五大都市『コード・レジスタ』

七草御粥

プロローグ

日本の終わり、新世界の始まり

「な、何が起きてるんだ……?」


 思わず口に出てしまった。それも仕方ないだろう。


 空を見上げれば、いつの日か見た漆黒の空が日本を、日本に似た海上都市を覆っていた。


 その雲の隙間から様々な色をした異系のが東京めがけて進行して来ていた。


「東。どうする?このままだと東京支部一直線だぞ?」

「別に東京支部はいくら壊してくれても構わない」

「馬鹿か!あそこは守らないといけない最重要項目だろ!」

「説明には建物を破壊してはならない、とは書かれてないぞ」

「それとこれとは話が別だろ……」


 金髪が漆黒の空に生える少年、葉山才人はやまさいとは額に手を当て、呆れたようにため息を吐く。


 才人の横で立っている東悠斗あずまゆうとは彼のその行動を無視する。否、それを気にする余裕がない。


 大群が押し寄せているのだ。それも何十ではない。何百、何千それ以上の大群が東京の空を覆い尽くしている。空が見えないのも、それらが空一面を覆い尽くしてしまっているからである。


 東京の街は逃げ惑う人々で混乱が生じている。道路には車が大渋滞を起こしており、クラクションがかき鳴らされている。逃げる人々は電車を利用するために駅へと押しかけるが、電車でさえも動かず、混乱を起こしている。


「混乱してるな。とりあえず一時避難場所を作るか」

「どこに作るつもりだよ。と言うか、俺達には防御系の能力はないぞ」

「だったら呼べばいい話だろう。姫川と郡司を呼び出そう」


 悠斗は二つの画面を表示し、コールする。先に出てきたのは、神奈川支部の支部長である姫川愛沙ひめかわあいさであった。


『もしもし。姫川です。ユウくん?』

「……その呼び方はむず痒いから止めてもらいたいな。それより、お前は今どこにいるんだ?」

『そうだね。近くに野球場があるかな』

「野球場……。神宮球場か……。姫川、今から新宿御苑に向かってもらえないか?地図はそっちに送る。着いたら防御壁を張ってもらえると助かる」

『わかった』


 通信が切れる。悠斗は素早く姫川に地図を送り、もう一人のコールを待つ。


 そしてようやく―――――。


『お兄ちゃん?』

「……その呼び方はむず痒いから止めてくれ」

『お兄ちゃんはお兄ちゃんだからお兄ちゃんなんだよ?』

「お前は俺を『お兄ちゃん病』にする気か……」

『私はもうお兄ちゃん病にかかってるよ?』


 通話から幼そうな声が聞こえてくる。悠斗のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのは一人だけである。


『私、郡司緋姫ぐんじひめはお兄ちゃんのことを愛しています』

「愛の言葉をありがとよ。それより、今どこにいるのかわかるか。何か目印になるものがあるとか……」

『犬の銅像が近くにあるよ。これって柴犬なのかな?』

「渋谷のハチ公像か……。そっちは混乱とかしてないのか?」

『混乱なら大丈夫だよ。今は渋谷駅構内に避難してもらってるよ。結界も張ってるし、物資もあるからしばらくは安全だよ』

「また山梨支部とか長野支部から助けをもらったわけじゃないよな……?」

『鈴ちゃんと冬実ちゃんにはお世話になってます』

「……後処理のことも考えてくれよな」


 渋谷の方は郡司が手を回してくれたのだが、いつものごとく名古屋支部の手を借りてしまっていた。後処理のことを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。


 郡司には代々木公園と明治神宮御苑での防御壁を展開するように指示し、姫川と同様に地図を送り、通話が途切れた。


「さて、これで少しは混乱が避けられる。後はどうやってを撤退させるか、だな」

「あまり暴れることができない状況の中でどうしようって言うんだ?まだ避難は終わっていないし、それに空を覆ってしまうほどの数だ。いくら東京支部の全戦力を注いだところであの数を捌ききれないのは明白だ」

「わかってるさ。……さて、ちょっくら連絡をしてみますか」

「連絡……?一体どこにさ」

「ちょっと面倒くさいとある支部の総合支部長さんに、ね」


 悠斗は再び画面を表示し、コールをする。しばらくコールをしていると、面倒くさそうな声を出しながら電話に出た。


『ふぁ……ぁ。……誰だ?』

「……おはよーさん、札幌支部長さん。今日はお日柄もよく……」

『おい。そっちはが接近してきてるんだろう?そんな脳天気に電話してるんだったらさっさと敵を撤退させろ、クズ』

「そう仰らずにすこーしだけ俺の話を訊いてくれませんかね?」

『さっさと要件を済ませろ。こっちだって忙しんだから』


 欠伸をしておいて何が忙しいのやら。だが、十勝廉人とかちれんとは相当苛立ちを覚えているようだ。怒らせるようなことをした覚えは悠斗には一切ないのだが。相変わらず嫌われているな。


