第四階層
赤穂はまず、クラスメイトたちを纏めてバリケードを作らせた。
扉には、教室の中にあった椅子や机。
窓にはひっぺがした黒板を貼り付け、
その上で障害物を固めていった。
ここでいきなり活躍を見せたのが、2m超えの巨漢。
己励だ。
己励は廊下にあった備え付けのロッカーや棚を引っこ抜き、
積み木のようにバリケードを重ねていった。
恐らく、己励がいなければ、バリケードを作るのは間に合うかギリギリだっただろう。
改めて己励の存在を再確認した生徒たちは、作業をしている間にある程度落ち着き。
今は席についている。
「さて、状況を確認しようか」
いつになく硬い赤穂の声。
教室には、既に化け物たちが到着した下の階の教室からの悲鳴が、鮮明に聞こえてきていた。
窓から他の教室を観察すると、
赤穂がやったようにバリケードを作り、なんとか避難した教室もあるようだが。
恐らく、殆どの教室は化物たちによって蹂躙されてしまっているようだ。
クラスメイトたちも、冷静さは取り戻したが、
それゆえに現実に起こっていることがしっかり把握できてしまい、
顔面を蒼白にしていた。
いつ、化け物に喰われてしまうかもしれぬこの現状。
今なお、パニックや恐慌状態にならずにいられているのは、一重に、信頼できる
……いや。
もしくはまだ、心のどこかで、今の状況を夢か何かだと思ってるからかもしれない。
夢なら早く冷めて欲しい。
それは、このクラスの者が共通して思っていることだ。
「確認するよ。今分かっていることは、
1ハゲダルマを殺した化け物は“もんすたあ”ということ。
2“もんすたあ”は僕たちを襲い、喰うこと。
3奴らには“こまんだあ”と呼ばれるボスがいて、そいつを倒せばこの惨劇は終わることだ」
一つ目と二つ目は現状から推測されること。
そして三つ目は、あの後新たに放送により伝えられた、
“だんじょん”のルールからよるものだ。
放送が伝えてきたルール。
《“もんすたあ”のなかにいる“こまんだあ”を倒すとクリアとなります。“こまんだあ”を倒したひとには“けいけんち”が与えられます》
“こまんだあ”――Commander。
代表者、指揮者、集団の長、などの意味を持つ言葉だ。
恐らく、あの“もんすたあ”のボスにあたる存在のことなのだろう。
“けいけんち”や“ふぁあすとひえらるきい”という言葉など。
いまいち不明瞭な言葉が多いため、
まだ放送の意味が完全には理解できては居ないが。
少なくとも“こまんだあ”とやらを倒さないかぎりこの地獄が終わることはないのだろう。
「さて、ここからの僕らの行動だけど……。
①放送の言うとおりに“こまんだあ”を倒すため行動する。
②このまま待機して助けがくるのを待つ。
このどっちかになると思うんだ」
赤穂が指を二本たてて案をあげた。
良いやり方だ。
大雑把ではあるが、明確にすすむ道を提示してやれば、自然と提案された側は思考することができる。
さっきまで呆然としていた生徒たちも、
ざわざわと自分の意見を言い合い始めた。
「“こまんだあ”を倒さなきゃ、ずっとこのままなんだろ?」
「でも、だからってあの化け物たちと戦うわけ?」
「私はむり……」
「んだよ、なさけねぇな」
「なによ! どうせ戦うなんていっても、あの化け物と戦えるのは清荒神くんと神撫さんだけでしょ!
