第21話

朝焼けの冬空の中

少女は駅に立っていた。

無論、何故こんな所にいるのか

少女は知る由もない。

ただ、この日この時見た

朝焼けは、今までも、そして

これから少女が見て行く

全ての陽において

最も美しかったのだと。

後に少女は語ることになる。


兎にも角にも


少女は立っていた。


不意に視線をずらすと

少女は人影に気づく。

振り向くとホームの柱の陰に

1人の青年が立っていた。

彼は少女に気づいていないようで

淡々と新聞を捲めくり、読み耽っていた。

刹那。

少女は彼目掛けて駆け出した。

無論、彼が誰なのか少女は知るはずもなく、ただこの寂しくて静かな空間が少女には

耐えられ無かったのだ。

青年は彼女が駆けてくる事など知らぬ顔で

新聞を広げている。

青年の太ももに少女の頭突きが直撃する。

『⁉︎』

青年は驚きを隠せないような表情で少女を見下ろしながら尻もちをついて倒れた。

『あははは!おにーさんたおれた!』

少女は嬉々と笑う。

数秒の後のち青年も立ち上がりながら

『してやられたな…』っと渋々笑う。


完全に立ち上がると、青年は

少女の存在に驚きもせず

『株価の欄が面白いことになっていてな…』っと戯言たわごとを呟くと

『名前は?わかるか?』っと

少女に尋ねた。


『アミヤ!アミヤ マイ!』


少女は元気に答える。


青年は一瞬驚いたような仕草をすると

『アミヤか…奇遇だな、昔の友人にアミヤと云う男がいた。もうずっと昔の事だろう。俺にしてみれば昨日のようだが、

気が付けば過去は振り返ることの出来ないほど遠くにある。』

っと少女に語る。


『むずかしいことわかんないよ〜!

おにーさんだぁれ?こわいひと?』

少女はこの状況下よりも、彼の存在が気になるようで、彼のズボンを引っ張りながら尋ねた。


『うーん…人じゃないからなぁ…そもそも…そうだな…強いて云うなら、

”神様”かなぁ…?』

青年は悩みながら考えてそう答えた。


『……カミサマ…?』


少女は震えながら尋ねる。


『えっ…あぁ…そうだが…そんな怯えさせるつもりは無かったんだ、すまな…『かみさま!本当にかみさまだ!!!』


青年の話を割いて少女は歓喜を起こす。

青年には、彼女の行動が理解できなかったが、怯えているわけではないと

わかったようで、

『はぁ…』っと安堵のため息をついた。


笑い疲れて少女の声が小さくなる。

青年は尋ねた。

『どうして、俺が神様だとわかってお前が喜ぶのだ?』

少女は目を輝かせて答える。

『おじいちゃんとやくそくしたもん!』

『おじいちゃん…?』

『うん!おじいちゃん!』


青年は目を見開くと、ゆっくり閉じて

『ククク……。はっはっは!』

と高笑いを始めた。

『どうしたのおにーさん?』

不思議そうに少女は尋ねる。

『あぁ…いやなに…あの小僧がおじいちゃん…ふふふ…これが笑わずにいられるか!』

青年は続けた。

『お前のおじいちゃんとやらは、お前に何か言っていたのか?』

すると少女はにこかに笑い

『うん!おじいちゃんいってたよ!『いいかい、マイちゃん。神様はいるんだ、気難しくて、ちょっぴりズボラだけど、とても優しくて誰よりも僕たちのことを知っていて、誰よりも僕たちのことを知らない、そんな誰よりも人間らしい神様が確かにいるんだ。』って!』


少女の話を聴いて青年は失笑する。


『ズボラでわるかったな…』

『”ずぼら”って?』

『がさつってこと。』

『”がさつ”ってなに?』

『う〜ん…』

青年が少女の質問に答えようと

した時、不意に少女が

青年に何かを差し出す。


手帳だ。

俺の。

幾十年か昔に何処かに落としてしまったと

思っていた手帳だ。

推察するに、さしづめ俺がこの駅に忘れた手帳をあの少年が拾い、この少女に譲ったっと云ったところだろう。

故に不思議だ。何故、この手帳をこの少女が持っており、何故、俺のものだと知っている…?

様々な思考の末、少女に尋ねる。

『この手帳は…?』


『おじいちゃんの!おじいちゃんが

『もし、神様に会うような事があったら渡してくれ』って!』

少女はニコニコしながら答えた。


もしって…普通はないだろ…

っと青年は心の中でぼやいてみるが

事実、この少女がいて、その事象は

覆すことの出来ない真実である。

そう考えると、無性に可笑しくなり再び失笑。


『そうか…じゃあ、お前はおじいさんの

言いつけを守ったわけだ。いい子だな。』


『うん!』

少女は元気に答える。


すると、青年は顔を綻ばせながら

『そんないい子に何もしないってのは、いくら神様でもバチが当たるな〜…』

っと言い、持っていた手帳を彼女に返した。

『えっ?いらないの?』

少女は目をパチクリさせて尋ねた。

『あぁ、俺にはもういらないんだ…』

青年は微笑みながら答える。

刹那、ホームに列車が来た。

『もといた場所に帰るんだ。一人で乗れるな…?』

っと青年が優しく尋ねると

『うん!』

少女は明るく答える。

『よし!じゃあ、お別れだ!』

青年は列車の出発と同時に

西洋紳士のような小洒落たお辞儀を交わす。

少女は窓から身を乗り出し青年の姿が見えなくなるまで駅を眺め続けた。







そこからの記憶はあまり残っていない。





その頃私はとても強い病に侵され生死の境を彷徨っていた。

医師もできることはやり尽くしたと匙を投げ、ただ祈ることしかできなかったと言う。だから、後に後遺症もなく元気に回復したことが奇跡のようだと医師は言ったそうだ。

父にこの事を話すと、

『きっと、おじいちゃんが守ってくれたんだね…』っと云っていた。














…あれから何年たった?…









世間は相も変わらず物騒な

ニュースで溢れてる。

時代柄に彩られたゴシップの海から

本当の答を見出さなければならない。

いざ、飛び込んでみると

そこには有象無象のガラクタで

築かれた都市がそびえるだけで

他にはなにもない。

なにもなかったんだ。




だから私はページを捲る



手帳のそっと古い革細工で加工された表紙を指でなぞる。



…May Dayー。May Day。…

喋れなかった彼女どうしてるのだろう?




…May Day。May Day。…

歳をとることを忘れた少女どうしているだろう?





…May Day。May Day。…

雑踏に塗れる日々の中、正義を追い求める彼はどうなったのだろう?




…May Dayー。May Day。…

寒空の駅に佇む彼はどうしているだろう?





…May Dayー。May Day。…

そして、彼は世界に嫌われ続けた

彼はどうなったのだろう?






私が知る由のない物語の狂言回し達。

彼らは確かに実在したんだ。

私の生きとし生けるこの世界に

確かに生きていたんだ。

かれらはどうなったのだろうか?





どうしているだろうか?

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Re:born 八月 @Eight424

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