第1部 『暁の水平線に』 2

《広島県呉市 自衛隊呉基地前海域》


「ウソだろ!? なんだあれは!?」


 海塚栄純(かいづかえいじゅん)艦長は目に映った光景に戦慄を覚えた。海塚艦長の乗るイージス艦の前方に全長が100メートルを優に超える巨大な巡洋艦が現れたのだ。


「あれはイージス艦のレベルを優に超しているぞ」


 海塚艦長の隣で艦の操縦を行っていた海神伸栄(わだつみしんえい)も目視した。

 目の前に浮かぶ鋼の船は海中から現れた。浮上してきた瞬間は潜水艦だと思ったがあまりにもサイズが違いすぎる。船体から海水を吐き出す巨大な船は200メートル近くあった。船体の前部と思われる場所には直径30センチ超えの口径を持った主砲が2本連なっており、同じものが6つも搭載されていた。


「うそだろ。あんな巨体の船が海に沈んでいるなんて……」


 200メートルを超え、ステルス装甲も何もされていない船が海中にいれば漁船の魚群探知機でも発見できるような時代だ。そんな巨大な船を発見できなかったことの衝撃も強かったがそれ以上に海塚艦長は目の前に悠然と浮かぶ鋼の船に見覚えがあった。


「まさか……いや、そんなバカなことがあってたまるか」


 海塚艦長は奥歯に物が挟まったかのような言い方をしながら腕を組む。


「艦長……?」


 海神はまるで悪魔に見入られたかのように冷や汗を流している海塚艦長を見る。艦長の表情に心が重苦しくざわつく。


「もしかすると、あれは……旧日本海軍の――――」


 直後。腹の奥に響くような太い爆発音が炸裂した。

 まるで、近くで打ち上げ花火でも爆発したような感覚だった。

 目の前の船から聞こえたものだと理解した瞬間、海塚艦長の乗っていたイージス艦が激しく揺れた。島に座礁してしまったかのような衝撃と揺れが乗務員を襲う。


「被弾! 前方甲板に被弾しました!」


 イージス艦は大きく揺れ、左に傾く。

 乗務員全員に激しい焦燥感が襲う。

 被弾箇所を中心に黒い炭をかぶり黒煙が上がっている。甲板からはわずかに火災も発生している。一発の被弾で決定的なダメージを受けたのは間違いなかった。


「撃ってきたのか!」


 総毛立つ思いで巨大な船のほうを見ると六つある主砲のうち一つが海塚艦長の乗るイージス艦に向けられており、主砲からは黒煙が出ている。

 残りの主砲も旋回を続けている。

 明らかに照準されている。

 海塚艦長は血の気が引くのをヒシヒシと感じた。


「やばい!! 海神! 全速前進左旋回取り舵いっぱい!」


「了解です! 機関全速! 取り舵いっぱい!!」


 海神は手に持っていた艦の舵を思い切り左に切る。

 同時に微速で駆動していたエンジンをフルスロットルに変更する。

 機関の駆動音が鳴り響き、船体の後部のスクリューが一気に回転を始め大量の泡を発生させて船が動き出す。

 と、思った瞬間だった。

 再び腹に響く太い爆発音がした。

 今度は一発じゃない。


「おそかっ―――――」


 彼の言葉は最後まで続かなかった。

 五基の主砲10門のうち三発の砲弾がイージス艦に直撃し、撃たれた砲弾は着弾と同時に爆発音を残して炸裂した。着弾した榴弾のうち一発は甲板を貫き、また一つは艦橋に被弾した。甲板を貫いた榴弾はそのまま弾薬庫まで侵入し、予備弾倉を巻き込んだ。

