歴史は騙る
夏目睦月
やあ、僕だ。夏目睦月だ。
まずはことの顛末をお話しようと思う。
あの少女の記憶を消したあと、元の世界に戻した。この時、深琴がいくつかワガママを仕掛けたが後で説明するので割愛させてもらう。悪の総帥役を務めていた長官が少女を保護された。かの研究所は事件に関する証拠は全て隠蔽され、かの研究に関する記憶も研究者から消し去られた。
ここまではまず予想通りの展開だ。
問題はこの先だ。
四人の英雄が生まれたことは冒頭で話したと思う。そのことを話そう。彼らは世界から賞賛された。世界中のほとんどが全能状態にあるなか、正気を保ち、核戦争から救ってくれた英雄として。
中居芽衣はその演技力を活かし、敵陣に単身潜り込んだ。敵を騙しきり、仲間を手引きした。そう伝えられている。この騒動の後、演技力の高さを買われハリウッドデビューが約束された。その作品は本人出演の本騒動のドキュメンタリー映画となった。悲しきかな、彼女は再度ボンデージを着ることになってしまった。妙なファン層が世界中にできてしまったことが彼女にとってプラスになることを切に願う。
次は新崎薫についてだ。彼はダークヒーローとして、敵も味方も関係なく治安を乱そうとするものを取り締まっていたという。そして、核戦争間近になり、戦争を止めるため二人の悪人役を倒した……ということになった。ここでいう二人の悪人は鈴木と椎名のことだ。二人は無事に記憶をなくした。ちなみについ最近、二人は結ばれたとのことらしい。閑話休題、彼もこの騒動で有名になり、パリコレデビューすることになった。本人にその気はなかったが、千恵に「やらなきゃ怒るよ」と背中を蹴られ、実現するに至った。
順番的に野崎千恵のことを話したくなるが、先に夏目睦月について話さねばならない。そう、私についてだ。
深琴の罰、それは私が身代わりに英雄になることだった。まあ、代わりといっても深琴の成した功績は私がしたことにはなっていない。私がしたとされるのは未来を読み、的確な助言と橋渡しをしたことに尽きる。しかし、それだけでも英雄として扱われるには十分だった。おかげさまで程々に抑えていた占いの仕事が全世界からガンガン来るようになってしまった。三年後まで予約で埋まり、やりたくもない『次世代の英雄たちは』なんて番組にご意見番として出演するはめになった。反響がよかったせいか、特番だったはずなのに帯番組にしようかなんてありがた迷惑な話まで出てきている始末だ。
そして、野崎千恵のことを話すとしよう。彼女はこの度、英雄の中の英雄である勇者となった。しつこい敵にもめげず、最後の最後まで諦めず、世界を最終的に元に戻した救世主。それが野崎千恵の評価だ。このことは現代のお伽話として語り継がれるだろう。ご本人はコンビニのエロ本コーナーにちらりと目をやるのも一苦労だと嘆き、いずれ深琴が有名になったら本当の勇者は深琴だとバラしてやると呪いごとを吐き出していた。ちなみに次回のオリンピックの出場選手として内定を勝ち取っている。
はてさて騙られた英雄は出揃ったところで、本物のヒーローは何をしているのかというとーー相も変わらず狭く小穢い部屋で漫画を書き続けていた。変わった点はようやく読み切りの掲載がされそうだということだ。
「何もかも放り出した展開だけどこれで良かったのかい?」
傍らで作業をする深琴に問いかける。深琴はその手を止めて、振り返る。
「大衆にとって今回のことは夢みたいなものだったんだ。夢オチってことで全て投げ出したら、それぞれが勝手に解釈してくれるだろ」
「それはちょっと横暴じゃないかい?」
「神様がサイコロを振って理路整然とするより、人間がサイコロを振って美談めいた方がなんとなく説得力あるだろ?」
「まあ、たしかに」
ところで、と前置きする。
「どうして未来が変わったと思う?」
真面目に訊いたつもりだったが、笑われてしまった。
「運命を切り開くのがヒーローってもんだろ」
あまりに言い切ってしまったことに笑みが溢れる。まるで赤いコスチュームに見を包んだ彼の人の様だった。
「尊敬するよ」
「売れてからにしろ」
軽口を叩きあうも、ちょっと後悔する。愛してる、だなんてなかなか言えないなと。「愛してるぜ、旦那」と書かれた深琴の実家から送られた桜里のポストカードを眺めて、素直になりたいな、と。
そう私は思いました。
賽の目が零の確立 宮比岩斗 @miyabi_iwato
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