五階層

「で、でもよ赤穂。だからってあの化物どもと戦うのか?」

「街にも“もんすたあ”がいるなら、学校から脱出しても一緒じゃないの?」

「それなら……ここにいた方が……」

「まだここの方が安全だし……」


 生徒たちは、赤穂と俺の言葉に、一応納得した。

 しかし、それでもあの恐ろしい“もんすたあ”と戦う、という選択肢を選べない。

 それは必然だ。


 このまま待っていても助けが来ずとも、少なくとも今は・・安全なのだ。

 せっかく作り上げたセーフティーポイントを捨て、

 “もんすたあ”が闊歩する、外の地獄に飛び出すことなど選べるはずもない。


 赤穂はそんな生徒たちの様子を目を細めて観察したあと。

 ふむ、と頷いてから。


「確かに、外がどうなっているかは分からないし、

 ここにいれば今のところ・・・・・安全だろう」

「だったら――」

「でも、いつまでここにいるつもりだい?」

「……え?」


 赤穂は鋭い視線を生徒たちに向け、語りかけた。


「さっき言ったように、これだけ時間が経っても助けが来ないということは、もし助けがくるとしても相当時間がかかるだろうし、もしかすると来ないかもしれない」

「…………」


 ゆっくりと生徒たちを見回し、赤穂は語りかける。


「水も無い、食料もない、助けがくるあてもない。

 そんな状況で、君たちはいったいいつまでこの教室に立て篭もるつもりだい?」


 ゆっくりと、言い聞かせるように、現実をつきつける。

 生徒たちは押し黙ったまま何も言わない。

 言えないのだ。

 それは、生徒たちが無意識に考えないようにしていた、絶望なのだから。


「でも、でもよお! だからってあの“もんすたあ”と戦えってのか!? 

