめる凶器のような美しい顔面があった。

 思わずよろけてしまうと腕を掴んで支えてくれたが……これはよくない。

 大変宜しくない。

 近い上に接触しているだなんて駄目だ。

 しっかりと立って腕を振りほどきたいのに上手くいかない。


「君はエルフの命を守っていた。……心底気に食わない。俺がエルフの命を狙わなければ、君はあのエルフを守る必要はないだろう? 俺はあのエルフには手を出さないと誓う。だから君は、あのエルフじゃなく俺を守って欲しい」

「く、くっ黒い薔薇のことはちゃんと調べるわよっ」


 まだこちらが盛大に慌てふためいてしまう台詞が続いているようなので、聞き流して誤魔化す。

 そして話を照れる方面から逸らさなければ……。

 黒薔薇の話題はシリアスなものだ。

 ふわふわする気持ちを締めてくれる。


 ……うん、本当に力になれるように頑張って調べよう。

 気持ちを新たにして、これで熱も去ると思ったのだが――。


「『黒』から俺を守ってくれるのだな? ああ……それは俺が最も願うものだ」


 !?

 何故だ。

 ルシファーの放つキラキラオーラが増した。

 腕にあった手はいつの間にか私の頬を撫でている。

 白くて綺麗だけれど細くはない、私のものとはつくりの違う男の手。

 私には石化なんて無効なはずなのに、身体は石のように動かない。

 その上体温が急上昇しているので、まるで熱した石になった様……水をかけて貰えれば良いサウナ空間を作り出せそうだ。

 私は人間蒸し風呂機と化した。


「ありがとう、レイン。これで俺達はお互いが最優先だ。人間風に言うと愛し合っているか?」

「!!!?」


 もう、本当に私が石なら高温になり過ぎて割れているから!


「なんでそうなるのよ!!」


 どうやら魔王は思考回路が馬鹿になっているようだ。

 魔王の口から愛だなんて。


「レイン、愛しているよ」

「…………」


 止まった。

 刻は完全に止まった。

 私の思考回路まで馬鹿になったようで、考えることを放棄した。


 あー……なんだかお腹空いたなあ。

 ぐぅと鳴りそうだ。

 空は青いし、薔薇は綺麗だし、薔薇を見て洋風花見と洒落込みたい。


 あと、唐突にペットを飼いたくなった。

 歩く猥褻物陳列罪な鳥というタチの悪いペットはいるが、あれではなく私を癒やしてくれる――そうだな、犬ならチワワ、猫ならマンチカンを飼いたい。

 名前はマカロンちゃんとか、ココアちゃんとか、甘そうなものにしよう。

 あ、そういえば身近にネコ科の奴がいたな。


「バルト、あなた手足短くしてマンチカンになれない? 今日から私のマカロンちゃんになって欲しいの」

「手足短くして!?」

「マイロード、裁断ならお任せを。寸分狂わずお好みの長さに切りそろえましょう」

「裁断ってまさか……ひいっ」


 音もなく剣を抜いたサニーにバルトが転がりながら遠ざかって行った。

 猫を飼いたいがために零した一言がスプラッターになるとは……。


「レイン。無視するなんて酷いな。こっちを見てよ」

「はいはい……って、ちょっ」

「逃がさないよ」


 さり気なくルシファーから離れていたのに、腰を掴んで引き戻された。

 更に顎を掴んで上を向かされ、強制的に目を合わされた。

 白い肌、白い髪の中でとびきり輝く紫の瞳の中に、目を見開いている自分が映って見る。


 バルトをいじって逃げていた意識を強制的に戻された。

 身体を支配していた熱も瞬時に戻った。


「レイン、愛しているよ」


 ――あ、無理。

 これは誤魔化すことが出来ない。

 真正面から食らってしまった。


 そう思った瞬間にはカーッと血が沸騰していた。

 体温って何処まで高くなるのだろう。

 四十度を越えたら危険だと聞いたことがあるが、今の私はそれを軽く越えていそうに思える。


 触れている部分からルシファーに熱が伝わったのか、それとも分かりやすく肌の色が変わったのか、またくすりと笑う声が聞こえた。

 すると端正な顔が耳元にスッと近づいて来て、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「可愛い」


 かっ、からかわれた!

 またカッとなり、体温が上がる。


 なんなの!

 絶対に面白がっているでしょう!

 沸き上がる感情に耐えられなくなり、顎を掴むルシファーの手を叩き落とし、突き飛ばした。


「喋るな!! 触るな!! 私はもう帰りゅ! …………あ」


 ……噛んだ。

 しかも私とは正反対で、可愛い天然の女の子がしてしまうような嚙み方。

 気のせいかもしれないが、場が凍ったような気がした。


 は……恥ずかしいっ!!


「マイロード、幼児のようでとても愛らしいです」

「サニー~~ッ」


 サニー!

 それは君の悪いところだ!

 悪意はないと分かってはいるが、傷口に塩を塗って更に揉み込むようなことは言わないでっ!


