わたしは、サラドネチカ

罰点荒巛

わたしは、サラドネチカ

わたしは、サラドネチカ。

音楽に見捨てられたこども。


メロディーは、いつもわたしのそばに寄り添ってはくれない。

リズムは、勝手気儘にわたしを置いってっちゃった。

ハーモニーは、もう知らない。

独りぼっちになったわたしには何もできやしない。

ことばになってしまったわたしには、ペンを執って楽器にする事が精一杯。

だけど、今日は大事な事を思い出したんだ。

目に瞼はあるけれど、耳には瞼はないって、誰かが言ってことを思い出したんだ。

だから、今日はいつもより届く気がする。




いつの時代も、人は音楽を奏でた。

ある時は、神のために。

まるで宇宙の彼方の異星人とお喋りするみたいに、人々は歌を歌って神様と交渉した。

お腹を空かした人が大勢いたから、神様に聞いてもらえるように神様の言葉を真似て頼んだの。

災いを鎮めて、恵みを与えてくださいって。

すると不思議なことに、天から雨は降り注ぎ、地は肥え太り、一時の豊穣が降りてきた。

実を言うとね、一人の小さな命がそれを成就させていたんだ。

何がどうしたのか、何かに気がついた人が現れて歌い出した。


この子の犠牲が、神様の怒りを鎮めたんだ。これからも、生贄を捧げようって。


神様の教えに従って生きてきた人々は、その話を信じざるを得なかった。

でも、そんなの嘘っぱちに決まってる。

それでも語り継がれれば語り継がれるほど、虚ろな奇蹟は真実味を帯びていった

嘘か本当かもわからない事が広まって、いつしか慣わしになってしまった。

その分だけ、神の許に命が捧げられていくことを見送った。

だって、頭の中にはあの歌があるから。



感謝しなさい。神はお怒りになられていない。

感謝しなさい。神はわたしたちを救ってくださる。

それから太鼓が生真面目に鳴り出した。


その歌は、知らないものを信仰する役割を果たした。

それから、たくさんの神様が生まれて、たくさんの生贄が捧げられた。

その信じるものが、信じる歌が違うってだけで争いが起こってったって話。



いつの時代も、人は音楽を奏でた。

ある時は、国のために。


国家という大きな大きな生き物が戦争に勝つ手段として、敵を殺すとか、敵を殺すとか、敵を殺すとかいう方法がある。

自分の祖国以外の国の人々を根絶やしにすることだけが、みんなで勝鬨をあげる理由になったの。

でも、やっぱりどの国の人も優しくて善意に満ちていて、一人でいる時には滅法脆弱なのは間違いなかった。

そこにひょこっと勇ましい人が現れて、歌い始めた。


その人は、わたしたちは勝てる、絶対に負けたりなんかしないって。



みんなが他所の敵を滅多打ちに出来るように、その人はみんなの意識を啓発した。

やがて、その無意識が集積した時、たっぷりの火薬と鉛の雨が降り注ぎ、野原に炎の絨毯が敷かれた。

鋼の象の鼻が真っ直ぐに伸びて、鋼の鯨の鰭が海を割って、鋼の鳶の羽が空にまあるい円を描いた。

終には、人造の光る星が落っこちた。

兵隊は筒の引き金に指をかけることに、一瞬たりとも躊躇いはしなかったの。

だって、彼らの頭の中には歌があったから。


迷うな。これはお前の報いだ。

迷うな。お前が家族と同胞の無念を晴らすのだ。

それから喇叭が威勢良く鳴り出した。


その歌は、知らないものを懐疑する役割を果たした。

争いが終われば、死者の卵をお胎に抱えて帰ってくる。

魂が何処にあるかは知らないけれど、生まれ故郷で死ねなかった人に弔いの歌を歌ってあげた。

それが、いろんな国の言葉で歌われていたって話。






いつの時代も、人は音楽を奏でた。

ある時は、恋のために。

大好きなあの子に振り向いてもらうために、そのへたくそは、毎日毎日頑張ったの。

指が血まみれになっても楽器を弾き続けることは、あの子から嫌われることに比べればどうってことはなかった。

指が亀の甲羅みたいに硬くなって、 蛇の鱗に長くなった頃には、へたくそはもう歌えるようになっていたんだ。

それは自傷行為なんかじゃない、立派な献身なんだって言えるくらいに。

へたくそは自分なりに歌った。


お前が世界の誰よりも好きだ。

ああ、必ず君を幸せにする。


だけれどね、その子には好きな人がいた。へたくそよりもっと好きな誰かさんがいた。

へたくそは泣いた。人は乾いたベットの上で、孤独ではいられないから。

あいつをあの子のベッドから引きずり下ろしてでも、あの子を抱きしめてやると決めた。

自由になった世の中で、愛を叫んだ。

だって、頭の中にはあの歌があるから。


ああ、お前を離さない。

ああ、わたしだけを見て。

それから鍵盤が大っぴらに鳴り出した。



この歌は、知らないものを知らないままにしておく役割を果たした。

それから物語の結末は喜劇とも悲劇ともつかない静かな終焉へをたどっていった。

人生は自由な歌が必要になったって話。



この歌たちは全てお終いで、全く関係のないことなのだけど、この歌を誰も歌ってくれない。

だから、わたしは音楽になった。

この歌たちを連れて行くために。

どこかの誰かさんがわたしを歌ってくれますように。

それを聞いた誰かさんが、またわたしを歌ってくれますようにって。

神さまのために生贄を捧げさせるためでも、お国のために見知らぬ誰かをやっつけるためでも、好きなこのために誰かから恨みや妬みを買うためでもいいから。


わたしは、サラドネチカ。

誰も歌ってくれないことば。


わたしはわたしのために歌を歌う。

ペンを楽器にしてね。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしは、サラドネチカ 罰点荒巛 @Sakikake7171

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