第三階層
《“だんじょん”さんから放送です。“ふぁあすとひえらるきい”が開始しました、みなさんはがんばってクリアを目指しましょう》
しん、と静まり返った教室に響いた放送。
しかし、その放送は先程の不審者の放送とは明らかに違ったものだった。
流れてくる声は、さっきと同じ、録音された機械的な声だ。
だが、そこから伝わってくる不気味な威圧感。
ドロドロのタールのような、底知れない暗さを感じさせるその声に、
生徒たちはこれが決して笑っていいものではないと理解した。
《“だんじょん”の参加にともない、みなさんに“ぎふと”を配布します》
《みなさんは“ぎふと”を活かして“もんすたあ”と戦いましょう》
放送が言い終わると、皆の目の前に、トランプほどの大きさの一枚のカードが出現した。
ひらりと舞い落ちるカード。
生徒たちは反射的に自分の前に現れたそれを掴んだ。
放送が終わると、しんとしていた教室に、少しずつざわめき声が戻る。
しかし、生徒たちが状況を把握するよりも早く。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!!」
ハゲダルマを食い散らかしたゴブリンが、汚叫を上げた。
それに呼応するように、校門から幾つもの奇っ怪な人影が学校に入ってくる。
「お、おい、何だよアレ」
「きゃああああ!」
「ば、化け物じゃねぇか」
入ってきたのは、ハゲダルマを殴り倒したのと同じゴブリンたち。
そして醜い豚の姿をした大男――オーク。
ガリガリの身体に異様に大きな口をつけた鼠だった。
生徒たちが悲鳴を上げる。
ゴブリンと鼠は肉塊と化したハゲダルマに群がり、血肉を散らかす。
オーク達は窓からその光景を見ている生徒たちを一瞥し、
にちゃりと劣悪な笑みを浮かべた。
生々しく食い殺されたハゲダルマ。
そして次々と学校内に侵入してくる化物たちに、生徒たちはパニックになる。
悲鳴を上げ、半狂乱になるもの。
ブツブツと呟き声を上げて空を見つめるもの。
訳の分からない状況に激怒するもの。
一階の教室からは何人かの生徒が窓から外に出て、
学校の外に出ようと走りだすものもいた。
校門を避けるようにフェンスへと走っていく男子生徒。
しかし、その手がフェンスへとかかった時。
「ぎゃああああっ!」
フェンスの側の、茂みの後ろ。
校門から茂みに潜んでこちらへと進んできていた鼠が、男子生徒の足を噛みちぎった。
鼠の、歪に大きな口がニィと開かれる。
顔全てが口になってしまったようなその奇妙な妖面が、茂みの中から次々と姿を表した。
あっという間に血の池へと変わった男子生徒。
鼠たちは血に塗れた大きな歯を露出させると、
校舎を向いて、一斉にケタケタと笑った。
「いやぁああああっっ」
「うわぁあああああ」
各教室から阿鼻叫喚が響き渡る。
恐怖心から乱心し、
茂みや校門以外に走りだす生徒もいたが、
結局はゴブリンや鼠に捉えられて血の池へと変わった。
まずいな。
俺は、完全に狂乱状態になっている生徒たちを窓から見ながら顔を歪めた。
今、なにが起こっているのかは、俺にも理解できない。
しかし、まっすぐに校舎を目指し行進してくる化け物たち。
奴らが俺たちを狙っているのは明らかだった。
このままパニックになってしまえば、取り返しの付かないことになる。
校舎から逃げ出すのは不可能。
さっきの男子生徒のようになるのは明らかだ。
それならば、今いる者たちで纏まって行動しなければならないが、
俺にパニックを手立ては無かった。
この教室内はまだ呆然としているが、
その表情は恐怖がありありと刻まれている。
窓際でへたり込んでいた女子生徒の一人。
彼女がパニックのきっかけとなる悲鳴を上げようとした時。
「きっ――」
「大丈夫だぁ!!」
先生が、バンと机を叩いて大声で叫んだ。
正義感が強く、しかしいつも怠そうに笑っている担任の先生。
初めて聞いた大声に、生徒たちは一瞬恐怖を忘れて驚いた顔で先生を見た。
「大丈夫だ! 皆恐れるな! 何があっても、俺が守ってやる。
先生がいるかぎり、生徒であるお前らに危害は加えさせない!
……だから皆、大丈夫だ!」
鬼気迫る先生の号哭。
先生が放った覚悟の叫びに、パニックになりかけていた教室が一瞬静まり返る。
パンッ パンッ。
先生の言葉に呆気にとられていた生徒たちが、
静寂のなか打ち鳴らされた手の音に、ハッとした。
「皆、一旦おちつこうか。
今、なにが起こっているのかは僕にもわからないし、僕もあの化物たちは怖い。
でも、ここでパニックになってしまうと、何もできなくなる」
手を鳴らしたのは赤穂雅虎。
彼はいつも通りの、落ち着いた口調でクラスメイトたちに話しかける。
「皆少し落ち着いて状況を整理しよう。
大丈夫。確かに化け物たちが近づいてきているけど、
さっき言われたように先生も守ってくれるし、何よりこのクラスには己励がいる」
赤穂の言葉に、生徒たちはハッと赤穂の隣で座っている巨漢を見た。
こんな状況でも相変わらず眠そうに欠伸をしている己励は、
その視線に、ん? と身体を起こした。
「己励、あの化け物たちがこの教室に入ってきたとして、勝てるか?」
「うーん……、あいつらが、10トントラックより強くなけりゃ、いけるッスよ」
もはや比較対象が生物ですら無い己励。
この巨漢のデタラメ具合を思い出した生徒たちは、少し頭を冷やして赤穂の言葉に耳を傾け始めた。
流石はミスター男前。
皆を落ち着けるタイミングも手際も最高だった。
「じゃあ、まずはこの状況を整理していこう」
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