 イージス艦は二つに割れ、艦橋は人の生存など絶望的なくらいにひしゃげており、爆発の熱で赤く発光している。爆発した弾薬庫からは炎が上がり、船内に浸水も発生していた。

 撃ってきた艦はいまだに反撃を警戒して片舷10門の副砲をイージス艦に向けたままだった。

 しかし、弾薬庫の爆発と艦橋の爆発によりイージス艦としての機能を失った船からの反撃などできるはずもなかった。船体は浸水が進み、じわじわと海中に沈んでいく。

 沈んでいくイージス艦のさまを巨大な艦の主砲の上で眺めているものがいた。


    海上自衛隊報告 7月24日 11時23分 イージス艦あたご 撃沈

                   同時刻 身元不明の戦艦を発見



   Ⅰ


《東京都千代田区 テレビ朝日前》


 テレビ朝日の目の前に巨大なモニターが設置されていた。モニターには、関西弁を話す司会とアナウンサーが映っており、昼のバラエティ番組をやっていた。

 秋葉原を行き交う人々はモニターの音を聞き流しながら忙しない足取りで歩いている。


『緊急ニュースです』


 唐突にバラエティ番組から先ほどとは違う女性アナウンサー1人だけの映像に切り替わった。女性アナウンサーの表情は緊張の色が見て取れる。何事かとモニターに耳を傾けていた人々の足が止まる。

 この時はまだ、ここで世界を変えるかもしれない事件の報告だとは誰も予想はしなかっただろう。


『自衛隊のイージス艦・あたごが正体不明の船に撃沈されという衝撃の事実がさきほど海上自衛隊より発表がありました。なお、詳しい状況については12時からの記者会見で発表するということです』


 あまり、ピンと来なかった人のほうが多かっただろう。

 巨大モニターの前の人々は立ち止まったままざわついているだけだった。テレビの前で見ていた主婦も、軍事に詳しくない政治家ですらその状況を一瞬で理解できていたかわからない。

 これが戦いのはじまりだとは誰も思わなかったのは確かだろう。


   Ⅱ


《広島県呉市 自衛隊呉基地》


 榮倉大和はイージス艦あたごが撃沈した情報を呉基地で知ることになった。

 しかも、わずか十数キロ先での出来事だった。


「榮倉! 呉基地内にも侵入の恐れがある! ただちに緊急配備に就くんだ!」


 額に大粒の汗を流した宿舎の寮監が大声で急かす。

 呉基地の宿舎は日曜日ということで多くの隊員が残っており、みんな大慌てで着替えをしている。かくいう榮倉も出動がかかっており、半信半疑のまま自衛隊服に着替えていた。


「なあ! これってなんかの訓練なんてオチはないよな!」


 榮倉の同室の喜田雄平だ。喜田の声からは、激しい焦りの色が聞いて取れる。

 榮倉と喜田は着替えを終えるとすぐに宿舎を飛び出した。


「そうであったらこっちも万々歳だよ」


 心の奥の苦い心情を抑え込み宿舎前で停車しているジープに乗り込む。

 ジープに乗り込むとすぐ後に数人の隊員が血相を変えて乗り込んできた。

 彼らの表情もいつも訓練に行く時のような感じではない。おそらく、彼らも緊急配備に呼ばれているメンバーだろう。顔を知らないので部署は違うだろう。


「よし、定員だ! すっ飛ばすからお前ら舌ぁ噛むなよ!」


 ジープの運転手はそれだけ言うと思い切りアクセルを踏んで走り出す。

 宿舎から基地までは三分ほどで着く。

 道中の施設では別の隊員が機銃を持っている様子が見えた。

 ただの訓練とは思えない。


「おいおい……こりゃ本格的にヤバい感じじゃないか!?」


 喜田も機銃を持つ隊員の姿を見たのだろう。


「そのようだな……」


 榮倉の中に入っている情報は数少なく、何が起きているのかほとんど分かっていないが、ジープから見える隊員の重苦しい空気からただ事ではないことが伝わってくる。寮監の言っていた通り、イージス艦が沈没したということなら日本に脅威を与える存在が現れたことになるのは確実だ。

