第2話

人生はホチキスと共に


ボクは、いつもの癖で、手を閉じたり開けたりする。放課後、学校で、机の上に、くたっと横たわりながら、ホチキスの感触を思い出している。中学校に入ってもう半年以上。ボクは、まだこの世界に完全に馴染めていないようだ。


手を閉じたり開けたり。これは、ホチキスをカチカチする動作だ。8歳の時にスミレちゃんからもらったホチキスをいじっているうちに、開閉する癖がついてしまったのだ。


「おい、秋斗またやってんのか、その動作。」

「いや、これは、ホチキスを・・・・・。」

「ホチキスを開閉しているんだろ、もう何回も聞いたよ!」


こいつは、ボクの親友の匠だ。ホチキスについて俺が熱く語ったんで、こいつは誰よりもホチキスについて詳しい。


「っていうかさぁ。もう、お前が作っちまえば、そのホキチスって奴。」


そうなのだ。ボクも何度も夢想したのだが、ホチキスは思ったより、試作が面倒なのだ。いっそのこと、針なしのホチキスでも作った方がいいのではと思うほど。しかし、あれは便利だがボクの欲しいホチキスじゃない。ボクは王道のホチキスをいつか作成したいのだ。ボクが夢想をしているのを見て、匠は、ボクにカバンを押し付けてきた。


「さ、帰るぞ。」

「あ、ああ。」


ボクたちは、とぼとぼと夕焼けに照らされた道を歩く。影が長い。匠は文化部の活動をしてから帰っているから充実した学校生活を送っているんだろうが、ボクは、単に、夢想しているだけだからなぁ。


「秋斗、お前が、どこで、そのホチキスとかいう道具にとりつかれたか知らないけど、クリップでいいんじゃね?」


そうなのだ。この世界では紙を束ねるのは、クリップが主流だ。しかも、結構色々な種類があって便利なのだ。でも俺は、もう一度ホチキスに巡り会いたいのだ。なぜか、ホチキスがあれば、本当の元の世界に戻れるのではないかという思いもあったし。


ボクは四辻で匠と別れた。匠も幼馴染の一人で、こうやって、一緒にいつまでもいるだろうと思っていた仲間の一人だ。まさか、こっちにも匠がいるとは思わなかったけど・・・・。


「ただいまー。」

「遅かったのね。手を洗って制服をハンガーにかけなさい。」


お母さんも元の世界にいた優しいお母さんそのままだ。最初は、自分だけがおかしくなったのかとおもったけど、そうじゃない。ボクは覚えている。あのホチキスの感触を。


「秋斗、あんた最近、全然スミレちゃんからもらった傘をくるくるしなくなったわねえ。」


お母さんがボクに話しかけた。前にここにいたボクもやっぱりスミレちゃんからもらった物に執着していたらしい。スミレちゃんは、もうここにはいない。スミレちゃんは、8歳の誕生日に、ボクにホチキスをくれて、消えてしまったのだ。


ボクは覚えている。彼女が消えたのは、ボクたちのせいだ。神社でかくれんぼをして、そして、消えてしまった。現代の神隠し、と新聞にも掲載された。その内容は、酷い物だったらしい。お母さんもお父さんもボクの目に触れないように、隠してしまったから、中学に入ったあとで市の図書館で読んだんだ。


そこには、変質者の誘拐かと書かれていた。しばらく、警察も動いていたが、いまではすっかり風化してしまった事件となってしまったようだ。おじさんおばさんは、泣いて泣いて、そして、引っ越して行ってしまった。


彼女は、どこかで必ず生きている。ボク自身が神隠しにあったから、そう確信している。


それにしても自作か・・・・・・。ボクは、再び前に散々書き込んだホチキス自作のためのノートを開いて、ため息をついた。

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ボクのホチキス奮闘記 @omochan

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