「要件なんだが、ちょっくらそっちの戦力を貸してもらいたいなと思ってな」

『舐めたこと言ってると砲弾撃ち込むぞ』

「おいおい。冗談でもそれは良くないな。どうせ実行しても空気砲なんだろうけど。で、俺の話の結果はどうなんだ?」

『そうだな。確かに見る限りじゃあ、今の東京支部の戦力じゃあ結構手厳しいだろうな。仕方ない。そっちに乙葉と凛花を送ってやるからそれでどうにかしてくれ。報酬は結構高めだが、それで手を打ってもらえるか?』

「多少の借りは仕方ないからな。それで打ってやる。そんじゃあ報酬は、郡司に一日『お兄ちゃん』と呼んでもらえる券を発行ってことでいいか?」

『交渉成立だな。今からそっちに二人を向かわせてやるからな。二人に対する報酬も考えとけよ』

「了承した。んじゃあ、今度は顔合わせの時にな」

『出来れば会いたくないんだがな』


 そう言い捨てて通話は切れた。仲良くなるにはまだ時間がかかりそうである。


「おいおい。本人の知らないところでそんな末恐ろしい条件提示をしちゃって大丈夫なのかよ」

「大丈夫だろう。郡司なら俺の命令として受け取ってくれるだろう」

「お前は本当にドSなのかドMなのかわからねーな……」


 呆れている才人を無視し、悠斗は撤退させる方法を考える。


 彼らは上空から悠斗達のことを見ている。単に上空を浮遊しているようにも見えるが、彼らはそれなりの知能を有しているため、油断をするのは禁物である。


 彼らは上空で待機しているわけなのでそこに向けて砲撃を撃ち込みにいくか?いや、それは避けたほうがいい。ましてや、まだ避難の最中なのである。そのタイミングで砲撃などしたら甚大な被害が起きるのはもはや考えるまでもない。


 考えろ。考えるんだ、東悠斗。甚大な被害を避けるためにも考えるのだ。


 悠斗は地図を開き、さらに考え込む。横から才人に話しかけられている気がするが、それは気のせいだろう。それより、今は彼らを撤退させる方法を考えるのが先決である。


「訊けよ」

「こっちは真剣に考えてるんだ。少し黙ってろ」

「と言うか、俺に何か指令とかないんですかね?今俺は手持ち無沙汰の状態なんだが」

「それを今考えているんだろう。黙らないとお前だけ東京支部に残すぞ」

「別にそれでもいいんだがね」


 才人の態度に少しばかりカチンときた。普段からあまり怒らない悠斗だが、今の才人には少しだけだが怒りを感じた。本当に少しだけ。重要なので二回言った。


 と、考えているとコールと書かれたモニターが悠斗の前に表示された。それをタップし、コールに出る。


「こちら東京支部長の東だ。そっちは」

『こちらは宮城支部の凛花だ。今そっちに向かっている最中なのだが、どうも行く手に敵がいて、とてもそちらに行けそうにない』

「今どこにいるかわかるか?何か目に付くものでもいい」

『そうだな。眼下に川が見えるな。それと緑草地と、川とは別にもう一つ真っ直ぐに整備された短く、細長い川のような、水たまりのようなところがある』

「川に水たまり……?隅田川のことか?」

「違うな。隅田川は東京都内にある川だ。その手前ということは、多分荒川で足止めされているのだろう。緑草地は荒川運動公園、荒川戸田橋緑地で、大きな水たまりは元ボートレース戸田跡だろう」

