最終章 【決意】
イッセが目を覚ますと、そこは見覚えのあるベッドの上だった。周りには施設に連れてこられて早々にお世話になった検査機器たちが並んでいる。以前は何をするにもモニター越しでの会話だったが、今は傍らに人の気配を感じた。
「気がついたみたいだね」
この声は八十島だ。まだぼやける視界の端に人影が揺れている。
「あれから三日が経つけど、身体の調子はどう?」
時間の経過と共に、相変わらずゆっくりとしたテンポの八十島の姿が、はっきりとイッセの瞳に映し出された。にこにこと顔を覗き込む、その両の手はしっかり白衣のポケットの中である。やる気があるのかないのかいまいち掴めない。
イッセは顔を廻らせた。三日と聞いて改めて自分の身体を確かめたのだ。刺された手足の傷はきれいに塞がっている。首筋はじくじく痛む気もするが、きっと気のせいだろう。やりどころのない胸の痛みを錯覚しているだけた。
「コノハ……」
耳ざとい八十島がイッセの小さな呟きを拾って吐息を漏らした。
「彼女のことは残念だったね」
慰藉の言葉も、今はどこか軽薄なものにしか感じない。まだ現実を受け止められずにいるのだということは自分でもわかっている。
守ってやれなかった。この手で彼女を。いや、この手が彼女を逝かせてしまったのだ。自分が弱いばかりに、守るべきはずのコノハに守られてしまった。
イッセは拳を硬く握った。目が覚めてからずっと自責の念がイッセの心を重く押し潰していた。
「自爆機能ってなんですか」
彼女が最期に告げたその機能は、彼女の決意を揺るぎないものにするには十分すぎた。イッセを大切に想う気持ちが彼女に最期の決断をさせたのだ。
「クロイドは最優先事項としてオーナーを守るようにインプットされているんだ。その最終手段として自爆機能がある。コノハ君は優秀だったよ。最善の策を投じたんだ。そして彼女にその決断をさせた君は、また優秀なオーナーだ」
「どうして……事前に教えてくれなかったんですか」
八十島はポケットから手を出すとイッセの座るベッドの縁に手をついた。
「じゃあ逆に訊こう。この事実を聞かされていたら、君はどうした?」
「それは……」
言葉を詰まらせるイッセを見下ろす視線が痛い。
「余計な選択肢が増えれば、その分選択を間違える可能性も増える。経験した者はこの事実を知るだろう。それでも経験しないで済む者もいる。変な動揺はさせたくない。それに愚か者がこれを最終手段以外に使わないとも限らないからね。人間にしろクロイドにしろ無駄に死人はつくりたくないんだよ。だからイッセ君もこのことは他言無用で頼むよ」
「山峰さんも……」
「そうだね、彼も前のクロイドを自爆で失っている。壮絶だったよ。彼は本気で彼女を愛していたからね」
「そう、ですか……」
山峰が切り捨てる覚悟をしろと言っていた意味が今ならわかる。
決して切り捨てたわけではない。それでもそれくらいの覚悟が、決断が必要だと山峰はいいたかったのだ。それはもちろん自身の経験から出た後輩へのアドバイスで、自分に向けた言葉だったのだろう。
「こんなときに話すことじゃないけど」
「なんですか」
「新しいクロイドを準備してる」
イッセは息を呑んだ。
覚悟をしていたことだ。それでもコノハがいなくなったからといってすぐに「はい次」とはなれない。それは八十島だって承知の上だ。しかしここにいる限り、上の命令を――クロイドを拒否することができないのもまた事実なのだ。受け入れるしかない。
「わかりました。孵化には立ち合わせてもらいます」
「よかった。そういってくれると助かるよ」
屈託のない笑顔を残して八十島は部屋を出て行った。一人残されたベッドの上で、自分は関係ないとばかりに傍観を気取っている天井を仰ぐ。
イッセはモニター越しにやっぱりどこか幼さの残る彼女の声が聴こえてくるまで、黙ってただ白いだけの天井を見つめた。
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