冬の蝉 - 離魂 -

黒田ヨナ/Yonah

プロローグ


 それは、病院からの帰り道だった。


 緩い微睡の中、何度も抗おうと目に力を込めた。

 時折激しく揺れる他は、緩やかに走行するバスだった。それは、さながら揺り籠のようであり、あまりにも無駄な足搔きに思えた。


 ――昨日、遅くまで起きていたからだ


 そう頭の中で冷静に分析するも、一定のリズムで揺れるバスの中では何の役にも立たなかった。

 お天道様が西に傾きかけた午後二時。携帯画面を触る乗客たち。寝ている人もちらほら確認できた。四角い車窓からは、強い日差しが差し込んでいる。バスに乗り込む前までに当たり前のように聴こえていた蝉の合唱。外の音は聴こえないが、蝉の鳴き声が聞こえてきそうだった。


「――…………っ」


 どれほど目に力を込めようと、睡魔はもうそこまで手招きをしているようだった。

 窓の景色も満足に楽しめず、半ば振り切るように、座席の横に付いているボタンを押す。それは次の目的地を告げるアナウンスに被せるように、ピンポーンと軽やかに車内に響いた。



 「両替しないと、お釣り、出てきませんよ」



 整理券とともに硬貨を投下すると、そう心配そうに運転手が告げた。慌てて何度も頭を下げ、後ろにいた学生の料金でお釣りをもらい事無きを得た。

 やっと着いた、とバスから降りて一息ついたところで、どうしようもない違和感に襲われた。

 そしてそれは、すぐに気付けるものだった。



 「……あれ、ここ、どこだ」



 降りたバス停は、どこまでも森が見渡せる。高い道路の向こう側には、見事な山があるからだ。

 辺りには、人気のない、古びたベンチが並んでいる。誰も気に掛けないからか、塗装が剥げてまともに座れそうもない。

 

 そこはつい数時間前に使ったバス停とは打って変わって、とても静かだった。田舎が、更に田舎になったような。


 不安になり、腕時計を目の高さまでにかざす。日付まで刻まれたそれには、確かに今日の日付と、あれから30分しか経ってないことを告げている。

 そんな中で、もう一つ、強烈な違和感が襲った。どうして、こんなにも静かなのだと。



 あんなにも煩く響いていた蝉の鳴き声が、なぜか聞こえてこなかったのだった。



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