「帰りゅ」

「バルト!! おすわり!!」


 地面に転がったままだというのに、一丁前に私をいじってくるバルトに怒鳴った。

 かつてないほど怒気を孕んだ指令にバルトは飛び起きて正座をした。

 ユミルにはハウス、バルトにはおすわり、これで行こう。


「か、帰るわ! ご機嫌よう!」


 ルシファーの顔を見ずにサニーの手を取り、バルトの首根っこを掴み、逃げるように移動で戻った。

 ルシファーのやたら楽しそうな顔が見えたような気がしたが……気にしない!






「なんでそんなに茹だってるわけ?」


 今日も悲鳴が木霊すマイキャッスルに戻った瞬間に、ソレルから浴びせられた言葉がこれだ。

 失礼な。

 茹だってなどいない。

 人をタコ扱いするような言い方をするな。


「……魔王に何かされたのか?」

「愛してるって言われていたぞ。それでレイン様、顔真っ赤……」

「バルトおすわりっ!」

「はいっ!」


 余計なことを言わないで!

 バルトの言葉を遮るように叫んだが遅かった。

 ソレルは顔を顰め、ユミルとネルはギョッと驚いている。


「うわあ魔王気持ち悪い! 極めて寒いですね!」

「ネル……」


 ネルが「凍えそうだ」と呟きながら両腕を抱いて摩っている。

 ネルはやっぱりルシファーには辛辣だ。

 ソレルは「はあ」と呆れた様子で息を吐き、私を見た。


「……で? 大淫婦なんて言われている奴が顔を真っ赤にして逃げ帰ってきたわけ?」

「誰が大淫婦よ!! ……うん?」


 胸倉を掴んで揺すってやろうかと詰め寄ると、何故かソレルはにっこりと笑った。

 え、貴重な森の王子の笑顔!?

 綺麗な笑みは目の保養になるので有り難いけれど「急にどうした」と不審に思っていると、すっと笑顔は消えて真顔になった。

 とても真剣な、真っ直ぐな目で――。


「愛してる」


 ……はあ?


 金色の目は私を捕らえたままだ。

 綺麗だなあと思いながら見つめ返すが……今、何て言った?

 この方らしからぬ台詞が飛び出してきたような気がしますが?

 愛してるとか、一生言いそうに無い……愛してるとか……ん?


 愛してる?

 愛してる!?


「なっ!!!?」


 お、お前もかっー!!


 ソレルまで、何を言っちゃってるの!?

 

「…………お前、チョロいな」


 ソレルの顔が好青年な微笑みから、見慣れた人を小馬鹿にするような笑みに変わった。

 そうか……そうか…………からかったな!


「くぅっ!!」


 まただ!

 また馬鹿にされてしまった!

 自分でもチョロいと思うけれど、人から言われてしまうとダメージが大きい。

 こんなナリをしているのにすぐに動揺するチョロエルフで悪かったな!!


 ……泣きたい。


「レイン様! オレも愛してますよ!」

「私も私も! 心の底から愛しています!」

「おすわり! ハウス!」


 調子に乗って追随してきたバルトとユミルに指示を出してから顔を押さえた。

 あ~また顔が熱い!

 もうやだ!

 なんなの、今日は!

 愛してるのバーゲンセールか!


「レイン様!」

「ネル?」

「僕もっ! あっ、あい、あ……」


 ネルがぎゅっと拳を握り、必死に何かを伝えようとしてくる。

 照れているのか、顔が私に負けないくらい真っ赤だ。

 それはまさか、あなたも私に愛してると言おうとしてくれているの!?

 ネルー!!


「ネル! 優勝!!」


 唯一癒やされた!

 周りが言っているから、恥ずかしいけれど自分も言わなければと頑張ってくれたのね?

 なんて健気……お母さん、あなたの養育費と生活費、一生払います。


「やったあ?」


 優勝? と小首を傾げる姿で追加点がついた。

 来世の分も払いたい。


「マイロード」


 ネルの両手を握って「ありがとう!」とブンブン振っていると、サニーが一歩前に踏み出した。


「私も愛と忠誠を捧げます」

「! サニー愛してる!」


 キリッと凜とした口調で告げてきたサニーは美しかった。

 とても愛と忠誠を感じたよ!

 思わずサニーに飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。

 やっぱり私の相棒最高!