威張らないでよ!」
「なんだと! 己励たちだけじゃなくって、俺だって戦える!」
「ふん、どうだか」
「なにぃ!?」
「もういいよ~。助けがくるの待とうよ~」
恐怖と、理不尽な状況からか。
気が立っているクラスメイトたちが声を荒げだす。
お互いに八つ当たりをし合っているのだ。
段々口論ではなく喧嘩になり始めていたところで、
再び赤穂が手のひらを打ち鳴らした。
「はいはい。一旦落ち着こう。
聞いてた感じ、“もんすたあ”と戦うのは嫌。
助けを待っていたい、っていう意見が多かったようだけど、どうかな?」
赤穂がそう言って見回すと、
生徒たちは押し黙って頷いた。
彼等は高校生。
中には思春期特有の英雄願望から、“もんすたあ”と戦ってやるという者もいたが。
やはり、心の底では怖いのだ。
目の前で、ハゲダルマを殺した化け物たちが。
確実に身近に迫った“死”が。
「皆の気持ちは分かった。でも、僕は正直ここで待つのは得策ではないと思う」
赤穂の言葉に、教室がざわついた。
今まで皆の纏めに徹し、
常に冷静であったリーダーの、希望を切り捨てた言葉。
それはすでにただの一生徒の意見では無く、
信ずるべき“答え”なのだ。
「……時間か」
赤穂の考えを読み取った俺はポツリと呟いた。
赤穂はそんな俺を驚いた表情で見て、
開きかけていた口をニヤッと閉じると。
「そうだよ、六麓荘くん。――君はどうやら、かなり冷静なようだな。
さっきから一度も取り乱していない」
赤穂のニコニコした目が俺の目を捉える。
確かに、俺は騒ぎが起こってから一度も取り乱していない。
“力”にずっと振り回されてきたからだろうか。
理不尽で理解不能な事態には耐性がある。
「六麓荘くん。良かったら君の考えを皆に話してくれないかな?」
「…………」
その言葉で、生徒たちが一斉に俺の方を見る。
その目には、なんでコイツ? という思いがありありと浮かんでいた。
俺はそれを無視して立ち上がると、生徒たちたちの方に向き直った。
「俺の予想だと、このままここで待っていても、助けはこない」
俺の言葉に、教室が再びざわざわする。
しかしそれはさっきの困惑したものではなく、
やや怒気と恨みが混ざったものだった。
それはそうだ。
俺と赤穂では、言葉の持つ力が違う。
クラスで浮いている不良ごときが、何故そんな酷いことをいうのか。
彼等からすれば無意味に牙を向けられているように感じるのだろう。
「なんでそんなこと言えんだよ!」
クラスの中でも勇気のある男子が叫んだ。
他の生徒も、ハッキリとは叫ばないまでも、
それぞれ非難めいた言葉を漏らした。
俺は冷めた目でそれを見た後。
特に感情も込めずに言った。
「時間だ」
「時間?」
俺の言葉に、男子生徒が眉を顰める。
「ああ、学校に化け物――“もんすたあ”が入ってきてから、どれくらいの時間が経っている?」
その言葉に、神撫を含んだ数名の生徒が理解の色を示した。
しかし、男子生徒を含めた大多数は意味を測りかね、苛ついたようにこっちを見ていた。
「不審者の放送があってから、……約40分くらいか。助けにきた警察や自衛隊が学校の周りに見えるか?
いや、そうでなくてもあんな化け物が湧けば、騒ぎになって当然だ。それなのに、TVや救助のヘリが飛んでこないのは何故だ?」
俺の言葉に、やっと状況を理解したのか。
生徒たちの表情が、段々絶望にそまっていく。
「何より、ゴブリン共が校門から
「そうだね」
俺の話しを黙って聞いていた赤穂が、
生徒たちの様子を見ながらそのタイミングで口を入れてきた。
「
この近辺……下手すれば、東京中がこの学校と同じ状況になっている可能性がある」
だよね? と笑みを向けてくる赤穂。
「……ああ」
相変わらず上手いやり口だ。
自分だけでなく、他の人間の意見も巻き込む。
そうすれば、赤穂の意見は「複数の冷静な意見」になる。
赤穂だけだと、許容限界を超えたもの――例えばさっき俺に噛み付いてきた男子。
誰かがキレて赤穂に吠えかかると、必ずそこで皆の感情が決壊する。
人間は楽な方に流れるようにできているのだ。
平和だった昨日まででは、ありえなかったストレスを受けている今。
それのぶつける場所を今与えてしまう訳にはいかない。
話の最後を、赤穂が締めくったのも同じ理由だろう。
あのまま俺が話すと「俺の意見」になってしまう。
赤穂がまとめることで、意見の出処をぼかし、
主導権もしっかり赤穂が握る。
……というかコイツ、手慣れすぎじゃね?
ありえないような非常事態。
教職者である先生ですら、あの熱いセリフを言った後は立ち尽くすだけだった。
なんで、ただの高校生の赤穂が、こんな手際よくクラスの人心掌握して指揮をとれるのだろうか。
前世が独裁者か何かだったのだろうか。
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