「お前詳しいな……。それとそのボートレース、だっけ?なんだそれ」

「ボートレーサーと呼ばれた者達が専用のボートで水上を滑走し、観客は誰が優勝するか賭け事をするギャンブルの一種だったものだ」

「へぇ。そんなものもあったんだな」

『そんなことはどうでもいい。それより、我々はどうすればいい』

「そうだな……」


 札幌支部の助けで霧崎凛花きりさきりんか新垣乙葉にいがきおとはが来てくれたものの、その手前で敵に行く手を塞がれてしまったみたいである。


 敵が東京一体を包囲していることは想定できていたが、東京内に入り込めないほどの数がいることは予想外だった。まさか都心から離れている場所でもが占拠しているとは。


「凛花、東京以外には敵はいないのか?」

『栃木、埼玉上空を飛んできたが、そこには敵はいなかった。可能性とすればこの状況は東京だけだな』

「そうか……。やはり狙いは東京支部の本部であるこの建物ってことだな」

『そうだろうな。札幌支部も、一度同じような状況になったことがあるしな』

「体験談か。ますますその狙いである可能性が高まったな。才人、ようやく仕事だ。来客二人を東京内部に入れるように進路確保をしておけ」

「了解だ。しかし、それはリスクがないか?万が一、敵が俺達の方に一斉に向かってきたら―――」

「そうなればいいんだがな……」

「俺は捨て駒扱いかよ……」

「いや、お前みたいな攻撃に特化した生徒は他にいないんだ。そんなお前を俺が捨て駒にするなんてありえない話だろう」

「おかしいな。俺の記憶だと結構な確率で捨て駒扱いされてきたんだが……?」

「気のせいだ。わかったならさっさと自分の与えられた仕事をこなしてこい」

「はいはい……」


 素っ気のない返事をし、才人は凛花、乙葉のいる荒川に向けて飛んでいった。相当低空飛行だが、それは上空の敵に気づかれないようにしているからである。


 残された悠斗は再び凛花とのコールに戻る。が、既に凛花とのコールは切られており、新たなコールがモニターに表示されていた。悠斗はモニターをタップし、通話に出た。


「乙葉、好きだ」

『乙葉も、ご主人のことを愛してるワン!』

「すぐそこにいれば撫でてやれたのにな」

『やめろ。乙葉が汚れてしまうではないか。お前みたいな男には触らせないぞ。例えそれが十勝だろうとな』

「……凛花さん。一応、廉人はお前らの支部長なんだからな」

『知っている。だからこそ、だ』

「末恐ろしい忠告だな」

『凛花ちゃん!さっきからご主人と話が長いよ!乙葉にも話をさせてよ!』

『そうだな。何のために変わったのか、意味がなくなってしまうな』

「乙葉には甘いんだな……」

『何か?電話越しでよく聞こえません』

「……いえ、何もございません」


 廉人もこんなのを抱えているなんて大変なのだろうなと勝手に思ってしまう。特に札幌支部なんて変わり者が多いので、その辺の管理は大変そうだな。


「と、とりあえず、二人は才人が来るまでに出来るだけ敵の数を減らしておいてくれ」

『わかったよご主人!必ずご主人に頭を撫でてもらうからね!』

「ああ、約束だ」

『被害は最小限にしたほうがいいな?』

「そうしてくれると助かる。が、もしできそうにないならば、そっちの避難は完了しているはずだから思う存分暴れても構わないぞ」

『了承した』

『じゃあ、ご主人!約束は絶対に守ってよね!』


 乙葉の言葉を最後に、通話は切れた。モニターを消すと上空を見上げる。は動く気配すら見せない。まだ才人は目的地に着いていないのだろう。悠斗は住民の避難を行っている姫川と郡司に再びコールをかける。先に出たのは、やはり姫川からである。


『こちら神奈川支部姫川です。ユウくん?』

「そうだ。避難状況がどのくらい進んでいるのかを確認したい」

『避難はほぼ完了してるよ。後は結界を張るだけなんだけど、まだ舞香ちゃんが着いてないんだ』

「……俺に許可をもらってから助けを呼んでくれ。後処理が大変なのは、お前だってわかるだろう」

『でも状況が状況だし、それも仕方ないじゃん?私も名古屋支部に一緒に行ってあげるからさ』

「仕方ねーな。まあ、この状況を引き起こしたのはどう考えても俺だしな。周りに迷惑かけてるのは仕方ないか。そんじゃあ、俺は俺で勝手におっぱじめるから、時期を見て張ってくれ」

『了解だよ。……ユウくん』

「なんだよ」

『絶対に……生きて帰ってきてね』

「……ああ」


 通話越しのため、どんな表情をしているかはわからない。しかし、彼女は、姫川は多分、笑顔で言ったのだろう。目から涙を零しながら。それでも、彼女は笑顔で今の言葉を言ったのだろう。


 コールを切り、再び上空に浮遊する敵を見上げる。大群は北方向、大久保方面へ向かっていた。


 才人が目的地に到着し、作戦を始めたのだろう。


 悠斗も武器を展開する。昔から狩猟ゲームが好きだった悠斗は、接近戦、及び肉弾戦が大好きである。それを象徴するのが、彼の両手に握られている双剣である。名は『バジリスク』。悠斗が好きなモンスターの名前から取ったものである。


「さて、それじゃあ始めますか」


 上空にいる敵に向かって浮遊し、そのまま突っ込む。


 敵も悠斗に気づき、動きを悠斗の方へと変えていく。遠くにいるのはビームを放出してくる。


 そんな激しい弾幕を避けつつ、東京支部長として、関東総大将として、を掃討する義務がある。抱え込む必要がないのはわかっている。今だって恐怖が押し寄せ、動きが止まりかけることがある。だが、守りたいものが、人が、場所があるから。


「消えろ、雑魚共があぁ!!!」

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