ウメキン

@isoyasamoagan

ウメキン第一巻「ウメキン誕生」

 ある日曜日の朝のことだった。

 この家に住む恵は、いつものように起きる。

 なんてことのない平和な日常。

 しかし、カウントダウンはもう始まっているのだ。あと3分20秒。

 恵が2階から下りてきて、パンをトースターに入れる。ついでにデザートの苺を皿に盛った。パンが焼き上がり、朝食をテーブルに配膳する。あと15秒。

 朝食を食べながらふと家の中庭を見る。

 同時にカウントダウンは終わった。

 この瞬間、恵は非日常に足を踏み入れることになる。

 中庭にあったモノ、それは地面の穴だった。

 その直径50cmもの穴は、まるで隕石でも降ってきたかのようなオーラを放っていた。

 すべては、この穴から始まった。

 この庭の有り様には、恵と両親も驚きを隠せなかった。

「ちょっと、これ、どうなってるの?」

「ちっ、警察に届けとこう。誰がやったんだこれは」

「ちょっと、この穴埋めるの大変そうね」

「いや、現場保存した方がいいだろ」

「それもそうね」

 しかし、日常を失ったのは、この一家だけではなかった。

 翌日の月曜日、恵は学校に行った。

 あの穴は、校区内の数カ所にも出場しており、クラスの中でも話題になっていた。

 クラスメイトの篤に話しかけられる。

「ねえ、あなのこと知ってる?」

「あ、それあたしの家にも出現したんだよ」

「えぇ、マジかよっ!、当事者じゃねえか」

 篤はクラス中に聞こえる声で、

「おーい、みんなー、恵の家にあの穴できてるらしいぞー」

と、呼びかけた。恵はクラスメイト達に、

「え、それ本当?」

「すげぇじゃねぇか」

と、しつこく問いつめられた。

 学校の中でのことならともかく、心の底からうっとうしかったのは、記者達のことだ。

 家に帰っても気が休まらない。

 家の四方には数名の記者が常に取り囲み、

「鈴木さん、今回の件についてどう思ってるんですかー」

「ちょっと一言お聞かせ下さいー」

と、無神経にも問いつめようとする。

 その夜、恵は母に言ったのだ。

「お母さん、なんであたし達だけこんな目にあわなきゃならないの?、今までずっと普通に生きてきたじゃない、あの頃を返してよっ」

「恵・・・、辛かったのよね、母さんよく分かってるよ。でもね、社会は理不尽なことだらけなのよね。だけど、あなたならきっと強く生きていけると思うわ。だって、わたしの自慢の娘なんだから」

