第二階層

「え、なになに?」

「この放送って、アレだよね……」

「おーい、皆一旦席につけー。点呼とるぞー」

「先生ー、安倉くんがいません」

「ん? ああ、安倉は評議員会議に行ってたな……。

 もし、他にまだ教室に戻ってない奴がいたら先生に言えー。

 見回りの先生方に連絡するから、勝手に探しに行くんじゃないぞー」


 昼休みの教室に、響いた放送。

 教室内は騒然としていた。



《“だんじょん”さんがお越しになられました。生徒の皆さんは教室で待機していてください》



 この、「〇〇さんがお越しになられました」という放送。

 これは、学校で決められている、不審者が学校に侵入した時に流される放送だ。


 学校内に不審者がいるのに、馬鹿正直に《不審者が侵入しました》と放送すると、不審者を無闇に刺激してしまうことになる。

 そのため、学校では非常事態ごとに暗号化された放送が用意されていた。


 不審者が侵入した場合。

 “〇〇”さんの所に、予め用意してある名前を入れ、放送する。


 保護者かもしれない、という時は“垂水”さん。

 一般人の侵入者である、という時は“葺合”さん。

 明らかな不審人物である、という時は“御影”さん。

 犯罪者の可能性がある、という時は“芦屋”さん。


 不審者の危険度。

 その時の状況によって、

 他にも何パターンか用意されている。


 しかし、“だんじょん”さん等というパターンはあっただろうか?

 俺は少し違和感を覚えて首を傾げた。


 放送により、教室には生徒たちが戻ってきていた。

 部活や食堂へ行っていた者も、放送によって教室に戻されたらしい。

 放送による指示は、教室での待機。

 皆、不審者の情報に戸惑いつつも、

 先生たちの指示にしたがって席についている。


「おし、安倉も戻ってきたな。自分の席につけー。

 皆聞いただろうが、現在不審者が学校内に侵入しているようだ」


 クラスの者が全員集まったのを確認し、先生が現状を説明した。


「不審者!?」

「げぇ、まじかよ」

「これ午後の授業なくなるんじゃねぇの? 不審者ぐっじょぶ!」

「私こわーい」


 ざわめく生徒たち。

 生徒たちは、不安と恐怖の色を浮かべつつも、

 その表情には思春期特有の、非日常に対する興奮が見て取れた。


「落ち着けー大丈夫だ。

 不審者の詳しい情報はまだ不明。

 危険度もこれからの対応もどうなるか分からないが、大丈夫だから安心しろー」

「先生ー、それどこが大丈夫なんですか」


 先生も気が動転しているのか、

 現状を正直にボロボロとこぼしてしまい。

 より一層ざわめく生徒たち。

 

 先生は今更のように、しまった、という顔をするが、今更収まる筈もない。

 教室は生徒たちの思い思いの声で埋め尽くされる。


 しかし、不審者が侵入したのに、それがどんな人物なのか分からないというのはどう言うことだろう。

 不審者の侵入が分かったのなら誰かが目撃しているはずだし、

 危険度が分からない場合は“六甲”さんだ。

 今回侵入してきた“だんじょん”さんの立ち位置が良くわからない。


「おい、――何だあれ!」


 生徒たちが興奮したようにざわめき合い、

 収集がつかなくなってきた頃。

 窓の外を覗いていた生徒が叫び声を上げた。


 半ばカオスな状態になっていた教室は、その声に一度静かになり。

 生徒たちは新たなスリルを見るために窓際へと集まる。


「何あれ何あれ」

「放送で言ってた不審者?」

「うへぇ、きもちわる」


 窓から外を見た生徒たちが悲鳴を上げる。

 騒ぎに我関せずと座っていた俺も、窓の方に視線を向ける。


 校門の付近。

 皆が騒いでいるのは、ボロ布のような汚いマントを被った小さな人影だ。

 子供くらいの背丈。

 学校に入った所で、何をするともせずに立っていた。


 窓から乗り出す生徒たちを、先生が引き戻そうとするが、

 他の教室の窓からも、生徒たちが不審者を見ようと集まっているのが見える。


「あ、教頭先生だ」

「ハゲダルマ? ほんとだー」


 校舎から乗り出す生徒たちが騒ぎあっていると、

 体格のいいスキンヘッドの教師が人影に向かって歩いて行った。


 教頭、ハゲダルマ。

 教頭と生活指導をほぼ兼任しているような先生だ。


 学生の頃ラグビーをやっていたらしく、

 やたらと偉そうで鬱陶しい性格と見た目で生徒たちから嫌われていた。

 今回も、不審者を叩きだしてやろうとでも思ったのだろう。

 ハゲダルマは不審者の前まで歩いていき、

 キスでもするのかというほど顔を近づけて詰問した。


 いつもいつも校門前で見られる、

 校則違反者に絡む時のハゲダルマの詰問。


 生徒たちはそれを見て、何となく日常に戻ったような気分になり。


「あはは、不審者がハゲダルマに絡まれてるー」

「不審者も可哀想に」


 と冗談めかして笑い合う余裕まで生まれたが。

 しかし。

 それは不審者が棍棒を取り出し、唐突にハゲダルマの頭に打ち下ろしたことで消し飛んだ。


 ゴチン。


 という、鈍い音と共に崩れ落ちるハゲダルマ。

 頭の位置には血だまりができた。


 しん……。

 と静まり返る生徒たち。

 校舎を静寂が包み込んだ。


「ゴギャ、ギャギャギャッ」


 しわがれた、汚い笑い声。

 それは誰が発したわけでもなく。

 不審者のフードの下から聞こえてきた。


 不審者は血だまりに伏したハゲダルマに近づき。

 ガブリとハゲダルマに噛み付いた。

 その拍子に、不審者の薄汚いフードが頭からずり落ちる。


「な、え?」

「ひっ……」


 生徒たちの中から、押し殺した悲鳴がいくつか上がる。

 それ以外の者達は皆、息をのみこんだ。


 フードの下から現れたのは、黒ずんだ緑色の皮膚。

 そして、ギョロギョロと血走った黄色い目だった。


 骨ばった顔に生えた、不揃いな牙がハゲダルマの肉を食いちぎる。

 クチャクチャと咀嚼を繰り返すそいつは、どう見ても人間ではなかった。


「ゴブリン……」


 誰かがポツリと呟いたその言葉を。

 否定するものはいなかった。


 呆然となった生徒たち。

 唐突に非日常に突き落とされた彼等の耳に、また、放送が流れてきた。


《“だんじょん”さんから放送です。“ふぁーすとすてーじ”が始まりました、みなさんはがんばって“ごーる”を目指しましょう》

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