「無事だったか」

 次の日、イッセがチーム専用の作戦室へ行くとホッとした顔で長月が出迎えてくれた。残りのメンバーも揃っている。

 「よくあいつに掴まって無事だったな。奇跡の生還だってメクロイア内でも盛り上がっているよ。次の策に活かすためにもぜひ情報を共有させてほしいってな」

 内容の割りにその顔は苦虫を噛み潰したようで、イッセは苦笑した。

 「はい、もちろんです。あまり役に立つかどうかはわからないですが。それよりみんなこそ無事で本当に良かった。あと山峰さん」

 「なんだい?」

 「意識のなかった俺を助け出してくれたと聞きました。ありがとうございました」

 そうなのだ。あの後地下で倒れていたイッセを施設に連れ帰ったのは山峰だった。ちょうど憲兵がイッセを発見したところで、多少のいざこざがあったらしい。

 「礼はいらない。当たり前のことをしただけだ。こっちは運良く合流することができたからな。人数では我々のほうが勝っていた。アーサーは逃がしてしまったが、今回はこれでよかった。おかげでみんな無事だ。ただ……コノハ君を除いてだけどな」

 みんなの視線が遠慮がちに、だが隠しきれないほど強く興味の色を孕んだのを感じた。イッセは小さく息をついた。黙っていたところでこの事実は変わらない。

 「そうですね。ご存知かと思いますが、コノハは消滅しました」

 みんながこの表現をどう捉えたかはわからないが、イッセはあえて死んだとは言わなかった。

 彼女という個体は消滅しても、彼女の存在していた証は間違いなくイッセとヨシノの中に生きている。ただ姿が消えてしまっただけで、彼女は今でもイッセの中で〝死んで〟はいないのだ。

 「来週、新しいクロイドが孵化するそうです。慣れるまで時間はかかると思いますが、これからもまたよろしくお願いします」

 傷心をおくびにも出さず沈着した態度で頭を下げるイッセに、「もちろんだよ!」と真っ先に返したのは高宮だった。彼女の瞳に溜まった涙が、今にも零れ落ちそうなほど揺れている。

 イッセが顔を上げると、高宮は慌てて赤らんだ目元をぐいっと袖口で拭った。並んで立つ長月の瞳が同じように濡れていたのが意外で、イッセの胸はカァッとしめつけられた。

 誤魔化すように山峰に視線を移せば、全てわかっているよといわんばかりの包容力で静かに微笑んでいる。じわじわと目頭が熱くなる。そんなイッセを優しく見つめ、「いいチームね」と千川は眩しそうに瞳を細めた。

 なんだか急に可笑しくなった。出会ってばかりの頃は疎まれて嵌められて決して仲良くはなかった。それが今となっては自分のために涙を流してくれている。なによりも仲間なんていらないと思っていた自分が、この状況にいちばんホッとしているのだ。

 ――仲間っていいもんだな。

 「あぁ」

 ヨシノの擽ったそうな声にイッセも頷く。

 運命共同体、それもいいかもしれない。辛くたってこんなにも満たされているのだから。巻き込み上等。巻き込んでそれでもみんなを助けられるくらい強くなる。

 コノハのためにも俺は――

 「そういえば長月君は高宮君に告白したのかい?」

 「は?え?」

 この場の全員がロボットのような正確な動きで瞠目する長月を見た。湿っぽい空気は山峰のひと言で一掃されたらしい。みんなの瞳はすっかり次の話題への好奇に満ちている。

 「あれ?言ってなかったっけ、アーサーとの戦いの最中に。ここから生きて帰ったらどーのこーのって」

 「気のせいだったかな」と嘯きながら、山峰はにたりとお得意の悪い顔をしてみせた。

 「え……シュウってそうだったの?あたしのこと……ねぇ本気?」

 もちろんいちばん驚いているのは高宮だ。若干、声は引き気味である。一方、長月の顔は火を噴きそうなほど真っ赤で、少し可哀相な気もした。

 「うああっもうどうにでもなれっ!そうだよ俺は――」

 「ストーップ!シュウごめんっ」

 「へ?」

 全身全霊の告白を遮られて、長月は毒気を抜かれたように動きを止めた。中途半端になった手が空中を行き場なく彷徨っている。

 当の高宮はというと、そんな長月を置き去りにしたまま、なぜかイッセに向かって「あたしは……」と呟いた。

「?」

 視線の集中砲火を浴びる。

 長月に限っては表情がげっそりと失われていてまるで亡霊のようだ。突けば今にも足元から砂と化して消えてしまいそうな危うさである。

 「いやっ俺は……てかなんで俺?」

 ――モテる男はつらいなぁ、イッセ?

 ヨシノにまでからかわれて、頬がひくりと引き攣った。

 「俺は無罪だ。断じて俺のせいではない」

 心の声が思わず洩れ出れば、山峰の口元がさらにいやらしく吊り上がる。

 イッセは小さな悲鳴を上げると立ち所に逃げの体勢をとった。まったくもって嫌な予感しかしない。

 「あの、俺まだ病み上がり……なんでっ」

 イッセが駆け出すと同時に、山峰の嬉々とした指令が飛んだ。

 「よし、イッセ君を取り押さえろっ」

 「てめぇズビ……イッセ!」

 後方から長月の鼻水交じりの怒声が聴こえてくる。イッセは息を切らして走りながら、なぜか涙が溢れて止まらなかった。

 あぁ生きている。

 その実感が嬉しくて愛おしくて堪らなくて。

 〝イッセ、ありがとう〟

 あたたかな風がイッセを追い越して駆けていく。立ち止まらずにその風を見送りながら、イッセは精一杯の笑顔をつくった。




 第一部 −欠片の在処−  

 おわり

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【クロイドー欠片の在処―】 伊勢早クロロ @kurohige

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