第3話 日本に帰りたい

タイも発展するアジア諸国の例に漏れず、持つものと持たざるものの格差が広まる一方である。

特にマレーシアと国境を接する南部は開発の遅れた地域として、経済発展に残されつつあり、マレー半島を縦断するの高速鉄道の敷設を機に、大規模な開発をしようと地元では躍起になっている。

そこに食い込んで木材の伐採、さらに伐採した木材を建設地に卸すという、俗にいう往復ビンタで稼ごうという大型契約の話を進めようとしていたのだ。


後藤さんは機械商社の担当者で、木材を低コストで伐採するためにAIとGPSを連動した伐採計画の立案と、斜面や湿地でも伐採できる歩行型の木材伐採機を売り込みに来ていたのだ。


商談もそこそこ手応えがあり、軽い前祝いということで繁華街に繰り出したのがいけなかったのか、この騒動ということだ。


バイクで男同士で2人乗りしながら、今後の対応を素早く考える。


「そ、それでこのバイクはどこに向かっているのかね?」


後藤さんがずり落ちそうになるメガネを直しながら大声で言う。

バイクの風で、声が聞き取りにくい。


「考え中です!後藤さん、今スマホ見られますか?」


「あ、ああ。見られるが」


「まず、ここから一刻も早く遠くまで離れる必要があります。3つ方法があります。1つはバンコクまで行って大使館に保護を求める。2つ目はサムイ島まで行って、早朝の飛行機でシンガポールまで飛んでしまう。3つ目は、マレーシアに抜ける。どれにするか、迷っています。だから飛行機便の情報が要るんです」


「け、警察に行くんじゃないのかね?」


「地元の警察に?正気ですか?どこに相手の手先がいるかわかりませんよ。それに地元の警察は賄賂をとるばかりであてになりません。下手をすれば、我々が傷害犯として拘束されかねません。だから、一刻も早く何らかの形で国境を超える必要があるんです。安全を確保して朝になったら、本社と競技します」


「ああ、だから大使館か、シンガポールか、マレーシアなのか」


「そうです。このあたりの警察で国境を超えた捜査なんてできませんからね。そんなものが立ち上がる前に、我々は身の安全を確保しておかないと」


「・・・なるほど。ホテルに戻る時間はあるのかな?」


「戻りますよ。荷物がないと怪しまれます。ただ、場合によっては現金、PC、パスポート以外に荷物は諦めてもらいます」


「ま、まあ止むを得ないか・・・。保険でるかなあ」


「それで、空港の便は?」


「あ、ああ・・・5時にサムイ空港からシンガポールに行く便があるな。マレーシアのKL(クアラルンプール)に行く便もあるが・・・」


「シンガポールにしましょう。何かあった時、シンガポールの方が何かとやりやすいですし、あの暴漢(テロリスト)がマレーシアから来た男だったら困ります」


「な、なるほど・・・」


マレーシアにはイスラム教徒が多い。

アジアのイスラム教徒は穏健な者が多かったはずなのだが、最近、ウイグル族が流れ込んできてからは状況が大きく変わっている。

考えたくはないが、マレー鉄道建設に絡む利権争いの一環で金を貰った連中が、けしかけてきたという絵図も考えられる。


ネオン街から一歩離れると、月がなければ外は漆黒の闇である。

空には天の川が瞬き、日本では見られない星座が地平線沿いに見えていた。


サムイ島へ渡るため、山道を走らせていると腹が鳴った。


「朝は中華粥が食いたいですね。フカヒレが載った贅沢なやつ」


「と、東京に戻れたら幾らでも奢るから。たのむよ、深田くん」


怯えて泣きそうな後藤さんに、夜で見えないだろうとは思いつつ、精一杯の笑顔を浮かべて請け合った。


「大丈夫ですよ、俺は鮫(フカ)ですから。案件に食いついたら離れるつもりはないですよ」


「そ、それより安全!そっちよりも安全が大事!」


後藤さんは、鳴き声で訴えてきた。

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フカだくんの握力は人間離れしている ダイスケ @boukenshaparty1

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