 赤穂は己励や神撫さんがいるから何とかなるかも知れないけど、俺らにハゲダルマを殺した“もんすたあ”と戦うなんて出来るわけねぇだろ!」


 さっきから、生徒たちの気持ちを代弁していた男子生徒が叫ぶ。

 生徒たちはさっきまでと違い、じっと押し黙ったまま下を向いていた。


 ――赤穂の言うことは分かる。

 でも、だからといって自分たちに戦うことなどできない。


 自分たちを取り巻く現状も、自分たちの無力さも、

 しっかり理解できてしまっているからこそ、何も言うことができないのだ。


 通夜のように沈黙し、俯く生徒たち。

 赤穂はそんな教室内の様子を見回した後、優しい口調で語りかけた。


「そうだね。万が一、街も“もんすたあ”に占領されてたら、そんな環境で生きていけるのは己励だけだろう。

 でも、もし“もんすたあ”と戦う術が、僕らにもあるとしたら?」


 その言葉に、俯いていた生徒たちが顔を上げた。


「僕は、“もんすたあ”が学校に現れたのには、何らかの意図があると思っている」


 赤穂は一人一人の目を見つめながら、語りかける。


「“もんすたあ”が出現する前と後に、放送にでてきた『“だんじょん”さん』。

 アレが一体どういう存在なのかは分からないけど、

 “だんじょん”さんは、何故か僕たちに“もんすたあ”の侵入や倒す方法なんかを僕らに教えてきている。

 ――これは、“だんじょん”さんが、僕らにこの状況の中で、何か・・をして欲しいからじゃないかと思うんだ」


 なるほど。

 俺を含めた敏い数人が、赤穂の言葉を咀嚼し、理解を示す。


 確かに、最初のゴブリンが学校に侵入してきた時や、“もんすたあ”が俺たちを襲い始めた時など。

 何かのアクションが起こる前には、必ず放送による情報提示があった。


 特に、二番目の放送にあった“こまんだあ”討伐によるクリア条件。

 あれではまるで、俺たちに・・・・もんすたあ・・・・・を倒して欲・・・・・しい・・みたいだ。



「……多分だけど、これは“だんじょん”さんが用意した、ゲームみたいなものなんだと思う。

 “もんすたあ”てき“こまんだあ”ボスを倒して、“ふぁあすとひステえらるきい”ージをクリアする。――-そういうね」


 赤穂の言葉に、生徒たちは唖然とした表情を晒した。


「な、何だよそれ。ゲームって……死人が出てんだぞ、ふざけんな!」

「そうだよ。何であたしたちが――」

「まぁ待って。僕もふざけた話しだとは思うけど、今重要なのはそこじゃない」


 この状況は“だんじょん”さんが用意したゲームのようなもの。

 それも、自分たちの命を使った。

 赤穂の言いたいことを理解した生徒たちが爆発する。

 しかし、赤穂は生徒たちの不満を強い声で遮り、話を続ける。


「いいかい、これが意図的に用意されたようなものだとすると、必ず用意されているはずのものがある。

 ゲームのクリア条件と、障害と、それを乗り越えるための術だ」

「? どういうこと?」

「いいかい。もしこれが災害や突発的な何かでないなら、必ずこれを終わらせる方法がある。それはもう示されているだろう?」

「……“こまんだあ”の、撃破」

「そうだ」


 生徒の誰かが言ったの呟きを、赤穂が肯定する。

 

「そして、次にその条件を阻害するための存在」

「……それが“もんすたあ”か」

「そうだ。ゲームでいえばゾンビや敵キャラだね。

 そして、最後にこいつらを倒すための術――ゲームに例えると武器や魔法があるはずだ」

「……なるほど。でも赤穂、そんなもんどこに……もしかして己励か?」


 もう既に同じ人間として認識されていない己励。

 赤穂は、もはや最強装備やメラゾーマと同じ扱いをされている友人に、苦笑いしつつも否定する。


「いやいや。己励は違うよ……ちょっと色々バグってるてるけどね。

 そうじゃなくて、“だんじょん”が僕らに配布してきた武器があるだろう?」

「はぁ? そんな武器なんてないだろ。何言ってんだ?」

「いや、ある。赤穂の言っているのはコレ・・のことだろ?」


 俺の言葉に、生徒たちが後ろを振り向く。

 ポケットから出したカードをひらひらと見せると、赤穂がにっこりと頷いた。


「そう、それのことだよ」


 俺が取り出したのは、“だんじょん”が、“ぎふと”といって俺たちに配布してきた謎のカードだ。

 “もんすたあ”の襲撃が迫っており、

 バリケード作りのせいで忘れられていたが、このカードは教室にいた生徒全員に配られていた。


 生徒たちも思い出したのか、自分が受け取ったカードを取り出した。

 赤穂が自分のカードを皆に見せながら説明する。


「“だんじょん”さんは、このカード――“ぎふと”を使って“もんすたあ”と戦えと放送していた。

 つまり、このカードには障害を倒すための術になりうる力がある」

「このカードが?」

「ああ、カードに描いてあるこの【魔法陣・炎】っていう文字から察するに、恐らくこれを使えば――」

「ちょ、ちょっと待て赤穂。【魔法陣・炎】って何だ?」

「え?」


 説明を続けようとする赤穂を、男子生徒が遮った。


「なにがだい? カードには【魔法陣・炎】って――ほら」


 赤穂が皆に見えるように自分のカードを翳す。

 確かに、赤穂のカードには【魔法陣・炎】という文字が描かれていた。


 しかし――。

 俺は自分のカードを見た。

 そこに描かれているのは【水鬼百剣】という文字だった。


「いや、俺のカードには【カゼズメ】って……」

「私のは【呪文術・水】だよー」

「……【無刀の剣客】」


 それぞれに自分のカードに描かれた文字を読み上げる生徒たち。

 赤穂は「んー?」と顎に手をあてつつ、

 皆を静めるように手を上げた。


「うーん、どうやら皆それぞれ渡されたカードは違うみたいだね。

 ちょっと予想外だけど、これに描かれているのが恐らく僕らが使える武器になるはずだ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トーキョーダンジョン 爆声 @12110428

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