「お母さん、あたし、こんなことが世の中で二度と起こってほしくないの。あたしみたいな人がこれ以上でてきてほしくないの」

 しかし、無情にも非日常はまだ始まったばかりである。

 翌日、学校へ行く途中、道路が封鎖されていた。

 そこでは工事が行われていた。いつもは空き地なのだが、土地の買い手が見つかったらしいのだ。

「あれ、ここ通れないのね。じゃあこっち通ったらどっかに出られるかな」

 しかし、思った通りにはいかなかった。

 その場所は、今まで通ったことがなかったのだが、とてつもなく複雑に入り組んだ住宅街だった。

 あわてて戻ってなんとか迷子にはならなかった。

 遅刻寸前で学校に着くと、篤が話しかける。

「あのさ、昨日のこと、やっぱり謝っておきたいんだ。本当にすまなかった」

「うん、もういいよ。それより、どうせならあの穴の謎を追った方がいいよ」

「そうだね」

 こうして恵達は、もはや自ら非日常に足を踏み入れることになる。

 そしてまた、非日常の方からも接触があった。

 恵と篤が2人で下校していると、突然上から”何か”が現れ、地面に届き、”バチン”と音がしたかと思えば、瞬間的に”何か”はどこかへ飛んでいく。

 2人は悟った。ああ、これがあの穴を作ったものなのだ、と。

 実際、地面は大きなヒビが放射状に広がっていた。

「ねえ、あの”何か”、見たでしょ」

「ああ、みたさ。だいたい、4cmくらいの丸い複雑そうな機体から、導線が触手のように伸びていて、地面を弾いていたよな」

「こうなったら、追うしかないよね」

「ああそうだな」

 そのとき、恵達のもとに1人の男が現れた。

「お2人さん、ちょっとよろしいでしょうか」

「あ、はい。あの、どうされましたか」

「ええ、私の名前は剛。遠藤剛といいます」

「あたしは恵。鈴木恵です」

「僕は篤。竹中篤です」

「そうですか。私はあなた達に真実を語りに来ました。あのモノの正体をですよ」

 剛は語り始めた。

「あれは今から1週間前のことです。私は、”仮想生命体”の研究をしていたのです」

「”仮想生命体”・・・?」

「仮想生命体というのは、コンピューターのバーチャル空間に創られたものです。

 生物の進化の普遍的な法則を見い出すためには、地球上で起きた進化だけでなく、新しい進化を創り出さなければなりません。それが仮想生命体」

「でも、それがどうしたっていうの?」

「実は、私の研究を参考にしたいという新米さんがいまして、私は仮想生命体のデータをコピーしました。ところが、私は誤って余分にもう1個コピーしてしまったんです。

 でも私も新米さんも、そのことには気付きませんでした。

 すると、新米さんの紹介で購入した工作キッドの組み立てロボットを娘がほぼ完成させていまして、あとはプログラミングするだけだったのでそこからは手伝うことにしました。

 その間に新米さんは私の妻の皿洗いを手伝っていましたが、ロボットのプログラミングデータを、余分な仮想生命体のデータと取り違えてしまったんです。

 その後ロボットの機体を充電して起動させたそのときです。

 新米さんが皿を落としてしまったんです。

 そしてその隙にロボットは私の住居兼研究所から逃げ出してしまいました」

「そのキッドって、もしかして”サイトー”っていうやつですよね。まさか、そのあと暴走でも・・・」

「まあ、暴走といえばそうですよ」

「でも、どうせただの工作キッドなんでしょ」

「いえ、たかが工作キッド、されど工作キッドでした。

 確かに、あれを生命とするならば、虫ケラとでもいうようなものです。しかし、一寸の虫にも五分の魂とはよくいったもので、このか細い生命の糸は、やがて人類を脅かせる存在になったのです」

「でも、そんなのが人類を脅かせる存在になるなんて、想像もつかないですね」

「あなた達はそう思うかもしれませんが、もう人類を脅かせる存在になってしまったのだから仕方ありません」

「じゃあ何でそんなことに?」

「まず話さなければならないのは、そもそもあの工作キッドの組み立てロボットの機体の性能が高かったということでしょうか」

「ええ、聞いたことがあります。サイトーの機体は、バッテリーがとてもタフなんだって。

 フル充電で1週間活動できるとか。

 あと、4本足で器用に動き回ることだってできるんでしたよね」

「ええ、しかし、もっと重要なことがあったんです。データ関連です。

 仮想生命体が増殖する際、バーチャル空間上で、データをコピーするのです。

 そう、サイトーは、他の電子機器に接続し、操作したり、ハッキングしたり、当然プログラミングデータをコピーすることも可能です。

 やれやれ、こんな容易に犯罪だってできてしまえるようなモノがよく販売されたものですよ」

「で、でも別にプログラミングができるってその仮想生命体は気付けたんですか?」

「いえ、そういう部分は製作の時点で組み込まれるんですよ」

「でも、だからってそんなだけで人類を脅かせる存在になんて・・・」

「そうなんですよ。問題なのは「山田組」の介入だったんです」

「でも、家から出たあとの行動は、なんでアンタがしってんの?」

「実は、私もあの迷路みたいな住宅街に入りました。こんな空間、今まで気付かなかったですよ。

 すると2人の青年が会話をしていまして、いささか盗み聞きしましてね、どうやら山田組は実体化した仮想生命体で日本を征服するらしいです。

 ですから今晩私が、実体化した仮想生命体を破壊しますので、明日にはみなさんと山田組に乗り込んで山田組をやっつけましょう」

 そういっていったん解散した。

 どう考えても小学一年生2人を連れて反政府勢力のアジトに乗り込むなどありえないことで、そもそも通学路にいきなり剛が現れて軽く自己紹介したあと「真実を語りに来ました」なんていうノリでそんな話をもちかけられ、なぜか篤も恵も話の内容を理解した一連のやりとりが不自然だらけだったのに、そのことに恵は気付かなかった。

 翌日、3人は山田組のアジトに乗り込んだ。

 しかも恵には銃がもたされたのである。

 それでも何も疑わず黙って山田組の組員と戦う。

 山田組は独自の科学技術を使って戦った。

 エアガンのリコイルシステムを応用した強力な矛、浮遊する粒子が凝集して作られる神出鬼没のショックを吸収する壁、切断ではなく「触れた部分を溶かして」斬る木刀、使用者の体力を動力源にして強力な酸を発射する装置、バイオ技術の集大成である怪物、空から現れて地上まで届く静止人工衛星のアーム、レーザー光線などだ。

 しかし、いずれも剛と篤は傷1つつかず、恵には1m手前で攻撃の軌道がなぜか不自然にそれて攻撃側に攻撃が返ってきた。また、恵が渡された拳銃は反動がほとんど感じられないのに厚さ100mのコンクリートを貫通するほどの威力だった。しかも、剛は触れた物体を原子レベルで分解するという能力をもっていた。

 それでもなお恵は何も疑わず、3人はつつがなく山田組を制圧した。

 どこからともなく現れたバスに剛と篤はテキパキと組員達と恵をのせ、隣町の羽村市に向かい、そこで飛行機に乗り換えて一同は飛び立った。

 篤はこのままだと恵が家に帰るのがかなり深夜になるということで、ついでに手配をした。

「青梅市役所(恵の両親の職場)の周りに渋滞を発生させるのよろしく」

 それから飛行機の中で篤と剛がアナウンスで諸事情を説明する。

「えー、みなさんただいまアフリカに向かっているところです。

 つくまでにしばらくお待ちください。

 なぜアフリカに行くかというと、事のはじまりは狩猟採集時代からです。

 当時、モノのやりとりといえば物々交換でしたが、それだと自分のほしいものを持っている相手が、自分の持っているものをほしがっていてはじめて成立しますので、多少の不便さはあります。