 まだ、ニュースでは言っていないだろうがすでに国際問題に発展している可能性もある。


「ん?」


 ピピ、という機械音がジープ内に鳴った。音は一つではなく全員から聞こえる。

 確認すると自衛隊用の携帯端末にどこに配備すればいいか等の連絡だった。

 届いたのは榮倉だけでなく、隊員全員に送られているようだ。


「俺は整備場か。訓練通りだな」


 喜田は少し落ち着いたようにパタン、と携帯端末をしまう。


「んで、お前はどこだ? 訓練通り通信部か?」


 喜田に聞かれて榮倉もすぐに自分の名前を探す。

 複数ある部署の通信部を見るがそこには名前はなかった。


「あれ? 通信部じゃないみたいだ」


「マジかよ! それって」


 目を丸くして喜田も確認する。しかし、やはり名前はそこにはなかった。

 訓練とは違うということは多少ある。ほとんどは通信部なら司令部など、似通った部署に送られるがその辺りにも榮倉の名前はなかった。


「榮倉曹長……!」


 名前を探しているとジープ内の隊員の一人が声を上げた。


「ん? どうした? えっと……」


 声を上げた隊員の顔を凝視する。名前を思い出そうとするが、思いつかない。


「代田です。代田明人です。先日、輸送隊に配備された一等海士です」


「ああ、そうか。だから見覚えがなかったのか。それで、どうしたんだ?」


 納得したとばかりに榮倉は記憶の模索をやめる。


「実は榮倉曹長の名前を見つけました」


「おお! よくやった!」


 榮倉が反応する前に喜田が反応した。


「ありがとう。どこか教えてくれないか?」


「はい。実は榮倉曹長の名前は『砲雷長』という欄にありました」


「砲雷長だと!?」


「本当にそこに?」


 喜田と榮倉は鞭で叩かれたかのように驚いた。


「確認していただければ確かにそう書いてあると思います」


 代田の言うとおり携帯端末を確認すると確かに『砲雷長』の欄にしっかりと榮倉大和の四文字が記されていた。間違いがないように隣には海曹長のエンブレムが表記されている。


「本当じゃないか……お前、砲雷撃訓練ってあれ一回きりだよな」


「まあ、そうだな」


 喜田の表情は重苦しかった。

 確かに榮倉は訓練生の時に艦長訓練は受けた。その時の成績も上位だった。

 だが、訓練で行ったのはシミュレーターによる疑似的な訓練ばかりだ。年も若く経験の少ない榮倉を砲雷長に据えるのは素直に驚くしかない。


「どうやら、今の状況で砲雷長に置けるのがお前さんしかいないみたいだぜ。若造」


 ジープを運転している男が口を開いた。

 70キロ後半で一般道路を運転しながら左手でタブレット端末を投げてきた。それをキャッチするとそこには現在不在の隊員一覧が表示されていた。


「どういうことですかこれは?」


「先輩だからって敬語じゃなくてもいいんだぜ。一応、階級はお前さんのほうが上だからな。それで、そのことなんだが……今、観艦式なんてたいそうなもんが計画されていてな。そいつのために複数のイージス艦と護衛艦を航海させるらしいんだ」


「それでどういうことですか?」


 ジープの運転手は素早い手捌きで基地内に入る。


「その計画のために東京で会議があるみたいだ。そいつのためにほとんどの上位階級の奴は向かっているみたいだ。すでに航海中の複数の砲雷長は別だがな」


「ですけど、少なくとも僕よりこの篠田一等海尉のほうが良いのではないですか?」


「ああ、確かにそうかもしれないが。今の篠田は白内障を患っている」


「おいおい……そんな話聞いてないぞ」


 さすがに喜田も驚いたようだ。


「だろうな。あの性格だから隠しているだろうからな。まあ、いっぺん医者に診てもらっている以上その診察情報は上層部には伝わっているからな。そのへんもあって砲雷撃訓練で成績のいいお前さんを据えることにしたんだろうな」


