第3話
(サシェってなんだ?)
航太は脅えた。
どうしてこんなバイトを始めてしまったのかと脅えた。
航太のバイトとはチラシ配りだ。
駅前に立って道行く人にチラシを渡す仕事だ。特に難しい仕事ではない。
だが航太は脅えていた。
その女性向けのチラシにはピンク色の文字で大きく「オープン記念にサシェプレゼント!」と印刷されていた。
サシェが何か分からなくてもチラシの雰囲気で女性に配るべきなのは分かっている。
朝は通勤通学の女性達にばら撒くようにチラシを配りまくった。
プレゼントの文字に魅かれた女子高校生達など大喜びで貰って行った。
配りながら、ふと疑問が沸き起こってしまった。
(サシェってなんだ?)
そして次に航太が思ったことは。
(サシェってなんですか?って聞かれたらどうしよう……)
自分が配っているチラシなのに内容を把握していない。
こんな不真面目な姿勢でチラシを配って良いものだろうか。
そんなことを生真面目に思い悩み始めるとチラシを配ることが苦痛になってきた。
だが配らねばならない。何故ならそれが航太の仕事だからだ。
夕方までに全て配り終えることがノルマだからだ。
最初は女性に配っていたが、それでは配り終わらないことに気付く。
航太は手当たり次第に渡しまくった。営業中のサラリーマンや散歩している老人。
本人達には興味が無いチラシだろうとも家に持って帰れば嫁や娘がいるだろう。
学校が終わる時間帯になると再び女子高校生をターゲットに配った。
航太の目の前を、どうみてもイケてない男子高校生がデートよろしく女子を連れて歩く。
(コイツ、俺と同じでサシェなんて知りやしないだろう)
彼女に馬鹿にされてしまえ!と、押しつけるように男子高校生にも手渡してやった。
(サシェってなんだ?)
サシェについて聞かれたらどうしようと脅えながら航太はチラシを配りまくった。
手元のチラシには、店は日曜日オープンと書いてあった。
(貰いに行けばサシェが何なのか判明するのか)
女性向けの店だ。航太が興味を示すような品物ではないだろう。
だが、これだけチラシをばら撒いた責任のようなものを航太は感じていた。
そしてまたチラシ配りのバイトをする時に同じ言葉が書かれる恐れもある。
流行り物ならいろんな店が配るだろうし、その度に脅え続けるわけにもいかない。
航太は、自分など場違いなことを承知の上で行ってみる決意を固めた。
(サシェってなんだ?)
サシェってなんだ あいす @iceice
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