 ですがある人物が、「肉も魚も果物も、すべての品物を取り揃え、それらをほしいひとに無条件で交換してあげる」という手法でその不便さを解消したのです。

 その人物は後に「万能の始祖」とよばれ、その営業は先祖代々受け継がれ、それが現在の「万能会社」となっているのです。

 その後万能会社は人員確保のために、世界各国に反政府勢力の素となる種を撒く活動を始めました。つまり適当な人物に目を付け、さりげなく反政府思想を植え付けるのです。そしたらそのひとが勝手に反政府組織をつくって人数を拡大していけば、それを会社が回収して、人員を簡単に確保できるという仕組みです。

 つまり、山田組とは、かつて19世紀半ばに万能会社が撒いた種が成長してつけた果実なのです!」

 機内の山田組の組員達が一斉に息をのんだ。

 組員のほとんどが、組織に入ってから自分の良心と現実のはざまで葛藤したことがあるのだが、山田組を創設した初代当主から代々押し付けられてきた不可解な「打倒日本政府」という薄っぺらい理念(理念と呼べるかどうかもわからないが)に対する疑問に、やっと答えが与えられたのだ。

 アナウンスが続けた。

「で、種に実が生ったので山田組はいま回収されています。ひょんなことから恵ちゃんが事に巻き込まれたのでついでに連れていきます。

 わたくし竹中篤の恩師にあたる綾鶴千乃先生が開発した催眠術で、万能会社絡みの事案に不自然さを感じなくなるほか、IQが高まるものです。

 2年前に僕の両親が亡くなってから、綾鶴先生に引き取られたときに僕もこれを受けました。会社員の2%はこの催眠術を受けた子供の社員です。

 催眠術によってIQは350にまで上昇します(350になったらそこでとまります)。それを活かして、子供社員は割と出世してます。

 じゃあ本社ビルに着くまでもう少しかかりますので(青梅市からアフリカの本社ビルまで、地球の丸みに沿って移動するから、速すぎると上向きに遠心力で引っ張られちゃうんですよ。もうしばらくお待ちください)、今のうちに皆さんの社内での担当を決めましょう。

 万能会社は、確実に利益を得るために、グローバル社会全体を制御するという商略を執っております。社内では営業部と技術開発部と雑務部にならんで、馭須御利が部長の制御部という部署があり、その中でインフラ課や気象課、天体課とならんでひときわ重要な役職が統治課です。統治課は社会の流れ、出来事を制御し、万能会社の利益にならないようなことを取り締まるのが主な活動です。たとえば、何らかの犯罪事件で、市民に被害が及びそのひとの分だけ会社の商品の売上が減ることなどを防止します(でも、痛ましい殺人事件をわざと起こして世間体の防犯意識を高め、防犯グッズなどの商品の売上をのばすとかいうことはします)。

 統治課は地区ごとに担当が分かれ、僕は日本係の係長です。以前はそれだけだったのですが、先日馭須御利部長の指令で、国ごとに分かれていた統治課の担当地区をさらに細かく区分し、係の下に隊をおき、市区町村ごとに隊に治めさせることになったのです。

 それで僕は全国をさすらって隊をおきつづけて今青梅市にいるというわけです。

 みなさんは青梅の人なので青梅均衡調和隊になります。隊長はIQ350の恵ちゃんでいいですね。副隊長は山田組だった組織の組長さんで・・・」

 そのあとぱっぱっと担当を決めて本社ビルに到着した。

 ビルでは順番に呼ばれて社長室に招かれる。

 世界経済の99.999%を占める、この太陽系の支配組織ともいえる万能会社の6万6666代目社長、ウォーズリー・オーラー氏が直々に手続きを施すのだ。

 恵の番がくる。社長は日本語もペラペラだった。

「こんばんは。君が恵ちゃんですね。じゃあ手続きを軽く説明するよ。

 万能会社はオーラー家が万世一系で治めてるんだけど、我が社のバイオ技術と素粒子物理学的技術で「グリーンアイ」が100年前に開発されたんだ。

 オーラー一族の血統に遺伝子組み換えをして、歴代社長がグリーンマターをコントロールできるようにしたんだ。

 グリーンマターっていうのは、原子や分子でできているような普通の物質とはまったく違うすごい物質なんだ。原爆でも傷つかないし、とにかくいろんなことができるよ。

 で、我が社では社員の体内にグリーンマターを物理的融合(原子核にグリーンマターをくっつけるってこと)してそのひとの特性をもつ能力を与えるんだよ」

 社長が指からビームを出す。恵に当たって恵はグリーンマターと物理的融合した。

 そして社員証が発行される。


  社員証 


  氏名  鈴木恵    社員番号  123456789



 こうして、恵は万能会社の社員になった。

 

 

  

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