「なるほど……」


 確かに納得できる話だ。

 この状況なら榮倉に砲雷長が回ってくるのもあり得ないことはない。

 納得すると唐突に緊張の波が押し寄せてきた。

 一大事で上層部も博打に出たものだと思いながら緊張を心の中に押しとどめる。


「着いたぞ!」


 運転手の言葉と同時にジープが停車した。

 すぐに隊員たちはジープを降りるとそれぞれの部署に向かっていく。

 榮倉もすぐにジープを降り、複数の艦が停泊している港の中へと走ろうとした。


「榮倉!」


「どうした?」


「お互い自衛隊初の戦死者なんかにならないようにしようぜ」


 グッと野太い親指を突き出してくる。


「お前こそ」


 頬をわずかに緩め、笑みをこぼした。

 ジープを降りるとネームプレートに水谷と書いてある一人の自衛隊員が待っていた。肩には二等海曹のエンブレムをつけている。


「水谷二等海曹です! 船までは私のジープでお送りします!」


 両足をきっちり揃えて水谷はキリッとした面持ちで声を上げる。


「わかった。よろしくたのむぞ」


 水谷の後ろにはさっきまでの複数人乗るようなジープではなく四人乗りのジープが一台停めてあり、そのジープに乗り込んでイージス艦のほうへ向かう。


   Ⅲ


《広島県呉市 沖合 イージス艦こんごう船内》


 7月24日

 榮倉の乗ったイージス艦こんごうは呉港内を抜け、あたごの反応喪失地点に向けて呉沖合を航行していた。

 榮倉がイージス艦に実際に乗ったのは初めてになる。今まではシミュレーションでしか操作してこなかったが、シミュレーションの時より居心地は良い。

 複数の乗務員がモニターに向かっており、それぞれの仕事を行っている。


「砲雷長。こちらはあたごが最後に送信してきたデータです」


 乗務員の一人が榮倉のモニターに3つのデータを表示した。胸のネームプレートには武藤と書かれている。

 モニターにはあたごの信号が喪失したポイントの地図が映されており、クエスチョンマークで攻撃してきた艦を表示している。双方の距離は目測で6700キロ。このくらいの距離なら大抵の砲弾は命中する。例え前時代の駆逐艦でも主砲の範囲内だ。


「かなり距離が近いな。あたごはこんなに近づかれるまで気づかなかったのか?」


 今のイージス艦は第二次世界大戦時のような小さな範囲の電探ではなく約400キロ先の敵艦ですら探知できるレーダーを備えている。例え海中で潜航していたとしてもこれほどの距離まで近づかれるのはあり得ない。

 しかし、現実は違う。


「そのようです。これが発見時のAWSの索敵結果です。なんと言いますか……これは」


 奥歯に物が挟まったように歯切れ悪く武藤は榮倉にデータを見せた。


「海の底から出てきたって感じだな」


「はい……」


「もしかすると、ステルス性能に長けた潜水艦という可能性が……」


「いや」


 榮倉は武藤の意見をすぐに否定した。潜水艦というには明らかに水面に出てきた後の反応が大きすぎる。

 まるで、一つの島のように巨大な反応だった。そんな巨大な船が水深100メートルもない海中に潜航していればどれほど静かに動いていても必ず反応は出るはずだ。それが出なかったとなれば突如海底から現れたという突飛な結論に至っても仕方ない。


「どこの国にもこれほど巨大な潜水艦を造っているなんて情報はない。それにステルス性能に技術を持って行ったとなればこれほど巨大な兵装は搭載できないはずだ。あたごの受けた砲弾は推定三〇センチ以上の巨大なものだったな」