「サニー様が優勝ですね」


 ネルがこちらを見て笑った。

 そうだね、ネルも高得点だけどやっぱりサニーが一番かな。

 だって、長い長い時間を共有した、誰よりも信頼している相棒だからね。

 ああ、ルシファーに乱された心がサニーとネルによって修復されていく……。


「バルト、お前はすぐに戻れ」

「あ? 『お前は』って……ソレルはどうするんだ?」


 幸せ空間を展開している私達の後ろで、ルフタ勢が話を始めた。

 特に耳を傾けて聞いていたわけではなかったが、ソレルの言葉に思わず反応してしまった。


「オレは暫くここで厄介になる」

「は?」


 つい女子らしからぬ声を出してしまった。

 『は』という一文字にガラの悪さを詰め込んだような声だった。

 そんな私にソレルは呆れたような視線を向けてきた。


「やはり『乙女』ではないな」

「なんですって! いえ、それより……ソレルってば今凄く図々しいこと言っていなかった?」


 何を勝手に決めちゃってくれているのだ。


「前に暫く居たらいいと言ったのはお前だ」

「それは危なかったからで……ルシファーはもう狙わないと思うわよ?」

「チョロいお前の言葉など信用ならない。……なんだ? オレがいたら困ることでもあるのか?」

「別にないけど……」

「ならいいだろう。決まった。世話になる」

「え、ちょっと……!」


 私がちゃんと許可を出していないのに、ソレルは椅子に腰を下ろして本を読み始めた。

 あれ、それは私の本じゃ……。

 既に自分の居城にいるかのような雰囲気を醸し出している。

 この美エルフ、なんなのもう……。


 えー……まあ、別にいいけど……良くないような?

 追い出そうにも動く気配が見えないので仕方がないかと思っていると、渋々帰る支度を始めていたバルトが近寄ってきた。

 誰にも聞こえないような小さな声で囁く。


「レイン様、前も言いましたけど、ソレルに誑かされないように気をつけてくださいよ?」

「!!」


 そうだった!!


「?」


 叫びそうになったが、ソレルが不思議そうにこちらを見ていたので慌てて口を押さえた。


 誑かす……か。

 暫くここにいるというのは、そういう動きをするためなのだろうか。






 グリフォンで帰りたくないと駄々をこねるバルトに根負けし、移動で送り届けた後は自室に篭もった。

 今日は精神的に疲れた。


 ベッドに転がってゴロゴロしていたが、なんとなく足が窓に向かう。


「ここからでは白薔薇は見えないわね」


 視線の先にはエリュシオンがある。

 自領である漆黒の森の向こうにドンと鎮座しているが、見えるのは島の岩肌と城の外面だけで薔薇の庭は見ることが出来ない。


 まだ、ルシファーはあの薔薇の檻の中にいるのだろうか。


「マイロード」


 お茶を持ってきてくれていたサニーが声を掛けてきた。


「サニー?」


 いつも真面目な表情をしているサニーだが、今はより真剣な目をしている。


「どうしたの?」

「黒い薔薇について調べる、とは」

「あー……」


 サニーはルシファーを警戒している。

 私とルシファーと会話の内容が気になっていたのだろう。


 黒い薔薇――ルシファーがサタンになるのを止めたいという話は広げない方がいいように思う。

 情報を求めて誰かに聞いた方がいいのかもしれないが、ルシファーがサタンになる兆しがあるのなら討伐にのりだそう、なんて話になっては困るし、まずはもう少し判断材料を得た方がいいだろう。

 でも、サニーは私の相棒だし、隠す必要はないよね。

 そう判断し、他言無用と注意をした上で全てを伝えた。


「……というわけで、サタン化しないように協力するの。だから、サニーにも何か手伝って貰うことも……」


「それは駄目だ」


「え?」


 聞いたことのない声だった。


 目の前の、気の知れた相棒から発せられた声なのに……別人のようだった。

 とても冷たく、威圧的で、ねじ伏せるような――。


「……っ!?」


 サニーと目が合った瞬間、背筋が凍った。

 足が震え、腰が抜けそうになり、ピンヒールが小さな音を立てた。

 サニーから私に向けられているもの。

 それは間違いなく『殺気』だった。


「サ、サニー?」


 どうして?

 初めてサニーを怖いと思った。

 混乱と恐怖がぐるぐる回る。


「……失礼しました。魔王に深入りするのは危険です」


 ……あれ?


 すぐにサニーは『いつものサニー』に戻った。

 ……いや、もしかして『殺気』だなんて、私の勘違い?


「大丈夫よ。協力はするけど、それ以上に関わりを持つつもりはないし……」


 さっきの視線は……まるで敵を見るような視線は……見間違いよね?

 動揺を隠せず、言い訳のようにごにょごにょと呟いてしまった。

 それでもサニーは満足したように微笑み、一礼すると部屋を出て行く動きを見せた。

 その背中を見ていると、ふとある可能性が思い浮かんだ。


「サニー。もしかして……何か知っていることある?」


 サニーは私のサポートキャラ。

 サニーを作り出したのは、母は、『システム』と言ってもいい。

 そのシステムから、私以上に知識を与えられている――もしくは、サニーの意識はシステムに操作されている、とか。

 ……上手く言えないが、サニーは私よりもこの世界について詳しいのではないか、と思ったのだ。


 呟きはしっかりと届いていたようでサニーの足が止まった。

 ゆっくりと振り返り、私を見る。


「いいえ」


 表情なく短い答えを零すと、いつもの様子で去って行った。

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