「そうです。一足先に海上保安庁のボートが確認しました」


 武藤は手に持ったタブレットを見る。


「となれば、主砲の口径は少なくとも30センチはある。そんな巨大な主砲を積んで潜航するなんて考えられない」


「そうですね。だとすればどういうことなのでしょう」


「わからない。だが、とりあえずやつを追えば何かわかるだろうな」


 榮倉はそういうとイージス艦こんごうの索敵マップを指差した。

 マップには未確認の反応が一つあった。


「榮倉! 未確認艦を見つけたぞ!」


 索敵担当の和田淳一等海士が荒々しく声を上げた。

 和田の声を聞いて周囲の乗務員に緊張が走る。

 今までシミュレーションでは何度も訓練をしていたが実戦はほとんど経験がない。


「ありがとうございます。和田さん。距離と速度は分かりますか?」


「ああ、バッチリわかるぜ。距離24キロ速度16ノットってところだな」


「遅いな」


「俺たちは30ノットだ。あっちは図体のせいかかなり鈍足だな」


 しかも、この距離になってもまだ気づいたという反応はない。


「どうする? 追うか? それともあたごのほうに向かうか?」


 本来の目的はあたごの状況確認だ。ただ、先に海上保安庁がある程度の確認は済ませてあることは先ほどの報告で分かった。

 それならば、選択肢は一つだ。


「追うぞ。距離はこの状態をキープしていこう」


「わかった。では――」


 和田が未確認艦に目を向けた直後だった。

 けたたましい警告音が鳴り響いた。ほんの一瞬にして室内は赤い警告メッセージで埋め尽くされた。艦内の乗務員全員の心臓は激しく脈打つ。


「未確認艦より砲撃を確認!! まっすぐこちらに偏差射撃されています!!」


 乗務員の一人が声を荒げた。


「すぐに着弾予測を出すんだ!」


 和田が苛立ちを見せながら声を上げる。

 イージス艦内からキーボードを叩く音が響き渡る。

 着弾予測はすぐに出た。


「予測地点でました! 外れます!」


 声を上げた乗務員にはわずかに安堵の色が見て取れた。


「よし! このままの速度で砲弾を回避! すぐに主砲及び巡洋ミサイルを装填!」


 榮倉は激しく声を上げる。

 その頃には敵砲弾がそばに来ていた。


「来るぞ! 衝撃に備えろ!」


 激しく海面を叩く音が鳴り響き、大きな水しぶきを上げてまるで雨が降ってきたかのように艦上に降り注いだ。直後に砲弾の波で艦がわずかに揺れる。


「砲雷長! 次来ます!」


 マップにはすでに四発の砲弾がこちらに向かっていた。


「なるほど。弾着観測射撃か」


「感心している場合じゃないぞ榮倉! 予測地点を出すぞ! しっかり指揮してくれよ!」


 マップに出た予測コースは四発とも直撃コースだ。

 どうやら、未確認艦の補正能力は相当のものらしい。


「速度を20ノットまで減速! 舵を右に!」


「完璧だ! 榮倉」


 和田はそういうと隣で操縦桿を握っている航海長と顔を合わせると小さく頷いた。


「機関減速! 面舵いっぱい!」


 すぐ後に艦が小さく揺れわずかに速度が遅れる。すぐに船体も右に動く。マップ上に映った射線の予測もずれモニターから警告メッセージが消える。


「榮倉さん!! ダメです! すぐに機関全速にしてください!」


 乗務員の一人が声を荒げた。

 榮倉がその意図を聞こうとする直前、四つの砲弾のうち一発が前部装甲をかすめ着弾し、大きな水しぶきを上げた。


「あっぶねえ……」


 和田がホッと一息つく。


「それより、さっきのはどういうことだ」


 榮倉は先ほど大きな声を上げた乗務員を見る。

 彼は冷や汗をだらだらと流しながらモニターに一つの映像を映した。


「魚雷か!!」


 しかも旋回後のコースに向かっている。


「なんだと!」


 和田の表情が再び焦りに変わる。

 すぐに和田は航海長に視線を向ける。


「右舷より魚雷接近! すぐに旋回を中断! 機関全速!」


 慌ただしい声を聞いて艦内に焦燥の色が漂っていた。

 直後だった。再びけたたましい警告音が鳴り響く。


「再び砲撃を確認しました! 着弾予測します!」


 2発の砲弾がこちらに向かってきていた。


「直撃コースです!!」


「やばいぞ榮倉! こりゃ八方ふさがりだ!」


 このまま航行していたら砲弾の餌食になる。だからと言って減速すれば魚雷の射線に入る。さらに、これ以上速度を上げることができない。左に抜けるという選択肢があるが右旋回でわずかに艦が右を向いているので着弾までに間に合わない。

 榮倉の心の中をかきむしられるような焦燥感が襲っていた。

 このままじゃあたごの二の舞だ。

 だらだらと流れる汗が思考力を鈍らせる。

 そう思っていた時だった。


「砲雷長! 主砲準備できました!」


 乗務員の一人が叫んだ。


「主砲……?」


 榮倉の中にシミュレーション時に一度だけ試したことのある映像が流れた。


「やるしかない!」


「榮倉! どうする気だ!?」


「機関全速! 面舵いっぱい! 前部主砲を右に35度! 仰角マイナス15度!」


 榮倉は冷や汗を額に流しながら戦況を見守る。

 指示するとすぐに乗務員たちは動き出した。

 砲撃の着弾まであと5秒前後。魚雷の直撃までは8秒といったところだ。それだけあれば十分間に合うはずだ。


「榮倉! 何をする気だ! このままだと魚雷が直撃するぞ!」


「大丈夫ですよ」


 わずかに笑みを浮かべ再びマップに目を移した。

 艦が激しく揺れ速度を上げ右に舵を取り始めた。


「砲雷長! 前部主砲、左35度! 仰角マイナス15度準備できました!」


 報告の直後。砲弾2発のうち1発が海面に着弾した。




「主砲撃てぇえ!!」




 榮倉の掛け声の直後に主砲の大きな爆発音が艦内に響き渡った。

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大和桜の舞う頃に 有佐愛里洲 @Alisa_alice

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